チャラ男会計の受難

会長×会計(会長視点)

会長視点/時間軸は充がチャラ男を演じ始めた頃・会長が実家の手伝いから帰ってきた頃



「あ、ばかいちょー」
「………あ？」
「この書類の確認してくれるー？」
「…………」

久し振りの生徒会室に入るなり、間延びした喋り方で腹立つ呼び方をした奴に、俺は反射的に目を向ける。
そこには高校から入学してきたくせに、その容姿のせいで生徒会に入れられた妙に頭が切れるやつが居た。

「（……こいつの喋り方はこんなんだったか？）」

特別に仲が良いわけでもなく、良好な関係を築いていたわけでもなく、ただの同じ生徒会としてのメンバーという認識しか持ち合わせていない。仲良しこよしの集まりじゃないんだから、それは別に普通のことだろう。

ただ俺が、こいつに唯一思っていたことがあるとしたら、『字が綺麗』だということくらいだ。

「聞いてますかぁ？」
「…………」
「おーい、返事してくーださぁい」
「…………」

しかし、今のこいつには違和感しかない。実家の仕事を終えて帰ってきたばかりで、久し振りにこいつの声を聞いたが、このような喋り方ではなかったはずだ。最低限の会話くらいしかした記憶はないが、むしろハキハキとした無駄のない喋り方だったと思う。
俺が居ない間でどのようなことが起きたのかなんて分からないが、もしかしたら何らかのものを抱えているのかもしれない。

「…………」

他の奴らなら何かを知っているかと思い、視線を他所に向ければ、こいつ以外は誰も居なかった。

「他の奴等は？」
「……さぁ。知らないよ。かいちょーの方が知ってるんじゃなぁい？」
「知るわけねえだろ」

勿論生徒会の仕事はやっていたが、俺は久し振りに学校に来たくらいだぞ。他の奴等がどこに居るかなんて知るわけもない。それは愛咲だって知っているはずだ。
そもそも俺はあいつらのお守りじゃないんだから、逐一知るわけがない。興味なんてない。ただ仕事をしてくれればいい、それだけだ。

そんなことを思いながら、改めて目の前に居る愛咲に視線を向けて俺は気付く。

「……お前、」
「なぁに？」
「……隈、すごいぞ」
「っ、」

まるで何日間もまともな睡眠を取っていないかのようだ。それを指摘してやれば、愛咲は俺からそれを隠すように顔を反らした。

「べ、べつにこれはなんともなくて……」
「…………」
「あっ！これは、可愛い子たちと夜な夜な遊んでたから寝不足なだけだよ」
「ふーん」

それが嘘なことは、こいつのことをよく知らない俺だって分かる。でもそれを俺は敢えて深く聞き出すことはせず、手渡された書類に目を落とした。
素直に言いたくないのなら、別にそれでいい。

ただ今は……

「おい」
「な、なぁに？」
「そこに座れ」
「……？」

有無を言わさぬ言い方で命令する。そうすれば愛咲は、首を傾げながら素直にソファに座った。

「座ったけど？」
「そのまま寝てろ」
「……はぁ？なんで？」
「喋るな。寝ろ」
「……仕事しなきゃいけないでしょ。俺がやらなきゃ誰がするの？」

物凄く不服そうな目で睨まれるが、俺からしてみればそんな弱った目で睨まれようと怖くもなんともない。

「決まってるだろ。俺がする」
「……かいちょーが？」
「文句ねえだろ」
「ほ、ほんとうにするの？」
「なに疑ってんだ？するに決まってるだろうが」
「…………変なの」

『変なのはお前の方だ』という言葉は寸前のところで飲み込んだ。
何かを抱え込んでいる人間に対してその言葉をぶつけてしまうのは、少し気が引けたからだ。

「……早く寝て、早く起きろ」

…………つまり、俺はいつものこいつに早く戻って欲しいのだ。
今まで通りの何食わぬ顔をして、俺と対等の存在であってほしいのだ。

「ふふっ。なにそれ。矛盾してるじゃん」
「……うるせえ」

その自分のなんとも表現できない気持ちを俺は隠すように、愛咲に向かって羽織っていたブレザーを投げつけてやった。

「タバコくさーい」

文句を言いながらも俺のブレザーをブランケット代わりにすると、一分と経たず、愛咲はすぐさま眠りに就いた。


俺は気持ち良さそうに寝息を立てて眠る物体を見下ろして。

「……アホ面」

柔らかな髪の毛を一度だけ撫でてやった……


END