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再会(2)

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 俺は今まであった事を全て聞いた。心に浮かぶ感情は驚きと怒り、そしてこれからどうなるのかという不安だった。師匠も同席しており、何も言う事もなくただ目を瞑ってリーシュ達の話を聞いていた。


「バルドルは何で戦争したいんだ?」


 バルドルのした条約破棄は許せないが、何故それをしなければいけなかったのかが抜けている。


『それが…、聞いたんだけどお前達に割く時間はないって逃げられちゃって。結局あたし達も何で戦争したいのかわからないの』


『アイツの頭の中なんて考えるだけ無駄よ。どうせ神界全てを手に入れようとかおもってんじゃないの?』


 リーシュは申し訳なさそうに、ロキはどうでも良さそうな雰囲気を出している。


「ロキはどうでも良さそうだな。戦争したいのか?」


 そんな態度を取られると嫌味の一つも言いたくなってしまう。


『は? そんなわけないでしょ。戦争が起こったら私のグルメ生活に支障が出るじゃないっ! てか、バルドルの頭の中考えるよりも、もっと大事なことあるでしょ? 一番はどうにか戦争を回避できないか、二番は戦争になった場合にいかに早く終結させるか、三番は私達がどこに付くかね』


 指を折りながらロキは説明する。まさに正論。ロキは戦争が起きてもどうでもいいと思っていたわけではなく、ただ単に考えても答えが出ない事よりも今一番考えなければならないことを誰よりも早く考えていたのだ。


「…悪い、そんなに真面目に考えてるとは思わなかった。ロキ、お前が正しい」


『あっ、でも一番はもう無理だね』


 リーシュはすぐ一番を否定した。


「リーシュ、俺は経験ないけど戦争は回避するに越したことは…」


『無理だよ。だって昨日大和に押し寄せてきた軍勢を壊滅させちゃったもの。数はおよそ10万くらい?』


「…はい? …壊滅させた? 10万の軍勢を?」


『そうそう。インド、エジプト、アースガルドの混成軍だったけど、昨日の一件で多分本気になるよ。あれは。だから回避は無理』


 衝撃的な事実に一瞬思考が止まってしまった。少し間が空き、俺は物凄く気になった。


「あのさ、リーシュは何で10万の軍勢を壊滅させたんだ?」


『あたしじゃないよ? 食べ物の恨みって怖いんだね。びっくりしちゃった』


 俺の視線は先程まで真面目な事を言い、今は目が泳ぎまくっている黒髪の美少女に向く。


「…おい、説明しろ」


『べ、別に? あのババアにムカついて、ちょっとムシャクシャしたからやっただけよ。私のグルメ生活にも支障が出るし?』


「それ八つ当りじゃねぇか! 何してんだよっ!戦争の引き金引いといて、一番は戦争を回避するとか言うんじゃねぇよ! お前が一番言っちゃいけないヤツだよ!」


 俺がキレるのも当たり前だと理解してほしい。もし、前世…地球で八つ当りで核ミサイルのボタンを押した馬鹿がいたら、地球上に住む人は絶対同じような気持ちになるはずだ。


『だって私の美食家としての成長を邪魔されたのよ!? 黙って大和から出てくとか、私のプライドが許さないわ! グルメマスターとしての』


「いや、お前、そんなことで…。てか、いつからグルメマスターとか名乗ってんだよ。てか、出てかなきゃいけないんだった。俺まだ修練の途中なんだけど…」


 怒りを通り越し、呆れてしまう。そして、大和から出なければいけないというのはさすがに悩み所だった。


「その事だが…」


 話に割って入ったのは今まで黙っていた師匠だった。


「ここにいる限りは大和にいる事にはならん。だから、気にする必要はない。天照も上層部が落ち着くまで宜しく頼むと封書を送ってきている」


「大和にいる事にならない?…とは?」


「治外法権なのだ。ここは大和であって大和ではない。昔からの決め事なのでな」


 どうやら俺はまだ師匠の元で学べるようだ。俺以外にも喜ぶ面々はいる。


『じゃあ、まだ私の美食家生活は終わってないのね?』


「あぁ、だが街に行くと気付かれるかもしれんぞ? 捕まらずにここへ帰って来れればいいが」


 それを聞いたロキは満面の笑顔で自信満々といったところだ。


『任せといて! 変装も気配を消すのも得意よ!』


 忘れていたが、ロキは男に変装する事ができるのだ。捕まるはずがない。この中で誰よりもそうゆう事に長けているのだから、心配するだけ損だ。

 リーシュはリーシュで

『久しぶりにユシルとゆっくりできるなぁ。塾で参考になった料理を振る舞う時が来たね』


 こちらもこちらで気合いが入っているようだ。だが、本当はロキもリーシュも俺も少し大袈裟によろこんでいる。何故かというと、ずっと俺達の後ろで涙を堪えているツグミを思いやっての事だ。大和から出るとなれば、当然ツグミとは別れなければいけない。全員ツグミと別れるのは嫌だが、ツグミはいつかいなくなる俺達の為に今涙を堪えているのだ。自分が泣けば、俺達が大和を出づらくなるのを理解しているから。

 ならば俺達はツグミの涙に今は触れるべきではない。


「メシでも食おうぜ」


 久しぶりの全員で囲む食卓は楽しく、戦争など本当に始まるのかと思えるほどだった。



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 いつものように修練に励む。リーシュ達が戻ってきたが体術の修練は師匠としかやらない決まりだった。何故かと聞いてみたが、師匠は「その方が楽しみが増えるだろう?」と言うだけだった。

 制御の修練はだいぶ進み、今はホールド(形成)の先である硬化と軟化を修得した所である。そして今日を期に制御の修練は終わりを迎えた。


「制御に関してはここまででいいだろう。あとはお前の想像力と独創性に任せる。もう暴発することもあるまい? 技を作るなり、他の使い方を試すなり、好きにしろ。だが、エクストラリミットに頼りきるのはやめておけ」



 技なども教えてくれると思っていたが、教わる技など基礎の延長に過ぎないと言われてしまった。それでも教わりたいと言ってはみたが、魔力を使う技は想像力が大切らしく、人から技を教わる事で自分の想像力に変な枷がかかってしまうからと断られてしまった。


「体術に関しては少し教えているだろう。あれで我慢しろ。第一、何もかも教わるだけでは……ん?」


 師匠の説教が始まるかと思った矢先、何かを感じ取ったように師匠の目線は入口を向いた。ツグミやリーシュでは師匠はこんな反応はしない。気になり、俺も一拍遅れで明王館の入口を見た。




「いやぁー、やっと着いたな。さすがに魔力なしで国境を越えるのはキツいわ。両手に華なのが唯一の救いだな!」


『それはもういい歳だって認めたってことかにゃ?ジジイって呼んでいい?』


「バカヤロー! 俺はまだまだヤングだっての」


『うわっ、ツバ飛ばすのやめてって…マジで、汚い…』


「お前、今の本音で言っただろ!?」


『二人とも、うるさいです。着きましたよ』


 ガヤガヤと言い争いながら現れた人物は俺の知ってる人物がいた。思わず叫んでしまった。






「おっさんっ!! それにフレイっ!」


「ん? おぉ! いたいた! 久しぶりだな、坊主!」


『ユーくん? このフレイ姉をついで扱いとは…お姉さん悲しい』


 そこにいたのはアースガルド主神オーディンと土魔導フレイ、そして俺の知らない気の強そうな女の子だった。


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