晴れた世界にさよならを

シバ

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夕焼け始まる青い春

人生最後の文化祭(4)

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 時間も気にせず資料を眺めていたら終了時刻を知らせるチャイムが鳴った。うちの担任は基本適当なのでホームルームの日はチャイムが鳴れば流れ解散だ。今まで話していたメンツも帰り支度を始め、次々に帰ったり部活に行ったりしている。

「深司ごめん。俺今日は委員の仕事するから部活は無理っぽいや」

「ああ……何時くらいまでやってるんだ?」

「えっと、多分最終下校時刻まではかかると思うな。晴と二人で話してるんだけど中々終わらなくて」

「そ。了解」

 深司はそういって背中越しに手を振って部活へと向かっていった。秋もちょうど帰り支度が終わったようで、俺たちに手を振りながら小走りで部活へと向かっていった。

「じゃ、俺たちも始めるか。この前渡した資料あるよね」

「うん!」

「じゃあ、とりあえずそれをもとにして、絞っていこうか。他にいい奴があったんならそれも追加しようと思うけど」

 二人で手ごろな机といすを向かい合わせにしながら話し合う。晴も前もって渡しておいた資料を広げる。晴の資料にも所どころ丸がついていて、ある程度自分で選別しておいてくれたようだ。これでポジティブに議論をディスカッションでき……っと。どこかの字意識高い系生徒会長が。気にせんでおこ。

「じゃあまずは食べ物系だね。秋に確認したら、お菓子とかはいつも部活で頼んでいるところで買うのが安いって言ってたからお菓子とか食事は全部任せちゃったけど、問題は飲み物だよね」

 二人で資料を広げるのが無意味と思ったのか、晴は真っ白なノートを取り出してメモを始めた。俺は資料を晴に向けながらも、頭に入れておいた知識で話始める。

「用意するのはコーヒーと紅茶、緑茶に抹茶。それにいくつかのジュースだったよね。ジュースは既製品を買うからいいとしても他の四つは自分達で作ろうって事になったし……」

「海聖が調べてくれたのと、一応ネットも見たけど。問題は抹茶だよね」

「うん……」

 そう、正直ほかの三つについてはある程度目星はつけている。コーヒー豆は近くの個人でやってる喫茶店に仲介してもらって買う予定だし、紅茶も似たようなものだ。緑茶はまだ悩んでいるがそれでも案は色々ある。しかし……

「抹茶って高いんだね」

「うん。食品加工用もあるらしいけどそれにしても高い……加工品でも緑茶の三倍はするし、本格的な抹茶なら更にその倍。どう扱うにしたって原価が高すぎるんだよね」

 二人で机に突っ伏す。予算上の問題でこの抹茶は、正直鬼門過ぎる。

「やっぱりみんなに相談してなしにする? それとも抹茶入り緑茶にしちゃって緑茶と抹茶を一つにするとか」

「うーん。確かにそれもいいと思うんだけど。俺は出来ることなら全員の意見をちゃんと反映させて、みんなで満足のいく学校祭にしたいんだ。いい物にしたいっていう気持ちもあるけど、それよりも楽しまなくちゃいいもの作っても全力で喜べないと思うしさ」

「海聖らしいね~。でも私も賛成! やっぱりぎりぎりまでいいのがないか調べようか!」

「そうだな」

 俺たちは再び抹茶の件を保留にして他の材料などの問題点について話し合う。予算があーだのこーだの、量がどうだの、色がこうだのサイズがどうなの、姫はヒメなのとか、色々語りつくしたが……
 いや、語っていたはずだが、いつの間にか話題は去年の学校祭になっていた。

「そういえば何かヒントはないかと思って学校祭の写真出てきたんだけどさ。去年の晴、お化け屋敷なのに全く怖くなかったよね」

「あれはしょうがないんだよ! 本当は私も顔とか服に血糊つけるはずだったのに秋ちゃんが駄目って言って、私の分の血糊使う必要のない自分に全部使っちゃったんだよ! そのせいで私はただ単に和服に猫耳のコスプレみたいになっちゃったし……」

 どうやら晴のコスプレは全体的に秋が悪かったようだ。あいつ可愛い物大好きだからな。大方コスプレした晴を見て少しでも怖くさせたくなかったんだろうな。てか、道理で雪女のくせにあんなに血でべったりしてたのか。

「でも、客引きとしては大成功だったよ。晴が客引きしてた日としてなかった日じゃお客さんの量がだいぶ違ったもん」

 ちなみにその晴がいない方の日の客引きは俺だった。俺には晴みたいな可愛さとか深司みたいなかっこよさがないし、仮装も体にだけ包帯巻いて、顔は結構露出している不完全で『人間失格』みたいなミイラ男だった。だから勝てないのはしょうがなかったが、それでも悔しいと思うのはしょうがないだろう。

「なんか海聖も秋ちゃんに色々言われてたよね~。顔は隠すなだの片目は隠せだの。ミイラ男って普通顔隠すものなのにね」

 晴はそういって笑う。確かにその通りだ。反論も否定も異論もない。確かに俺は男子の中でも背が低いし顔もカッコよくはない。でも、だからといって秋が必死に顔を隠すのを阻止してきたのは、晴と同じ意味であるはずがない。俺がないと言ったらないんだ!

