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元婚約者と幼馴染みの顛末と残された子
前編
「とっても誠実な好青年でしたっけ?」
カロリーナはわざとらしく溜息をつく。テーブルを挟んだ向かい側に座っているカロリーナの父親は、居心地悪そうに俯く。
「本当に。そもそも、酒の席で婚約を持ちかけてくるなんて、ろくな人物ではないことくらいわかるでしょうに」
カロリーナの隣に座っている母親も、カロリーナと同じようにわざとらしく溜息をつくと、父親が座るソファーの背後に立っていた、跡取りの弟も項垂れる。
母と娘対父と息子の図。
状況から分かるように、もちろん軍配は母と娘のほうに上がっている――カロリーナは先ほど、父親が決めた婚約者の不貞により、婚約が白紙となった。
「婚約者がいながら、幼馴染みと体の関係を持つような人物が、お父様の目には誠実な好青年に映るんですね」
「いや、あの……分からなく」
「分からない人物を、誠実な好青年と言っていたのですか。薄っぺらい御言葉ですこと」
「あの、本当に済まなかった」
まったく乗り気ではなかったカロリーナと母親に「好青年だ」「誠実だ」「お前のことだけを一途に思ってくれる」「浮いた話はない」「絶対に幸せになれる」「みんなの憧れのまとだ」など、必死に元婚約者シモンを勧め、婚約が成立した。
婚約が成立したシモンとカロリーナだったが、シモンがカロリーナを大事にすることはなかった。
カロリーナはシモンが待ち合わせに遅刻したことなどを、逐一母親に報告し、母親は父親にちくりちくりと攻撃していた。
カロリーナの弟は、どちらかといえばシモンよりで「少しくらいの遅刻は許してやってください」「男ってあまり気が利かないんです」などフォローしていた。
弟がシモンのことをフォローしていた理由は、優秀でなんでもずばっと言い切る姉には、早く家から出ていって欲しかった。
そんなカロリーナの実家の男性達のフォローも虚しく、先日シモンが幼馴染みのエミリアを伴い、カロリーナの実家にやってきて、
「エミリアが私の子を身籠もったから、婚約は破棄する」
それはそれは誠実に、カロリーナに宣言した。
邸には両親がいなかったので、カロリーナはすぐに両親とシモンの両親を呼び、事情を説明した。
シモンは悪いことなど一つもしていないと言わんばかりの好青年の笑顔で、カロリーナにしたのと同じように、両親達にもエミリアがシモンの子を身籠もっているので、カロリーナとの婚約を破棄して、エミリアと結婚したと告げた。
結婚するではなく、結婚した
宣言を聞いてシモンの両親は慌てふためく。そこにカロリーナの母親が、
「そちらの息子さん、誠実な好青年らしいですけれど、頭は明るくないようね」
婚約を勝手に破棄されたことに対して怒りの表情を浮かべ、
「あなた」
「なんだ……」
「そちらの家との賠償のやり取りは、私がいたしますので。貴方は信用できませんから。よろしいですね、お三方」
勝手にシモンとの婚約を結んできた父親から、カロリーナの婚約に関する権限を剥奪する。
父親は顔を青ざめさせたが、先ほど「エミリアの体の調子が悪いので、客間で休ませてください」と、身籠もった浮気相手を婚約者の家で休ませようとするシモンの言動を前にしては、妻に言い返すことはできなかった。
それはシモンの両親も同じ。
その後、シモンは婚約を解消もせずに、身籠もらせた相手と結婚した、非常識な男として社交界から爪弾きになされた。
一方のカトリーナはというと、母親と結託して、慰謝料の全額を個人財産とし、領主の道を歩むことに。
当主は弟だが、領地の実権はカロリーナが握るという、カロリーナの弟が避けたかった未来が現実のものとなった。
カロリーナはうち拉がれる弟に、言い捨てる。
「優秀な私のことを恨んで、出来の悪い男と結婚して苦労すればいいと思って、シモンとの婚約を必死に勧めたんでしょうけど。普通に考えて、まともな男性でなければ、こういう騒ぎを起こす可能性が跳ね上がることくらい、分からなかったのかしら。実家を追い出したいなら、実家よりも良い環境の相手を探すのが最良よ」
