立つ風に誘われて

真川紅美

文字の大きさ
上 下
21 / 30
4、狙われたのは

しおりを挟む
「……さて」
 一人になったレオンはちらりと自分をつけている男を見やりながら、村の唯一の袋小路に身を潜めた。ところどころ、鞘や、ナイフ、軍帽などを落としておいて、うまく袋小路に入るように誘導してやる。
「十人超えれば自動的に増えるよな」
 熱波からも逃れられる家と倉庫の隙間。鉄製のゴミ箱と、よく燃えそうな木箱が無造作に積まれている。
「もうそろそろで、信号が出てくるはず……」
 隙間から見える夜空を見上げていると、ふらりと一人の男が姿を現した。
「まさか、君がここにいるなんてね、レオン」
「おやっさん」
 すっと目を細めて、サーベルを握りなおしたレオンはホルスターにきちんと銃が治まっていることを確認してまっすぐ男を見た。
「本当の狙いはお嬢様だったんだけど、まず隠者からつぶそうと思ってね」
「女教皇は後回し。ってことか」
「そうだね。それが女帝の命令だ」
 簡単な言葉遊びに乗る男は、レオンにはよく見慣れたものだ。
「貴方なら不足はない。か」
「リカルドさんのご子息だ。さぞかし楽しませてくれるだろうな」
 母の直属の部下の一人である彼に手加減は不要。と、汗ばむ手の平でグリップの具合を確かめる。
「にしても大胆な方法ね。自分の首の値段周知して回るって」
 今、血眼になって探してるよ君のこと。といいながら楽しそうに舌なめずりした男は自分の得物の剣を握る。
「まあ、やりあっていたら邪魔は入らんだろ」
「そうだな」
 さっと視線が交錯した一瞬。
 二人は同時に地面を蹴って互いの喉元へ入らんととびかかってきた。
「右ぃ!」
 まず刃が襲ってくることを見てとったのか、楽しそうな声とともに剣がレオンのサーベルをはじく。返す手で胴を切り離そうとするその動きに反動を生かしながらしゃがみ込み、くるりと反転させながら頭上を剣をかすめさせ、そして、体が伸びきって隙を見せたところで飛びあがるようにして直線の軌道を描かせて胴へ入れようとする。
 その動きがわかったらしい男は舌打ちをして剣から手を離し鞘を使って切っ先を受け止めるがその眼前に銃が迫っていることにのけぞった。しゃがんだ一瞬でホルスターから銃を抜いていたのを見逃していたのだ。
「読み違えたな」
 一切の感情を感じさせない冷え切った声が男の耳に届く。銃は鼻先から斜め上を狙っている。正確に致命傷を与えようとする軌道に男の顔が引きつる。
「退役してたんじゃないのかねえ?」
「どこかの魔術師が隠者を叩き起こしてくれてね」
 男のこめかみに脂汗が伝い落ちる。所詮は退役した若造と侮っていたがための失策だった。その代償はとても重い。
「あんたの顔はつぶさねえよ。まあ、安らかに眠れや」
 そう言って銃口を無理やり口に叩き込んだレオンはためらいなく引き金を引いた。
 ひときわ大きな銃声があたりに響き、そして、ざわっと空気が動き出す。
「こっちだ! こっちの方向だ!」
 懸賞首と聞いて盗賊が血眼になっている。という言葉は嘘ではないらしい。ため息をついて、始末した男をゴミ箱に放り込んだレオンは、逃げも隠れもせずに盗賊たちを待った。
 しばらくすると、にぎやかな怒声がこだまして、あっという間にその場は盗賊たちでごった返すことになる。
「先にとったやつだからな!」
「るせえ。んなもんとったやつからぶん盗りゃいいんだろ!」
 そんな言葉を聞きながらレオンが一歩二歩引くと、盗賊たちもぞろぞろと中に入っていく。そして、レオンの背中が壁に当たったころには、ほとんど全員が建物の隙間に収まっていた。
「さあ、おとなしく首差し出しなぁ……」
「偉そうに軍服なんざ着やがってよぉ……?」
