死神使役《ネクロマンサー》、現世《うつしよ》に惑う

マツヤマユタカ

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第45話 組長

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 男性は虚ろな目をして部屋に足を踏み入れようとするが、足元がおぼつかない。

 介助する看護師姿の女性に支えられながら、ようやく男性は室内へと入ることが出来た。

 察するに、あれが組長か。

 千弦から事件以来ふさぎ込んでいるとは聞いていたが、見る限り病気でもしているんじゃないか?その証拠に介助しているのは本物の看護師のようだし。

 その介助のおかげか、男性はよろよろとしながらもなんとか座布団の上に腰を下ろした。

 と、千弦が膝に手を置き、首を垂れながら口を開く。

組長おやじ、只今戻りました」

 組長おやじと言われた男が、弱弱しくうなずいた。

「よく戻った」

 声も弱弱しい。これは病気もさることながら、そもそも高齢なんじゃないか?春夏冬葉子は確か二十五歳だったはず。だからその父親ということで、せいぜい五十代から六十代くらいをイメージしていたのだが、どうも違うようだ。目の前の男性は、どう見積もっても七十歳を優に越えているように見える。

 ここに戻る間の車中で、千弦から色々と話は聞いていた。春夏冬葉子の生前の人となりや、組長の妻であり被害者の母親が数年前に病気で亡くなっていることなどである。だが、組長の年齢については話題に出ていなかった。

「事情は電話でお話しした通りです。こちらがそのお二人になります」

 千弦が俺たちを手で指し示しながら言った。

 これは自己紹介をした方がいいのかな。

 俺は少し迷ったものの、口を開いた。

「どうも。俺は橘陣。こっちはソルス」

 ぶっきらぼうな物言いだが、舐められるわけにもいかない。俺はそう思ってこんな自己紹介をした。

 だが組長も千弦も、特になんとも思わなかったようだ。

 組長は弱弱しくもうやうやしく会釈をし、千弦もこくりと顎を引いただけだった。

 まあそんなものか。なにせこの場の注目の的は、俺たちじゃないのだから。

 千弦が再び口を開く。

「そしてあれが、来栖京介です」

 千弦は冷静そのものといった様子で、俺たちの後ろを指し示しながら言った。

 来栖はまだ猿轡さるぐつわめられたままであり、当然無言であった。

 なら次に発言するのは――

「そうか……」

 組長は虚ろな目で、ただそれだけを言った。

 ここへ来るまでは、おそらく対面の際には怒鳴り声が鳴り響くのだろうと思っていた。

 だが、実際は違った。

 多くの人間がこの部屋に存在しているにもかかわらず、中に充満しているのは胸を刺し貫くような静寂であった。

 誰も、何ひとつ物音を立てていない。聞こえてくるのは、わずかな息遣いだけ。

 そんな状況がしばらく続いた。

 俺はそんな状況を打破しようと、鼻からスーッと息を抜いて気持ちを整え、口を開いた。

「どうしたい?」

 俺は誰に言うともなく、漠然と問いかけた。

 誰かが反応し、何らかの言葉を発信してくれればいいと思ったからだ。

 だが俺の意に反して、誰も口を開こうとはしなかった。

 またも静寂が、この異様な空間を支配した。

 と、ソルスが頓狂な声を上げた。

「うん?殺したいのではないのか?」

 あまりにも場違いな発言だと思う。思うが、現状を打破するには丁度いいとも思った。

 案の定、組長が口を開いた。

「そうだな。殺したいとは思うな」

 声は相変わらず弱弱しい。しかも低くくぐもっている。だが、かつてはと思わせるほどには、ドスが効いた声ではあった。

 しかし無論、俺たちがそれでビビるはずもない。

 ソルスがさらに頓狂な声を出した。

「そうなのか?俺にはそうは見えないんだが」

 組長が微かに口元を緩めた。

「かもしれん。なにせわたしは老いてしまった。見てのとおりに老いさらばえた。その上、数年前に妻を失い、そして今度は一人娘を失ってしまった。もはや、気力は尽きてしまったよ」

「ふ~ん、老いるというのは、大変だな」

 他人事のようにソルスは言う。そういえばこいつは何歳なのだろうか。それに死神というのは、老いたりするのだろうか。おそらくだがしないと思う。だから、老いるということがどういうことかわからず、問いかけているのだろう。こいつは、いろんなことに興味津々だ。特にこちらの世界に来てからというもの、実に生き生きとしている。つくづく思うが、変な奴だ。

「でも殺したいとは、思っているんだ?」

 組長が微かにうなずいた。

 ソルスが横に座る俺に向き直る。

「だそうだぞ。どうする?」

 ちっ!この野郎、最後は俺に振ってきやがった。

 どうするって言われても、答えに窮するに決まっているのに、わざわざ聞きやがった。

 見ると、口の端が微かに上がっている。この野郎、やっぱり俺を困らせようとわざと言ったな。

 俺は軽く咳ばらいをすると、ずっと車中で考えてきたことを提案することにした。
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