劣等感に負けて、カロリーナの嫁ぎ先としてろくでもない男を選んだことに関し、ちくちくと嫌味を言われ続けた。
カロリーナは今回の酷い婚約者をあてがわれたことを盾にして、爵位は当初の予定通り弟が継ぐが、領地はカロリーナが受け継げることになる。
実権を奪うことに成功したということだ。
カロリーナは書類を揃えて提出し、早々に領地へ。母親も誘ったが、
「こんな間抜けな当主と跡取りを、放置できないことくらい、カロリーナも分かっているでしょう」
もっともな理由で断られた。
勿論その時、部屋には父親も弟もいたが、口を挟むことはなかった。
領地でのカロリーナは精力的に活動し、領主としての地歩を固める。そんな充実した生活が二年目に入った頃、カロリーナのところに元婚約者だったシモンからの手紙が届いた。
「あら?」
執務室で書類と向き合っているカロリーナの前に、家令がシモンから送られてきた手紙を差し出した。
シモンからの手紙は、読まないので捨てて良いと家令に命じていた。家令はカロリーナには手紙を渡さなかったが、届いた手紙はすべて内容を確認して、何ごとかがあった場合の為に、しっかりと保管していた。
もっとも家令も、送られてきた手紙が役に立つとは思ってはいなかった。なにせ内容は「妊娠しているからといって、結婚式を挙げられないのはおかしい。カロリーナも抗議してくれ」や「エミリアと私の愛の結晶が産まれた」など、あまりに頭がおかしい内容ばかり。
領地に直接送ってくるので、三ヶ月に一度、原本を王都の両親と弟の元へと届け、目を通してもらっている。
縁を結んだ父親は、さすがの頭のお花畑ぶりに、毎回顔を青ざめさせているが、カロリーナの知ったことではない。
「内容をご確認ください」
事情を知っている家令が、わざわざ読むように促すのだから、よほどのことが書いているのだろうと、便箋を手に取る。
「…………助けてくれと言われてもね」
カロリーナはわざとらしく溜息をつく。テーブルを挟んだ向かい側に座っているカロリーナの父親は、居心地悪そうに俯く。
「本当に。そもそも、酒の席で婚約を持ちかけてくるなんて、ろくな人物ではないことくらいわかるでしょうに」
カロリーナの隣に座っている母親も、カロリーナと同じようにわざとらしく溜息をつくと、父親が座るソファーの背後に立っていた、跡取りの弟も項垂れる。
母と娘対父と息子の図。
状況から分かるように、もちろん軍配は母と娘のほうに上がっている――カロリーナは先ほど、父親が決めた婚約者の不貞により、婚約が白紙となった。
「婚約者がいながら、幼馴染みと体の関係を持つような人物が、お父様の目には誠実な好青年に映るんですね」
「いや、あの……分からなく」
「分からない人物を、誠実な好青年と言っていたのですか。薄っぺらい御言葉ですこと」
「あの、本当に済まなかった」
まったく乗り気ではなかったカロリーナと母親に「好青年だ」「誠実だ」「お前のことだけを一途に思ってくれる」「浮いた話はない」「絶対に幸せになれる」「みんなの憧れのまとだ」など、必死に元婚約者シモンを勧め、婚約が成立した。
婚約が成立したシモンとカロリーナだったが、シモンがカロリーナを大事にすることはなかった。
カロリーナはシモンが待ち合わせに遅刻したことなどを、逐一母親に報告し、母親は父親にちくりちくりと攻撃していた。
カロリーナの弟は、どちらかといえばシモンよりで「少しくらいの遅刻は許してやってください」「男ってあまり気が利かないんです」などフォローしていた。
弟がシモンのことをフォローしていた理由は、優秀でなんでもずばっと言い切る姉には、早く家から出ていって欲しかった。
そんなカロリーナの実家の男性達のフォローも虚しく、先日シモンが幼馴染みのエミリアを伴い、カロリーナの実家にやってきて、
「エミリアが私の子を身籠もったから、婚約は破棄する」
