ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

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第32話 誰がどう見てもラスボスなのは

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車内からガラス越しに見える景色は360度、砂の地平線が続いている。
バスの外は太陽の光が砂漠を焼き尽くし、気温が100度前後にまで上昇していた。
局所的に密度が異なる大気が混ざり合い、光の屈折により景色が歪んで見える。
砂漠地帯を走る車内は揺れというようなものをほとんど感じさせないが、起きおり前触れなく上下振動していた。

人が3人程度並んで歩けるくらいの幅が確保されているバスの通路には、万里ばんり水落ミラが武器に手をかけ私を警戒している。
笑顔を浮かべている1級商人の星運せいうんが2人の女の背後に隠れ、バスガイドは動揺しながら成り行きを見つめ、運転手は何事もない感じで運転席に座りハンドルに握りしめ前を向いていた。

奴隷を解放する依頼を受け移動都市グラングランへ向かう途中、立ち寄ったバス停から3人が乗車してくると、バスガイドが自己紹介をしている時、冴えない容姿をしている星運が、私へ『鑑定系スキル』を発動させ衝撃波を飛ばしてきた。
許可なく他人のステータスを鑑定する行為は許されるものではなく犯罪だ。
星運の使用した『鑑定スキル』については、相手に与えるダメージがほとんど無かったため、気づかれにくいものであり、普段から常習的に使用してきたものと予測される。
自身の行為に悪びれていない様子がないクソガキをこのまま放置できるはずがない。
私に出会ってしまったことが運の尽だ。
リクライニングスペースが十分確保されている座席から立ち上がり星運を処刑する宣言を行うと、万里と水落が前に立ちはだかってきた。

ただならぬ空気を感じとった二人の女は、それぞれ装備している武器に手をかけていいる。
車内に張り詰めた空気が流れ、バスのエンジン音が微かに聞こえていた。
まず万里が、座席から立ち上がり星運を処刑する宣言をした意図について困惑した様子で尋ねてきた。


「聖女様。今しがた言っておりました正当防衛とは一体どういう事でしょう。その内容をお聞かせ願えないでしょうか。」


星運が私へ攻撃を仕掛けてきたことを把握していない万里のその反応は間違っていないのだろう。
刀に手をかけ、腰を沈めいつでも抜刀できるように準備をしている。
背が高く、綺麗な顔立ちをした知的系のお姉さんといった雰囲気だ。
ゆるりとした衣装には綺麗な紅葉のデザインが施されており、腰に刀をぶら下げている。
剣豪と書かれたネックレスは、奥義を獲得している証だ。


「お連れのその男が、前触れなく私へ『鑑定スキル』を使用してきました。ご存知とは思いますが、その行為は許されるものではなく犯罪です。」


万里は怪訝な表情をうかべながら星運へ振り向くと、星運はニコニコと笑い両手を合わせて軽い感じで万里へ頭を下げている。
私にではなく、お供の女の方に謝るのか。
星運の態度を見た万里は、申し訳なさそうな表情をしながら星運の代わりに頭を下げてきた。


「ご主人様が大変失礼な事を行ってしまい、申し訳ありません。聖女様、どうか怒りを沈めてもらえないでしょうか。」


悪さをした子供になり代わり謝る親みたいな対応だ。
万里が星運をご主人様と呼ぶということは、2人は夫婦なのかしら。
その時、古代の技術で衝撃を制御されているバスが僅かに揺れると、万里と水落はバランスを失い近くのものに捕まった。
確かに一般の者なら予期せぬ揺れにより体勢を崩すかもしれないが、2人の女は奥義を獲得している達人のはず。
そう。厳しい修行を積んできたわりには、体幹が弱いのではなかろうか。
違和感があるものの、星運を処刑することとには変わりない。


「お連れのその男は、分からなければ何をしてもいいというスタンスだと見受けられます。つまり善悪の判断力が、欠けているのではないでしょうか。無自覚に暴力を振るう者はここで私が制裁させてもらいます。」


一歩足を出して距離を詰めると、一気に空気がひりついたものに変わっていく。
私との交渉が決裂したことを悟ると、控えていたもう一人の連れの女の子が万里の前に出てきた。
水落と名乗る小柄で可愛らしい女の子だ。
サラサラのボブカットヘアーに可愛らしい容姿の少女は、化粧っけがなく、機動性重視の革の装備品で男っぽい衣装でまとめている。
自身の背丈よりも長い槍を両手に持ちながら、両足を広げしっかり腰を落してきた。
それなりの構えであるが、槍をこの密室空間で扱うには筋肉量が足りないように見える。


「ここは水落に任せてよ!」
「水落。任したぞ。なるべくだけど、聖女さんには怪我を負わせないようにしてやってくれ。」


水落と星運が交わしている声が聞こえてくる。
私に勝つ事が前提の会話だな。
だだの可愛い聖女にしか見えていないのだろう。
地獄の釜の蓋はもう開いているとの知らず、能天気なものだ。
間合いを詰めるために一歩足を出すと、バスガイドが絞り出すように車内アナウンスをしてきた。


