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夕焼け始まる青い春
人生最後の学校祭(2)
しおりを挟む「ちょっといいか」
そういって手を挙げたのは、さっきまで教科書とにらめっこしていたいかにもがり勉ですって見た目の男子だった。何回か喋ったことがあるけど、俺はあんまり得意ではない。周りを馬鹿にした態度が目立つ彼は、噂では私立の進学校に落ちてここに来たらしく、そのせいで馴染んでいない。この前の体育祭でも無駄だと言い切って全員参加の競技にしか出なかった。
「どうしたのかな?」
委員長は不穏な空気を察知しながらも表情を崩さずに返答する。クラス内で孤立している生徒が表立って発言し始めたことで、教室はさっきまでが嘘のように静まり始め、視線だけが冷酷に突き刺さる。
「黒板に書いている案だが、どれ一つをとってもやる意味が感じられない。学校祭は学んだことや自分たちが取り組んだ事を発表する場であって、縁日の真似事をする場ではない。よってそこにある案は全部却下するべきだろう」
演技がかった口調に独善的な態度。提案でもなんでもないただの否定。そんなものが通るわけもなく、唖然としていた生徒の中からすぐに一人が机を叩きつけながら立ち上がった。
「なにおかしなこと言ってんの! 毎年学校祭はこういう事してきたじゃん! いきなり訳の分からない事言ってあんたは何がしたいの!」
そう叫んだのはクラスで最も影響力のある女子生徒だった。俺も去年同じクラスでそのコミュニケーション能力は間近で見ている。
彼女は少し言葉が悪かったり短気だったりするが、それでも彼女の居るクラスは毎年盛り上がる。行事は全力で楽しみたい俺は彼女の意見に賛同しながらも、この二人の口論がどのように発展していくのか、少し興味があった。
「別に今年だけじゃない。一年の頃からずっと思っていたさ。単に言わなかっただけだ。しかし今年は条件が違う。俺たちは三年で受験生だ! それなのにこんな行事なんかで時間を使うなんて無駄だと言っているんだ! 自分たちの状況ぐらいわかっているだろう」
「それとこれとは話が別でしょ! 先輩だって毎年すごい事してたし!」
「それが無駄だと言っているんだ! そもそも学校祭を行う取り決めでも俺が言ったことが書かれているんだ! 今までの状況の方が間違いなんだよ!」
「あんなの建前でしょ! なにそんなの真に受けてんのよ! 馬鹿じゃないの」
「馬鹿なのは俺じゃなくてお前たちだろ!」
徐々にヒートアップしていき本題からずれ始める。俺はちらりと先生の方向を向いて目を合わせる。先生は話し合いの最初から参加していたが、毎回生徒の自主性を重んじるとか言ってどれだけ酷いことになっても絶対に止めたりしない。今回もそのスタンスは変えないようで俺と目があっても首を振るだけだ。
「あんただって馬鹿じゃない。学校祭は今年で最後なんだよ? 最後の行事なのにそんな馬鹿みたいな理由でおざなりにするなんてありえない! 私は学校祭大賞がとりたいの!」
彼女の言葉に続くように一緒に固まって喋っていたメンツが「そうだ! 何考えてんだよ!」「馬鹿じゃねーの?」など罵詈雑言を飛ばす。
俺だって賛成派だがさすがにその言動はいいとは思えない。がり勉の方も多勢に少したじろぎながらも体勢を立て直し、再び口を開く。
「最後? 大賞? こんな行事やったてやらなくたって変わらないだろ! 勉強の方が重要に決まっている! お前たちは俺よりも頭が悪いくせに呑気にこんなことしている余裕があると思っているのか!?」
もう論点が完全にずれている。これじゃただの喧嘩だろう。そう思った矢先、秋が立ち上がり二人の仲裁に行こうとする。俺もそれを見て半分浮かせていた腰を再び椅子に下ろしたが、その判断は間違っていた……
「二人とも暑くなりすぎ。もう論点が完全にずれているしそんな調子じゃいつまでたっても平行線。いったんお互い席について、ね?」
「う、うるさいぞ山田! これ以上話し合いをしたところで無駄だ。こんな行事に時間を割くこと意味がないのだから適当に何か展示すればいいだろう!」
