放課後、学園のアイドルからダンジョン探索に誘われた

LABYRINTH

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【一章】僕が最強モンスター職を手に入れるまで

デーモンコア

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 ドラゴンが死んだ。力を失い、絶えゆく様をその口の中で感じていた。

 苛烈に始まったモンスター同士の戦争も、今やまるで打ち上げ花火の終焉をしらせるような、ある種のもの寂しげな余韻を残しつつあった。


 終わろうとしている。なんの為に始まり、なにを賭けて戦ったのかもわからない二種族間の争いが。

 あまりに儚い。

 そんな気持ちが胸の中を占めていた。


 ドラゴンのものと思われる断末魔の叫びが響いたのを最後に、静寂がフロアを包み込んだ。

 その息絶えたドラゴンの口から、僕はのそのそと外に這い出た。


 視界に映ったのは、最も巨大だったドラゴンが、一瞬天を仰ぎ、そしてその場に崩れゆく姿だった。

 彼らでさえ死ぬのだ。ちっぽけな人間である父親が生き残れる摂理などどこに存在しようか。ドラマのような奇跡や超常的な力を期待するなど、おこがましいことに違いない。

 この世の理《ことわり》を見せつけれたような気分だった。


 とはいえ、ドラゴンが死に絶え、デーモン種族が戦いに勝利したのかと言えば、違った。

 どれだけ周囲を見渡しても、この場に立っている存在は僕だけであった。ドラゴンもデーモンも全て死んでしまったようだ。

 僕は観客ですらなく、単なる傍観者だった。


「……も、戻らなきゃ。はやくあの場所へ」


 地上で起こる天変地異を水の中から見守る魚のような気持ちの僕は、呆然としたままふらふらと歩き出した。


「はわっ⁉︎」


 いくらか歩いたところで、僕は何かに足を取られ、転んだ。

 崩れ落ちたドラゴンとの対比としては、情けないほどスケールの小さい話だ。

 滑稽なほど。でも、擦りむいた肩は死ぬほど痛い。


「な、なんだっ⁉︎」


 自分の足を見ると、何者かが僕の足首を掴んだ。

 ということは、デーモンだ。生き残っていたんだ。

 血の気が引き、顔が青ざめるのが自分でもわかる。


「離せ!」


 足首を掴んでいる手を蹴りつける。

 ぺちぺちとしょぼい音が鳴りそうな蹴りつけだったにも関わらず、デーモンの手は容易くほどかれてしまった。ぐったりとその腕が地面に横たわる。


「ご、ごめん……」


 思わず謝ってしまった。

 四つん這いに起き上がり、おそるおそるデーモンの顔を見る。

 顔の半分が瓦礫に押し潰されていた。


 その顔を見た瞬間、僕たちを襲ったあのデーモンのことを思い出した。

 いや、待てよ。犬や猫でさえ見分けが難しいのに、デーモンの顔の区別なんてつくわけない。単に似ているだけかとも思った。そもそも確かめる術なんてないし。


 とにかくデーモンの顔は潰れ、片足はもぎ取られたように無くなっている。腹のあたりは切り裂かれたように深い傷が走っていた。

 どう考えても死ぬだろ、これ。

 しかし、その眼球は確かに僕を見据えていた。そしてゆっくりと黒い唇が動いた。


 “心臓を寄越せ”


 脳内に声が響いた。自然と意味がわかる。

 戸惑っている余裕はない。

 デーモンの腕がゆっくりと僕の胸に伸びようとしていた。


「やだよ!」


 僕は突発的にその腕を払いのける、というよりは阻止するように手首を掴み返した。

 間抜けな返しだ。でも、


 “そうか……”


 デーモンは納得したのか諦めたのか、ほとんどないような腕の力をさらに抜いた。もはや重力の重みしか僕には感じられない。

 手首を握りしめる僕は、ちょうど最期を看取る者のようになっていた。


 “私は死ぬのか……?”


 おそらく脳内で響く声は日本語ではない。一人称は私で正しいのか、俺で正しいのか。わかるのは自我があるということだけだ。僕たちと同じように。

 感情の波長なんかを脳が勝手に変換しているのか?


「怖い?」


 “当たり前だ”


「なぜ、人を襲うの?」


 “理由なら貴様らと同じだ”


「ドラゴンと戦う理由は?」


 “そういうものだからだ”


「もう行かなくちゃ」


 “無理だ”


「なぜ?」


 “貴様はここで死ぬ”


 僕は咄嗟に身構えた。でも、予想とは違った。

 最後の力を振り絞りデーモンが襲ってくるのではなく、それは天から舞い降りた。

 フロアの天井で爆音が響き、ガラガラと天井の壁が瓦礫となり崩れ落ちる。

 瓦礫は地面で砕け、すぐ横で砂埃が舞い上がった。


「うっ……」


 眩しい。思わず眉をひそめていた。

 打ち抜かれた天井から光が降り注ぐ。

 眩く、あまりに神々しい光だ。

 それは純白のドラゴンだった。そのものが光を纏っていた。


 天使が舞い降りてくるような、ゆるやかで気品に満ちた羽ばたきでドラゴンは地上に降り立った。

 青緑のドラゴンよりは小さいが、目を奪われるほど圧倒的な存在感だ。


“我々の敵、その頂点に立つものだ。奴はすべてを食う。仲間の屍肉さえ”


 つまり、出会ったが最後。デーモンはそう言いたかったんだと思う。

 その見た目は絶望から程遠い場所にあった。

 何か救いの神のような、慈悲と優しさに満ちているような気さえしたのだ。


 ホワイトドラゴンに宿る金色の瞳と目が合った。


 “よけろ!”


