ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

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第62話 悪党に屈した気分

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正面には湖が広がり、40m程度はある天井の岩石が迷宮内を明るく照らしている。
新鮮な空気が流れ、湖畔沿いは膝下程度までの高さしかない草原が広がっていた。
脳震盪を起こした勇者と強斥候が湖に浮いている姿がそこにある。
40m以上程度の高さから着水した場合の水面の硬さはコンクリート並みの強度にまで上がると聞くが、迷宮主の十戒が『ダンジョンウォーク』にて開いた穴へ背後から蹴り落とし、受け身がとれない状態で着水したものの、なぜ2人は生きているのかしら。
叩いてもなかなか死なないゴキブリ並み、もしくはそれ以上の生命力があるようだ。
このまま放置しておきたいところではあるが、一応同族だし溺死してしまうと信仰心に影響が出るかもしれない。
聖女としては、助けなければならないところだろうしな。
スキル『壁歩』の効果で水面を移動し、陸地へ引っ張り上げた頃、2人はようやく意識を取り戻してきた。
しばらく放心状態となっていたが、徐々に何があったのか思い出したようで、遊郭から突き落とした件についてクソ文句を言い始めてきた。


「おいおいおい、聖女さんよ。一般人の俺達に、何してくれちゃっているんだよ。」
「そうっす。突き落とした下が湖で無かったら、僕達は死んでいたかもしれないっす!」
「まずは落ち着いて冷静になって考えてみて下さい。湖に浮かんで気を失っていたあなた達を岸へ引っ張りあげた私に対して、まずはお礼を言うのが筋なのではないでしょうか。」
「マジで言ってんのかよ。40m以上の高さから突き落され、俺は死にかけたんだぞ。いくらなんでも礼なんか言うわけ無いだろ!」
「三華月様は、ただ同族殺しの罪を背負いたく無かっただけっすよね。」


やれやれ。私の痛いところを付いてきた。
まったくもって、面倒くさい奴等だ。
過ぎてしまった事を悔やんでも仕方がないではないですか。
クソ馬鹿な男達に対しては、鬼可愛い聖女が何をやったとしても、たいていの事は許されると世界の記憶であるアーカイブに記載されていたのだけどな。
もしかして、何かしらの努力をしないといけないのかしら。
適当に可愛い仕草でもしておけば、こいつ等のことだ、簡単に騙すことが出来るだろう。
笑顔をつくり、精一杯媚びた声を出してみた。


「えへっ。」
「何だよ。俺に気があるのかよ。スマン。俺、女は中身も大事だと思っているんだわ。」
「それ、分かるっす。百歩譲って、愛人契約なら有りっすね。」
「確かに愛人なら有りだな。見た目だけは無駄にいいからな。」
「それっす。三華月様は無駄美人っていうやつっす。」


無駄美人とまで言ってくるのかよ。
さすがに上から目線が酷すぎる。
女は中身が大事って、まともなのか、クズなのか、よく分からない奴等だ。
愛想笑いが通用しないのなら、手持ちのカードを切るしかない。
それでは、2人の痛いところを突かせてもらいます。


勇者あなた達は確か迷宮へ入る準備をしてくると美人賢者に言っていたはずですが、それがどうして遊郭なんかへやって来ていたのでしょうか。」
「ちょっと待て。いきなり何なんだ。」
「三華月様には関係がない事っす。」
「そもそもですが、美人賢者アメリアは、2人が遊郭に行った事を知っているのでしょうか。」
「なんだよ。ここで、何で美人賢者アメリアの話しが出てくるんだ。」
美人賢者アメリアのことは関係ないでしょっ!」
「美人賢者が関係あるかどうかは、あなた達が決めることではありません。」
「もしかして、俺達を脅しているのかよ。」
「美人賢者に言うつもりじゃないっすよね。」
「少しご機嫌が斜めのように見受けられましたので、その気持ちを収めてもらおうかと思いまして、少しだけ脅してみました。」
「やっぱり脅しなのかよ。何て卑怯な聖女なんだ。」
「悪質過ぎる。マジで悪質な聖女なんすね。」
「それでは、この問題は解決したという事でいいですね。」
美人賢者アメリアには、遊郭のことは絶対に言わないでくれよ。」
「クッ!悪党に屈してしまった気分っすよ。」


勇者と強斥候は悔しい感情を昂ぶらせていた。
卑怯で悪質な聖女とまで言われてしまったが、うんこの二人に罵倒されても、全く響かないものなのだな。
それはいいとして、顔を真っ赤にさせ地団駄を踏んでいる勇者と強斥候へ、向こうの方へ指差して見せた。


