なんで?なんで?なんで?

明知 翔

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第一章

ブンちゃん

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 一学期いちがっき半分はんぶんぎて、ブランコやまおおイチョウのが、みどりでいっぱいになったころ、小学校しょうがっこう一人ひとり転校生てんこうせいがやってました。

名前なまえはブンちゃん。

外遊そとあそびが大好だいすきな十さいおとこです。

 ちいさなまちなので小学校しょうがっこうひとつです。
クラスは一学年がくねんに二クラスで、一クラスに二十人しかいません。
だから転校生てんこうせいると、みんな大騒おおさわぎです。
まるでめずらしい動物どうぶつでもるように、みんながブンちゃんのそばにってて、

「おうち、どこなの?」
「どこからたの?」
「なんでしてたの?」
兄弟きょうだいいるの?」
あそぼう、あそぼう」

はなしかけてきました。

一人ひとり一人ひとりこたえるのは大変たいへんでしたが、ブンちゃんはうれしくて仕方しかたありません。

今日きょうだれあそぼう? なにしてあそぼう? 

かんがえるのもたのしくて、毎日まいにちワクワクしていました。
 
 学校がっこうからいえかえると、玄関げんかんにランドセルをして、すぐあそびにかけます。
カンりや高鬼たかおに氷鬼こおりおに、ドロケイや馬乗うまのり、だんボールで土手どてすべり。
達磨だるまさんがころんだ』はちょっと苦手にがてで、いつも一番いちばんうごいてしまいました。
 
 神社じんじゃで木のぼりもしました。
鳥居とりいよこおおきなイチョウの木がある、しずかな神社じんじゃです。
神社じんじゃおおイチョウは、なつになると黄緑色きみどりいろをたくさんつけて、さわやかなかおりをただよわせます。
そして、あきになるとおおくのひとたちが、橙色だいだいいろわったちるのをかまえています。
 
 神社じんじゃの大イチョウをおばあさんの木、ブランコ山の大イチョウをおじいさんの木とぶお年寄としよりりがいます。
神社じんじゃの大イチョウとブランコ山の大イチョウは、まちができるまえからこの土地とちきているからです。
神社じんじゃにおまいりにた人は、みんなまってパンパンと手をわせてくれます。
長生ながいきの木だからありがたいようです。
 でもブンちゃんがのぼるのは、イチョウの木ではなくビワの木です。
境内けいだいよこのビワの木には、たくさんのがなっているからです。
おなかいっぱいべました。
もちろん神社じんじゃの人には内緒ないしょです。
だから、神主かんぬしさんに見つかったときは、ビックリして木からちそうになったこともありました。
 べたのはビワだけではありません。
トロッとしたイチジクや甘酸あまずっぱい木苺きいちご、ザクロもご馳走ちそうになりました。
はじめてべるものばかりで、くちれるときはドキドキしていましたが、あまりの美味おいしさに、すっかり夢中むちゅうになっていました。
 
 あそびはいっぱいありました。
クヌギのはやしでカブトムシをったり、いけでザリガニをったり、小石こいしげて水切みずきりをしたり。
ブンちゃんがらしていた都会とかいではできなかったあそびばかりです。
 
 夏休なつやすみにはいまえに、河川敷かせんじきはやしの中にガラクタをあつめて、秘密基地ひみつきちつくりました。
木をんでつくった入口いりぐちやタイヤをんだテーブル、あめっても大丈夫だいじょうぶなようにブルーシートで屋根やねつくりました。
 秘密基地ひみつきちつくってからは、秘密基地ひみつきちわせの場所ばしょです。
宿題しゅくだいをやって、いそいでいえび出すと、一目散いちもくさん秘密基地ひみつきちかいました。
 
 夏休なつやすみのまえは、いつもブンちゃんが一番乗いちばんのりでした。
ブンちゃんはワクワクしながらみんなをちます。
なにつくろうか、なにをしてあそぼうか、あたまの中はたのしいことでいっぱいです。
でも、なかなか人がないときもありました。
そんなとき、ブンちゃんはそらながめます。
農家のうかのおじさんからもらったわらでベッドをつくり、そこにそべって、大きな空をながめるのです。
まれそうなあおい空。
かたちえながら、ゆっくりとながれるしろくも
モコモコとすこしずつ大きくなっていく入道雲にゅうどうぐも
ながぐな尻尾しっぽをつけたジェット
ゆったりと空にかぶ飛行船ひこうせん
空ではいろんなことがきています。
だから、空をながめていてきることはありません。
ゆったりとした時間じかんが、ブンちゃんのこころなごませるのです。
 
 夏休なつやす最初さいしょの日です。
今日きょうもブンちゃんは秘密基地ひみつきちていました。
ブンちゃんが見上みあげる空をゆったりとくもながれてきます。
だれかの手をはなれてしまったのか、太陽たいようひかり反射はんしゃさせてキラキラとひか銀色ぎんいろ風船ふうせんが、くもいかけるようにんできます。
風船ふうせんにはなにむすばれています。
ぼう?、つつ?、なんだろう、なんだろう、なんだろう・・・)
病院びょういんほうかってながれていく風船ふうせんを見ながら、ブンちゃんはねむってしまいました。
 
 どのくらいねむっていたのかはかりません。
目がめるとあたりは薄暗うすぐらくなっていました。
ベッドからき上がって空を見上みあげると、しろかったくも灰色はいいろわっています。
(雨、ってるかな・・・)
そうおもったとおり、しばらくして、ブンちゃんのほおにポツっと雨粒あまつぶたりました。

ボタ、ボタボタ、ボタボタボタボタ

またた大粒おおつぶの雨がちてきて、まわりのくさらしはじめます。
ブルーシートの屋根やねがボタ、ボタボタと音をらし、木のかぜはじめました。

バチバチバチバチ

ものすごいいきおいで、雨がってきました。
ブルーシートの屋根やねから、まった雨がながちます。
まるでたきの中にいるような大雨おおあめです。

屋根やねつくっておいてかった」

ブンちゃんはすこしホッとしました。
でもくさおおわれた地面じめん水浸みずびたしです。
秘密基地ひみつきちは大きな水溜みずたまりにまれていました。
ブンちゃんは足がれないようにテーブルにってすわみました。
テーブルの足は半分はんぶんくらい水の中です。
ブンちゃんは秘密基地ひみつきちからうごくことができなくなってしまいました。

ザザザザザ
バチバチバチバチ

つよかぜが木をらし、雨水あまみずまったブルーシートの屋根やねが、いまにもこわれそうです。

ウゥーーーーー

突然とつぜんこえのような音を立て、かぜが木を大きくらしました。

メキッ、メキッ、バキッ!
ザバーン!

ブルーシートのヒモをむすんでいた枯枝かれえだれて、まっていた水が、一気いっきながちました。

「ウッ!」

ブンちゃんはおもわずこえを上げました。
バタバタッと音を立てて、ブルーシートがかぜばされそうです。
ブンちゃんのからだも雨ではじめました。
ブンちゃんは心配しんぱいそうな表情ひょうじょうです。
洪水こうずいになるかも・・・)
そうおもったときでした。

ピカッ!

ひかるのと同時どうじに、一瞬いっしゅん、ブンちゃんのまわりがあかるくなりました。

「エッ?」

ビックリしたブンちゃんは、テーブルからりてしまいました。

バシャ!

水は足首あしくびのところまでまっていました。
くつの中に水が入り、靴下くつしたはビショビショです。
でも、そんなことは気にしていられません。
ブンちゃんは土手どてかってはしします。
ところが、まった水と草に足をられて、上手うまはしれません。
(なんだよー)
ブンちゃんのかお不安ふあんゆがみます。
それでも、ブンちゃんは無我夢中むがむちゅうで足をうごかしました。
 なんとか水溜みずたまりからけて、ブンちゃんは土手どてのぼはじめました。
くつに水が入って、足がおもくなっています。
それでも、ブンちゃんは必死ひっしに足をち上げます。
 やっとのことで土手上どてうえ散歩さんぽコースまでのぼりました。
ブンちゃんがかおを上げて、あたりを見回みまわすと、小学生しょうがくせいのような男の子がはしって姿すがたが目に入りました。
(あれ?あの子・・・)
おなじクラスの子にていました。
でも、そんなことをにしていられません。
雨は一層いっそうつよくなっています。
雨粒あまつぶかおたっていたいくらいです。
はやかえらないと・・・)
ブンちゃんは土手どてりる階段かいだんかって、はしはじめました。

ザザザザー

突然とつぜん階段かいだんのそばのイチョウの木が大きくれました。
ブンちゃんはおどろいて立ち止まります。
(なんだよー)
木を見上みあげ、そうおもった瞬間しゅんかんでした。

ウゥーーーーー!
ザバザバザバー!

階段かいだん近付ちかづこうとするブンちゃんに「こっちにるな」とわんばかりに、イチョウの木がはげしくはじめました。

「ウワーーーー!」

こわくなったブンちゃんは、かえして土手どてすべりてしまいました。
バシャバシャと水しぶきを上げてはしり、また秘密基地ひみつきちもどってしまいました。
ブンちゃんは全身ぜんしんがびしょれです。

なんだよ、なんなんだよ、もう。これじゃかえれないじゃんかよう・・・」

テーブルの上にって、ブルーシートを手でつかみ、雨にれないようにうずくまります。
空は時折ときおりピカッとひかりながら、はげしい雨をブルーシートにけます。
はやんでよー)
ブンちゃんは不安ふあん不安ふあん仕方しかたありませんでした。

 どれくらいの時間じかんったのかはかりません。
はげしい雨はながくはつづきませんでした。
ブンちゃんが秘密基地ひみつきちもどってしばらくして、うそのように雨が上がり、かぜおさまって、あれほどはげしくれていたイチョウの木はおだやかにらしています。

「やっとんだ・・・」

ブンちゃんは一安心ひとあんしんです。
水も一気いっきいて、くさはベタっと地面じめんています。

「すごい雨だったな」

そうって空を見上みあげると、ブンちゃんは秘密基地ひみつきち修理しゅうりはじめました。
まずは屋根やねからです。
ブルーシートをりながら、ブンちゃんはまた空をながめます。
すこしずつしろくなっていくあつくも
そのあつくもからはじめる太陽たいようひかり
どんどんひろがっていく青い空。
ブンちゃんは雨のことなど、すっかりわすれてしまいました。
 
 いえかえってもブンちゃんは空をながめます。
西にしの空にかたむいて、大きくふくらんだオレンジいろ太陽たいよう
茜色あかねいろ夕焼ゆうやけ。
ばんはんときに、おかあさんがっていました。

今日きょうの雨、ゲリラ豪雨ごううってうんだって」

(そうなんだ・・・)
ブンちゃんは秘密基地ひみつきちでのことをおもしてニヤニヤしました。
 
 まえにもブンちゃんは空をながめます。
手でつかめそうなほしいっぱいの空。
そこからこぼれちるながぼし
まえから空をながめることがきだったわけではありません。
このまちてからです。
このまちの空は、ブンちゃんがっている都会とかいの空とは大違おおちがいでした。
時間じかんながれもちがいます。
ゆったりしているのに、一日がすぐわってしまいます。
都会とかいではあじわったことのない、なんだか不思議ふしぎかんじでした。
 
 ブンちゃんは毎日まいにちたのしくて仕方しかたありません。
してきたときは不安ふあんでいっぱいでしたが、いまではイチョウの木がたくさんある、この小さなまちられたことをこころからうれしくおもっています。
 
 こうして一日一日いちにちいちにちぎてき、ブンちゃんにとって、転校てんこうしてはじめての夏休なつやすみは、アッとわってしまいました。
 
 校庭こうていのイチョウのが、みどりからすこうすくなりはじめたころでした。
二学期にがっきはじまって一かげつ
がつはいると、ブンちゃんは一人ひとりあそぶことがおおくなりました。
友達ともだちとケンカをしたわけではありません。
一人ひとりきになったわけでもありません。
二学期にがっきはじめのころは、みんなブンちゃんとあそんでくれました。
でも、一人ひとりり、二人ふたりり、段々だんだんあそんでくれる子がいなくなってしまったのです。
それには理由りゆうがありました。
すここまった理由りゆうです。
じつは、

ブンちゃんは『ウソつき』なのです。

 今日きょうもブンちゃんはウソをつきました。
教室きょうしつかべ落書らくがきしても

らないよ。いてないよ」

図書室としょしつほんやぶいてしまっても

らないよ。はじめからやぶれてたよ」

ブンちゃんがウソをついているのだと、みんなはなんとなくかっています。
みんなウソはいけないとおもっていますから、ウソをつくブンちゃんとはあそぼうとしないのです。
もちろん、ブンちゃんもウソはわるいことだとかっています。
でも、正直しょうじきあやまることができません。
みんなのまえあやまるなんてずかしいし、わざわざ悪者わるものになるなんて、そんな勇気ゆうきはないのです。
それに、正直しょうじきあやまっても「どうせしかられるんだ」とおもっています。
「みんなだって、きっとごまかすはずさ」とおもっています。
だから、いたずらしてもウソをついてしまいます。
わざとじゃなくてもウソでごまかしてしまいます。
ウソをついて大事件だいじけんになるなんて、かんがえたことはありません。
ウソをついてだれかがかなしむなんて、かんがえたこともありません。
だから、ウソをついて自分じぶんつらかなしくなるなんて、これっぽっちもかんがえたことはなかったのです。

 たのしみにしていたあき運動会うんどうかいわりました。
教室きょうしつまどから校庭こうていを見ると、体育館たいいくかんよこの二本のイチョウの木には、黄色きいろ目立めだはじめました。
学校がっこうまわりのイチョウの木よりも、黄色きいろおおくて元気げんきがない様子ようすです。
でも、それよりも、プレハブ校舎こうしゃのそばのイチョウの木は、もっと元気げんきがありませんでした。
黄色きいろばかりで、よく見ると、もうちているもあります。
かぜれて、カサカサとこすれるおとこえます。
元気げんきのないかわいた音です。
学校がっこうから見えるブランコ山の大イチョウは、まだ緑色みどりいろです。
だから学校がっこうのイチョウの木が黄色きいろくなっていることが、とく元気げんきがないプレハブ校舎こうしゃのそばのイチョウの木のことが、ブンちゃんには気がかりでした。

