5 / 40
5、悪魔が憑いている女
「ここに、ハンターの男がいただろ」
「え、え~と」
伯爵は私たちに向かって冷たく聞いた。レニーが言っていいものかと困って、両手の指を突き合わせている。伯爵はふと私を見て、右肩を指さして言った。
「お前、悪魔が憑いているぞ」
はあ? 失礼な! 急に言われてイラっときた。私は、ハンターに言われた通り衝撃を与えることにする。私は伯爵に笑顔で近づいた。
くらえ、この怒り! 私は伯爵の頭めがけて左から回し蹴りをくらわすが、パシッと右手で止められた。仕方ないから、ボディにパンチを出すと、これもパンっと左手で受け止められた。
み、身動きができない。下には綿のズボンをはいているので大丈夫だけど。
「何の真似だ?」
静かに怒りを湛えて聞かれた。怖い……。
「さっきのハンターが、あなたは悪魔が化けているので衝撃を与えれば正体を現すと言ったんです……」
「……フッ」
伯爵は馬鹿にするような目で私を見て、鼻で笑った。レニーが両手を握って進言した。
「伯爵様、その方はピニオン・マクレガー子爵令嬢です」
ありがとうレニー助けてくれて。
「何? お前は本当に令嬢なのか?」
伯爵の疑いのまなざしが突き刺さる。私は目をそらした。この格好で、そう静かに聞かれても……。それより、早く手を放しなさいよ! もう上げた足が痛いし、無様すぎる……。これを家に報告されたらおしまいだ。
バタバタと外が騒がしくなった。ハンターの男が出て行ったドアの前を走って通り過ぎた。その後から衛兵が追いかける。伯爵はパッと手を放した。私はよろけて、机に手をつく。伯爵は部屋を出て男の後を追った。
「ふ~。足がつりそうだった」
「大丈夫ですか?」
「うん」
「あの男の嘘だったみたいですね。私たちも見に行きませんか?」
「え?」
レニーが目を輝かせていた。
「伯爵様は、本当に素敵ですよね」
なに? ……私もそう思っていたことがあったけど、もうそうは思わない……。何なのあの冷たい目は。軽蔑の眼差し、小馬鹿にした笑い、噂以上だったわ。あいつこそ悪魔よ!
「私は、ちょっといいかな」
「そうですか? ピニーさんって変わってますよね。伯爵様って優しいんですよ」
「え? あれが?」
もう、あれ呼ばわり。
「はい、たまにここに見えるんですよ。国中を巡回して悪魔祓いしているんですが、前回来たのは半年ぐらい前でしょうか。お茶を出した時も、ちゃんとお礼を言ってくれるんです。貴族の方は平民にお礼なんか言いませんよね」
「そうなんだ……」
貴族は当たり前だと思っているからそんなもんだけど、ちょっと意外だわ。
レニーは邪魔になるといけないからと、結局行かなかった。
洗濯物を片付けていると、鳥のさえずりのような声が聞こえてきた。令嬢たちと真ん中にあの悪魔がいた。世界で一番、黒い服が似合う男だ。また、冷たい眼差しをこちらに向けてくる。うっ……視線が痛い……。
「怪我の治療に来た」
「それなら、わたくしがしますわ」
「いや、結構。ご令嬢方の手を煩わせるわけにはいきません。そこの、メイドで十分です」
「あら。プッ」
伯爵は私を指さした。他の令嬢たちは、私がメイドと間違われたと思ってご満悦だった。神官が人払いをした。
「さあ、みなさん、戻りなさい」
「私も失礼します」
レニーまで、ドアを閉めていなくなった。二人きりだなんて嘘でしょ……! さっきのこともあるし、ちゃんとやらないと。私は緊張しながらも目だけ笑って聞いた。
「怪我はどこですか?」
「左手の甲だ。その前に、お前に付いている悪魔を落とす」
「え!?」
どうやって? さっきの男はどうなったの? まさか、私を殺さないよね? ——もしかして私って、悪魔が憑いてたから我儘だったの?