それはそれは誠実に、カロリーナに宣言した。
邸には両親がいなかったので、カロリーナはすぐに両親とシモンの両親を呼び、事情を説明した。
シモンは悪いことなど一つもしていないと言わんばかりの好青年の笑顔で、カロリーナにしたのと同じように、両親達にもエミリアがシモンの子を身籠もっているので、カロリーナとの婚約を破棄して、エミリアと結婚したと告げた。
結婚するではなく、結婚した
宣言を聞いてシモンの両親は慌てふためく。そこにカロリーナの母親が、
「そちらの息子さん、誠実な好青年らしいですけれど、頭は明るくないようね」
婚約を勝手に破棄されたことに対して怒りの表情を浮かべ、
「あなた」
「なんだ……」
「そちらの家との賠償のやり取りは、私がいたしますので。貴方は信用できませんから。よろしいですね、お三方」
勝手にシモンとの婚約を結んできた父親から、カロリーナの婚約に関する権限を剥奪する。
父親は顔を青ざめさせたが、先ほど「エミリアの体の調子が悪いので、客間で休ませてください」と、身籠もった浮気相手を婚約者の家で休ませようとするシモンの言動を前にしては、妻に言い返すことはできなかった。
それはシモンの両親も同じ。
その後、シモンは婚約を解消もせずに、身籠もらせた相手と結婚した、非常識な男として社交界から爪弾きになされた。
一方のカトリーナはというと、母親と結託して、慰謝料の全額を個人財産とし、領主の道を歩むことに。
当主は弟だが、領地の実権はカロリーナが握るという、カロリーナの弟が避けたかった未来が現実のものとなった。
カロリーナはうち拉がれる弟に、言い捨てる。
「優秀な私のことを恨んで、出来の悪い男と結婚して苦労すればいいと思って、シモンとの婚約を必死に勧めたんでしょうけど。普通に考えて、まともな男性でなければ、こういう騒ぎを起こす可能性が跳ね上がることくらい、分からなかったのかしら。実家を追い出したいなら、実家よりも良い環境の相手を探すのが最良よ」
劣等感に負けて、カロリーナの嫁ぎ先としてろくでもない男を選んだことに関し、ちくちくと嫌味を言われ続けた。
カロリーナは今回の酷い婚約者をあてがわれたことを盾にして、爵位は当初の予定通り弟が継ぐが、領地はカロリーナが受け継げることになる。
実権を奪うことに成功したということだ。
カロリーナは書類を揃えて提出し、早々に領地へ。母親も誘ったが、
「こんな間抜けな当主と跡取りを、放置できないことくらい、カロリーナも分かっているでしょう」
もっともな理由で断られた。
勿論その時、部屋には父親も弟もいたが、口を挟むことはなかった。
領地でのカロリーナは精力的に活動し、領主としての地歩を固める。そんな充実した生活が二年目に入った頃、カロリーナのところに元婚約者だったシモンからの手紙が届いた。
「あら?」
執務室で書類と向き合っているカロリーナの前に、家令がシモンから送られてきた手紙を差し出した。
シモンからの手紙は、読まないので捨てて良いと家令に命じていた。家令はカロリーナには手紙を渡さなかったが、届いた手紙はすべて内容を確認して、何ごとかがあった場合の為に、しっかりと保管していた。
もっとも家令も、送られてきた手紙が役に立つとは思ってはいなかった。なにせ内容は「妊娠しているからといって、結婚式を挙げられないのはおかしい。カロリーナも抗議してくれ」や「エミリアと私の愛の結晶が産まれた」など、あまりに頭がおかしい内容ばかり。
領地に直接送ってくるので、三ヶ月に一度、原本を王都の両親と弟の元へと届け、目を通してもらっている。
縁を結んだ父親は、さすがの頭のお花畑ぶりに、毎回顔を青ざめさせているが、カロリーナの知ったことではない。
「内容をご確認ください」
事情を知っている家令が、わざわざ読むように促すのだから、よほどのことが書いているのだろうと、便箋を手に取る。
「…………助けてくれと言われてもね」
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