ブラックな聖女『終わっことは仕方がないという言葉を考えた者は天才ですね』

samishii kame

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第87話 vs黒河膳

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ここは帝都の歓楽街の端にあるホテル。
そのロビーは天井が高く、大ホールのような空間がとられている。
吹抜けの窓ガラスに糸のように細い雨が当たっており、どんよりとした空から入ってくる光は暗く、ホール内は魔導の灯りによって照らされていた。
内装は綺麗に装飾され、ホテルマン達の身だしなみをみても格式ある雰囲気が漂っている。
ホール内には観葉植物の鉢がたっぷりと置かれ、多くの旅行客やビジネスマンの姿がある。

等間隔に配置されている3人掛け用ソファーの向かいには、でっぷり男の黒河膳と、その隣にボーディガード役と思われる獣人の女の子が座っていた。
黒河膳の目的は、佐藤翔からまとまった金を預かったお金で帝都に温泉をつくること。
だが、偽物の三条華月と名乗る者から詐欺にかけられてお金を巻き上げられてしまっていた世間知らずの間抜けな鴨であった。
とりあえず、詐欺にあっている事実を教えてさしあげましょう。


「黒河様は先程、温泉をつくる融資を受ける約束をした貴族が三条家当主であると言っておりましたが、その者は本人で間違いなかったのでしょうか。」
「もちろん本人です。もしかして聖女殿は拙者が詐欺にあったのではないかと考えているのでござるか。心配無用ですぞ。なんといっても拙者は『鑑定眼』の持ち主なのです。拙者の目を誤魔化すことなどできぬでござる。」
「もしかして、その三条家の当主と名乗る者に手付金みたいなものを、もうお渡しされたのでしょうか。」
「もちろんです。とりあえず、手持ち金のほとんどをお渡ししたでござるよ。」
「はぁ。渡してしまいましたか。」
「聖女殿。これを見て下され。ちゃんと三条華月様ご本人の直筆で書かれた契約書も貰っているでござるよ。」


全身をタプタプさせている黒河膳が、緩い笑顔を浮かべながら、偽の契約書を見せてきた。
私の名前をかたる詐欺師と共同事業主の契約を行い、その詐欺師に訳が分からないまま手持ち金のほぼ全額を支払ってしまった後のようだ。
異界神の神官達が召喚してくる異世界人は、人生に不満を持っている者がほとんどであり、世間知らずで厳しさに欠ける者が多く、召喚された際にスキル『鑑定眼』を獲得していた黒河膳もその例外ではなかった。
信仰心が稼げる要素が無い黒川膳には、何の魅力もなく、興味もない。
次元列車がF美を元の世界へ帰して後こちらへ戻ってきたら、続いて黒河膳を送り届けてもらうことにしよう。


「黒河様。落ち着いて聞いて下さい。」
「なんでござるか。」
「あなたは詐欺にあってしまったようです。」
「何度も言っておりますが、拙者は鑑定眼の持ち主ですぞ。拙者を騙すことなど出来はしないでごさる。」
「黒河様がお金を渡した者は三条華月ではありません。」
「な、何を言う。そんなことは絶対に無いでごさるよ。拙者が会って話しをした女性は三条華月殿で間違いござらぬ!」
「その者が偽物だという理由は、私が本物の三条華月だからです。」


何気ないカミングアウトに黒河膳がフリーズした。
ボディーガード役である獣人ちゃんが、隣りで興奮状態になっている黒河膳を冷めた目で見ている。
これは駄目な奴を見る眼だ。
先ほど獣人ちゃんが私を威嚇してみせたのは、黒河膳に対する『あなたのために仕事をしていますよ』というアピールで、黒河膳を金ずるとしか見ていないのかもしれない。
現実を受け入れられないでいる黒河膳は、自身に言いきかせるように声を張り上げた。


「『鑑定眼』を持つ拙者が詐欺にあうはずないでござるよ!」
黒河膳あなたがもっている『鑑定眼』のクラスはどれくらいなのですか?」
「鑑定眼のクラスですと?」


黒河膳が再びフリーズした。
『鑑定眼』といっても上級から下級のものまで存在する。
この者はその事実を知らなかったようだ。
仕方がない。
もう少し分かりやすく話しをして差し上げましょう。


「一般的にいう『鑑定眼』とは、最低のFランクとなります。珍しいスキルではありますが、Fランクだと使えないというのが現実です。」
「…。」


フリーズしたまま、その瞳から生気がなくなっていく。
強いストレスがかかり現実逃避をしてしまっているようだ。
この男を召喚した者達は、地上世界を混沌に陥れようと画策している異界神を信仰する奴等で、その多くはA級相当の実力をもつ者達だ。
そんな彼等が、黒河膳へ『鑑定眼』のランクを伝えていなかったことを考えると、やはり最低ランクのスキルで間違いないだろう。
なによりも、その瞳を見て気が付いたのであるが、
―――――――――――黒河膳は何者かに『催眠』をかけられていた。
スキルを獲得していたとしても無敵ではない。
世界で最も武装強化をされている私でさえもステータスダウン系のスキルには耐性が無い。
仮にA級クラスの『鑑定眼』をもっていたとしても、『催眠耐久』が無ければ簡単に騙す事が出来るのだ。
人に認めて欲しい欲求の塊のくせに何も行動を起こさないでいた者が、特殊なスキルを獲得しても厳しい社会に出たらハイエナ達の餌食になるだけなのである。
置物のようになり、外界からの情報を遮断しているように見える黒河膳へ、催眠状態である事実を告げることにした。


「黒河様。あなたにはもう一つ、お伝えしなければならないことがあります。」
「…。」
黒河膳あなたは何者かに『催眠』をかけられております。」
「…。」
「『鑑定眼』を獲得していても騙す手段はいくらでも存在します。」
「ガブガブガブガブ。」


今、何か、変な擬音を口にしたぞ。
口から泡を吹き、大きく見開いている目の焦点が合っていない。
その時である。
―――――――――――――スキル『未来視』が発動した。
黒河膳が、現実を受け入れない言葉を口にしながら、火山が噴火するように無数のツバをこちらに飛ばしてくる未来が見えたのだ。
身の危険を感じた瞬間、無意識にかけている神経回路のリミッターを反射的に外していた。
脳内処理速度が加速して跳ね上がっていく。
世界から音が消え始め、全てがセピア色へ変わっていった。
―――――――――――――静止した時間の中、向かいのソファーに座っている黒河膳が立ち上がり、何かを叫ぼうとしている。
間に合ったようだ。
ツバの粒を大噴火させるコンマ1秒前の状態で時が止まっている。
私の体は、深く座っていたソファーから浮き上がり、腰を回転させて、軸足に加重が乗り始めていた。
一瞬で、黒河膳を行動不能にしなければ、私の身が危ない。
静止した空間の中、私のつま先が真一文字に走り、黒河膳のあご先を捕らえていた。
一瞬の出来事である。

冷静に考えれば、無数に発射される散弾つばを私なら回避する事も出来ただろう。
だが、遺伝子に刻み込まれた本能が、黒河膳に蹴りを入れる選択をしてしまっていた。
蹴りを入れた後で思うのも何何だけど、黒河膳は生きているのかしら。
音が少しずつ戻りはじめ、止まっていた景色が動き始めていく。
ソファーから立ち上がり怒りの雄叫びを上げようとしていた黒河膳が、横一閃されていた蹴りに気絶し、床へ崩れ落ち始めていく。
私を見ていた獣人ちゃんが顔を赤くして「ヤバい、超格好いい…」と呟く声が聞こえてきていた。
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