 すこさむくなりました。
空を見上みあげると、まぶしいほど太陽たいようひかりそそいでいるのに、うでせているまどの手すりは、スッカリつめたくなっています。
校庭こうていでは、長袖ながそであそんでいる子がたくさんいます。
縄跳なわとびをする子もえました。
ブンちゃんのクラスも来週らいしゅう縄跳なわとびのテストです。
クラスのみんなも縄跳なわとびをって校庭こうていび出してきました。
でもこの日、ブンちゃんはそとあそぶことができません。
すこねつが出ていて、今朝けさ、おかあさんから

今日きょうそとあそぶの我慢がまんしてね」

われていたのです。
連絡帳れんらくちょうにもかれたので、先生せんせいにウソをつけません。
ブンちゃんはそらかぶくもながめながら、

「ハァー」

と、何度なんどもためいきをつきました。

 お昼休ひるやすみがわって、五時間目ごじかんめ体育たいいく時間じかんです。
今日きょうとなりのクラスとドッジボールの試合しあいです。

「キャー!」
「ヤッター!」
「ずるいぞ!あたったぞ!」

たのしそうなこえが、校庭こうていからこえてきます。
教室きょうしつにいるのはブンちゃん一人ひとりです。

なんでおれだけねつがあるんだよ」

ドッジボールのきなブンちゃんは、こえてるみんなのこえにイライラしています。
見ていた本も図鑑ずかんも、そとが気になってんでいられません。
全部ぜんぶ出しっぱなしで、片付かたづけもしていません。
たなの上やゆかに本をらかしたまま、今度こんどかべけてあるホウキを手にって、まわはじめました。
教室きょうしつの中をウロウロ、ウロウロ、つくえあいだをクネクネとおり、教室きょうしつうしろへ移動いどうします。
バットをるようにホウキをまわして、野球選手やきゅうせんしゅ真似まねをしたり、ギターを真似まねをしたり。
ブンちゃんはからだうごかしたくて仕方しかたありません。

「ヘリコプター!」

さきいたヒモをちながら、今度こんどあたまの上で、プロペラのようにホウキをまわしました。
まわりのことなど気にしていません。
だれもいないから、やりたい放題ほうだいです。

「パワーアップ!」

そうって、ブンちゃんは大きくうでまわはじめました。

「ブン、ブン、ブーン」

しばらくまわしていると、シャッと背中せなかほうで、ホウキがなにかにれたかんじがしました。
そしてすぐあとに、ボトッ!と音がこえました。
いてみると、なにかがちています。
(アッ!)
ブンちゃんはビックリしてからだかたまってしまいました。
ちていたのは、粘土ねんどつくった恐竜きょうりゅうくびでした。
ブンちゃんはゴクリとつばみました。
なぜなら、そのくびはリキヤくん恐竜きょうりゅうくびだったからです。
 
 リキヤくんはクラスで一番いちばんからだが大きくて、一番いちばん喧嘩けんかつよい男の子です。
最近さいきんはリキヤくん喧嘩けんかをしているところを見たことはありませんが、ブンちゃんが転校てんこうしてきてもない六月にはいったころ、リキヤくん習字しゅうじかみよごしてしまったヒロシくんを、リキヤくんはボカッとなぐってかしていました。
練習用れんしゅうようかみだし、ヒロシくんもわざとじゃなかったし、ちゃんとあやまっていたのに、それでもリキヤ君はなぐったのです。
転校てんこうしてたばかりのブンちゃんは、とってもビックリしました。
絶対ぜったいにリキヤくんおこらせてはいけないとおもいました。
ところが、今回こんかい習字しゅうじかみどころではありません。
ブンちゃんがこわしてしまった恐竜きょうりゅうは、完成かんせいしたときリキヤくん自慢じまんするくらい気に入っていた作品さくひんです。
くできていると、二学期にがっきになってからもかざってあった作品さくひんです。
そんな作品さくひんをブンちゃんがこわしたとったら、なにをされるかわかりません。
ボカッと一発いっぱつではまないかもれません。

「うわああ、やっちゃったあ。どうしよう、どうしよう」

あたりを見回みまわし、だれもいないことをたしかめます。
そして、すぐにくびひろって、元通もとどおりにしようと、れたところにけてみます。
でも、一度いちどとれてしまったくび上手うまきません。
いたとおもっても、手をはなすとちてしまいます。

「どうしよう、どうしよう」

ブンちゃんはかんがえます。
元通もとどおりにする方法ほうほうはないのか。
上手うまくごまかすにはどうすればいいのか。
れたところをみずらしても、粘土ねんどはもうやわらかくなりません。
それに、いろわって、すぐにかってしまいます。
接着剤せっちゃくざいっていません。
っているのはセロテープだけです。
ブンちゃんは一生懸命いっしょうけんめいかんがえます。
あたりを見回みまわし、道具どうぐになるものをさがします。
でもなかなか見当みあたりません。
自分じぶんつくえはしり、つくえの中の道具箱どうぐばこり出してさがします。
でも使つかえそうなものはありません。
ブンちゃんは一生懸命いっしょうけんめいかんがえました。

「あっ、そうだ!」

ブンちゃんはキョロキョロとなにかをさがします。
(あっ、あれだ!)
ブンちゃんはゆかにあった図鑑ずかん二冊にさつ、手にりました。
そして、図鑑ずかんかせてかさねると、くびれた恐竜きょうりゅうよこいたのです。
くびせてみます。
でも、たかさが上手うまいません。
うえ図鑑ずかんべつの本にえてみました。
でも、今度こんどすこいません。
絵本えほんにしたり、物語ものがたりの本にしたり、ちょうどい本が見つかるまで、何度なんども本をえました。

「よし、これでいい!」

やっと上手うまいました。
ピッタリなのは昆虫こんちゅう図鑑ずかんでした。
慎重しんちょうくびせて、れた部分ぶぶんをくっつけます。
粘土ねんどのデコボコのおかげで、れたところがかりにくくなっています。
本にささえられてちることもありません。
ブンちゃんは一安心ひとあんしんです。
(でも、リキヤくん最初さいしょに本をうごかしたら、絶対ぜったいにバレちゃう。教室きょうしつにいるのはおれだけだから、おれがやったってバレちゃう)
リキヤ君のおこったかおおもかべると、ブンちゃんはこわくてたまりません。
まどそとからは、みんなのたのしそうなこえこえます。
はなしのまどから、ヒューとつめたいかぜき込みます。
ブンちゃんのからだがブルッとふるえました。
気付きづかれないように、そーっとのぞくと、丁度ちょうどリキヤくんがケンタくんにボールをぶつけたところでした。
あまりの威力いりょくにケンタくんがしりもちをつきました。
ブンちゃんはまたゴクリとつばみました。
ブンちゃんはかんがえます。
上手うまいごまかしかたはないか。
自分じぶんがやったのではないとおもわせるには、どうすればいいのか。
必死ひっしになってブンちゃんはかんがえます。
黒板こくばんの上の時計とけいをチラッと見ました。
いそがなくてはいけません。
みんなが教室きょうしつもどっててしまいます。
体育たいいく時間じかんわるまで、あと十五ふんしかありませんでした。

 恐竜きょうりゅうに目をもどし、かんがえていると、スーッとさわやかなかおりがしました。
(あっ)
いだことのあるかおりです。
目をじて大きくかおりをみます。
でも、なんかおりかおもせません。
ブンちゃんはかおりのするほうさがします。
すると、廊下ろうかあらで手をあらっている男の子の姿すがたが目にはいりました。
黄色きいろみどり長袖ながそでシャツを小柄こがらな男の子です。
(あっ)
ブンちゃんのあたま不思議ふしぎ名前なまえかんでました。
(もしかして、いとりこうた君・・・)
そう、となりのクラスのこうたくんです。
でも、ブンちゃんはまだ、本当ほんとうにこうたくんなのかまよっています。
 こうたくん転校生てんこうせいです。
でも、ブンちゃんがこうたくんを見たのは一度いちどだけで、それも元気げんきのないイチョウの木の下に立っているのを見かけただけです。
かおく見えなくておぼえていません。
いつごろ、どこからたのかはいたことがありません。
名前なまえが『いとりこうた』とうのは、だれかにいたおぼえがありました。
でも、だれいたのかはおもい出せません。
からだよわくて病院びょういん入院にゅういんしてたって、だれってたよなあ)
でも、だれっていたのかおぼえていません。
からだよわいこうたくんも、そとでドッジボールができません。
はげしくうごくとせきが出て発作ほっさになってしまうから、体育たいいくのときは、いつも教室きょうしつで本をんでいるって、これもだれかがってたよなあ)
でも、やっぱりだれったのかおもい出せません。
(そうか! きっとこうたくんだ。今日きょうからだ具合ぐあいがいいから学校がっこうてるんだな)
ブンちゃんは腕組うでぐみしながらうなずきます。
(そうだ!)
ブンちゃんはひらめきました。
ニヤッとわらうと、すぐに教室きょうしつび出して、こうたくんのそばにりました。

「こんにちは、こうたくん?」

こうたくんよこに立つと、ブンちゃんはこうたくんかおのぞき込んで、たしかめるようにこえをかけました。
手の石鹸せっけんあらながしているこうたくんが、くびだけよこけます。
ブンちゃんはドキッとしました。
かおの色は日焼ひやけもないしろで、ながいまつにクリッとしたひとみ
もうすこかみびていれば、女の子とってもからないくらいの顔立かおだちです。
石鹸せっけんながす手もとおるようにしろく、れてしまいそうなくらいのほそゆびです。

「こんにちは、ブンちゃん」

こうたくんがニッコリと微笑ほほえんで挨拶あいさつかえします。
(やっぱりこうたくんだ。でも、なんでおれの名前なまえ・・・、それに・・・)
はじめてはなしたのに、こうたくんがあまりおどろいていません。
それどころか、こえをかけられるのをっていたような笑顔えがおに、ブンちゃんは戸惑とまどいました。
 こうたくん蛇口じゃぐちめ、ポケットからハンカチをり出し、ブンちゃんの方にからだけます。
むねにプリントされたスティッチのが、ブンちゃんの目に入りました。
デパートでブンちゃんが「いいなー」とおもったのに、ってもらえなかったシャツです。
(あっ! おれのしかったやつ)
うらやましかったブンちゃんは、口をすことがらせます。
今日きょうはダメよ」とっていたお母さんのかおと「ってよ」とごねている自分じぶん姿すがたあたまかびました。
(あっ、ちがう)
ブンちゃんはハッとわれかえります。
余計よけいなことをかんがえているひまはないのです。
すぐに笑顔えがおもどして、こうた君にまたはなしかけました。

「えっとね、こうたくんいま、本の片付かたづけしてるんだけど・・・」

こうたくんはまたニッコリと微笑ほほえみます。
ドキッとしたブンちゃんは、おもわずこうたくんから目をらしました。
うたがいのない笑顔えがおに、ブンちゃんはこうた君のかおを見ていられません。
でも時間じかんがありません。
チラッとこうたくんを見ると、こうたくんはまだ微笑ほほえんでいます。
たまらずブンちゃんは、

「こっち、こっち」

って、まだハンカチをにぎっているこうたくんうでりました。
(あっ)
あまりのうでほそさにビックリしたブンちゃんは、パッと手をはなしました。
(木のえだみたい・・・)
手をはなしたブンちゃんをこうた君が不思議ふしぎそうに見詰みつめました。
ブンちゃんは小さな声で、

「ごめんね」

つぶやくと、今度こんどうでではなく、こうたくんふくやさしくつかなおしました。
 
 ブンちゃんはこうたくん教室きょうしつとびらまえまでれて来ました。
自分じぶんで見てもひどいくらいらかっています。
ブンちゃんは恐竜きょうりゅうをチラッと見ます。
大丈夫だいじょうぶだ)
本にささえられたくびは、まだつながっているように見えます。
ブンちゃんはチラッとこうたくんを見ると、らかった本や図鑑ずかんを小さく指差ゆびさしていました。

手伝てつだってくれる?」

ブンちゃんはゆっくりとこうたくんほうかおけ、こうたくん様子ようすうかがいました。
こうた君はまえ見詰みつめています。
笑顔えがおはありません。
真剣しんけん眼差まなざしです。
ことわられるかな・・・)
ブンちゃんは足元あしもとに目をせました。
(あっ)
ホウキが目に入りました。
ブンちゃんはあわててホウキをひろげます。
チラッと、横目よこめでこうたくんを見ると、こうたくんはブンちゃんを見ていません。
まだ真剣しんけん表情ひょうじょうです。
らかった本を見ているでもなく、なんだかまどそと見詰みつめているようでした。
小さなこえで、ブンちゃんがこうたくんたずねました。

「どう?」

こうたくんはハンカチをポケットにしまいながらブンちゃんを見詰みつめました。
そして、ニッコリと微笑ほほえんで

「うん、いいよ」

と、返事へんじをしました。
ホッとしたブンちゃんは

「よし!」

と、ついこえを出してしまいました。
(しまった)
ブンちゃんは、あわててこうたくんから目をらし、ちている本をひろはじめました。
 
 こうたくん片付かたづけをよく手伝てつだっています。
順番じゅんばんがバラバラになった本もかたむいたつくえもきれいにならなおしています。
うれししそうに片付かたづけをするこうたくんを見て、
片付かたづけしてニコニコするなんてへんなやつだなあ)
と、ブンちゃんはおもいました。
(おれならたのまれても「いそがしい」ってウソついて手伝てつだわないだろうな)
そうおもったらなぜか「ハー」と、ためいきが出てしまいました。
(あっ、いけない)
ブンちゃんはまたわれかえります。
そして、チラッと黒板上こくばんうえ時計とけいを見ます。
チャイムがるまであと二分にふんです。
(もうすぐだ)
ブンちゃんはタイミングをはかっていました。
ブンちゃんはよくない作戦さくせんかんがえていたのです。

 ブンちゃんはたくさんの本をって、教室きょうしつうしろにある本棚ほんだなはこびながら、片付かたづけをするこうた君の姿すがた見詰みつめました。
こうたくん恐竜きょうりゅうかざられたたなのそばにいます。
いよいよ作戦開始さくせんかいしです。

