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9.最終話
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「前世のおとめげぇむ…?」
フローラの言葉の端々が理解できず、イザベルが小首を傾げた。
柔らかい日差しが差し込むナルトリア公爵家の一室にて。
ピンク頭の男爵令嬢エリスが学園から姿を消してしばらく経った頃、色々と片がついたからとこれまでのことを話すと言うフローラと何故かイザベルの隣に座っているマリオンを見比べる。
フローラは至って真面目な顔をしていて冗談を言っている様子はない。
マリオンは心配そうにイザベルの顔を見ている。
「ゲームっていうのは選択肢が色々あって、それによって結末が変わる恋愛小説だと思って。その小説の登場人物と名前がマリオン殿下やカリード様やライオネル様、イザベルお姉様と同じなの。設定はわたしが色々手を出したせいでズレてるところもあるけどね。エリスというのはその話の中の主人公の名前で、あの女も前世の記憶持ちでこの話のことを知ってたのよ」
フローラの話は荒唐無稽で分からないことばかりだが、エリスの謎の自信満々な様子を思い出すと妙に説得力があった。
自分がこの世界の主人公だと思っていれば、公爵令嬢だとか王子の婚約者だという肩書きのわたくしも怖くなかったと。
物語の中なんだから、身分なんて関係ないってことね。
なんとなく理解したけど…
すんなりと納得できる訳じゃないけど…
本当にここがその恋愛小説の世界で、主人公の恋愛相手がマリオン様なら…
「お姉様はマリオン殿下の婚約者で、主人公の恋の障害って設定だったから、悪役令嬢って役回りで……そこはあくまでゲーム上の役のことで!実際のイザベルお姉様のことではないし、元々婚約者に近付いて奪うのを是とするゲームのその設定がおかしいのよ!結局、ゲームと名前が一緒なだけでみんな全然違うから!」
話の途中から眉間に皺が寄っていくイザベルにフローラが慌てて言い募った。
丸々全てを信じた訳ではないけれど…
「……わたくし、マリオン様の婚約者のままでいいの?」
不安になって、隣に座っているマリオンを見ると、急に視界が少し高くなり至近距離でマリオンの紺碧の瞳と目が合った。
「えっ…!あっ…え?」
どっどうしてマリオン様のひっ膝の上に!
慌てて膝の上から下りようとすると、腕に力を入れてぎゅっと抱きしめらた。
「当たり前だろう。俺の隣はイザベルだけだ」
耳元で響くマリオンの声にイザベルの身体がプルっと震えた。
マリオン様の体温が!
鼻血!鼻血が出そう!
マリオンの腕の中、目の前で鼻血を垂らすという大惨事になる予感に慌てて鼻を押さえた。
「これだからイザベルには言えなかったんだ」
小さく呟くマリオンの声がイザベルの耳をくすぐる。
「荒唐無稽な話だとは言え、万が一にでも変な気を回してイザベルが身を引いたりしたら大変だからな」
首筋まで赤くして身体を硬くするイザベルを更に抱え込んだ。
マリオンの頭がイザベルの首筋をぐりぐりとし始めて、そのあまりの刺激の強さに目を回しそうになったとき、「ゴホン」と大きめの咳払いが聞こえた。
「ピュアピュアなイザベルお姉様になんてことを…!ちゃんと節度を保って下さいね。まだただの婚約者なんですから」
苦々しい表情のフローラに、マリオンは不機嫌そうにチッと舌打ちして、渋々イザベルを膝の上から下ろした。
「バルドル男爵家は禁止薬物を輸入、使用した罪で取り潰しとなった。それからイザベルに害を為すあれも学園の生徒に禁止薬物を摂取させた罪で最果ての修道院に送ったから俺たちの前に現れることはない。だから、フローラの言う未来など決してないから安心してくれ」
「そうよ。もう何の心配はないわ。心配があるとしたら、このヤンデレになりそうなどこかの王子…」
フローラはイザベルの隣を見て、顔を引き攣らせながら後半の言葉をゴニョゴニョと誤魔化した。
どうしたのかと隣にいるマリオンを見ると、優しい目でイザベルを見ている。
「ヤン、デレ…?」
フローラの聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「どういう意味かな?フローラ嬢」
フローラはマリオンの冷たい声に、身体をぴくりと震わせ、一瞬目を泳がせる。
「あ~、えっと、や、優しい、でっでっできる男?ってことよ。あっ!そうだ!ライオネル様が待ってるからそろそろ行かなきゃ」
フローラはそう言うが早いか、逃げるように部屋を出ていってしまった。
マリオン様は確かに優しいできる男だけど、あの様子だときっと違う意味よね。
「イザベル?」
ぼんやりとフローラの出て行った扉を見ていると、身体がふわりと持ち上がって、耳元で心地よい声が響いた。
まっまた!マリオン様の膝の上に!
