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本編
血と炎と出会い-1
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出会いはあまりに鮮烈だった。
炎と血の赤に彩られた凄惨な記憶の中で唯一、黄金のように輝いている。辛いはずの光景は今や薄れ、おとぎ話の一場面のようですらあった。
きっと不謹慎にもその時に心を奪われてしまったのだ。美しき人の形をした獣に。食べられてしまっても構わないと思うほどに――
少女――シャルロッテは駆けた。動く度に腰に付けた魔獣除けの鈴が跳ね、うるさいほどに鳴り響く。手にした籠からつい先ほどまで集めていた薬草が零れ落ちていくのも構わず、自慢の赤みがかった金髪を振り乱し、ただひたすらに。
足場の悪い道で何度も躓きそうになりながらも必死で足を動かした。切れた息も、痛む体も全て無視して黒煙が立ち上る場所を目指す。
近付くほどに絶望を感じながらも足を止めることはできなかった。足を止めてしまうことこそ真の絶望であるかのような幻想に取り憑かれていたからかもしれない。
「はぁ……はぁ……っ」
集落の入り口が見えたところでシャルロッテの足は漸くぴたりと止まる。止まらざるを得なかったのだ。その足が震えるのは単に走り疲れたからではない。
ほんの数刻前に出た時とは様変わりしてしまった集落の姿に華奢な体は完全に竦んでいた。
いつもならば誰かが気付いてかけてくれる温かな「おかえり」の声もない。それどころか人の姿すら見えないのだ。あまりに異様だった。
皆はもう避難したのだろうか。足の悪い祖母のことを誰かが連れて行ってくれただろうか。迎えにくるどころか気にかける余裕すらないまま、出かけていた自分だけが取り残されたのだろうか。
燃え上がる炎と立ち上る黒煙、漂う異臭、奇妙な静けさ――何が起きたのか理解できないながらも本能的に自分もこの場から逃げるべきだと危険を感じているのにシャルロッテは動かない。どれほど自分に言い聞かせ、奮い立たせようとしても体は動いてくれなかったのだ。
「あっ……」
動かした視線の先で倒れている人の姿を見付けた途端、シャルロッテは吸い寄せられるように駆け寄って側にしゃがみ込む。
「サムおじさん……!」
呼びかけても動かないその人はいつもシャルロッテに親切にしてくれた人だった。力仕事なら任せろと笑う頼もしさに度々助けられ、自分の父親のように慕っていた。
薬草を採りに出かける時にもいつも通り挨拶をして、当然「おかえり」と笑いかけてくれるものだと信じて疑わなかったのに、どうして彼は血を流して横たわったまま何も言ってくれないのか。どうして息をしていないのか。
ふといつも奥から顔を覗かせる彼の妻の優しい笑顔を思い浮かべてシャルロッテは弾かれたように立ち上がる。
「エマおばさん!」
大声で呼びかけても返事はなかった。
家の方へと向かったところでシャルロッテははっと息を飲む。燃える家の前に彼女はいた。
「エマおばさん……!」
血塗れで横たわる彼女は揺り起こそうとしても、ぴくりとも動かず、息絶えていることはすぐに判断できた。
近頃手荒れが辛いと嘆いていた彼女に日頃のお礼として軟膏を贈りたくてシャルロッテは薬草を採りに行っていたのだ。
なぜ、こんなことになってしまっているのか。ふらりとシャルロッテは二人の家から離れる。危険だということもわかっていた。
サムもエマもシャルロッテにとっては両親も同然だった。祖母以外に肉親はおらず、ここに住む人全てが家族だったが、誰も出てきてくれないのだ。
「おばあちゃん……!」
奥にはシャルロッテの家がある。この集落の長である祖母と共に住んでいる。
だが、奥は何か嫌な気配がする。これ以上進んではいけないような気がしている。
その直感に従い、今すぐに走って山を下り、この危機を麓の町に知らせなければならないと頭のどこかでは理解できているのだ。