伯爵は私の右肩をめがけて、左手の中指と親指をはじいた。少し光った。
「取れたぞ」
「あ、はい。……どんな悪魔が憑いてたんですか?」
「真っ黒い姿の、曲がった矢印角が付いている子デビルだ」
子供の悪魔? 取ってもらっても、全然変わった気がしない。我儘と悪魔は関係ないのか……。
「そうなんだ……。全然変化ないですね」
「変化がないだと?」(どういうことだ? この令嬢に憑いているわけではないのか)
私が変化について考えていると、伯爵が怪我をした左手を差し出した。ああ、ちょっと深めに切れている。痛そう。私は傷が苦手だ。令嬢の中には血を見ただけで卒倒する者もいる。そりゃそうだよね。こんなことと無縁で育ったんだから。
伯爵の左手を水桶で洗ってから、清潔なタオルでやさしく拭いた。二人で向かい合って椅子に座わる。消毒をして薬を塗ると、油紙を付けて包帯を巻いていく。
(よく見ると清浄な空気を感じる)
くんっという音が上からした。まさか、私の頭の匂いを嗅いでいるのこの人? 修道院では2日に一度しか風呂に入れない。ちょっと! 令嬢の頭の匂いを嗅ぐなんて失礼よ! 私は包帯を巻きながら注意した。
「頭の匂いを嗅ぐの、やめてもらえます?」
「ん? そういう訳ではないが、すまない」
あれ? 謝った。謝られると変な感じ。私は包帯を巻き終えた。
「終わりました」
(悪くないな。丁寧だ)「ありがとう」
あ。また、お礼を言った。レニーの言った通りだ。
「あの、さっきすみませんでした」
「ああ、よく足が上がったもんだな。あんなことをする令嬢を初めて見た」
「……」
褒めてないよね? 伯爵はそう言うと診療室を出て行った。
伯爵は、なんか最初の印象と違って、調子が狂うな。
「え、え~と」
伯爵は私たちに向かって冷たく聞いた。レニーが言っていいものかと困って、両手の指を突き合わせている。伯爵はふと私を見て、右肩を指さして言った。
「お前、悪魔が憑いているぞ」
はあ? 失礼な! 急に言われてイラっときた。私は、ハンターに言われた通り衝撃を与えることにする。私は伯爵に笑顔で近づいた。
くらえ、この怒り! 私は伯爵の頭めがけて左から回し蹴りをくらわすが、パシッと右手で止められた。仕方ないから、ボディにパンチを出すと、これもパンっと左手で受け止められた。
み、身動きができない。下には綿のズボンをはいているので大丈夫だけど。
「何の真似だ?」
静かに怒りを湛えて聞かれた。怖い……。
「さっきのハンターが、あなたは悪魔が化けているので衝撃を与えれば正体を現すと言ったんです……」
「……フッ」
伯爵は馬鹿にするような目で私を見て、鼻で笑った。レニーが両手を握って進言した。
「伯爵様、その方はピニオン・マクレガー子爵令嬢です」
ありがとうレニー助けてくれて。
「何? お前は本当に令嬢なのか?」
伯爵の疑いのまなざしが突き刺さる。私は目をそらした。この格好で、そう静かに聞かれても……。それより、早く手を放しなさいよ! もう上げた足が痛いし、無様すぎる……。これを家に報告されたらおしまいだ。
バタバタと外が騒がしくなった。ハンターの男が出て行ったドアの前を走って通り過ぎた。その後から衛兵が追いかける。伯爵はパッと手を放した。私はよろけて、机に手をつく。伯爵は部屋を出て男の後を追った。
「ふ~。足がつりそうだった」
「大丈夫ですか?」
「うん」
「あの男の嘘だったみたいですね。私たちも見に行きませんか?」
「え?」
レニーが目を輝かせていた。
「伯爵様は、本当に素敵ですよね」
なに? ……私もそう思っていたことがあったけど、もうそうは思わない……。何なのあの冷たい目は。軽蔑の眼差し、小馬鹿にした笑い、噂以上だったわ。あいつこそ悪魔よ!
