最終到達死点 〜『純血の魔女』は、地獄の街で最強を蹂躙し、悪を無双する〜

samishii kame

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第21話 剣豪 vs 拳闘士⑥

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妖刀・村正をぎゅっと握り締め、全神経を集中させながら構えを固める八十郎に向かい、黄色い髪の九重は猛然と斬りかかった——ものの、その体勢は瞬く間に崩れ去ってしまった。

死角から放たれた彼女の超高速の一撃は、計算された軌道そのままに宙を切り裂いた——
のであったが、剣豪の手元で繰り出された『パリィ』によって、刃はあっさりと逸らされてしまったのだ。刃と刃が交差する瞬間、空気がビリリ、と耳元で震え、背筋をかすかに走る衝撃が九重の神経を鋭く締め上げた。視界がわずかに揺らぎ、頭の芯が締め付けられるように痛む。反動に押され、体はぐらりと傾き、足元のバランスをぎりぎりで取り戻すのが精いっぱいであった。

八十郎は、屈強な戦士である九重に致命的な一撃を放つには十分すぎる状況を作り出している——にもかかわらず、刀を一閃して彼女を切り伏せることはしない。なぜなら、彼の目的は殺すことではなく、あくまで無力化することにあるからだ。冷たい理性が、刃のひと振りごとに宿っているようでもあった。

次の瞬間、全力で突撃してきた拳闘士の女は、一瞬の衝撃にわずかにひるむが、
水面に落ちる雨滴のように素早く体勢を立て直し、重心を整えつつ深く息を吐きつつ、大きく間合いを空けた。
後退するその動作は、ただ逃げるためではなく、戦況を冷静に見極める理性の表れでもある。

彼女は、自身が絶体絶命の瀬戸際に立たされていることを痛感していた。無傷で見逃されている現実に、額を伝う冷たい汗の感触が、戦の過酷さを身に染みさせる。心の奥底で、戦いの厳しさと、自分の無力さを認めざるを得ない、と考えていた。

≪この男……相当に強い。完全に力量を見誤っていたのか。全ての運動能力は私の方が上のはずなのに……。信じられないことだが、見逃してもらわなければ、私はおそらく殺されていたのだろう≫

二人の間合いはおよそ15m。拳闘士の女は安全圏よりさらに遠くへ後退し、剣豪との圧倒的な力量差を肌で感じ取っていく。視界の端では、アリーナ席に座る使い魔の烏が、隣にいる黒髪の美少女——タブレットに太陽炉の設計図を描き連ねる彼女——に戦況の見解を問うていた。

「六惺。お前の読みどおり、剣豪が優先のようだな。拳闘士の女はこの後どう動くと予測する?」

「現状では、彼女が戦況を逆転することは不可能かと思います」

「ほーう、やはりそう考えていたか」

「はい。戦いが長引くほど、剣豪の勝利はより確定的になるでしょう」

「ロレンチーニの効果というわけか?」

「そうです。戦闘時間が長くなるほど、剣豪は女の思考や行動パターンを蓄積し、より正確に読み取ることが可能となると思われます」

「つまり、拳闘士の女は、剣豪の思うままに動かされてしまう可能性が高いと」

「その通りです」

「では、我が弟子である剣豪の勝利はほぼ確定的ということか?」

「いえ。一つ、予測できない要素が残されています」

「それは……剣豪が敵を殺せないことか?」

「はい。ここまでの様子を見る限り、剣豪は女を無傷で無力化しようとしているようですが、さすがに容易ではないでしょう」

「剣豪は、追い込まれるまでは膠着状態を維持するつもりなのだな!」

「とはいうものの、師匠。私は退屈で死にそうです! はー、マジで暇です!」

「なぬぬぬぬ! 退屈で死にそうだと、六惺。我が弟子が命を懸けて戦っておるのだぞ。不謹慎ではないのか!」

師匠の声が、空気を震わせるかのように轟き、スタジアム全体に低く響いた。

「そもそもですが、この戦いには何の意味もないのではありませんか?」

六惺の声は冷ややかに、しかし明確な言葉を口にしながらも、眠たそうにあくびをしていた。

「確かに。剣豪が勝っても負けても、24金は我のものに変わりはない……お前の言うことも、分からんではない!」

師匠は眉間に皺を寄せつつも、どこか納得しているような口ぶりである。

「……師匠、二人の戦いは、もう引き分けでいいではありませんか? 問題があれば、私が全て一掃させてもらいます。私、そう言うの、得意ですから!」

「二人のどちらかが不平不満を述べれば、即座に口を封じるつもりなのか、六惺よ。お前……師匠の我に似て、相当な外道のようだな!」

魔女と烏の、どうでもよいはずの会話が、乾いた戦場の空気をかき乱すように響き渡る。その軽妙なやり取りの陰で、九重は呼吸を整えつつ、目の前で繰り広げられる戦闘を鋭く観察していた。戦場の熱気、金属が擦れる音、そして空気の振動──そのすべてが微細に伝わってくる。まるで彼の全神経が、戦闘そのものに溶け込んでいるかのようであった。

ただの親父だと思っていた八十朗の剣技は、想像を軽々と超えていた。圧倒的な力こそ感じないものの、どんな攻撃も寸分の狂いなく避け、こちらの拳が届かぬ現実を突きつける。否応なく、九重はその実力を認めざるを得なかった。過去の経験則を総動員して計算しても、現状の劣勢は予測の範囲を超えており、心の奥底にざわめく困惑が止まることを知らない。

≪まさか、私の動きに合わせて剣筋を自在に変えてくるとは……。人間ごときに、そんなことが可能だというのか。死角からの攻撃にも確実に反応する……。フィジカルでは私が優位のはずなのに、なぜ、こんなにも苦戦しているのだろうか。これが、世界最強と称される剣豪の真の力……なのか≫

初撃で、九重は親父の力量を測ったつもりでいた。しかし二撃目で、その見積もりが甘かったことを思い知らされる。さらに、剣豪はまだ全力を出していないことも、直感的に理解していた。信じがたいことではあるが、最強種の人狼である自分が、人間に手加減されているのである。

危険な状況下では、人間も獣も判断力を鈍らせるものだ。絶体絶命の瞬間に冷静さを保てる者こそ、真の強者である。今、九重の胸中には、抑えきれぬ苛立ちと焦燥が渦巻いていたものの、理性がかろうじてそれを押さえ込んでいた。

≪持久戦になれば、体力差でこちらが有利になるはず……だが、現実は精神が削られていくばかりだ。理由も分からぬ現状では、私から攻撃を仕掛けることはできない。剣豪の秘密を把握せねば、勝機は見えぬ……≫

八十朗は、微弱な電流を感知する『ロレンチーニ』の能力を駆使し、黄色い髪の魔女の動き、感情、さらには思考の微細な揺らぎまでを読み取っていた。しかし、拳闘士という強敵を相手に無効化して勝たねばならない現実が、彼の心を苛む。絶妙な心理戦と剣技の駆け引きが、互いの間で静かに火花を散らしていた。

男は、重心をわずかにずらすだけで剣筋を曲げ、攻撃の軌道を自在に操る神業を持つ。しかしその技は、あくまで人を斬るためのものであり、防御や無効化にはまだ未熟であった。

その瞬間──

──スッ、カラカラ、ヒュン──

二人の間合いの中心に、烏が音もなく舞い降りた。羽ばたくたび、微かな風が砂を舞い上げ、戦場の緊張をより一層深める。まるで、戦況を冷ややかに見下ろす観客のように。
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