マリオンはあたふたとするイザベルを腕の中に閉じ込めた。
「ごめんな。イザベルに初めて会った頃の俺は何にも分かってないのに分かった気になっているただの捻くれたガキで、イザベルを傷つけていたと思う。あの頃の自分を殴りつけたいくらいだ」
突然始まった昔話と謝罪にイザベルは目をパチクリとさせた。
あの頃は自分のことをまるで見てくれようともしないことが確かに寂しかったけど…それでも…
「謝罪なんて必要ありません。わたくしはマリオン様の婚約者になれてすごく嬉しくて、幸せでしたよ」
フローラが大切にしてるわたくしのマリオン様コレクションを本人にバラしてしまって、本当に恥ずかしかったけど、それからは何を思ったのか、ちゃんと向き合ってくれるようになったし、すごく優しくなった。
「優しくて、俺の隣に立つ為に懸命に努力してくれるイザベルが好きだ」
「えっ…」
耳元で囁かれる言葉が頭の中で徐々に再構成されて理解した瞬間、ボワッと全身が熱くなった。
「だから、」
少し身体を離されて、真剣な表情のマリオンと目が合う。
「俺の隣にいることに迷わないでくれ。イザベル、愛してるんだ」
いつもは自信に満ち溢れているマリオンの瞳が不安げに揺れている。
「えっ、えっと、はっ、はい…」
すぐに返事をしなくてはと口を開くけれど、上手く言葉が見つからない。
「わたくしもあっあっ愛してます!」
叫ぶように言ってしまって、そのことが恥ずかしくて、両手に火照る顔を埋めた。
ぎゅっと抱き締めらる強さに、益々身体が火照る。
「イザベル、顔見せて」
マリオンの弾んだ声に恐る恐る手を退けると、一瞬マリオンの唇が頬に触れた。
「ひゃっ!」
思わず漏れた淑女とは程遠い声をものともせず、瞼や頬に次々とキスが降って来る。
「嬉しい。ありがとう、イザベル。大好きだよ」
遂にキスの雨が唇に到達した時には、頭の中が真っ白になってしまっていた。
うぉー!マリオン様のキス!キッス!
「えっ?イっイザベル!?」
突然クタッと力の抜けたイザベルにマリオンの慌てた声が辛うじて届いた。
じっじあわせ…
鼻血を垂らしながら気を失ったイザベルを抱えたマリオンがこの後フローラからたっぷり叱られるのを知る由もないイザベルの顔は幸せそうに微笑んでいたのだった。
フローラの言葉の端々が理解できず、イザベルが小首を傾げた。
柔らかい日差しが差し込むナルトリア公爵家の一室にて。
ピンク頭の男爵令嬢エリスが学園から姿を消してしばらく経った頃、色々と片がついたからとこれまでのことを話すと言うフローラと何故かイザベルの隣に座っているマリオンを見比べる。
フローラは至って真面目な顔をしていて冗談を言っている様子はない。
マリオンは心配そうにイザベルの顔を見ている。
「ゲームっていうのは選択肢が色々あって、それによって結末が変わる恋愛小説だと思って。その小説の登場人物と名前がマリオン殿下やカリード様やライオネル様、イザベルお姉様と同じなの。設定はわたしが色々手を出したせいでズレてるところもあるけどね。エリスというのはその話の中の主人公の名前で、あの女も前世の記憶持ちでこの話のことを知ってたのよ」
フローラの話は荒唐無稽で分からないことばかりだが、エリスの謎の自信満々な様子を思い出すと妙に説得力があった。
自分がこの世界の主人公だと思っていれば、公爵令嬢だとか王子の婚約者だという肩書きのわたくしも怖くなかったと。
物語の中なんだから、身分なんて関係ないってことね。
なんとなく理解したけど…
すんなりと納得できる訳じゃないけど…
本当にここがその恋愛小説の世界で、主人公の恋愛相手がマリオン様なら…
「お姉様はマリオン殿下の婚約者で、主人公の恋の障害って設定だったから、悪役令嬢って役回りで……そこはあくまでゲーム上の役のことで!実際のイザベルお姉様のことではないし、元々婚約者に近付いて奪うのを是とするゲームのその設定がおかしいのよ!結局、ゲームと名前が一緒なだけでみんな全然違うから!」
話の途中から眉間に皺が寄っていくイザベルにフローラが慌てて言い募った。
丸々全てを信じた訳ではないけれど…
「……わたくし、マリオン様の婚約者のままでいいの?」
不安になって、隣に座っているマリオンを見ると、急に視界が少し高くなり至近距離でマリオンの紺碧の瞳と目が合った。
「えっ…!あっ…え?」
どっどうしてマリオン様のひっ膝の上に!
慌てて膝の上から下りようとすると、腕に力を入れてぎゅっと抱きしめらた。
「当たり前だろう。俺の隣はイザベルだけだ」
耳元で響くマリオンの声にイザベルの身体がプルっと震えた。
マリオン様の体温が!
