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わたし、自覚します

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「……ハァ」

家に帰って来たというのに心休まる感じがしません。全く落ち着くことができません。それというのも先程の出来事がずっと頭から離れないのです。明美さんと逢坂さんが隣同士で座るその姿が頭から離れてくれないのです。
あんなにお似合いな美男美女もそうそう居ないでしょう。きっとそれは他の人も同じことを感じると思います。いったい私が居なくなって二人きりになった今何を話しているのでしょうか。すごく気になってしまいます。もしかすると明美さんのあの様子だと、もう何かしらの進展をしているかもしれません。

…………分かっています。ただ逢坂さんに雇われているだけの私なんかが、そんなことを気にすることすらおこがましいということに。ですが、私は分かってしまったのです。……いえ、本当は気付いていたくせに、必死に気付かないように心に蓋を閉めてきました。『人の気持ちを勝手に覗き込む私なんかが』と『気持ちの悪い私なんかが』と、気付かないフリをしてきたのです。


だけど、もう自覚せざるを得ません。

「……私は、とっくに逢坂さんのことが好きだったのですね」

彼の気遣いや優しさが、全身で私のことを好きだと訴えてくる逢坂さんのことが、私はいつの間にか好きになってしまっていたのです。私のことが好きだから好きになったというのは、もしかしたら動機が不純なのかもしれませんが、それでももうこの感情に嘘は吐けません。
自分の感情に蓋を閉めず、嘘をつかずに言葉に出してみれば、少しだけ気持ちが楽になった気がしました。必死にこの感情を押し込んでたことは、どうやら自分が思っていた以上にストレスを感じていたようです。

「…………だけど今更気付いたところで、どうすればいいというのですか……」

以前も思ったことですが、私なんかが人と付き合う権利なんてないに等しいです。人の感情を勝手に読み取ってしまう私と付き合うなんて逢坂さんも嫌でしょう。きっとこの能力のことを伝えれば、私から離れていってしまうと思います。
それに明美さんにだって、『私にはなにも口出す権利はありませんので』と言ったばかりです。それなのに今更どうすることもできません。

「……改めて思いますが、私って全く可愛くありませんね」

容姿も劣れば、明美さんのような可憐な振る舞いもできませんでした。
折角家まで送ってくださると逢坂さんは言ってくださったのに、私はまるで逃げ出すようにあの場から走り去ってしまいました。男の人は頼られるのが好きだと本で見たことあります。ですが、明美さんのように可愛らしく頼ることが私にはできませんでした。……それはきっと時間を何度巻き戻そうと私には無理でしょう。

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