集落に背を向けることはできなくとも、足は前に進もうとする。確かめなければならないと妙な義務感すら沸き上がっていた。
炎と血の赤に彩られた凄惨な記憶の中で唯一、黄金のように輝いている。辛いはずの光景は今や薄れ、おとぎ話の一場面のようですらあった。
きっと不謹慎にもその時に心を奪われてしまったのだ。美しき人の形をした獣に。食べられてしまっても構わないと思うほどに――
少女――シャルロッテは駆けた。動く度に腰に付けた魔獣除けの鈴が跳ね、うるさいほどに鳴り響く。手にした籠からつい先ほどまで集めていた薬草が零れ落ちていくのも構わず、自慢の赤みがかった金髪を振り乱し、ただひたすらに。
足場の悪い道で何度も躓きそうになりながらも必死で足を動かした。切れた息も、痛む体も全て無視して黒煙が立ち上る場所を目指す。
近付くほどに絶望を感じながらも足を止めることはできなかった。足を止めてしまうことこそ真の絶望であるかのような幻想に取り憑かれていたからかもしれない。
「はぁ……はぁ……っ」
集落の入り口が見えたところでシャルロッテの足は漸くぴたりと止まる。止まらざるを得なかったのだ。その足が震えるのは単に走り疲れたからではない。
ほんの数刻前に出た時とは様変わりしてしまった集落の姿に華奢な体は完全に竦んでいた。
いつもならば誰かが気付いてかけてくれる温かな「おかえり」の声もない。それどころか人の姿すら見えないのだ。あまりに異様だった。
皆はもう避難したのだろうか。足の悪い祖母のことを誰かが連れて行ってくれただろうか。迎えにくるどころか気にかける余裕すらないまま、出かけていた自分だけが取り残されたのだろうか。
燃え上がる炎と立ち上る黒煙、漂う異臭、奇妙な静けさ――何が起きたのか理解できないながらも本能的に自分もこの場から逃げるべきだと危険を感じているのにシャルロッテは動かない。どれほど自分に言い聞かせ、奮い立たせようとしても体は動いてくれなかったのだ。
「あっ……」
動かした視線の先で倒れている人の姿を見付けた途端、シャルロッテは吸い寄せられるように駆け寄って側にしゃがみ込む。
「サムおじさん……!」
呼びかけても動かないその人はいつもシャルロッテに親切にしてくれた人だった。力仕事なら任せろと笑う頼もしさに度々助けられ、自分の父親のように慕っていた。
薬草を採りに出かける時にもいつも通り挨拶をして、当然「おかえり」と笑いかけてくれるものだと信じて疑わなかったのに、どうして彼は血を流して横たわったまま何も言ってくれないのか。どうして息をしていないのか。
ふといつも奥から顔を覗かせる彼の妻の優しい笑顔を思い浮かべてシャルロッテは弾かれたように立ち上がる。
「エマおばさん!」
大声で呼びかけても返事はなかった。
家の方へと向かったところでシャルロッテははっと息を飲む。燃える家の前に彼女はいた。
「エマおばさん……!」
血塗れで横たわる彼女は揺り起こそうとしても、ぴくりとも動かず、息絶えていることはすぐに判断できた。
近頃手荒れが辛いと嘆いていた彼女に日頃のお礼として軟膏を贈りたくてシャルロッテは薬草を採りに行っていたのだ。
なぜ、こんなことになってしまっているのか。ふらりとシャルロッテは二人の家から離れる。危険だということもわかっていた。
サムもエマもシャルロッテにとっては両親も同然だった。祖母以外に肉親はおらず、ここに住む人全てが家族だったが、誰も出てきてくれないのだ。
「おばあちゃん……!」
奥にはシャルロッテの家がある。この集落の長である祖母と共に住んでいる。
だが、奥は何か嫌な気配がする。これ以上進んではいけないような気がしている。
その直感に従い、今すぐに走って山を下り、この危機を麓の町に知らせなければならないと頭のどこかでは理解できているのだ。
集落に背を向けることはできなくとも、足は前に進もうとする。確かめなければならないと妙な義務感すら沸き上がっていた。
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