「まあ秋はたまに何考えてるのかわからないしな。俺じゃ何を思ってそんなこと言ったのか想像できないよ」

「私も良く分からないけどね。でも去年ってなんであんなに人気が出たんだろ。私達のクラス以外でもお化け屋敷やってるところあったのに」

「俺たちかなり本格的にやってたし、お化け役体験もあったからじゃないかな。あれはかなり斬新だったと思う」

 去年の事を思い浮かべながら言う。去年俺たちはクラスの一部分を使ってお化け役の体験もやっていた。簡易的なメイクを行うだけだったが、イベントで上がったテンションにつられて体験してった生徒が多く、学校の約半数が同じようなメイクをしてちょっとした騒ぎになったことを覚えてる。

「すごかったよね。同じメイクの人いっぱいいるんだもん。あれ全部がうちらのクラスに寄ってくれたんだもんね」

「そのせいで学校祭自体が、幽霊をモチーフにしたなんていうデマが流れたけどね」

 当時の生徒会長に呆れというか小言というか、ともかく色々言われながら賞状を貰った記憶が蘇る。しかも隣の副会長がそのメイクをしていたから説得力も皆無だった。

「懐かしいな~。今年も何か伝説残したいな~」

「去年みたいに目に見えるものは少し難しいんじゃない? 今年は去年と違って飲食系だし」

「そうだね~。でもやっぱり何かやりたいな」

 俺が同意しようとした直後、扉が開く音が響き声がかき消される。扉の前に立っていたのはアルバムを片手に持っている深司と、同じく片手にバスケットを持ってる秋だ。

「秋ちゃん! 部活どうしたの?」

「深司も、アルバムなんて持ってきてどうしたの?」

 挨拶もそこそこに机を合わせる二人にそれぞれ問いかける。深司たちはお互い顔を少し合わせた後、順番に口を開いた。

「お前らにばかり重労働をさせるのも気が引けたんでな。去年までの喫茶店系統の店の写真と、部長脅して清算報告書貰ってきた。ったく、これで身近な規模の量とかは金額とか、色々比較できるだろ」

「私も同じ感じ。といっても私が持ってきたのは純粋な差し入れだけどね。クッキーと、コーヒーそれに紅茶。後は二人が脱線しないか監視かな。まあすでに手遅れだったみたいだけど」

「「ははは……」」

 二人とも相談したわけではなかったらしいが、俺たちを気遣って来てくれたようだ。なんだかんだ言ってこの二人は俺たちに優しい。ただし、優しいとはいってもそれは決して甘いという事ではなく、時と場合によってはしっかりと指摘してくれる。

「で。二人は何についてそんなに悩んでるの? 私が見た感じじゃこんなに時間かかる事は無かったはず……まって深司。さっき清算報告書持って来たって言った?」

 自分の言葉と今までの状況を、同時に整理ながらしゃべっていたおかげでなにかに気づいたようだ。さすが秋は頭がいい。

「……海聖目を見て。そらさないでちゃんとこっちを見ながら答えて。――清算報告書って何か分かるよね」

「あ、あれでしょ。何を買ってどう使って、どれくらい売れたかとか色々書くやつ」

「そうだね。じゃあそれは何で書かなくちゃいけないのかな」

「ど、どこかの議員みたく不正をさせないため?」

「たとえはあれだがまあ正解だ。ただ、それ以外にも用途はあるよね。なにかわかるかな?」

 秋の眼が怖い。顔は笑ってるのに目だけ異様に座ってる。その堂々とした座りっぷりは、もう校長とか社長とかよりも全然上じゃない?