「皆さん。バスの中での戦闘行為は禁止です。どうか、武器を収めて下さい。」
「やめるんや、山茶花はん。ここは、見て見ぬふりをするところや。」


職務をまっとうしようとするバスガイドに反応したのは、ハンドルを握りしめて運転に集中しているふりをしている運転手であった。
さすが底辺の住民であると言いたいところだが、生き延びるためのその判断は正しい。
駄目な者に限って無駄に生命力だけ高いという都市伝説を聞いたことがあるが、この運転手がそれに該当するのだろう。
乱れのない歩調で一歩一歩、水落へ向かい間合いを詰めていくと、槍の射程圏内に入ったのだろうか、ご丁寧に『奥義』を繰り出す予告をしてきた。


「奥義『蜻蛉斬り』。行っくよぉぉ――!」


奥義『蜻蛉斬り』とは、視覚と聴覚を惑わして、気づかれる事なく蜻蛉を真二つにする究極の槍術だ。
水落が重心を前足に乗せ、槍を斜めから振りかぶってくる。
奥義、蜻蛉斬り!
槍の刃先の姿が消えていく。
だが、水落の初動から槍の太刀筋ははっきりと分かる。
無駄のない動きではあるが、遅すぎだろ。
脚の運びを見ても素直なもので、フェイクの類を入れてきていないところを見ると、実戦での経験値が低いように見受けられる。
さらに技に洗練さが見られない。
D級相当レベルの者が、S級相当のスキルに相当する奥義『蜻蛉切り』を繰り出してきたようなイメージだ。
―――――――――振り下ろされてくる刃先を、軽く素手で払い除けた。
やはり威力の軽い。
振り下ろされた奥義『蜻蛉斬り』を蚊を追い払うように簡単に払った姿を見た、水落達が驚愕の声を漏らした。


「え?」
「何?」
「嘘だろ!」


予測外の出来事に、状況の理解が追い付いていない様子だ。
戦っている聖女との力量の差を少しくらい把握したのかしら。
大技を繰り出し無防備な状態になっている水落の額を指先でチョンと押し出すと、バランスを崩し尻もちをついてしまった。
成り行きを見つめていた星運が、動けないでいる水落に下がるように命令し、万里に前へ出るように指示をした。


「水落。ここは万里に任せて、一旦後ろへ下がるんだ!」


星運の声から余裕のようなものが消えている。
万里は鋭い視線で星雲を一瞥し、少し迷った様子で腰の刀をゆっくり抜きながら前に出てくると、剣先をこちらへ向けてきた。
万里は、水落よりも体を鍛えていないようであるが、何か血生臭い感じがする。
水落には感じられない、殺気をまとっていた。


「聖女様が、かなりの実力者であるということを理解しました。私の方は本気でやらせてもらいます。」


抜いたその刀からは何かドス黒いものが宿っているように見える。
万里は息を吐くと、決意した様子で踏み込んできた。
地面を滑るように間合いを詰めながら、上段に構えている刀を振り下ろしてくる。
――――――――――刀を振り下ろそうとする空間に歪みが生じていた。
上段から真一文字に振り下ろされた刀と同時に、もう一本の刀がまっすぐ切り上げられてきたのだ。
最強の刀技に一つ。燕返しだ。
空間を歪めて上下から2本の刀が斬りかかってくる。
水落と比べて迷いは感じられないが、技の切れが悪い。
上下からの繰り出されてきた斬撃を回避しながら踏み込むと、軽く万里を軽く蹴り飛ばした。

蹴りに一切の反応が出来なかった万里は、そのまま奥のフロントガラスまで飛ばされてしまうと、受け身を取ることなくガラスへ体を叩きつけられ、気を失ってしまった。
二人の女は奥義を繰り出してきたのであるが、予想以上に手応えが無い。
水落は気を失ってしまった万里に駆け寄って行き、星運は青ざめて口をパクパクさせている。
戦った気が全くしないが、星運の処刑を遂行させてもらいます。
――――――――――その時、バスのAIである北冬辺が戦闘行為を停止するように促してきた。


「三華月様。車内でのこれ以上の戦闘行為は中止願います。」
「いきなり何ですか。見ていたとおり私は正義を執行しているだけではないですか。」
「もう一度言います。車内での器物破損をする行為は禁止されております。戦闘は中止下さい。」
「腕利きの刑事が犯人を捕まえるために、少なからず物を破壊してしまう事って、よくある話しじゃないですか。」
「それは話しを盛り上げるための演出です。それに三華月様は、刑事ではありませんよね。」
「刑事ではありませんが、それって重要ですか。」
「そもそも、罪を犯した者は法の元で裁かれるべきであり、これ以上の戦闘行為は必要ありません。」
「そうですか。でもこれは正当防衛でもあります。」
「三華月様の行為は正当防衛というには明らかに行き過ぎており、過剰防衛であると判断します。」


正論で返されると気分が悪いものだ。
北冬弁の言っていることはきっと正しいのだろう。
私は結局のところ、感情で物事を判断する者なのだ。
考えが対立した時は、言葉を交わすよりも拳を交える方が早い。


「北冬辺とは考えがどこまで行っても平行線が続くようですね。私を止めたいのなら『力ずく』でお願いします。」
「最初からそのつもりです。私が三華月様を止めさせて頂きます。」
「この展開は知っていますよ。ロールプレイングゲームに当てはめれば、水落と万里が『中ボス』に該当して、さしずめ北冬辺が『ラスボス』となるのでしょうか。これも可愛い聖女であるヒロインの宿命です。定番どおり『ラスボス』であるの北冬辺あなたを成敗させて頂きます。」
「おそらくですが。誰がどう見ても『ラスボス』なのは三華月様の方だと思いますよ。」
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