「こうたくん恐竜きょうりゅうのとこの図鑑ずかんってくれる」

ブンちゃんはたなの上の図鑑ずかん指差ゆびさしました。
れたくびささえている昆虫こんちゅう図鑑ずかんです。
こうたくんはブンちゃんの指差ゆびさほうちかづくと、図鑑ずかん恐竜きょうりゅうをジッと見て、なにかをかんがえている様子ようすです。
(もしかして、ばれちゃったかなあ、なにわれるかなあ)
ブンちゃんのむねはドキドキです。
こうた君の横顔よこがおから目がはなせません。
こうたくんがブンちゃんを見ます。
ブンちゃんはまたドキッとしました。

「うん、いいよ」

こうたくんはまたニッコリと微笑ほほえみながら、うれしそうに返事へんじをしました。
(よし!)
今度こんどこえを出さずに我慢がまんできました。


 ブンちゃんの作戦さくせん進行中しんこうちゅうです。
ブンちゃんはまたドキドキして、こうたくんから目をはなせません。
こうたくん恐竜きょうりゅうほうを見て図鑑ずかんに手をばします。
ブンちゃんはゴクンといきんで、その様子ようすをジッと見ています。
心臓しんぞうがドキドキしているのがかります。
このドキドキがこえてしまうのではないかとおもうほどです。
ブンちゃんは両腕りょううでむねかくします。
こうたくんほそゆび図鑑ずかんれます。
そして、こうたくん図鑑ずかんち上げたそのときです。
こうたくん

「あっ!」

と、こえを上げました。
図鑑ずかんささえられていたくびはずれたのです。
くびがゆっくりと図鑑ずかんの上をころがり、ゆかちてきます。
(あっ)
まるでスローモーションのスイッチが入ったようにブンちゃんはかんじました。
図鑑ずかんったまま、こうた君はちていくくびを見ています。
こうたくんうごきもスローモーションです。
空中くうちゅうにあったくびが、ゆかち「ボトッ」とひくい音を立てました。
ドクン、ドクンと、自分じぶん心臓しんぞうがゆっくりとむねつのがかります。
くびすこころがって、こうた君の足元あしもと近付ちかづいてきます。
こうたくんころがっているくびをジッと見詰みつめめています。
ブンちゃんもくびをジッと見詰みつめています。
くびはこうたくん上履うわばきのつまさきたります。
そして、つまさきまえでゆっくりとれています。

「バンッ」

ブンちゃんのっていた本がすべち、その瞬間しゅんかん、スローモーションのスイッチがれました。

(やった!)

ブンちゃんはこころの中でさけびました。
そして用意よういしていたかのようにこえを上げたのです。

なにやってんだよ! リキヤ君の恐竜きょうりゅうだぞ!」

大きなこえでした。
でもそのこえは、こうたくんにではなく、教室きょうしつそとにいるだれかにかせるようなこえでした。
こうたくんはしゃがんで、恐竜きょうりゅうくびひろい上げます。

「キーンコーン、カーンコーン」

五時間目ごじかんめわりをらせるチャイムがりました。
椅子いすをずらす音が廊下ろうかからながれてきます。
でも、こうたくん見詰みつめるブンちゃんには、チャイムの音もゆからす音もまったこえていませんでした。
 
 廊下ろうかほうがザワザワとさわがしくなりはじめました。
ハッとしたブンちゃんは、五時間目ごじかんめわったのだとやっと気がきました。

「いっちばーん」

ミカちゃんが右手みぎてを上げて、いきおいよく教室きょうしつに入ってきました。

「にばーん」
「さんばーん」

ミカちゃんをいかけるように、ほかの子たちも入ってきます。
みんなのあせひかっています。
ミカちゃんが立ち止まって一点いってん見詰みつめています。
右手みぎてを上げたままのミカちゃんが目にしたのは、恐竜きょうりゅうくびって立っているこうたくんです。
恐竜きょうりゅうくびれていることに気付きづいたミカちゃんは

「ああ、なにやってるのよ!」

と、上げた右手みぎてをこうたくんけて指差ゆびさしました。
そばにいた女の子たちも、ミカちゃんがなんのことをったのか、なにこったのか気がきました。

「いけないんだあー」

ほかの女の子たちもこえを上げ、こうた君をめます。
廊下ろうかのザワザワが、教室きょうしつの中にながんできます。
こうたくんめられる様子ようすを見て、ブンちゃんはドキドキがまりません。
すこしずつ、すこしずつ、気付きづかれないように、そのからはなれてきます。
 
 担任たんにん沙織先生さおりせんせい教室きょうしつに入ってきました。
ブンちゃんは沙織先生さおりせんせい姿すがたをチラッと見て、
(きっと、こうたくんしかられる)
おもいました。
ブンちゃんの心臓しんぞうがドクンドクンと高鳴たかなります。
さわぎに気付きづいた沙織先生さおりせんせいが、こうたくんの方にあるいてきます。
そして、こうたくんにらけているミカちゃんにこえをかけました。

「どうしたの?」

ミカちゃんは口をとがらせながら先生せんせいほうを見て

「こうたくんがリキヤくん恐竜きょうりゅうこわしました」

そうって、こうたくんっているくび指差ゆびさしました。
沙織先生さおりせんせいうつむくこうたくんまえかがむと、やさしくこうたくんたずねました。

「こうたくんこわしちゃったの?」

こうたくんうつむきながらこたえます。

「ごめんなさい。本を片付かたづけていたられちゃたんです」

あたりがざわめきます。
ブンちゃんはこうたくん言葉ことばにハッとしました。
(あ、しまった!)
まだ、自分じぶんが本をったままなのに気付きづいたのです。
みんながこうたくんを見ています。
あとから入ってきた子たちも、なにこったのかと、こうたくん沙織先生さおりせんせいを見ています。
ブンちゃんは目だけをうごかして、だれ自分じぶんを見ていないのをたしかめると、気付きづかれないように、そっと本をたなきました。
そして、左手ひだりてでシャツのすそをギュッとにぎめながら、またこうたくん見詰みつめました。
 
 入口いりぐちほうがざわつきはじめました。
リキヤくん教室きょうしつに入ってきたのです。
ブンちゃんのむねがドキンと高鳴たかなりました。
ざわつきがこうたくんほうへとながれてきます。
ミカちゃんがリキヤ君に気付きづきました。
ミカちゃんはリキヤくんと目がうと、

「こうたくんがリキヤ君の恐竜きょうりゅうこわしたわよ」

って、またこうたくん指差ゆびさしました。
リキヤくんがこうたくんのそばまで近付ちかづいていきます。
ブンちゃんにはリキヤ君がまた一段いちだんと大きく見えます。
(こうたくんなぐられるかも・・・)
左手ひだりてが、シャツのすそさらつよにぎめます。
かんがえもしなかったことがこってしまいそうで、ブンちゃんのむねはドキンドキンと高鳴たかなります。
こうたくんはリキヤくんぐに見ていました。

「リキヤ君、ごめんね。ぼく、リキヤくん大事だいじ作品さくひんこわしちゃった」

リキヤくん下唇したくちびるんでなにいません。
ぐにこうたくん見詰みつめています。
ミカちゃんがリキヤくんたしかめるようにいました。

ゆるせないよねー」

まわりの女の子たちもうなずいています。
ミカちゃんはまたこうた君を見てつづけました。

「それに、なんでとなりのクラスのこうたくんが本の片付かたづけしてるのよ。体育たいいくやすむときは、ほかのクラスに入っちゃいけないのよ」

ミカちゃんの言葉ことばに、ブンちゃんはドキッとしました。
(おれの名前なまえが出ちゃう。こうたくんがおれの名前なまえっちゃう。どうしよう、どうしよう。こうたくんがおれの名前なまえったらおしまいだ。みんなおれをうたがうにまってる)
ブンちゃんはこうなることまでかんがえていませんでした。
右手みぎてもシャツをギュッとにぎりしめます。
いままでたくさんウソをついてごまかしてきたブンちゃんでしたが、こんなにドキドキするのははじめてです。
なぜなら、ウソをついてごまかしたことはありましたが、ウソをついてだれかのせいにしたことはいままでなかったからです。
こうたくんは下をいたままだまっています。
ひそひそとはなしながら、みんながこうたくんを見ています。

「もう、いいよ」

意外いがい言葉ことばに、一瞬いっしゅん教室きょうしつしずまりかえりました。
ったのはリキヤくんでした。
ブンちゃんは、ハッとしてリキヤくん見詰みつめました。
ミカちゃんもリキヤくんを見てビックリしたかおをしています。
まわりのみんながザワザワしはじめました。
今回こんかい大事件だいじけんです。
一学期いちがっきにリキヤくん習字しゅうじかみよごされたときより大事件だいじけんです。
みんながざわつくのはたりまえです。
リキヤくん素直すなおゆるすなんて、みんなかんがえていなかったのです。
沙織先生さおりせんせいがいるからなんて関係かんけいありません。
一学期いちがっきのリキヤくんなら絶対ぜったいゆるすはずがありません。
みんなもそうおもっていたのです。
 
 こうたくんは下をいたままです。
沙織先生さおりせんせいがリキヤ君を見ていました。

「いいの? リキヤ君」

沙織先生さおりせんせい言葉ことばに、リキヤくんくちびるむすんで小さくうなずきました。
沙織先生さおりせんせい微笑ほほえみながら

えらいわね、リキヤくん

と、リキヤくんほうあゆり、リキヤくん背中せなかをポンポンとたたきました。
(えっ)
ブンちゃんはドキッとしました。
リキヤくんわらったように見えたのです。
こうたくんはまたリキヤくんあやまりました。

「リキヤ君、ごめんなさい」

そうって、っていた恐竜きょうりゅうくびをリキヤ君にわたすと、こうた君は廊下ろうかかってあるはじめました。
サッととびらまでのみちひらきます。
だまったまま、みんながこうた君を見詰みつめます。
みんなの目がこうたくん背中せなかいます。
シャツのすそにぎっていたブンちゃんの右手みぎては、むねあたりをつよにぎめています。
うつむいてまるまったこうたくん背中せなかを見ていると、むねがギュッとくるしくなったのです。
こうたくん教室きょうしつから出てきました。
みんなの目がリキヤくんきます。

「リキヤ、どうしたんだ」
なにかあったのか」

また、みんながざわつきはじめました。
ミカちゃんはなになんだかからないとった表情ひょうじょうでリキヤ君を見詰みつめています。
沙織先生さおりせんせいこえを上げました。

「はーい、みんなかえりの準備じゅんびはじめてね」

ブンちゃんはハッとして沙織先生さおりせんせいを見ました。
先生せんせいはブンちゃんを見ていました。
先生せんせいがニコッと微笑ほほえみます。
ブンちゃんはあわてて目をらします。
リキヤ君の姿すがたが目に入りました。
リキヤ君は何事なにごともなかったようにかえりの準備じゅんびをしています。
ランドセルのよこには、くびれた恐竜きょうりゅういてあります。
ブンちゃんはまだむねあたりがザワザワしています。
女の子がこえを上げました。

「さむいー」

かべられた習字しゅうじかみかぜれています
ブンちゃんがまわりを見ると、教室きょうしつはいつもの教室きょうしつ風景ふうけいもどっていました。
ブンちゃんは大きくいきむと、ゆっくりとしずかに、気付きづかれないように「ハーーー」といきしました。
 
 リキヤ君がこうた君をゆるしたことは、ブンちゃんにとっておどろきでした。
自分じぶん名前なまえが出なかったことにホッとしたブンちゃんでしたが、悪者わるものになってしまったこうた君のうし姿すがたが、あたまからはなれません。
(こうた君はリキヤ君にゆるしてもらったんだ。だからもういいんだ)
そう自分じぶんかせても、こうた君のうし姿すがたがパッとあたまかんできます。
(こうた君は先生せんせいにもしかられなかったんだ。だからもういいんだ)
そうつよ自分じぶんかせても、まだ、こうた君のうし姿すがたかびます。
ブンちゃんのむねがギュッとけられ、ブンちゃんはむねに手をてました。
作戦通さくせんどおりに上手うまくごまかせたはずなのに、ブンちゃんはまったよろこべません。
自分じぶん予想よそうしていたこととはちがうことばかりがこったからです。

なんでこうた君は?
なんでリキヤ君は?
なん沙織先生さおりせんせいは?