 ノーアクションだった。ドラゴンは微塵の動作も挟まなかった。

 ドンと視界がぶれるような衝撃が走った。周囲の景色が前方に吹き飛ばされかのような気がした。


「がはっ」


 実際に飛ばされていたのは僕の身体だった。どんな原理なのかもわからない。

 僕は地面を転がりながら、凄まじい速度で遥か遠くにあったはずの壁に叩きつけられた。

 壁に後頭部を打ち付け、よく弾むゴムボールようにバウンドし、地面にどさりと落ちる。


 たった一発。一発だけで僕は死にかけになった。明確な映像として死を見たのだ。

 全身を強く殴打し、骨という骨が折れたのがわかる。

 起き上がることができない。強烈な目眩と吐き気が襲ってきた。頭蓋骨が陥没し、臓器は衝撃で機能不全を起こしているのではないだろうか。


 何が起きたのかもわからなかったが、ひとつだけわかった。全てを食らうホワイトドラゴンは僕を食料とさえ認識しなかったことだ。目の前を飛ぶ蚊を、人が食べ物と思わないように、ただ視界に入り込む目障りな存在。僕は軽く手で払われただけだったのだ。


 デーモンやドラゴンの死骸を貪る音が聞こえていた。肉を舐める音というよりは骨を砕くような音が絶え間なく続いている。

 そのうち僕も食われるのだろうか。それとも部屋の片隅に落ちたごみとして、無視されて終わるのだろうか。どちらにしても、なにひとつ絵にならない死に方だ。


「あ……あ……ぁ……」


 目眩はやがて強い眠気となった。背中から深い闇に引きずり込まれるような感覚に襲われる。

 これが死か。僕は、このまま死ぬのか。

 嫌だけど、きっとダメなんだ。だってもう痛みも感じない。


 ごめん、父さん……母さん…みんな……。


 諦めて目を閉じようとした時だった。


 “こっちに来い”


 遠くからデーモンの声が聞こえてきた。

 電波の悪いラジオみたいにぶつ切りの音声だった。

 胸骨は砕け、ほとんど声は出せない。心の中で呟く。


(無理だ……動けない……)


 “貴様に賭けてやる”


 賭ける? 何を言っているんだ。


 “来い。私が食われる前に。生かしてやれるかもしれない”


 そんなうまい話があるものか。

 僕は、瞼の筋肉を最大限に収縮させた。かすんだ視界にメニュー画面を展開する。

 父親に与えるはずだった回復薬を掴み取った。


「ぐっ」


 力を振り絞り、薬瓶を手の中で砕く。血とともに薬液が体の上に流れ落ちた。

 薬液はじゅわじゅわと泡を立てながら、皮膚に吸収されていく。

 一本、もう一本。すべての回復薬を使い切った。最後の薬液は口に含み、喉を湿らせる。


 少しだけ動けるようになった。とはいえ、這いずることが可能になっただけだが。

 腕の力で、体を引きずって進む。

 途中でドラゴンに見つかれば、終わり。

 慎重に、多少遠回りになっても、死角を取るように進んだ。


 “メニュー画面を開け”


 デーモンまで残りわずかというところで言われた。


(なにをするつもり?)


 “言われた通りにしろ”


 どうせ死を待つだけの身だ。指図どおりメニュー画面を開く。


 “貴様の身体の方が損傷が少ない。いちかばちかその身体に賭けるぞ”


 デーモンは何やら隠された機能を使っているように見えた。

 強制的にプログラムを書き換えているように、メニュー画面からポップアップされたコード画面が謎の文字で上書きされていく。


 “アクセス権限に変更を加えた。貴様と私の心臓を合成しろ”


 一瞬なんのことかわからなかった。

 しかし、すぐにアイテムクリエイションのことだと気づく。

 指先で画面をスライドさせると、僕の心臓と黒い球体が映像として表示されていた。


【デモンズコア】


 画面にはそう記されていた。心臓というより何かメカニカルな装置のようだった。精巧に作られたオブジェのように回転し、構造を微妙に組み変えながらその球体はカシャカシャと蠢いていた。


 まさか僕の心臓とデーモンの心臓《コア》を物質、つまりアイテムとして認識させたのだ。確かに死ねば僕も物質になる。そこまでおかしいことではない。


 “これが唯一、私と貴様が生き残る方法だ。時間がない。奴に目をつけられたぞ”
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