がり勉の方は秋に対して喚き散らし始めたが、秋にそれは全く無駄な行為だ。お前がいくら水をさそうとも海の水はその程度じゃ薄くなったりしないのだから。
「それを決めるのはあんたじゃなくてここにいるみんなだよ。好き勝手喋って悦に浸っているところ悪いけど私は結構頭に来ているの。これ以上余計な御託並べるようだったらもう帰ってもらっていいわよ。周りの意見も聞かないあなたあの案なんて、いくら一人で騒いだところで通るはずないもの」
秋は基本的には温厚で誰にでも優しい。しかしそれでも限度はあり、悪口が嫌いな秋にとって今のやり取りはその限度にたるものだったのだろう。それを分からず更に喚き散らしたがり勉は自業自得だろう。
「俺は認めない、絶対に認めないぞ……」
これだけ言われてもまだめげずに言い続けるなんてそれこそ馬鹿みたいな行動だ。秋がこれ以上怒れば本当に帰る羽目になるかもしれないのに。
しかし秋が再び口を開く前に後ろからさっきの女子生徒が体も口も割り込んできた。
「いい加減にしなさいよ! いくらあんたが喚いたところで無駄なのはわかったでしょ? っていうかあんたさっき俺より馬鹿な奴がとか何とか言っていたけど、あんたより頭がいい秋がこういってんのよ! どうせあんたがこの期間中ちょっと勉強したところで秋に勝てる訳ないんだから素直にしたg……」
「そこまでにしなよ、篠宮さん」
彼女……篠宮さんが言った言葉に耐え切れなくなってしまい、思わず声をあげてしまう。それでも、今の発言には許せない事が一つだけ混じっていた。
「篠宮さん。それは言っちゃだめだよ。確かに金東君の意見は俺も賛同できないし、さっきまでの言い合いだってしょうがないと思っていたよ。でも、相手の努力を馬鹿にしちゃいけない。俺たちが行事で全力を出す様に、それが一番大切であるように、金東君も勉強が一番大切なんだよ。それを秋を引き合いにして馬鹿にするのは秋にも失礼だ。秋にちゃんと謝って」
少し語気が強くなってしまったが、精一杯自重しながら冷静にゆっくり言う。そのかいもあってか、篠宮さんはある程度頭が冷えたようで秋に頭を下げて謝った。
「金東君もだ。何がそんなに気に食わないのか知らないけど、学校行事だって大切なものだ。それを自分の価値観で勝手に押し付けないで。ちゃんと周りの意見も聞こうよ。それと、さっきまでの言動は言い過ぎだ。ちゃんと篠宮さんに謝りな」
金東は悔しそうに拳を握りしめながら、まだ納得していないのか、俺を睨みながらゆっくり口を開く。
「何が大切だ……大切なのは未来だろ。今こんな事して大学に落ちたらどうするんだ」
俺は沸騰しそうになった感情を押さえつけて軽く息を吐く。金東君にはそれがため息に見えたのか握っていた拳にさらに力が入っていたようだが、それをケアできるほどの余裕はない。
「推薦入試、AO入試。この二つで大学に行く人なら、この行事を全力で取り組むことで有利になることだってあるはずだよ。ですよね、先生」
全く干渉しない先生への苛立ちも含め、少し強めな口調で質問する。先生はそれでも柳に風といった感じでさらりと受け流す。
「そうだな。内容にもよるが行事に全力で取り組めるものや行事事態でリーダーをやった者は評価される対象が増えるから内申や自己PRもしやすくなるな」
「だって、金東君。これでもまだ無駄だって言うの?」
少しずつ外堀を埋められる感覚、というのか。自分が言ったことを一つ一つ潰されるのはそれだけで敗北感を感じさせられる。俺が深司によくやられている事だ。
「そ……そんなのごく一部の生徒だろ。ほとんどの生徒は一般受験だし関係はないだろう」
語尾がどんどん小さくなりながらも未だに反抗を続けるのか。正直ここまでくると呆れてしまう。ここまでくればもう最後まで追い詰めるしか収める方法はない……んだろうな。
「じゃあ……」
「うるせえよ、金東」
俺の言葉に今まで寝ていたはずの深司がかぶせてくる。決して大きくも張った声でもないのに、明瞭に聞こえてくるのはやっぱりあのカリスマ性だからなのかな?