かえりのかいもそのことで、ブンちゃんのあたまはいっぱいでした。
 
 いえかえっても気になって仕方しかたがありません。
はんべているときも、お風呂ふろに入っているときも、あたまの中には教室きょうしつでの出来事できごとばかりがかんできます。
布団ふとんに入ってもそのことばかりです。
ブンちゃんはなかなかねむることができません。
月明つきあかりがカーテンの隙間すきまから入って、かべったスティッチのシールをらします。
こうた君のシャツがあたまかびます。
かなしげなうし姿すがたかびます。
ブンちゃんはむねに手をてて、大きくいきみました。
すると、
(あっ、このかおり)
また、あのときかおりがします。
教室きょうしつかんじたかおりです。
なんだっけ? なんかおりだっけ?)
おもい出そうとしてもおもい出せません。
いだことあるよなー、なんかおりだっけなー)
でもやっぱりおもい出せません。
心地ここちよいかおりに、ブンちゃんはだんだんねむくなってきました。

「うん、いいよ」

こうた君のこえがしました。
(こうた君?)
でも、もう目がけられません。
こうた君のこえおどいているはずなのに、からだうごきません。
心地ここちよいかおりにつつまれて、ブンちゃんはそのままねむってしまいました。
 
 今日きょういねずみいろくもが空のひくところにあって、いまにも雨がちてそうな空模様そらもようです。
飛行機ひこうきが「ゴーッ」とおとを立ててくもの下をんでいます。
いつもはとおくて見えない飛行機ひこうき模様もようが、今日きょうははっきりとかるくらいちかくをんでいます。
 校庭こうていにはイチョウの木のちています。
プレハブ校舎こうしゃちかくにある、元気げんきのないイチョウの木のです。
イチョウの木は、まるで黄色きいろいけの上に立っているようです。
女の子が教室きょうしつんでて、みんなにつたえるようにいました。

「こうた君、学校がっこうやすんでるんだって!」

(えっ)
ブンちゃんはおどろいて、またむねがドキドキしはじめました。
ブンちゃんがゆっくりうしろを見ると、ミカちゃんがとなりせきのリキヤ君を見ています。
みんなもリキヤ君に目をけています。
リキヤ君がなんうのかを、みんなが気にしているのです。
リキヤ君はくちびるをギュッとむすんで、なにかんがえるようにまどそとに目をけていましたが、恐竜きょうりゅうのあったほうに目をけると、つぶやくようにいました。

「もともとくびながくしすぎたから、れるかもしれないとおもっていたんだ。わざとじゃないみたいだし、それに、ちゃんとおれを見てあやってくれたからもういいんだ」

リキヤ君を見ていたミカちゃんも、もうわけなさそうにつぶやきました。

わたし、ひどいことっちゃったよね。こうた君、正直しょうじきあやまっていたし、リキヤ君がゆるすならもういいよね。わたし、こうた君にあやまらなくちゃ」

そううと、恐竜きょうりゅうのあったほうに目をけました。
ミカちゃんと一緒いっしょにこうた君をめていた子たちも、こうた君をゆるはじめました。

「そうだね」
「そうよね」

みんなの言葉ことばに、ブンちゃんは戸惑とまどっています。
正直しょうじきったほうかったんじゃないか、こうた君のせいにしなくてもかったんじゃないか、余計よけいなことをしてしまったんじゃないか)
ブンちゃんのむねはドキドキがまりません。
まるで昨日きのう出来事できごとがまたかえされているように、リキヤ君にあやまるこうた君のかお教室きょうしつから出て行くこうた君のうし姿すがたあたまかんできます。
(あー、なんでこうなるんだよー)

「ハーーー・・・」

大きくためいきをつき、ブンちゃんはまどそとに目をけました。
こうた君の姿すがたくもぞらうつります。
手をあらっているこうた君。
本を片付かたづけているこうた君。
「うん、いいよ」とニッコリと微笑ほほえんでいるこうた君。
そして、こうた君をだまそうとしている自分じぶん姿すがたかんできました。
こうた君を教室きょうしつむ自分。
図鑑ずかんってとたのんでいる自分。
「何やってんだよ」とさけんでいる自分。
ブンちゃんはうつむくと、右の手のひらをギュッとにぎめ、ドンドンとむねたたきました。

 見えなかった太陽たいようくもっすらとにじはじめました。
(おれはとても卑怯ひきょうなことしたんじゃないか、やってはいけないわるいことをしたんじゃないか)
椅子いすから立ち上がると、ブンちゃんはまどの手すりをにぎめました。
こうた君が恐竜きょうりゅうを見てだまっている姿すがたかびます。
ブンちゃんのむねが、またギュッとけられました。
(もしかしたら、こうた君、れたくびのことかっていたんじゃ・・・)
サッと、恐竜きょうりゅうかざってあったたなに目をけました。
(だったらなんでおれのせいにしなかったんだ? なんわけしなかったんだ? なん自分じぶんから悪者わるものになったんだ? なんで? なんで?)
昨日きのう教室きょうしつでの出来事できごとあたまめぐります。
いくらかんがえてもこたえは出ません。
こうた君がなぜそうしたのか、いつもごまかすことしかかんがえていなかったブンちゃんには、まったかりません。
なんで? なんで?)

 夕方ゆうがたになって、いねずみいろくもからは、やっぱり雨がちてきました。
飛行機ひこうきの「ゴーーーー」というおとちかくにこえます。
飛行機ひこうきが空のひくいところをんでいるのは、ブンちゃんにもすぐにかりました。
いつもならワクワクして飛行機を見上みあげるブンちゃんでしたが、そんな気分きぶんにはなれません。
ブンちゃんのこころいまの空のように、れる様子ようすはなかったからです。
 
 おともしないこまかい雨が、もう三日みっかつづいています。
空を見上みあげると、ねずみいろくもくろくもざって、まちつつむようにひろがっています。
雨のせいで、元気げんきのないイチョウの木のがたくさんちています。
木の根元ねもとはまた黄色きいろいけのようです。
 
 体育館横たいいくかんよこの二本のイチョウの木は、黄色きいろ目立めだってきましたが、まだかくれてえだはあまり見えません。
でも、プレハブ校舎こうしゃのそばの元気げんきのないイチョウの木は、ほそえだが見えてしまうほどちてしまっています。
ポタポタと枝先えださきかられるしずくが、ブンちゃんにはイチョウの木がかなしんでいるように見えました。
 
 今日きょうもこうた君はませんでした。
ブンちゃんは気持きもちがきません。
(おれがわるいんだ。こうた君のせいにしようとしたおれがわるいんだ)
ブンちゃんのむねはドキドキからズキズキにわっていました。
かなしそうなイチョウの木を見ていると、こうた君の姿すがたかさなります。
がるが、うつむくこうた君の姿すがたに見えてます。
こんな気持きもちなるなんておもってもいませんでした。
ウソをついてこんなにくるしくなるなんて想像そうぞうもしていませんでした。
こうた君のうし姿すがたあたまからはなれません。
くびっても、目をつむっても、空を見上みあげていても。
ブンちゃんはギュッとむねに手をてたままでした。
 
 こうた君がやすんでから一週間いっしゅうかんちました。
ねずみいろくもはまだまちおおったままです。
つづいていた雨は、ったりんだりしています。
元気げんきのないイチョウの木のは、雨にとされて、えだがハッキリと見えています。
まるでべつの木のようです。
 
 こうた君のことをはなす子はいませんでした。
それよりも、ブンちゃんが大人おとなしくなって、いつもそとばかり見ていることのほうが、みんなの話題わだいになっていました。

「どうしたんだ、あいつ」

だれかのこえこえてます。
こうた君のことが気になって仕方しかたがないブンちゃんは、毎日まいにちくるしくてたまりません。
とてもいたずらをしたりさわいだりする気持きもちにはなれません。
こうた君のことをかんがえると、つらくてくるしくて仕方しかたがないのです。
 教室きょうしつうしろのたなを見ると、のこされた作品さくひんの中に、まだリキヤ君の恐竜きょうりゅうがあるようにブンちゃんには見えています。
作品さくひんならたなを見るたびにこうた君をおもい出してしまいます。
(こうた君どうしてるんだろう。でも沙織先生さおりせんせいにはけない。こうた君がいまどうしているかいたら「なんで気になるの」って先生せんせいかれるかもれない。沙織先生さおりせんせいに、おれがやったって気づかれるかもれない)
ブンちゃんはまよっています。
でもかなければ、いつまでたっても、つら気持きもちはなくならないとかっています。
沙織先生さおりせんせいかおを見てはためいきをつき、沙織先生さおりせんせいと目がうとあわてて目をらす。
こんなことのかえしでした。

 教室きょうしつまどからそとを見ながら、ブンちゃんはながいためいきをつきました。

「ハーーー」 

勇気ゆうきを出せない自分じぶんが、なさけなくて仕方しかたありません。
元気げんきのないイチョウの木を見ると、わずかにのこったが、うなだれるように下をいています。
元気げんきのないイチョウの木が、またこうた君の姿すがたかさなります。
イチョウの一枚いちまいちました。
まるでこうた君の目からなみだこぼれるように、はゆっくりとちて行きます。
ブンちゃんはむねに手をてました。
ドキドキして、いきくるしくなっています。
もう我慢がまんできません。
かえりのかいわったあと、ブンちゃんはおもって沙織先生さおりせんせいくことにしました。

「えーっと・・・」

ブンちゃんは沙織先生さおりせんせいの目を見られません。

なにかごようですか?」

沙織先生さおりせんせいがブンちゃんのかお見詰みつめます。

「あのー・・・」

ブンちゃんは上着うわぎすそをギュッとにぎめます。

「うん、なーに?」

かおやさしく微笑ほほえんでいます。
ブンちゃんは先生せんせいの目を一瞬いっしゅん見ますが、目がうとすぐにかおを下にけてしまいます。
(このままじゃダメだ)
そうおもったブンちゃんはこえしぼしました。

「えっとー・・・となりのクラスのこうた君・・・ずっとおやすみしているけど、どうしたの?」

やっとえてホッとしたのか、ブンちゃんはかおをあげて沙織先生さおりせんせいを見ました。
(えっ・・・)
沙織先生さおりせんせい笑顔えがおはありませんでした。
微笑ほほえんでくれていた沙織先生さおりせんせいかおは、さっきとちがってかなしそうでした。
沙織先生さおりせんせい一瞬いっしゅんまどそとに目をけ、元気げんきのないイチョウの木のほう見詰みつめると、またブンちゃんを見て残念ざんねんそうにこたえました。

「こうた君、からだ具合ぐあいくなくてね、入院にゅういんしているの」

そううと、沙織先生さおりせんせいは、またまどそとに目をけました。
(やっぱり・・・)
ブンちゃんはまたうつむきました。
沙織先生さおりせんせいがブンちゃんのかお見詰みつめてたずねました。

「こうた君におはなしでもあるの?」

ブンちゃんは先生の言葉ことばにハッとして、一瞬いっしゅん沙織先生さおりせんせいかおを見ますが、すぐにうつむいてこたえました。

「ううん、なんでもない」

うつむいたままくびよこると、ブンちゃんはトボトボと教室きょうしつを出てきました。
(ああ、おれのせいだ。こうた君、かなしくて病気びょうきがひどくなったんだ。みんなのまえ悪者わるものになっちゃって、絶対ぜったいおれのせいだ)
下駄箱げたばこまえで、ブンちゃんはなみだが出そうなのをグッと我慢がまんしました。
 
 校舎こうしゃを出ると、そとつめたい霧雨きりさめっています。
元気げんきのないイチョウの木の枝先えださきからしずくちます。
ブンちゃんをめるように、パラッ、パラッとブンちゃんのかさしずくたります。
ブンちゃんはイチョウの木を見られません。
校帽こうぼう目深まぶかにかぶり、かさかおかくしながら、ブンちゃんは元気げんきのないイチョウの木のよことおぎてきました。

 すこかぜつめたい日曜日にちようびです。
つづいた雨は、あさにはんでいました。
昨日きのうまでねずみいろだったくもには、っすらとしろくもざっています。
でも、これからスッキリれてくるようにはかんじられない、そんな空模様そらもようでした。
 だれもいない学校がっこうよことおると、元気げんきのないイチョウの木の一番下いちばんしたえだに、二枚にまいだけれていました。
ブンちゃんは校庭こうていに入って、元気げんきのないイチョウの木のそばまであるいてきました。
 もともと、校庭こうていには四本のイチョウの木がありました。
西にし体育館側たいいくかんがわに大きなイチョウの木が二本。
ひがし校舎側こうしゃがわすこひくいイチョウの木と一番いちばんひくいイチョウの木が二本です。
すこひくいイチョウの木とうのが『元気げんきのないイチョウの木』です。
でも、一番いちばんひくいイチョウの木は、夏休なつやすみのあいだになくなっていました。
プレハブ校舎こうしゃつくられるから、とおくのまちうつされてしまったのです。
ひがし校舎側こうしゃがわのこされたすこひくいイチョウの木は、ブンちゃんが転校てんこうしてたときから、あまいていなくて「元気げんきのないイチョウの木だな」とブンちゃんはおもっていました。
 
 学校がっこうにイチョウの木を見にるおじいさんがいます。
いつもイチョウの木を見ているので、みんなは『イチョウじいさん』とんでいます。
どこにんでいるかブンちゃんはりません。
何歳なんさいなのかもりません。
いつも茶色ちゃいろのズボンに緑色みどりいろ上着うわぎていて、ブンちゃんには、なんだか不思議ふしぎかんじのするおじいさんなのです。
 
 夏休なつやすみのまえ、まだ校庭こうていに四本のイチョウの木があったころのことです。
このイチョウの木だけが元気げんきがない理由りゆうをイチョウじいさんにいたことをブンちゃんはおもい出しました。

「おじいさん、なんでこの木だけがあまりついていないの?」

元気げんきのないイチョウの木を見ていたおじいさんは、ブンちゃんをジッと見たあと、またイチョウの木に目をけました。

「ああ、あたらしい校舎こうしゃができるとまってからじゃなあ、この木が元気げんきをなくしてしまったのは・・・」

おじいさんは木を見上みあげ、こしばすように、こしに手をててからだこしながらいました。

「このまちにはイチョウの木がたくさんあるじゃろ。どこに行ってもかならずイチョウの木が見られる。ここはイチョウのまちなんじゃ。
どのイチョウもみんな神社じんじゃの大イチョウとブランコ山の大イチョウの子供こどもまご曾孫ひまごたちなんじゃ。この校庭こうていの四本のイチョウもそうじゃ。いや、それだけじゃない。校舎こうしゃうら体育館たいいくかんうら学校がっこう敷地しきちにあるイチョウは、みんなつながっている家族かぞくなんじゃよ」

そううと、おじいさんはかえって体育館たいいくかんほうに目をけました。

体育館たいいくかんのそばにある二本のイチョウの大きいほうがおとうさんの木で、となりがおかあさんの木じゃ。そして、元気げんきのないこの木がおにいさんで、今度こんど校舎こうしゃ出来でき場所ばしょにある、あの一番いちばんひくいイチョウの木がいもうとの木なんじゃ」

おじいさんはしばらく妹の木を見詰みつめていました。

「お父さんの木は、ブランコ山の大イチョウが、まだ神社じんじゃの大イチョウとならんで立っていたときに、神社じんじゃの大イチョウのたねからまれたんじゃ。神社じんじゃまわりのイチョウの木もそうじゃ。みんな家族かぞくなんじゃよ。つながっているんじゃよ」

おじいさんは木に手をてて、やさしく木のみきをさすりました。
そして、おじいさんはかえり、ブランコ山のほう見詰みつめ、またはなはじめました。

「もうだいぶむかしはなしじゃ。まだブランコ山が小高こだかおかで、ブランコもなく、ブランコ山と名前なまえさえいていなかったころのことじゃ。
どこからでも人々を見守みまもってくれるようにと、神社じんじゃの大イチョウの一本がブランコ山にはこばれたんじゃ」

