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第五話 懐かしい手のひらの温もり
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夜の帳が下りた懐かしい街灯りの中で見かけた姿は、あの頃よりも輝いて見えた。
考えるよりも先に口走った名前のその響きは、八年前を色濃く思い起こさせるには充分すぎる音色だった。
振り返る彼女の顔が、ぱっと華やいで、俺の名前を呼んで、手を振った。
キラキラと光る指輪が、視界で緩やかな曲線を描く。
幸せそうな笑顔で駆け寄ってくる彼女の顔を見てると、何故だろう。もう、これが最後かもしれないと、そんなことを思わせた。
「ユウキ!すっごい久しぶり!」
変わってないね、なんて暢気なことを言いながら、俺はミサキを見つめた。
「元気でやってんの?」
「はは……まあね!」
少し困った顔で笑う姿、ちょっと大人びた表情。長い前髪がその印象をより一層強くさせる。
「そんなことよりさ、ユウキ、開店おめでとう!」
「なんで知ってるの?」
「えへへ……風の噂、かな!」
23時。
春の夜風が僅かに刺さる。
「あ……ごめんね、引き止めちゃって」
「いや、呼び止めたの俺だし……もう帰るんだろ?」
「まぁ、ね」
少しの沈黙の後、頷く顔が力なく笑った。
***
卒業式の日。
帰り際。
今夜の飲み会の話ではしゃぐ人の群れを尻目に、俺は人混みに背を向けた。
ふと視界の端に映ったミサキが、俺を見つけて近づいてきているのも気付いていないふりをして歩き出した。
もう少しで俺は、まだ雪の残る3月の街から抜け出して、東京へ行く。
「ユウキ!」
でも、だからじゃない。
「ねぇ、ユウキってば!」
独りが怖いわけでもない。
「ねえ!」
俺は右手首を荒々しく掴まれて立ち止まる。
はぁ、と息を吐き振り返ると、案の定そこには苛立った顔。
「今日で卒業なんだよ?無視しなくてもいいじゃん!」
怒って少し泣きそうな顔。
俺を掴んで離さないその手をそっと持ち上げると、意外だったのか、ミサキの手から力が抜けるのが伝わった。
「お前、変な奴だよなあ。俺が学校で浮いてんの分かってんのに、あれからというもの毎日毎日話しかけてきて」
小さい傷跡と絆創膏。
「せっかく貸切だった実習室にも入り浸って」
赤く荒れた華奢な手。
「でも、楽しかった」
「ユウキ、あの」
「頑張ったんだな」
「えっ、だって……」
「ミサキ、ありがとな。」
俺は、ただ、未練が怖かった。
***
今のミサキの顔は、その時と同じだった。
「俺の店、すぐそこなんだけどさ」
自分でもなんでそんな事を言ったのかよく分からない。
「切ってやるよ、前髪」いや、違う。
「な……んで」分からないフリをした。
「練習」何故なら、ミサキは本当に──
「付き合ってくれるよな?」
本当に、あの頃から、何にも変わってなかった。
考えるよりも先に口走った名前のその響きは、八年前を色濃く思い起こさせるには充分すぎる音色だった。
振り返る彼女の顔が、ぱっと華やいで、俺の名前を呼んで、手を振った。
キラキラと光る指輪が、視界で緩やかな曲線を描く。
幸せそうな笑顔で駆け寄ってくる彼女の顔を見てると、何故だろう。もう、これが最後かもしれないと、そんなことを思わせた。
「ユウキ!すっごい久しぶり!」
変わってないね、なんて暢気なことを言いながら、俺はミサキを見つめた。
「元気でやってんの?」
「はは……まあね!」
少し困った顔で笑う姿、ちょっと大人びた表情。長い前髪がその印象をより一層強くさせる。
「そんなことよりさ、ユウキ、開店おめでとう!」
「なんで知ってるの?」
「えへへ……風の噂、かな!」
23時。
春の夜風が僅かに刺さる。
「あ……ごめんね、引き止めちゃって」
「いや、呼び止めたの俺だし……もう帰るんだろ?」
「まぁ、ね」
少しの沈黙の後、頷く顔が力なく笑った。
***
卒業式の日。
帰り際。
今夜の飲み会の話ではしゃぐ人の群れを尻目に、俺は人混みに背を向けた。
ふと視界の端に映ったミサキが、俺を見つけて近づいてきているのも気付いていないふりをして歩き出した。
もう少しで俺は、まだ雪の残る3月の街から抜け出して、東京へ行く。
「ユウキ!」
でも、だからじゃない。
「ねぇ、ユウキってば!」
独りが怖いわけでもない。
「ねえ!」
俺は右手首を荒々しく掴まれて立ち止まる。
はぁ、と息を吐き振り返ると、案の定そこには苛立った顔。
「今日で卒業なんだよ?無視しなくてもいいじゃん!」
怒って少し泣きそうな顔。
俺を掴んで離さないその手をそっと持ち上げると、意外だったのか、ミサキの手から力が抜けるのが伝わった。
「お前、変な奴だよなあ。俺が学校で浮いてんの分かってんのに、あれからというもの毎日毎日話しかけてきて」
小さい傷跡と絆創膏。
「せっかく貸切だった実習室にも入り浸って」
赤く荒れた華奢な手。
「でも、楽しかった」
「ユウキ、あの」
「頑張ったんだな」
「えっ、だって……」
「ミサキ、ありがとな。」
俺は、ただ、未練が怖かった。
***
今のミサキの顔は、その時と同じだった。
「俺の店、すぐそこなんだけどさ」
自分でもなんでそんな事を言ったのかよく分からない。
「切ってやるよ、前髪」いや、違う。
「な……んで」分からないフリをした。
「練習」何故なら、ミサキは本当に──
「付き合ってくれるよな?」
本当に、あの頃から、何にも変わってなかった。
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