「あそこを見て下さい。エンカウント率が激低の魔物と言われている『強欲の壺』がぴょんぴょんと飛び跳ねていますよ。」
「なんだと?」


私からの言葉を聞いた二人が真顔に戻ると、指さす方へ振り向いた。
美人賢者達に酒場で出会った際、城塞都市に来た目的は『強欲の壺』を狩るためだと聞いていた。
エンカウント率が恐ろしく低いと言われているその魔物が、そこにいたのだ。
勇者と強斥候が我に返った様子で、強欲の壺へ向かい走り始めた。


「奴がいるなら、早く言えよな!」
「怒りに我を忘れて、探索系スキルを停止していたっす。」


『強欲の壺』はAクラス相当の魔物に該当し、城塞都市の地下ダンジョンにしか現れない。
あらゆる攻撃に対して耐久が高く、時おり強烈なカウンターを繰り出してくる厄介な魔物だ。
破壊できれば大量の金貨、もしくはそれ以上のレアアイテムをドロップしてくれるため、この『強欲の壺』を狩るために世界から人が集まってくる。
私の認識が正しければ、勇者達の攻撃力では歯が立たないはず。
案の定、戦闘開始5分後には勇者達は助けを求めてきた。


「三華月。見てないで手を貸してくれ。」
「僕達の攻撃が通っていないように思うんですよ。」


強斥候が陽動で壺の気をひきつけ、勇者が大剣でダメージを与えていた。
未知なる強敵に対してスキル『真眼』が発動し、壺のステータスを表示してくれているが、HPはほとんど減っていないようだ。
――――――壺HP:995/1000


「大丈夫です。ダメージは通っています。」


5分間で5ダメージを与えているという事は、単純計算すればあと16時間35分で壺を破壊できる。
残念ながら勇者と強斥候の体力がもたないだろうし、いつかは壺からのカウンターをくらってしまい、2人は確実に敗北してしまうだろう。
仕方がない。
私も参戦して差し上げましょう。
硬い物を破壊するなら『制裁鉄拳』を撃ち込むのが一番なのだろうが、近づくまでが鬱陶しい。
黒龍を粉砕した物干し竿を使用するまでもない。
私は運命の弓をスナイパーモードで召喚し、リロードする運命の矢へスキル『必殺』を重ね掛けする。
そして『ロックオン』を発動。
信仰心で強化した体で3mを超える弓を引き絞り始めた。
それでは仕留めさせてもらいます。
貯めたエネルギーを解放させた。
――――――――shoot

ジャイロー回転がかかった矢が、強欲の壺を粉砕した。
ただ固いだけの壺など、私からするとF級相当の魔物と同じ扱いなのだ。
強欲の壺が落としたアイテムはいうと…
――――――――――ドロップ金貨、ドロップアイテム、共になし。
これはこれはまさかの結果だ。
どうやらOVER_KILLしてしまい、ドロップするはずの品も一緒に破壊してしまったようだ。
なんでもほどほどにしておかなければならないと言う事なのかしら。
勇者と強斥候が脱力状態となり、両手・両膝を地面につき頭を下げている。


「あれだけ頑張ったのに、三華月が壺を消滅させやがった。駄目だ。俺、これ以上頑張る事ができねぇわ。」
「三華月様が戦力にならないなんて。」


私の参戦がなければ敗北していたはずなのに、酷いいわれようだ。
強斥候が腰から崩れて両膝を地面についたタイミングで、何かに反応をした。
スキル『索敵』に何かが引っ掛かったようだ。
強斥候が示す方向に視線を移すと、闇の奥に若い男が立っていた。
――――――――この男はおそらく、白翼のギルドマスターを殺し、迷宮内に潜伏しているという『飛燕』という男だ。


「俺の気配に気が付くとはなかなかやるじゃないか。」


着物を着て腰に刀を携えている侍の姿をしている貧弱な体つきをした男が、自信満々な感じで立っていた。
程度の低いスキル『隠密』を使用しているが、戦闘力はそれほど感じない。
初見であるが、C級相当の実力ではないかしら。
だが、A級冒険者相当の者達を惨殺した奴だ。
何か特別なスキルでも持っているのかしら。
勇者と強斥候が腰の獲物を手に取り、臨戦態勢に入っていた。


「お前は紺翼のギルドマスター、飛燕だな。」
「何故、白翼のギルドマスターを殺したんすか?」
「俺達に会ってしまったのが運の尽きだ。」
「ここで、お前を討伐するっす。」


勇者と強斥候が珍しく強気な態度をとっている。
人は見かけによらないという言葉がある通り、飛燕を軽くみていると痛い目にあうかもしれないぞ。
その2人は何故か、武器に手をやりながらゆっくり後退し私にアイコンタクトを取ってきた。
2人に何かを期待されているようだが、それが何なのか全く心当たりが無い。
だが、面白そうなので親指を立てて『OK、任せろ』と返事をしておいた。


「三華月、あとは頼んだぜ。」
「三華月様なら余裕っすよ。」


なるほど。
飛燕の討伐は、人任せだったということか。
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