おじいさんはブンちゃんを見てニコッ微笑ほほえむと、またブランコ山に目をけました。

「そりゃもう大変たいへんじゃった。いまみたいにトラックがある時代じだいではなかったから、人の手だけではこんだんじゃ。たくさんの人の手をりて、はこぶだけで一月ひとつき以上いじょうかかったんじゃよ」

「そんなに?」

ブンちゃんがおどろいてこえを上げると、おじいさんは「どうじゃ、すごいじゃろ」とうようなかおでブンちゃんを見ました。

人々ひとびとはイチョウの木を『まも』として大切たいせつあつかったんじゃ。いまもそうじゃが、神社じんじゃの大イチョウは、むかしもたくさんのをつけたんじゃ。人々ひとびとはそのからたねり、苗木なえぎそだて、一軒一軒いっけんいっけんいえまもり木としてイチョウの木をそだてたんじゃ。そして、いえだけじゃなく、川辺かわべ道沿みちぞいとか、いたところにイチョウの木をえていったんじゃ。もちろんブランコ山にもじゃ。そのあと何十年なんじゅうねんち、人がえ、子供こどもえて小学校しょうがっこうができたとき、人々ひとびと神社じんじゃからイチョウの木を小学校しょうがっこうはこんでたんじゃよ。それがあのお父さんの木じゃ」

おじいさんはお父さんの木に目をけました。

「じゃが一本だけじゃさびしいじゃろうと、ブランコ山からもう一本はこんでたんじゃ。それがお母さんの木じゃ」

おじいさんはお母さんの木を見詰みつめました。

「そうか、お父さんの木と結婚けっこんさせたんだね」

ブンちゃんがそううと、おじいさんはブンちゃんを見てニヤッとわらいました。

夫婦ふうふ子供こどもたちを見守みまもってしいとねがいをめて、みんなではこんだんじゃ。もう大きな木じゃったから、お母さんの木のときも、そりゃ大変たいへんじゃった」

おじいさんは目をつむって、おもい出すようにいました。

何年なんねんかして、お母さんの木からもたねれるようになったんじゃ。そしたらの、学校がっこう子供こどもたちは、そのたねから苗木なえぎそだて、また学校がっこうえることにしたんじゃ。十年に一本、学校がっこう誕生日たんじょうびるたびに記念きねんとしてな。まず校舎こうしゃうら一番いちばんじゃった」

「なんで校舎こうしゃうらなの?」

むかしは木でつくられた木造校舎もくぞうこうしゃでな、平屋ひらや校舎こうしゃふたつあったんじゃ。平屋ひらやうのは、一階いっかいだけとうことじゃな。いまうらになってしまったが、その木造校舎もくぞうこうしゃあいだ中庭なかにわになっておったんじゃ。。むかし学校がっこういまよりもひろかったんじゃよ」

「ふーーん」

いま校舎こうしゃうらのイチョウの木が一番いちばん上のおにいさん。つぎ体育館たいいくかんうらがおねえさん。ほかのイチョウの木たちも、この木のおにいさんやおねえさんなんじゃよ」

むかし体育館たいいくかんもなかったの?」

「そうじゃな、むかしちが建物たてものじゃった。じゃが、いま体育館たいいくかんうら校庭こうてい一部いちぶだったんじゃ」

「へーー、そうなんだ」

「そのあと何本なんぼんもイチョウの木がえられていったんじゃ。もちろん、校舎こうしゃえでうつされたものもあったがの。それから何十年なんじゅうねんって、学校がっこういまかたちになってからじゃ、校庭こうていにもイチョウの木がえられたんじゃ。それがさっきもったこの木じゃ」

おじいさんは、ゴツゴツしたみきをポンポンとたたきました。

「そして、そのつぎ十年じゅうねんってえられたのが、あのいもうとの木なんじゃよ」

おじいさんはいもうとの木に目をやると、しばらく、ジッといもうとの木を見詰みつめていました。

「へー、じゃあ、この木は大イチョウのまごってことだね」

ブンちゃんもこしに手をててイチョウの木を見上みあげました。

「そううことじゃな」

おじいさんはブンちゃんを見てニコッとわらいました。

「このイチョウたちは、なん校庭こうていのこの場所ばしょえられているのかっているかな?」

おじいさんは、イチョウの木に手をてながらいました。

「このイチョウの木たちは、どれも子供こどもたちのやくっているんじゃよ。なつ太陽たいよう日差ひざしをさえぎって、教室きょうしつすずしいかげつくってくれる。
ふゆらして、あたたかい日差ひざしを教室きょうしつとどけてくれるんじゃ。
校舎こうしゃうらほかのイチョウの木にも火事かじつよかぜから学校がっこうまも役目やくめがあるんじゃ。
それにのう、なつわるといろわりはじめ、あきふゆあいだには段々だんだんときれいな黄色きいろわってくじゃろ。そのうつわりが、みんなのこころやさしくしてくれるんじゃ。掃除そうじ大変たいへんじゃろうが、わしはとってもたのしみなんじゃ」

おじいさんはイチョウの木のみきをさすって、元気げんきのないイチョウの木をはげますようにはなしました。

「でもあたらしい校舎こうしゃができることになって、いもうとの木がとおくの町にうつされることになってしもうた。だからかのう、かわいそうに、この木は、元気げんきがなくなって、病気びょうきになってしまったんじゃ。
しかも、この木のまえ教室きょうしつは、倉庫そうことして使つかわれることになってしまった。子供こどもたちのやくにも立てなくなってしまったとおもって残念ざんねんがっているんじゃ」

おじいさんは元気げんきのないイチョウの木を見詰みつめると、ポンポンとなぐさめるようにやさしくみきたたきました。
そして、木を見上みあげてさびしそうにつぶやきました。

「もしかしたら、病気びょうきになったこの木はられてしまうかもれんのう。られたら仕舞しまいなんじゃがのう」

元気げんきのないイチョウの木を見るおじいさんの目は、かすかにうるんでいるようでした。

(あのときのイチョウじいさん、かなしそうだったなあ) 
イチョウじいさんのかおおもい出して、ブンちゃんは元気げんきのないイチョウの木をジッと見詰みつめました。
イチョウのがブンちゃんに手をるようにかすかにれています。
(そうだ、たしかあのあと、木が元気げんきになるように水をあげたんだ)
あつい日がつづいて、水がりないから元気げんきがないのだとおもったブンちゃんは、バケツをって、何杯なんばいも水をかけてあげたのをおもい出しました。
 
ヒューーー

突然とつぜんつよかぜきました。
二枚にまいあった一枚いちまいえだかられてかぜばされました。
校庭こうていなかまでばされ、クルクルとそのまわっています。
大きなえんえがいてまわっていたは、徐々じょじょに小さくまわりだし、そのままブンちゃんのほう近付ちかづいてました。
そして、ブンちゃんのまえおどるように、ゆっくりと地面じめんの上ではじめました。
(すごい)
ブンちゃんはイチョウのから目がはなせません。
えんえがきながらすこしずつがってきます。
そして、徐々じょじょ元気げんきのないイチョウの木のほうもどってきます。
元気げんきのないイチョウの木に近付ちかづくと、一気いっきたかい上がりました。
えんえがきながら、黄色きいろが空へとい上がってきます。
元気げんきのないイチョウの木をえ、校舎こうしゃえ、空高空高い上がって、次第しだいに見えなくなってしまいました。
(あー、っちゃったー。でも、なんかすごかったなあ)
ブンちゃんは元気げんきのないイチョウの木に目をもどします。
ほそえだのこされたれて、またブンちゃんに手をっているようです。
(あっ)
ブンちゃんはハッとしました。
手をるようにれるが、こうた君とかさなったのです。
ギュッとむねに手をて、ブンちゃんはあるしました。
校庭こうていを出て、だんだんと早足はやあしになります。
ゆっくりあるいてなどいられません。
今日きょう大切たいせつようがあることをブンちゃんはおもしたのです。
 
 ブンちゃんがかったのは、まち一番いちばん大きな病院びょういんです。
ブンちゃんはこうた君が入院にゅういんしている病院びょういん沙織先生さおりせんせいからいていたのです。
 病院びょういんしろくて大きな建物たてものです。
へいかこまれた病院びょういん入口いりぐちかえると、病院びょういんまでつづみち両側りょうがわには、イチョウの木が何本なんぼんも立ちならんでいます。
(このイチョウたちも大イチョウの子供こどもたちなのかな?)
おじいさんのはなしおもい出し、ブンちゃんはたくさんののこるイチョウの木を見回みまわしました。
 
 日曜日にちようび病院びょういんは、人がすくなくてしずかです。
でも、はながスーッとするようなにおいは、まえときおなじでした。
人がすくないせいか、ホールがひろかんじます。
入口いりぐちの上のステンドグラスを見ると、テレビで見た外国がいこく教会きょうかいているようでした。
正面しょうめんには中庭なかにわがあって、二階にかいくらいまでの高さの木が立っています。
イチョウの木です。
そして、その木のおくに二本、小さなイチョウの木もえられています。
まえたときはたくさんの人に気をられ、イチョウの木があるなんてかりませんでした。
(ここにもイチョウの木があるんだ)
ブンちゃんはしばらくイチョウの木に見入みいってしまいました。

ちがう、ちがう!」

くびを小さくよこってそううと、目線めせんもどし、ブンちゃんはあたりを見回みまわしました。
立ちまっている場合ばあいではありません。
こうた君の部屋へやさがさなくてはいけないのです。
 
 ひろいロビーのなかで、ブンちゃんはキョロキョロとしています。
掃除そうじのおばさんがいます。
ガードマンのおじさんがいます。
白衣はくいている人もいます。

「ヤマダさーん、ヤマダハナコさーん」

どこにあるのかからないスピーカーから、女の人のこえひびいています。

「はい、はい、はい」といながら、おばさんがはしっています。

(どうしよう)
だれかにこうた君の部屋へや勇気ゆうきが出ないブンちゃんは、そのをウロウロするばかりです。
(ダメだ、自分じぶんさがそう)
ブンちゃんはホールのおくかってあるはじめました。
 
 ホールのおく廊下ろうかになっていました。
廊下ろうかなが椅子いすばかりがいてあります。
すわっている人がブンちゃんをチラッと見ます。
ブンちゃんは目をわせないようにあるきます。
あるきながら、廊下ろうか両脇りょうわきにある部屋へやのぞみます。
でも、中にいるのは看護師かんごしさんばかりで、ベッドがいてある部屋へやがありませんでした。
(このかいにはいないみたいだな)
ホールの手前てまえまでもどって、エレベーターのよこにある階段かいだんのぼり、ブンちゃんは二階にかいかいました。
 
 二階にかい廊下ろうかではパジャマをた人が椅子いすすわっています。
その人もブンちゃんを見ています。
ブンちゃんは目をわさないように廊下ろうかあるきます。
廊下ろうかおくまどからイチョウの木が見えています。
(またイチョウの木・・・)
ブンちゃんはまた両脇りょうわきにある部屋へやのぞみました。
(このかいにもいない)
ここにもベッドがある部屋へやはありませんでした。

 今度こんどあし階段かいだんのぼりました。
階段かいだんのぼると、正面しょうめんには看護師かんごしさんが三人いました。
看護師かんごしさんはいそがしそうにうごまわっています。
廊下ろうかを見ると、このかいにはなが椅子いすがありません。
いてあるのははちに入った大きな植物しょくぶつだけです。
あまり見たことない植物しょくぶつで、が大きぎて本物ほんものには見えません。
 おじいさんと目がいました。
パジャマ姿すがたのおじさんは、ブンちゃんを見詰みつめてニコッとわらいます。
ブンちゃんはおもわず目をらしました。
 すみっこのガラスでかこまれた小さい部屋へやでは、タバコをっている男の人がいます。
やっぱりパジャマをています。
部屋へやまどからまたイチョウの木が見えました。
(この病院びょういんまわりにもイチョウの木がたくさんあるんだ・・・)
そうおもいながらブンちゃんは廊下ろうかすすみました。
 
 廊下ろうかにはとびらがいっぱいあります。
全部ぜんぶとびらいています。
ゆっくりと一番近いちばんちかくのとびら近付ちかづくと、ドアのよこには名前なまえがたくさんいてあるプレートがかっていました。

「ハハハハー」

部屋へやからわらごえこえます。
そーっと中をのぞくとベッドが見えました。
おそおそる中へ入ってみると、ベッドがならんでいました。
みんなパジャマをてベッドによこになっています。
ねむっていたり、本をんでいたり、イヤホンをつけてテレビを見ている人もいます。
はなしをしていたのは、お見舞みまいいにている人です。
みんな大人おとなばかり。
子供こどもはいません。
(なんだ・・・)
ブンちゃんはガッカリしました。
 
 ほかの部屋へやさがしました。
おじさんばかりの部屋へやがありました。
女の人だけの部屋へやもありました。
三階さんかいにあるすべての部屋へやのぞいてみましたが、こうた君を見つけることはできませんでした。
 
 ブンちゃんはあきらめて階段かいだんもどります。
看護師かんごしさんのいた場所ばしょとおぎると、スーッとしたにおいがはなに入ってきました。
注射ちゅうしゃときにおいです。
そのにおいと一緒いっしょに大きくいきむと、ブンちゃんはまた階段かいだんがりました。

四階よんかいさがしました。
四階よんかいにもいません。

五階ごかいさがしました。
五階ごかいにもいません。

どのかいでも看護師かんごしさんがいそがしそうにうごいていました。
タバコをう小さな部屋へやもありました。
偽物にせものみたいな植物しょくぶつもスーとするにおいも一緒いっしょでした。
そして、こうた君がいないのも一緒いっしょでした。
 
 六階ろっかいました。
(あとはここだけだ・・・)
六階ろっかいいままでのかいよりすこしずかです。
正面しょうめんのカウンターの中には看護師かんごしさんが一人ひとりだけです。
看護師かんごしさんはブンちゃんにやさしく微笑ほほえみました。
ブンちゃんはあわてて目をらしました。
 小さな部屋へやでタバコをっている人はいません。
パジャマであるいている人もいません。
廊下ろうかにはいままでよりとびらがたくさんあります。
おくには人がはしるマークの入った緑色みどりいろかりが、すこ不気味ぶきみひかっています。
人がたくさんいる部屋へやはなさそうです。
とびらいた部屋へやまった部屋へやがあります。
とびらまえにはひとつだけ名前なまえかれた小さなプレートがけてあります。
でもいてある名前なまえは、ブンちゃんのらない漢字かんじばかりでした。
(こうた君の名前なまえ漢字かんじ先生せんせいいておけばかった。)