鼻血!鼻血が出そう!
マリオンの腕の中、目の前で鼻血を垂らすという大惨事になる予感に慌てて鼻を押さえた。
「これだからイザベルには言えなかったんだ」
小さく呟くマリオンの声がイザベルの耳をくすぐる。
「荒唐無稽な話だとは言え、万が一にでも変な気を回してイザベルが身を引いたりしたら大変だからな」
首筋まで赤くして身体を硬くするイザベルを更に抱え込んだ。
マリオンの頭がイザベルの首筋をぐりぐりとし始めて、そのあまりの刺激の強さに目を回しそうになったとき、「ゴホン」と大きめの咳払いが聞こえた。
「ピュアピュアなイザベルお姉様になんてことを…!ちゃんと節度を保って下さいね。まだただの婚約者なんですから」
苦々しい表情のフローラに、マリオンは不機嫌そうにチッと舌打ちして、渋々イザベルを膝の上から下ろした。
「バルドル男爵家は禁止薬物を輸入、使用した罪で取り潰しとなった。それからイザベルに害を為すあれも学園の生徒に禁止薬物を摂取させた罪で最果ての修道院に送ったから俺たちの前に現れることはない。だから、フローラの言う未来など決してないから安心してくれ」
「そうよ。もう何の心配はないわ。心配があるとしたら、このヤンデレになりそうなどこかの王子…」
フローラはイザベルの隣を見て、顔を引き攣らせながら後半の言葉をゴニョゴニョと誤魔化した。
どうしたのかと隣にいるマリオンを見ると、優しい目でイザベルを見ている。
「ヤン、デレ…?」
フローラの聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「どういう意味かな?フローラ嬢」
フローラはマリオンの冷たい声に、身体をぴくりと震わせ、一瞬目を泳がせる。
「あ~、えっと、や、優しい、でっでっできる男?ってことよ。あっ!そうだ!ライオネル様が待ってるからそろそろ行かなきゃ」
フローラはそう言うが早いか、逃げるように部屋を出ていってしまった。
マリオン様は確かに優しいできる男だけど、あの様子だときっと違う意味よね。
「イザベル?」
ぼんやりとフローラの出て行った扉を見ていると、身体がふわりと持ち上がって、耳元で心地よい声が響いた。
まっまた!マリオン様の膝の上に!
マリオンはあたふたとするイザベルを腕の中に閉じ込めた。
「ごめんな。イザベルに初めて会った頃の俺は何にも分かってないのに分かった気になっているただの捻くれたガキで、イザベルを傷つけていたと思う。あの頃の自分を殴りつけたいくらいだ」
突然始まった昔話と謝罪にイザベルは目をパチクリとさせた。
あの頃は自分のことをまるで見てくれようともしないことが確かに寂しかったけど…それでも…
「謝罪なんて必要ありません。わたくしはマリオン様の婚約者になれてすごく嬉しくて、幸せでしたよ」
フローラが大切にしてるわたくしのマリオン様コレクションを本人にバラしてしまって、本当に恥ずかしかったけど、それからは何を思ったのか、ちゃんと向き合ってくれるようになったし、すごく優しくなった。
「優しくて、俺の隣に立つ為に懸命に努力してくれるイザベルが好きだ」
「えっ…」
耳元で囁かれる言葉が頭の中で徐々に再構成されて理解した瞬間、ボワッと全身が熱くなった。
「だから、」
少し身体を離されて、真剣な表情のマリオンと目が合う。
「俺の隣にいることに迷わないでくれ。イザベル、愛してるんだ」
いつもは自信に満ち溢れているマリオンの瞳が不安げに揺れている。
「えっ、えっと、はっ、はい…」
すぐに返事をしなくてはと口を開くけれど、上手く言葉が見つからない。
「わたくしもあっあっ愛してます!」
叫ぶように言ってしまって、そのことが恥ずかしくて、両手に火照る顔を埋めた。
ぎゅっと抱き締めらる強さに、益々身体が火照る。
「イザベル、顔見せて」
マリオンの弾んだ声に恐る恐る手を退けると、一瞬マリオンの唇が頬に触れた。
「ひゃっ!」
思わず漏れた淑女とは程遠い声をものともせず、瞼や頬に次々とキスが降って来る。
「嬉しい。ありがとう、イザベル。大好きだよ」
遂にキスの雨が唇に到達した時には、頭の中が真っ白になってしまっていた。
うぉー!マリオン様のキス!キッス!
「えっ?イっイザベル!?」
突然クタッと力の抜けたイザベルにマリオンの慌てた声が辛うじて届いた。
じっじあわせ…
鼻血を垂らしながら気を失ったイザベルを抱えたマリオンがこの後フローラからたっぷり叱られるのを知る由もないイザベルの顔は幸せそうに微笑んでいたのだった。
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