「か・い・せ・い?」

「え! えっと、資料として参考にする為……」

「じゃあ何で用意してないのかな?」

「えっと……あったら便利かなーって思ってはいたけど貰えるなんて知らなくて……」

 詰め寄ってくる秋にどんどん身を縮こまらせる俺。いや、だってめちゃくちゃ怖いんだもん。そんなに怒らなくたって……

「委員長言ってたよね。何かあったら生徒会に聞けって。色々持ってるからって」

 短く区切りながら一言一言丁寧に静かな怒りを装填しながら攻めてくる。まだ装填の段階なのにもう撃ち抜かれたと錯覚しているのは俺の気のせいかな……

「すっかり忘れておりました……」

「はあ。あんたらがすっごい時間かけてるからどんだけ大変な仕事があるのかと思ったらまさかの凡ミスだったなんてね」

「すみません……」

「海聖。晴はこういう事はからっきしのおバカなんだからあんたが気を付けなくちゃいけないでしょ。二人そろって何やってるの」

「あれ! なんか酷いこと言われた! 確かに忘れてたから何とも言えないけど、決めつけるのは良くないと思うんだけ……」

「晴ちょっと静かにしてて。海聖、あんたもこういう基本的な所で晴みたいに凡ミスする癖あるんだから気を付けなよ。そりゃ晴よりはその頻度は少ないかもしれないけど、このまま治そうとしなかったらいつか晴みたいに」

「止めて! 怒られてる俺が言うのもあれなんだけど晴のライフはもうとっくにゼロだから!」

 秋は一度叱り始めると意外に周りが見れなくなる。今回はそれが最悪な感じで発動されてしまった感じで、隣に座っていた晴は机に倒れこんでしまっていた。

「あ……ごめん晴。ちょっと言い過ぎたわ。でも、晴はそこが魅力だから別に気にしなくていいのに」

「……知らない。魅力なんかじゃないし。……絶対に直して秋ちゃんを見返してやる」

 晴はそういってツン、とそっぽを向いてしまう。今度は秋がダメージを受けたようで小声で「そんな」とか呟いてた。

「おい。秋までそろって脱線してんなよ。別にまだ日はあるんだからいいだろ。大事になった訳でもないし。とっとと始めようぜ」

 今まで会話に入らなかった深司があきれ顔にそういってバスケットに入っていたクッキーを勝手につまむ。結局、揃ってから全く学校祭の会話をしていないことに今更ながらに気づいた。

「そ、そうだね。秋ごめん。今度からは注意するから今日は話し合いを始めよう。もうあと一時間しかないし。ほら晴も復活して」

「私も、少し長く話過ぎてた。ごめん。晴にも失礼な事言っちゃったな。反省してるから許してくれないか」

 秋も素直に謝って晴の方を見る。秋に背を向けていた晴だったが、くるっと回ると秋に思いっきり抱き着いた。

「へへ~。私は心が広いから特別に許してあげる! そうだ秋ちゃん。紅茶頂戴!」

 晴は抱き着いた手を離すと秋の両肩を掴み、満面の笑みでそういった。なんか「純粋」とか「純血」とか「威厳」みたいな花言葉を持っているユリ科の植物が脳内をちらつくが、気のせいだろう。

「はは、了解。二人はどっちがいい? 砂糖もミルクもあるぞ?」

 紅茶を注ぎながら俺たちにも聞いてくる。俺は紅茶とミルクを一つ貰い、深司はコーヒーをブラックのまま飲んでいた。
 ……ブラック飲めるのがかっこいいと思って悪い!?

「じゃあ話し合いを始めようか。海聖、報告書を使っても解決できなさそうな問題って何かある?」

 全員に飲み物が行き届き、秋から尋ねられる。報告書に軽く目を通すと内装や衣装、食べ物の量などは大体決めることができそうだった。今まで悩んでいた時間が全くの無駄に感じられるが、こうやって失敗して学習するのも青春の醍醐味だろう。

「ほとんどは大丈夫かな。でも俺も晴もずっと頭を抱えてることがこれじゃ解決できそうにない」

「じゃあ私達も協力するよ。で、それはなに?」

「抹茶なんだけど」

 海聖はそう言って秋と深司に見えるように自分の資料を見せる。そこには調べたいくつかの抹茶の値段と、他との比較が書かれている。

「なるほど、抹茶はそもそもの原価が高いし、安易に安いものを買うと極端に味が落ちる可能性があるって事か」

「確かに原価は馬鹿にできないな。これだけ他と差があれば頼む奴なんてほとんどいないだろう」

 二人とも一瞬で内容を理解して問題点を挙げる。やっぱりこいつらは俺なんかよりよっぽど優秀で羨ましくなる。

「でもやっぱりみんなで決めた事だから減らしたくはないんだよね。二人とも、なんかいい案ないかな?」

 俺の気持ちを代弁して晴が言ってくれる。二人は少し唸ったように考えると、アルバムと資料を開き始めた。

「やっぱりこういうのは先人に学ぶって言うだろ。ここからヒントがないか探してみよう。俺と海聖でアルバムを見てみるから、そっちも二人で資料を探してくれないか」

「私も賛成。頭の中で考えることには限度があるからね。私は天才じゃないから知ってる知識からしか案を出すことしかできないもん」

 異論が上がるわけもなく、俺たちは資料に没頭してヒントを探す。深司が選んで持ってきてくれたので、喫茶店系のクラスを探す必要がないのはありがたい。

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