「ハーーー」

ブンちゃんはながいためいきをつきます。
でも、ここまであきらめるわけにはいきません。
(ひとひとつ見て行こう)
ブンちゃんはゆっくりとあるはじめました。 
 
 ひとつ目の部屋へやとびらいています。
名前なまえには「佐藤さとう」の文字もじがあります。
佐藤さとう」はめました。
ミカちゃんの名字みょうじおなじです。
佐藤さとう」の文字もじの下にはめない漢字かんじひとつあって、その下に「子」の文字もじがありました。
(女の人の部屋へやだな)
そうおもいながら中を見ると、ベッドにすわる女の子のうし姿すがたが目に入りました。
ベッドの上には、からだこして女の子とはなしをしているおばあさんがいます。
ブンちゃんに気付きづいたおばあさんが、ブンちゃんを見てやさしく微笑ほほえみました。
ブンちゃんはあわてて、とびらまえからはなれます。
(なんか見たことある人だ。なんか、ミカちゃんのおばあちゃんにてたな。名前なまえ佐藤さとうだから、もしかしたらミカちゃんのおばちゃんかも・・・だとするとあの子は・・・)
ブンちゃんは立ちまり、むねに手をてて、そっと目をじました。
こうた君を指差ゆびさしてめているミカちゃんの姿すがたかびます。
「こうた君にあやまらなくちゃ」とっていたミカちゃんの姿すがたかびます。
ちがう、ちがう。いまはこうた君をさがさなきゃ)
ハッとわれかえり、かお左右さゆうって、ミカちゃんの姿すがたはらうと、ブンちゃんはまたあるはじめました。
 
 ふたつ目の部屋へやとびらまっています。
でも、名前なまえには最後さいごに「子」の文字もじがついています。
ここも女の人の部屋へやです。
 
 みっつ目はすぐにちがうとかりました。
お母さんとおなじ「」の文字もじが、名前なまえ最後さいごについていたからです。
 
 よっつ目もかりました。
名前なまえ最後さいごはお父さんとおなじ「男」の文字もじでした。

「ハーー」

ブンちゃんは、なかなか、こうた君とえません。
 
 とうとう廊下ろうか一番いちばんおく最後さいご部屋へやまえました。
この部屋へや名前なまえがありません。
とびらいています。
電気でんきえていて、薄暗うすぐらくなっています。
部屋へやおくのカーテンがかぜれています。
中の様子ようすかりません。
ブンちゃんはすこしドキドキしています。
おそおそる、そーっと中に入りました。
部屋へやしずまりかえっています。
人の気配けはいはありません。
(ああ・・・)
部屋へやの中はまくらいてあるベッドがあるだけで、だれもいませんでした。
(なんだよ・・・)
ブンちゃんはかたとしうつむきます。
なんでいないんだろう? これだけさがしたのにいないなんて、沙織先生さおりせんせい病院びょういん間違まちがえたのかな?)

「ハー」

小さくためいきをつき、ブンちゃんは部屋へやを出ました。
 
 廊下ろうかおくまどから入るかぜが、ブンちゃんの首筋くびすじあせぬぐいます。
上着うわぎたまま階段かいだんをたくさんのぼって、たくさんあるまわったので、ブンちゃんはっすらとあせをかいていました。
ブンちゃんは一生懸命いっしょうけんめいです。
いつもならいやになってしているブンちゃんでしたが、今日きょうちがいます。
(こうた君にってわなくちゃいけない。こうた君にわないとつら気持きもちはなくならない)
ブンちゃんはこころめていたのです。
はだでるかぜがブンちゃんを元気付げんきづけます。
(もう一回いっかい、下からさがなおそう)
こぶしをにぎめ、フンとはなからいきすと、ブンちゃんまたあるはじめました。
 
 階段かいだんまえに立つと、大きくいきい込んで「フーー」とゆっくりいきき出しました。
まわりに人はいません。
さっきまでいた看護師かんごしさんもいません。
階段かいだんまえはシーンとしずまりかえっています。
(あれ?)
階段かいだんまえに立ったとき、ブンちゃんは不思議ふしぎおもいました。
まえたときは、お母さん六階ろっかいてだってってたよな? まだ上のかいがあるんだ・・・)
必死ひっしになっていたので気付きづきませんでしたが、階段かいだんはまだ上のかいつながっていました。
(お母さん、間違まちえちゃったんだな。ここは七階建ななかいだてなんだ)
そうおもいながら、ブンちゃんは階段かいだん見上みあげました。
階段かいだんおどかりがえていて薄暗うすぐらくなっています。
かべには「7」の文字もじっすらと見えます。
上のかいから音はこえません。
(よし、くぞ)
そうおもって階段かいだんのぼりかけたときでした。
階段かいだんの上からヒラヒラとなにかがちてました。
(なに?)
くらくてよく見えませんでしたが、かみのような、ちょうのような、それは左右さゆうれながら、ゆっくりとブンちゃんの足元あしもとちました。
(あれ? なんでこんなところに?)
それは黄色きいろいイチョウのでした。
ブンちゃんは校庭こうていっていたイチョウのおもい出しました。
(あのイチョウ? そんなわけないよな・・・)
ブンちゃんはイチョウのひろげると、クルクルとゆびまわしながら、ゆっくりと階段かいだんのぼはじめました。
 
 階段かいだんのぼると、いままでのかいちがって、七階ななかい薄暗うすぐらくとてもしずかなかいでした。
人のはなごえやテレビの音もこえません。
看護師かんごしさんもいません。
それに、タバコを部屋へやもありませんでした。
ガラスで仕切しきられた小さな部屋へやには、大きなはちえられた、ひくいイチョウの木が立っていました。
すべてのがきれいな緑色みどりいろのイチョウです。
(ここからちたんだな。あれ? でも緑色みどりいろだ。)
ブンちゃんは手にった見詰みつめめます。
ちたやつが黄色きいろになって、またちてたんだな)
ブンちゃんは手にったイチョウのをクルクルとまわしながらイチョウの木を見詰みつめめました。
 
 あたりはしずかなままです。
廊下ろうかあるくたびにキュッキュッと足音あしおとひびきます。
いつもなら、ふざけてわざと音をらすブンちゃんですが、あまりのしずかさにそんなことはできません。
そーっと足をみ出します。
(下のかいとなんかちがう)
下のかいでは廊下ろうかならんだとびらがあったのに、このかいではかべならとびらがありません。
しろかべつづき、とびら廊下ろうかおくに一つだけです。

 とびらの上のほうに小さなかりが、すこ不気味ぶきみに光っています。
おもわず手にっていたイチョウのにぎめます。
(あの部屋へやだけだ)
イチョウのをポケットにしまうと、ブンちゃんは廊下ろうかおく部屋へやかって、ゆっくりとあるき出しました。
キュッ、キュッと、小さな音がひびきます。
なんとなく下のかいより廊下ろうかながかんじられます。
(ここがホントの最後さいごだ)
 
 かりはとびらについた小さなガラスまどかられたひかりでした。
とびらまえに立つと、ブンちゃんは目をじて「フー」といききました。
そしてふたたび目をけたときでした。

「ここだよ」

(えっ)
部屋へやの中から男の子のこえこえたような気がしました。
あたりを見回みまわしますが、だれもいません。
(気のせいか・・・下のかいだな)
ブンちゃんはとびらよこに目をけました。
ここにも名前なまえいてあるプレートがありました。
衣鳥いとり 耕太こうた
(あっ、沙織先生さおりせんせいおなじだ。「いとり」だ)
ブンちゃんはすこおどろきましたが、それよりも名前なまえ最後さいご文字もじに目をうばわれました。
『太』の文字もじです。
最後さいごが「た」だ! もしかして、ここかも)
ブンちゃんは一歩いっぽとびらまえちかづきます。
音がしないようにゆっくりととびらよこにずらします。
そーっと、そーっとずらします。
片目かためで見えるくらいとびらをずらしました。
左目ひだりめをつむり、右目みぎめだけで中をのぞみます。
でもすこさきしろいカーテンがかかっていて、おくまで見えません。
カーテンがかすかにかぜれます。
まどいているようです。

「ここだよ」

(えっ?)
またこえこえました。
(もしかして、こうた君?)
とびらしずかにひろげ、こえせられるように、ブンちゃんは部屋へやに足をれました。
スーッとするにおいはしません。
そのわり、気持きもちのかおりがしました。
(あっ、あのかおりだ。えーっとなんかおりだっけ・・・)
立ちまってかんがえましたがおもい出せません。
ちがう!)
ブンちゃんはかおよこにブルブルとります。
ブンちゃんはカーテンの隙間すきまから、また片目かためだけでおくのぞきました。
ベッドが見えます。
でも、足のほうしか見えなくて、だれがいるのかかりません。
ブンちゃんはカーテンをそっとめくりました。
ドキドキしながら、音を立てないように、ゆっくりすすみます。
ベッドのよこかべってあるのが見えました。
二枚にまいあります。
『おにいちゃん』とかれた男の子のと、もう一枚いちまいは男の子が二人ふたりえがかれたです。
一人ひとりはリキヤ君にています。
(フフッ、リキヤ君にそっくりだ・・・)
ブンちゃんのかおみがかびました。
 
 もうすこすすむと、すこししぼんだ銀色ぎんいろ風船ふうせんふたつ、窓際まどぎわの手すりにつなががれてかぜれていました。
だれかいる)
ベッドで人がているのが見えます。
(あっ、ここだ!)
こうた君が見えました。
ホッとしたブンちゃんは、むねに手をて、音が出ないように、ゆっくりと大きく深呼吸しんこきゅうをしました。
 
 こうた君は口に緑色みどりいろのマスクをつけています。
っすらととおったマスクは、こうた君のいきくもったりとおったりしています。
ベッドのよこには、テレビで見たことがある機械きかいいてあります。
機械きかいからは「ピッ、ピッ」と音がっています。
 
 女の人が椅子いすすわっています。
こうた君を見ています。
看護師かんごしさんのふくていません。
女の人の横顔よこがおすこかなしそうです。

「あのー」

ブンちゃんがこえしぼり出します。
女の人がブンちゃんに気付きづきました。
おどろいた様子ようすもなく、女の人はニッコリとブンちゃんに微笑ほほえみます。
その笑顔えがおは、はじめてこうた君とはなしたときおなじ、やさしい笑顔えがおでした。
(きっと、こうた君のおかあさんだ)
そうおもったらドキドキしてきて、ブンちゃんはうつむいてしまいました。

「あなた、ブンちゃんね」

女の人はまるでブンちゃんがることをっていたようにブンちゃんの名前なまえいました。
(えっ)
ブンちゃんはビックリしました。

「あ、はい・・・でも、なんで・・・」

女の人はねむっているこうた君を見て、ささやくようにいました。

「ホントだったね」

やさしく、でも、どこかさびしげな笑顔えがおです。
女の人はブンちゃんのほうにゆっくりなおりました。

耕太こうたがね『ブンちゃんがるよ』ってっていたのよ」

そううと、女の人はニッコリと微笑ほほえみました。
(えっ)
ブンちゃんはおどろいて言葉ことばが出ません。

「ブンちゃん、一人ひとりてくれたの?」

女の人はせきを立ち、ブンちゃんのまえかがみむます。
ブンちゃんが小さくコクッとうまずくと

「ありがとう」

そうって手のひらをブンちゃんのほおやさしくてました。
やわらかくてあたたかい手でした。
お母さん以外いがいの人にこんなことをされたのははじめてだったので、ずかしくて、ブンちゃんのかおはみるみるあかくなっていきました。

「でも、ごめんね、せっかくてくれたのに。耕太こうたね、昨日きのうよるからずっとねむったままなの。
昨日きのうのおひるはベッドで本をんでいたんだけどね・・・」

女の人はさびしそうな笑顔えがおでブンちゃんを見詰みつめると、ゆっくり立ち上がって、またこうた君に目をけていました。

耕太こうたね、とてもよろこんでいたのよ。『学校がっこうでブンちゃんのやくてたかもしれない』って、ホントうれしそうにはなしてくれたの」

(えっ?)
ブンちゃんはこうた君を見ました。

「でもね、どんなやくに立ったのかは、ずかしがってわないの」

女の人の言葉ことばに、ブンちゃんはうつむいてしまいました。
(やっぱりだ。やっぱりこうた君はってたんだ)

「それでね『ブンちゃんがるかもしれないから手紙てがみかなくちゃ』ってってね、一生懸命いっしょうけんめいいていたのよ。あんまり夢中むちゅうになっているから『見せて』ってったんだけど、絶対ぜったいに見せてくれないの。『ブンちゃんがたらおはなしすればいいじゃない』ってったんだけど『口でうのはずかしいしから』ってうの」

女の人はまだこうた君を見詰みつめています。
でも、こうた君を見詰みつめる目は、さっきよりもうるんでいて、とてもかなしそうです。
女の人はベッドのよこ物入ものいれまえに立つと、一番いちばん上のしからなにかをしました。
かえった女の人が手にっているのは封筒ふうとうでした。
女の人は封筒ふうとうを見ながらやさしいみをかべると、その封筒ふうとうをブンちゃんに手渡てわたしました。

「はい、どうぞ」

(えっ?)
スティッチのいてある水色みずいろ封筒ふうとうでした。
なかにはすこふるえた文字もじで『ブンちゃんへ』といてあります。
ブンちゃんはねむっているこうた君をチラッと見て、女の人から封筒ふうとうりました。
うらを見ると、そこにはプリークリーのシールがってありました。
ブンちゃんは封筒ふうとうけようとシールをがします。
でもからだほそいプリークリーのシールは上手うまがれません。
シールがれないように、ブンちゃんは丁寧ていねいにゆっくりとがしました。
 