「深、司」
「いつまで喚き散らしてんだよ。今自分が何言ったか分かってんのか? 少数の生徒にしか影響がないならやる必要がない? じゃあ今のお前は何なんだよ。少数どころか一人で反対反対騒ぎまくって。今お前が否定した立場の人と何が違うってんだ。まあ同じ気持ちの奴がいるにしても? どうせ少数であることは変わりない。だったら俺達だってお前らの意見なんか無視して話を進めても問題ないんだよな」
「えっ。あ……」
「はあ、もういいよ、お前。せっかくの話し合いに横槍入れやがって。帰れば? いても邪魔だし」
深司は冷酷に冷淡に冷血に。感情の混じらない声で金東君を追い詰めていく。
高身長で少し切れ目の深司がその口調で攻めれば大体の人は委縮してしまうだろう。それほどに怖い。って言うか近くで聞いている俺も悪いことしてないはずなのに、怖くて逃げだしたくなる。蛇ににらまれたカエルなんて生易しいものではない。メドゥーサに睨まれた俺……何言ってんのか分からなくなってきた。
「いや、でも……出席日数とか皆勤とか……」
その二つは実質同じ意味なんだけどね。金東君ものすごい焦ってるな……
「それが? そんなのお前以外の全員関係ないんだけど。今更そんな言い分が通じると思ってんの? どれだけ唯我独尊なんだよ、お前」
「いや……」
さすがにこれ以上追い詰めるといじめになりそうだし後々面倒なことになりそうだから……
「深司、それ以上は言い過ぎ。金東君も、今日はどうせ平行線だ。一回冷静になってもう一度話し合おう。委員長、内容以外に今日決めることってなんかある?」
会話を強制的に終了するため無理矢理違う話題をねじ込む。不自然極まりないけど元々目立ちたくない深司と、その深司にぼっこぼこにやられた金東君だ。これ以上話を蒸し返そうとはしないだろう。
「あ、うん。クラスから二人実行委員会を選出しないといけないんだけど。誰かやってくれる人いないかな?」
「あ、じゃあ俺やりたい! 今までの会話の流れでいうのもあれなんだど、やっぱり最後だから全力で盛り上げたいしね」
それに場を引っ掻き回しっちゃたし。せめてもの罪滅ぼしってのも理由に含まれていたりする。
「私も私も! 頑張りたい!」
そういって手を挙げたのは晴だった。まあ、晴とは三年間一緒で仲もいいし、仕事も気兼ねなくできるだろう。
「じゃあ、二人にお願いしたいんだけど。他の人もそれでいいかな?」
無理矢理話を変えた影響もあり、肯定の拍手は少し小さめだった。まあ全員内心ではさっきの口論と深司の冷たい態度が残っているんだろう。そりゃ委縮してしまってもしょうがない。まあ、何人か逆にテンションが上がってる奴らがいたけど、そういう危ない奴らはスルーしておこう。
「それじゃ、後は二人にお任せするよ。といってもあと五分もないね。今日はもう無理かな」
「そうだね。じゃあ後は雑談ってことd……金東君どうしたの」
後五分、されど五分。余った時間をどうしようか話していたところで、金東君が再び手をあげた。正直これ以上面倒な事はしないでほしいが、顔つきからみて場を引っ掻き回すようなことはしない、と思ったため呼びかける。まあ、ここで無視したらそれも問題になるし結局仕方のないことではあったんだけど……
「……さっきの発言は、確かに言いすぎた。篠宮、山田、すまなかった。それと、海聖に深司も」
金東はそういって深々と頭を下げる。篠宮も秋も以外といった表情を浮かべながらも許した。でも、正直俺は謝られることはなにもしていない。
「俺は別に謝られることなんてしてないよ。暴言に近いことも言っちゃったし」
「……罵詈雑言を浴びせた相手に謝んな」
それは深司も同じだったようで小さくそれだけ言って再びそっぽをむいた。金東も少し気が抜けたようで顔を少しだけ緩ませて席に座りなおした。
「じゃあ今日はここまでにしようか。そうだ、海聖君と春海さんはもし学校祭で分からない事があったら生徒会に聞いてくれって言っていたよ。去年までの清算報告書とか写真とか持っているからだって」
委員長の言葉を最後にホームルームが終わり、それぞれが帰路につく。俺は部活で写真は自由に見れるし、生徒会に足を運ぶことはないかな。まあそこらへんは秋と相談して決めるか。
それにしても、初めから問題が山積みになっちゃったな。まさか今年になって反対意見を言うなんて……
これからが思いやられるな……
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