 じりじりと近づいてくる盗賊たちに、油断を見せずに、さっと懐から何かを引き抜いたレオンは、思い切り振りかぶって、その最後尾めがけて何かを放り投げた。
「あ? 何やってんだ?」
「おい、これ……」
 と振り返った瞬間だった。
 火薬がさく裂する音が、夜空に響き渡った。
「なっ」
 目を見開いて教会の方向を見やった盗賊たちの目に移ったのは、赤、青、青、黄、青、と信号を送りだす照明弾だった。それを見てレオンはふっと詰めていた息を吐きだしてわずかに表情を緩めた。
「うそだろ……」
「やべえぞ!」
 盗賊たちもこれが軍内で用いられている応援救難信号であることは知っているようで、慌てふためき始め、目の前には金になる首、後ろには取り締まり、とおろおろとしだす。
「……」
 レオンは静かにあたりを見回していた。そして、その手には、先ほど放った物と同じもの。
 そして、それを列の中間めがけて投げ、その時を待つ。
 ドカン、と大きな爆発が、列の最後尾から起こった。その爆風に列がドミノ倒しになっていく。だが、その間にももう一度爆発が起こり、肉片が飛び散った。
「な……っ」
 最前列にいた男たちは教会を振り返ったまま、後ろで起こった大惨事に言葉を失っていた。
「てめぇ……」
 うなるような男たちの声に、レオンは何も言わずに片手で上着を脱いで、一つぶら下げた榴弾を見せる。六つぶら下げるところがあるが、五つピンだけぶら下がっている。
「下手に扱ったら死ぬぞアピールか?」
「いいや」
 静かに言ったレオンは片手で持っていた三つを男たちに投げつけて、運悪く受け取った男たちがでたらめな方向に投げ、かろうじて息のあったドミノ倒しの上にいた男に着地するのを見届けて、最後の一個に手をかける。
「ぎゃあああっ」
 爆発音とともに男の悲鳴が響き渡る。ガラガラと音を立て始めるのは、立て続けの爆発に悲鳴を上げている建物。ひび割れて石造りの建物が大きくずれていた。それもそうだろう。先ほどの二回の爆発で土台のほうが深くえぐられているのだ。全壊まであと幾ばくも無い。
「てめえらみんな死ぬってことさ」
 邪魔な男たちを銃で撃ち殺して崩れかけの建物めがけて手りゅう弾を投げる。
「くっそおっ!」
 ピンを抜いてしばらく持っていた手りゅう弾は、すぐとはいかないがじきに爆発するだろう。
 そして、爆発したら、建物にとどめが刺されることになる。
 レオンの首を狙うことを忘れて我先にと逃げ出そうとする盗賊たちだが、仲間たちの死体が邪魔で外には出られそうになかった。
 その間にも斜めにずれて、ぱらぱらと石屑を投げる建物。それを見つめながらレオンは今のところ無事なゴミ箱を見てふうとため息をついた。
「……ごめんな」
 いまだ、信号は送り続けられている。あきらめた盗賊たちがレオンに向かってくるのを見ながら、レオンはあきらめたように笑ってナイフを握って腰を落とした。
 その時だった。
 パン、と軽い破裂音とともに、夜空をまぶしく照らす白い照明弾がレオンの頭上に上がった。応援信号の返答でもある合図だ。
「なっ、応援だと!」
「早すぎるっ」
 絶句する盗賊たちの意識が逸れた瞬間。
 はっとした表情をしたレオンは地面を蹴って最小の助走でゴミ箱に飛びあがり踏み切ると屋根へと飛び上がった。
 ひらりと舞い上がった黒い軍服の裾と、白い閃光に伸びる濃い影。
「んなばかなっ!」
 一足で飛びあがったレオンを見て唖然とする男たちの顔が、直後に起こった爆発によって見えなくなる。
 屋根に着地したレオンだが、倒壊する建物からは逃げられなかった。
 不安定な足場に着地したレオンが転び、横倒しになり、その体が粉じんによって見えなくなり、信号弾を受けて、あわてて砦を飛び出してきた軍人たちが見事に倒壊した建物を見つけたころには、その姿は完全に消えていた。
しおりを挟む

処理中です...