 封筒ふうとうけ、中身なかみり出すと、手紙てがみ二枚にまい入っていました。
スティッチとエンジェルやジャンバ、プリークリー、ユウナ、それにハムスターヴィールまで、みんな仲良なかよ写真しゃしんっているいてありました。
文字もじはやっぱりふるえたような文字もじです。
でもこうた君が一生懸命いっしょうけんめいいてくれたことは、一目ひとめ見ただけでかりました。

*****

ブンちゃんへ
ぼくね ブンちゃんが「手伝てつだって」ってってくれたとき とってもうれしかったよ。
だって ぼく からだよわいから 先生せんせいもクラスのみんなも 心配しんぱいしてくれて つかれるようなこと させてくれないんだ。おかあさんは 元気げんきでいるだけで やくっているのよってうけど やくってるっておもえないのが ちょっと くやしかった。
恐竜きょうりゅうくびれているのは すぐにかったよ。だって 本の上にいてあっても くびすこしずれているの見えたからね。
ブンちゃん もうすこし うまくやらないと。
でも ぼくね おもったんだ。ぼくがこわしたことにすれば ブンちゃんはみんなにきらわれなくてすむんだなって。
どうだった? うまくいったかな。
でもね ブンちゃん にしないでね。ぼくいいからね。
ぼく 悪者わるものになっても 平気へいきだからね。

ぼくね あんまりきられないかもしれないんだ。
かあさんも おとおさんも おじいさんも「ダイジョウブ」ってうけど ぼくとおなじだった子をってるんだ。病気びょうきおなじだった。その子も 学校がっこうに行ったり やすんだりしてたんだけど すごい発作ほっさが出たら たすからなかったんだ。
発作ほっさってね せきが いっぱいてね からだうこときかないんだ。こんど すごい発作ほっさが出たら きっと ぼくも 学校がっこうけなくなる。だから 学校がっこうけるうちに だれかのやくちたいなっておもっていたんだ。そしたら ブンちゃんが 手伝てつだってって ぼくをんでくれたでしょ。ぼく ほんと うれしかったんだよ。
それに 本の片付かたづけだけじゃなくて ブンちゃんがみんなにきらわれないようにできるなんて すごいことだとおもったんだ。みんなにウソついちゃったけど しょうがないよね。
でも あのあと すぐに 発作ほっさが出ちゃって 病院びょういんはこばれちゃった。
ってる子みたいにならなくてかったけど もしかしたら ぼくが 学校がっこうけなくて ブンちゃんが にするかもしれないっておもったんだ。
だから 手紙てがみこうっておもったんだ。

ブンちゃんが 手紙てがみんでるってことは てくれたんだね。
ぼく もう えないってことかな?
ぼく ねてる? くちにマスクつけてる?
マスクつけてたら ブンちゃん ぼくに はなしかけてみてね。でも それで きちゃって ブンちゃんと ったら はずかしいな。

ブンちゃん ぼく こわくないよ
ブンちゃん ぼくのこと わすれないでね
ありがとう ブンちゃん

耕太こうた

*****

 ブンちゃんの目からなみだあふれて、ポタポタとゆかちました。
なんで、ニコニコして手伝てつだってくれたのか。
なんで、恐竜きょうりゅうまえかんがんだのか。
なんで、みんなのまえ名前なまえわなかったのか。
なんで、自分じぶんだけ悪者わるものになったのか。
ブンちゃんは全部ぜんぶわかりました。

「ごめんなさい、ごめんんさい、おれ、こうた君に、とってもわるいことしたんです。リキヤ君の恐竜きょうりゅうこわしたのおれなのに、こうた君のせいにしたんです。おれがウソついたから、こうた君が悪者わるものになっちゃったんです。ごめんなさい、ごめんなさい」

女の人はしずかにブンちゃんを見詰みつめています。
かなしそうな目で「かっているわ」とっているようです。
ブンちゃんはベッドの手すりをにぎめます。

「こうた君ごめんね。あやまるからきてよ。もうぜったいにウソつかないから。おれかったんだ。あやまることは、はずかしいことじゃないって。あやまらないまま、ごまかしたままのほうが、ずっとはずかしいんだって。そういう人が本当ほんとう悪者わるものなんだって。おねがいだからきてよ。こうた君、おねがいだから目をけてよ」

こうた君はだまったままです。
たのしいゆめでも見ているかのように、おだやかで、やさしく、とても満足まんぞくしたような表情ひょうじょうでこうた君はねむっています。
ブンちゃんはかえって女の人を見詰みつめます。

「こうた君なんできないの? なんできないの?」

女の人がブンちゃんをきしめます。
女の人はいています。
女の人のかなしみがブンちゃんにもつたわってきます。
 
 あのかおりがします。
おもせないあのやさしいかおりがブンちゃんをつつみます。

「う、う、うっ、ううー」

我慢がまんできずにブンちゃんはこえをあげてき出しました。
女の人がまたブンちゃんをギュッときしめます。
からだを小さくふるわせて、こえを出すのを我慢がまんして、しずかに、しずかに、女の人はいています。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

ブンちゃんは何度なんどあやまりました。
こうた君にゆるしてもらえるように。
こうた君のおかあさんにゆるしてもらえるように。
何度なんど何度なんどあやまりました。
 
 まどから入るやさしいかぜが、なみだぬぐうようにブンちゃんのほおでます。
かぜ二人ふたりつつみます。
かぜは、まるで両手りょうてきしめるように、やさしく、やさしく、二人ふたりつつんでいました。
 
 月曜日げつようび西にしそらではうすいねずみいろしろざったくも合間あいまから、太陽たいようひかり地面じめんかってっています。
ひかりはだんだんとふとくなり、すこしずつ見えなくなっていきました。
ひかりにかわって、今度こんどは青い空がくも合間あいまからかおを出しました。
水色みずいろではなく、すこい青です。
徐々じょじょまちの上も青い空がひろがってました。
ひさしぶりにかんじる青い空です。
 
 この日、ブンちゃんはこころめていました。
昨日きのう病院びょういんを出たときからめていました。
みんなのまえでブンちゃんは勇気ゆうきを出したのです。
自分じぶんのやったことをごまかして、こうた君のせいにしてしまったこと。
いままでたくさんウソをついてしまったこと。
下をいて、大粒おおつぶなみだをこぼして、きながらすべてをはなし、みんなにあやまりました。
そして、病室びょうしつでこうた君にったとおり「もうウソはつかない」と、ブンちゃんはみんなにちかったのです。
 
 ミカちゃんはおこっていました。
なにいませんでしたが、絶対ぜったいゆるさないといった目でブンちゃんをにらけていました。
 
 リキヤ君はそとを見ていました。
ブンちゃんがあやま姿すがたを見たあとだまったままブランコ山を見ていました。
 
 ずかしさはありません。
しかられることも覚悟かくごしていました。
それだけひどいことをしたのだと、ブンちゃんはかっていました。
でも沙織先生さおりせんせいしかりませんでした。
反対はんたいやさしく微笑ほほえんでいました。
かっているわ」とうように、ブンちゃんを見詰みつめていました。

 火曜日かようびになりました。
だれもブンちゃんにはなしかけませんでした。
 
 水曜日すいようびもブンちゃんは一人ひとりでした。
 
 木曜日もくようびかえり、下駄箱げたばこまえくついていたブンちゃんに、だれかがってました。
うしろから「じゃあな」と、一言ひとことだけってブンちゃんのランドセルをポンとたたくと、そのまま右手みぎてを上げてはしってってしまいました。

リキヤ君でした。

だれよりも一番いちばんおこっているとおもっていたリキヤ君がこえをかけてくれたのです。
ブンちゃんはビックリしました。
うれしくて、ホッとして、ブンちゃんは昇降口しょうこうぐちを出ると、空を見上みあげて、こぼれそうななみだ我慢がまんしました。
青い空には小さなくもが一つ、ゆっくりとながれているのが見えます。
(ありがとう。リキヤ君)
まえき、とおくをはしるリキヤ君のうし姿すがたかって、ブンちゃんは、そうこころの中でつぶやきました。
でもうれしい気持きもちはわずかな時間じかんだけです。
こころはスッキリとはれません。
簡単かんたんゆるされることではないと、ブンちゃんもかっていました。

 金曜日きんようび、空にはうすくもひろがっています。
太陽たいようひかりくもにぼんやりとにじんでいます。
かぜおだやかで、太陽たいようかくくもをどけてくれそうにありません。
転校てんこうしてた日のように、何人なんにんかがブンちゃんにこえをかけてくれました。
ブンちゃんは笑顔えがおでした。
がんばってみんなに笑顔えがおを見せていました。
でも、本当ほんとう笑顔えがおではありません。
まだ、大切たいせつな人に「ごめんさい」をいてもらっていないからです。
それに、手紙てがみかれていたことがあたまからはなれません。
ブンちゃんのこころには、くもがかかったままなのです。
 かえりのかいわって、みんなが一斉いっせい昇降口しょうこうぐちかいます。
ブンちゃんもくつえ、元気げんきのないイチョウの木の下へきました。
ほそえださきには、まだ一枚いちまいだけのこっていました。
まるで、この場所ばしょからはなれてしまうのをいやがるように、必死ひっしえだにつかまっています。
イチョウの木にこうた君の姿すがたかさなります。
日曜日にちようびにまた、こうた君にいにこう。もうあれから一週間いっしゅうかんつんだから、日曜日にちようびにはきっと目をましているはずだ。みんなにあやまったことをいにこう。こうた君が悪者わるものじゃないって、みんなっているといにこう。みんなこうた君をっているとえば、絶対ぜったい元気げんきになるはずだ。そうだ! 手紙てがみのおれいもしなくちゃ。「ごめんなさい」だけじゃなくて「ありがとう」もちゃんとわなくちゃ。スティッチのシールをって行ってあげよう。シールだけじゃなくて、ガチャガチャでったスティッチの人形にんぎょうってこう。こうた君が元気げんきになれそうなものをあつめてってこう。そうだ! 明日あした明後日あさって神社じんじゃのおまつりだ。なんかってってあげよう。スティッチのものをってってあげよう)
ブンちゃんはいまにもれてしまいそうなを見ながら、そうこころめました。
 れています。
うれしそうにれています。
こうた君の笑顔えがおかびます。
手をるこうた君の姿すがたかびます。
(そうだ、まつりまえにブランコ山にって、大イチョウの木の下からすこしだけ土をってよう。その土をかけてあげれば、この木も元気げんきになるかもれない。大イチョウのパワーで元気げんきになるかも知れない。があったらってよう。いっしょにめてあげよう。っててね。なるべくたくさんってるからね)
ポンポンと木のみきたたいて、ブンちゃんは微笑ほほえみます。
こうた君にえるとかんがえたら、きゅう元気げんきが出てきました。

っててね。こうた君、っててね」

ブンちゃんはイチョウの木にかってそうこえけると、元気げんきはしり出しました。
 くも隙間すきまから、わずかにうす黄色きいろひかりみました。
ひかりがブンちゃんをらします。
くもにこうた君の姿すがたうつります。
こうた君はわらっています。
やさしい笑顔えがお見詰みつめています。

っててね。っててね」

ひかりに、うれしそうに目をほそめるブンちゃんでした。
 
 かぜおだやかなよるになりました。
月明つきあかりに邪魔じゃまされて、あまりたくさんは見えませんが、青黒あおぐろい空には、ところどころハッキリとひかほしが見えます。
パジャマに着替きがえたブンちゃんは、理科りかならったばかりのオリオンを見ながら、こうた君のことをかんがえています。
(こうた君、いまごろどうしてるかな? 本でもんでるのかな? もうねむっちゃったかな? 元気げんきが出るものべたかな?)
日曜日にちようびえることが、ブンちゃんはたのしみで仕方しかたありません。
天気予報てんきよほうでは、明日あした土曜日どようびも、明後日あさって日曜日にちようびれるとっていました。
空をく見るとほしだけではなくくもがたくさんあります。
はじめてでした。
よるの空でも、昼間ひるまおなじように、くもがゆっくりとながれているのを見たのは。
つきほしばかりを見ていて、夜空よぞらくもなど気にしたことはありませんでした。
きゅうわるわけがない。くらくなっただけで空がわるわけじゃないんだ。きゅうわるなんてない。こうた君だって・・・)

「ぼく もう えないってことかな?」

手紙てがみいているこうた君の姿すがたあたまかびました。
(そんなことないさ。本を片付かたづけてたときは、あんなに元気げんきそうだったんだ。きっとすこ意地悪いじわるしようとしてるんだ。おれがこうた君をだまそうとしたから、すこしだけ意地悪いじわるしようとおもっているんだ。仕方しかたないさ、おれがわるいんだから。そのくらいの意地悪いじわるなんて、おれがしたことにくらべたらなんでもないことさ。あとで「ってたよ!」ってわらえばいいんだ。そうやってわらえばいいんだ。友達ともだちになろう。ちゃんとあやまって友達ともだちになろう。元気げんきになったら一緒いっしょあそぼう。きっと、友達ともだちすくなくてさびしいんだ。だから病気びょうきになっちゃうんだ。そうだ! おれのうちでスティッチのゲームをしよう。DVDも見よう。よろこんでくれるかな? よろこんでくれるといいなあ)
ニヤニヤしながら、ブンちゃんはこうた君のよろこかおおもかべました。
 布団ふとんの中に入っても、一緒いっしょわら姿すがた想像そうぞうしました。
ブンちゃんはゆめの中で、こうた君といました。
たくさん会話かいわをしました。
たくさんあそびました。
おにごっこもしました。
ドッジボールもしました。
粘土ねんど恐竜きょうりゅうつくりました。
スティッチのきました。
二人ふたり友達ともだちになりました。
ゆめの中で大親友だいしんゆうになって、たくさんたのしい時間じかんごしました。

「ブンちゃん、ありがとう、さようなら」

こうた君が手をりました。
ゆめの中でニッコリと微笑ほほえんで大きく手をりました。


 土曜日どようび日曜日にちようびぎ、三日みっかちました。

月曜日げつようびになりました。
ひさしぶりに水色みずいろの空がひろがっています。
くもひとつないからっぽの青い空です。
昨日きのうれだったのかな)
日曜日にちようび天気てんきをブンちゃんはりません。
校庭こうていには、かぜの音をつたえることもなくなった二本のイチョウの木がしずかに立っています。
校庭こうていはいつもとちが風景ふうけいになっていましたが、ブンちゃんはくことができませんでした。

ブンちゃんのこころの中は、からっぽになっていたのです。
 
 月曜日げつようびなので今朝けさ朝礼ちょうれいひらかれています。
校長先生こうちょうせんせいなにはなしをしています。
でもなにはなしているのかブンちゃんのあたまの中には入ってきません。
 沙織先生さおりせんせいかなしそうに立っています。
うつむいて、目にハンカチをてています。
なぜ沙織先生さおりせんせいかなしんでいるのか、ブンちゃんはそのわけ土曜日どようびからっていました。

 こうた君が目をさまますことはありませんでした。

 なみだながれません。
なみだがなくなるくらい、ブンちゃんはたくさんいていました。
昨日きのうまどけず、カーテンもけず、いえから出ることもできませんでした。
 
 教室きょうしつはいつもとわらない様子ようすですが、ミカちゃんがやすんでいるせいか、すこしだけしずかなかんじがします。
ブンちゃんは窓際まどぎわせきすわり、とおくの空をながめています。
ブンちゃんのかたを、リキヤ君がポンとたたきます。
リキヤ君は手すりに頬杖ほおづえをついてそとながめます。
言葉ことばはありません。
元気げんきがないブンちゃんを、リキヤ君は気にかけていました。
リキヤ君の横顔よこがおを見たとたん、もう出ないとおもっていたなみだが、ブンちゃんの目にあふれました。
リキヤ君にあやまっているこうた君の姿すがたかびます。
(あのとき、リキヤ君にあやまらなくちゃいけなかったのはおれなのに、おれが本当ほんとうあやまらなくちゃいけない人はこうた君なのに、ごめんねこうた君、ごめんね、ごめん・・・)
なみだがこぼれちないように、そして、こうた君に気持きもちをとどかせるように、ブンちゃんは空を見上みあげました。
だれかがリキヤ君をびました。

「リキヤー」

リキヤ君はかえって返事へんじをしました。

「おう、いま、行く」

リキヤ君はチラッとブンちゃんを見ると、またブンちゃんのかたをポンとたたいてあるき出しました。
ブンちゃんは空をながめたままでした。
そのままうごくことなく、ささやくようにいました。

「ありがとう」

ブンちゃんのほおを、なみだ一筋ひとすじながれました。

すみっこにあったイチョウの木、どっかにはこばれたんだって」

だれかのはなごえみみに入りました。
(えっ?)
ブンちゃんはあわてて立ち上がると、元気げんきのないイチョウの木のほうに目をけました。
(なくなってる・・・)
朝礼ちょうれいときかんじた、どこかちが風景ふうけい理由りゆうかりました。
金曜日きんようび一枚いちまいだけのこしていた元気げんきのないイチョウの木がなくなっています。
(おじいさんのったとおりだ)
ブンちゃんはイチョウじいさんのはなしおもい出し、体育館たいいくかんに目をけました。
とうさんとおかあさんのイチョウの木の下には、たくさんの黄色きいろちて、かなしんでいるように見えます。
フッと、こうた君のおかあさんのかおかびました。
ブンちゃんはむね手をてました。
うしなってしまったかなしみ。
もどすことのできないかなしみ。
もうどうすることもできないつらさが、ブンちゃんのむねけました。
ブンちゃんはうつむいて目をじました。
元気げんきのないイチョウの木のが、しずかにれている景色けしきを、ブンちゃんはおもい出していました。
 
 かぜがブンちゃんのほおでます。
フワッとやさしいかおりがただよいました。
(あっ、あのかおり)
病院びょういんで女の人にきしめられたときかんじたかおりです。
ブンちゃんはしずかに目をけました。
校庭こうていすみに目をけると、イチョウのあつめられているはこから、黄色きいろが一枚び出しました。
かぜい、校庭こうていなかまでると、だれもいない校庭こうていで、おどるようにはじめました。
地面じめんはしるように、宙返ちゅうがえりをするように、そこにとどまって、まるでなにかをブンちゃんにつたえるようにっています。

こえたよ」

だれかのこえがしました。
ハッとしたブンちゃんは、手すりからり出してあたりを見回みまわします。
でも校庭こうていにはだれもいません。
(気のせい・・・)
ブンちゃんは、またイチョウのに目をもどします。
は、まだ校庭こうていっています。
なにかをつたえるようにっています。

こえたよ」

またこえがしました。
おぼえのあるこえです。
(えっ)
ドキッとしたブンちゃんは、いるはずのない姿すがたさがします。
もしかしたら、というおもいであたりを見回みまわします。
でも校庭こうてい人影ひとかげはありません。
キョロキョロと、目を見開みひらいてさがしますが、やっぱりだれもいません。

「はぁーー・・・」

ブンちゃんはながいためいきをついて、そのままガクッとうなだれました。

「そんなわけないよな」

足元あしもとを見ながら、ちからなくつぶやきます。
そして、ゆっくりとかおをあげ、また手すりにうでせたときでした。
校庭こうていおくだれかが手をっている姿すがたが目に入りました。
見覚みおぼえのある、黄色きいろみどりのシャツをています。
(えっーー!)
ブンちゃんはハッとして、目をまるくしました。
こうた君が手をっています。
ビックリしたブンちゃんは、ゆびで目をこすりました。
そして、まどからり出すと、もう一度いちど、こうた君の姿すがたたしかめました。

ビューーー

(うっ)
突然とつぜんつよかぜき、ブンちゃんはたまらず、ギュッと目をじてしまいました。
すぐにかぜんだのをかんじると、ブンちゃんはそっと片方かたほうの目をけて、こうた君がいたところに目をけました。
でも、こうた君はいません。
手すりをにぎめ、り出してあたりを見回みまわしますが、校庭こうていにはだれもいません。
(こうた君だった。絶対ぜったいこうた君が手をっていた)
校庭こうていには、さっきまでかぜっていたイチョウのが、また姿すがたあらわしました。
(こうた君?)
イチョウのはクルクルとまわっています。
そして、体育館側たいいくかんがわの二本のイチョウの木のあいだったりたりしながら、校庭こうていなかもどっては、またクルクルとまわりました。
なにかをつたえるように、はなれたくなさそうに、ったりたりをかえしています。
またかぜつよくなり、イチョウのが、ゆっくりとちゅうがってきました。
そして、ブンちゃんのいる教室きょうしつより高くい上がると、クルッと小さなえんえがいて、ブランコ山のほうかってんでってしまいました。
ブンちゃんはを目でいます。
小さくなる黄色きいろ懸命けんめいに目でいました。
一瞬いっしゅん、こうた君が手を姿すがたかびました。
(こうた君!)
ブンちゃんの目からあふれたなみだほおつたいます。
もう、を目でうことはできません。
イチョウのなみだにじんで、そのまま見えなくなってしまいました。
(ごめんね、こうた君。ごめんね)
なみだを手でぬぐうと、ブンちゃんはブランコ山を見詰みつめました。
大イチョウから黄色きいろかぜってるのがかすかに見えました。
(大イチョウもかなしんでる・・・)
ブンちゃんは、しばらくのあいだ、ブランコ山にうつるこうた君の姿すがた見詰みつめていました。

 今日きょうは青い空がひろがっているのにすこさむい日です。
空のたかいところにあるくもは、さかなのウロコのような模様もようで、空にくように、うごかずジッとしています。
 
 ブンちゃんは川向かわむこうの大きな煙突えんとつがある場所ばしょまでていました。
煙突えんとつけむりは空のひくところながれるくもいかけるようただよい、すぐにえてしまいます。
 ブンちゃんのまわりには、くろふくた人がたくさんいます。
沙織先生さおりせんせいくろふくています。
ブンちゃんとおなじくらいのとしの子たちが立っています。
となりのクラスの子たちではありません。
(きっとまえ学校がっこう友達ともだちなんだろうな)
みんなブンちゃんのらない子たちばかりでした。

 男の人がみんなにおはなしをしています。
きながらはなしをしています。
いている人も目にハンカチをててかなしそうです。
沙織先生さおりせんせいいています。
らない子たちもいています。
 
 こうた君のおかあさんがいます。
こうた君の写真しゃしんって立っています。
写真しゃしんのこうた君はニッコリとわらっています。
こうた君のおかあさんは、写真しゃしんをギュッとむねきしめて立っています。

 小さな女の子もいます。
女の子はこうた君のおかあさんのふくつかんでうつむいています。
(きっと、こうた君のいもうとなんだろうな。あの子もたくさんいたんだろうな。もうなみだが出ないほどいたんだろうな)
うつむいてかおの見えない女の子を見て、ブンちゃんははなおくがジンとしました。
 
 男の人のはなしわって、みんながあるはじめました。
こうた君のおかあさんもこうた君と一緒いっしょあるき出します。
こうた君がブンちゃんのそばまでとき、こうた君のおかあさんはブンちゃんのまえまりました。
なみだ我慢がまんしていたブンちゃんでしたが、ニッコリわらっているこうた君のかおを目のまえで見たら、もう我慢がまんすることはできませんでした。

「ブンちゃんてくれてありがとう。いてくれてありがとう。でも、もうかなしまないで。ブンちゃんのせいじゃないの。仕方しかたなかったの」

こうた君のおかあさんは、かがんでブンちゃんの目にハンカチをてました。

「でも・・・でも・・・」

うつむくブンちゃんの目からなみだほおつたい、ポタポタ、ポタポタこぼれます。

「ブンちゃん、病院びょういんで『もうウソつかない』ってってくれたでしょ。あのあと、学校がっこうでみんなに正直しょうじきはなしたって、沙織先生さおりせんせいからいたわ。えらかったわね。ホントにえらかったわね」

その言葉ことばいて、ブンちゃんの目からまたなみだあふれ出しました。

「でも、でも、こうた君に『ごめんなさい』いてもらえなかった」

うつむき、手のひらをにぎめ、ブンちゃんはくやしそうにいました。

大丈夫だいじょうぶ耕太こうたよろこんでいるわ。ブンちゃんのおやくに立ててよろこんでいるわ。『ブンちゃんが“ウソつきブンちゃん”から “正直しょうじきブンちゃん”にわるお手伝てつだいができたんだよ』ってよろこんでいるわ」

かおを上げると、こうた君のおかあさんもいていました。
こうた君のおかあさんはブンちゃんのほおに手をてて、だまったまま口をギュっとむすんで小さくうなずきました。

「ううう、ううう」

うつむくブンちゃんお目から大粒おおつぶなみだがこぼれちました。
沙織先生さおりせんせいがポンポンとブンちゃんの背中せなかやさしくたたきます。
ブンちゃんがかおを上げると、こうた君のおかあさんと小さい女の子のうし姿すがたが見えました。
こうた君のおかあさんが車にります。
女の子は男の人とバスにります。
ていた人たちも、つづいてバスにはじめます。
ブンちゃんと沙織先生さおりせんせいもバスにみました。

 バスは出発しゅっぱつすると、すぐにブンちゃんのまちつながるはしかりました。
河川敷かせんじきでは凧揚たこあげをしている人がいます。
川は太陽たいようひかり反射はんしゃさせてキラキラとひかっています。
土手どてなにべている女の子の姿すがたがブンちゃんの目に入りました。
(ミカちゃんにてる・・・)
昨日きのう学校がっこうやすんだミカちゃんのかおかびます。
フッとかおりがしました。
(あっ・・・)
やさしいかおりがブンちゃんをつつみます。
(なんのかおりだっけ・・・、なんの・・・)
ブンちゃんは目をけていられません。
バスにられながら、ブンちゃんはいつのにかねむってしまいました。
バスはブンちゃんたちをせ、ブンちゃんの町に入ってきました。

「ブンちゃん、ブンちゃん」

(あっ)
沙織先生さおりせんせいこえで、ブンちゃんは目をさまましました。
ブンちゃんはあたりを見回みまわします。
(どこ? あれ、ブランコ山?)
ブンちゃんはブランコ山のベンチにすわっていました。
(そうかバスにられてねむっちゃったんだ。きっと男の人と沙織先生さおりせんせいろしてくれたんだな)
ブンちゃんはこうた君のおかあさんとはなしたあとのことをあまりおぼえていませんでした。
バスにって、はしわたって、えきったのはっすらとおぼえています。
そのまま学校がっこうったのもっすらとおぼえています。
でも、どうやってブランコ山でりたのかはおぼえていませんでした。

「ブンちゃん、もうきましょう。みんなちゃうわ」

沙織先生さおりせんせいがニッコリと微笑ほほえんでいます。
(えっ、ちゃう? だれが?)
ブンちゃんはまたあたりをキョロキョロ見回みまわします。
だれもいない・・・)
公園こうえんにいるのはブンちゃんと沙織先生さおりせんせいだけでした。
(ああ、小さい子たちがちゃうってことか・・・)
ベンチから立ち上がり、目をつむって、ブンちゃんは大きく深呼吸しんこきゅうをしました。

「スーー、ハーー」

そのときでした。
フッと、またかおりがしました。
(あ、あのかおり・・・)
ブンちゃんはゆっくりと目をけると、かおりをうようにかえり、大イチョウを見上みあげました。
大イチョウはブンちゃんを見守みまもるように、しずかにらしています。 
ブンちゃんは沙織先生さおりせんせいをチラッと見ると、今度こんどとおくの空をながめました。
たかところいていたウロコくもは、いつのにかなくなっていました。
空は青くんでいます。
飛行機ひこうきが空のたかところをゆっくりとんでいます。
かぜって、くもながれてきます。
よく見ると、リキヤ君のつくった恐竜きょうりゅうのようなくもです。
ニッコリしたこうた君のかおくもうつります。
こうた君がわらっています。

「ごめんね、こうた君。ありがとう、こうた君。わすれないよ、おれ、ぜったい、ぜったい、わすれないよ。だから、こうた君も見ててね。ウソつかないように見ててね」

ブンちゃんがそうつぶやくと、あのときのようにニコニコしながら返事へんじをしてくれたこうた君のこえがハッキリとこえました。

「うん、いいよ」
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