「私は、ちょっといいかな」
「そうですか? ピニーさんって変わってますよね。伯爵様って優しいんですよ」
「え? あれが?」
もう、あれ呼ばわり。
「はい、たまにここに見えるんですよ。国中を巡回して悪魔祓いしているんですが、前回来たのは半年ぐらい前でしょうか。お茶を出した時も、ちゃんとお礼を言ってくれるんです。貴族の方は平民にお礼なんか言いませんよね」
「そうなんだ……」
貴族は当たり前だと思っているからそんなもんだけど、ちょっと意外だわ。
レニーは邪魔になるといけないからと、結局行かなかった。
洗濯物を片付けていると、鳥のさえずりのような声が聞こえてきた。令嬢たちと真ん中にあの悪魔がいた。世界で一番、黒い服が似合う男だ。また、冷たい眼差しをこちらに向けてくる。うっ……視線が痛い……。
「怪我の治療に来た」
「それなら、わたくしがしますわ」
「いや、結構。ご令嬢方の手を煩わせるわけにはいきません。そこの、メイドで十分です」
「あら。プッ」
伯爵は私を指さした。他の令嬢たちは、私がメイドと間違われたと思ってご満悦だった。神官が人払いをした。
「さあ、みなさん、戻りなさい」
「私も失礼します」
レニーまで、ドアを閉めていなくなった。二人きりだなんて嘘でしょ……! さっきのこともあるし、ちゃんとやらないと。私は緊張しながらも目だけ笑って聞いた。
「怪我はどこですか?」
「左手の甲だ。その前に、お前に付いている悪魔を落とす」
「え!?」
どうやって? さっきの男はどうなったの? まさか、私を殺さないよね? ——もしかして私って、悪魔が憑いてたから我儘だったの?
伯爵は私の右肩をめがけて、左手の中指と親指をはじいた。少し光った。
「取れたぞ」
「あ、はい。……どんな悪魔が憑いてたんですか?」
「真っ黒い姿の、曲がった矢印角が付いている子デビルだ」
子供の悪魔? 取ってもらっても、全然変わった気がしない。我儘と悪魔は関係ないのか……。
「そうなんだ……。全然変化ないですね」
「変化がないだと?」(どういうことだ? この令嬢に憑いているわけではないのか)
私が変化について考えていると、伯爵が怪我をした左手を差し出した。ああ、ちょっと深めに切れている。痛そう。私は傷が苦手だ。令嬢の中には血を見ただけで卒倒する者もいる。そりゃそうだよね。こんなことと無縁で育ったんだから。
伯爵の左手を水桶で洗ってから、清潔なタオルでやさしく拭いた。二人で向かい合って椅子に座わる。消毒をして薬を塗ると、油紙を付けて包帯を巻いていく。
(よく見ると清浄な空気を感じる)
くんっという音が上からした。まさか、私の頭の匂いを嗅いでいるのこの人? 修道院では2日に一度しか風呂に入れない。ちょっと! 令嬢の頭の匂いを嗅ぐなんて失礼よ! 私は包帯を巻きながら注意した。
「頭の匂いを嗅ぐの、やめてもらえます?」
「ん? そういう訳ではないが、すまない」
あれ? 謝った。謝られると変な感じ。私は包帯を巻き終えた。
「終わりました」
(悪くないな。丁寧だ)「ありがとう」
あ。また、お礼を言った。レニーの言った通りだ。
「あの、さっきすみませんでした」
「ああ、よく足が上がったもんだな。あんなことをする令嬢を初めて見た」
「……」
褒めてないよね? 伯爵はそう言うと診療室を出て行った。
伯爵は、なんか最初の印象と違って、調子が狂うな。
あなたにおすすめの小説
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
お前との婚約は、ここで破棄する!
もちもちほっぺ
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
悪役令嬢は間違えない
スノウ
恋愛
王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。
その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。
処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。
処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。
しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。
そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。
ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。
ジゼットは決意する。
次は絶対に間違えない。
処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。
そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。
────────────
毎日20時頃に投稿します。
お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。
とても励みになります。
もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。
パリパリかぷちーの
恋愛
侯爵令嬢エレノアは、長年の婚約者であった第一王子エドワードから、公衆の面前で突然婚約破棄を言い渡される。エドワードが選んだのは、エレノアが妹のように可愛がっていた隣国の王女リリアンだった。
全てを失い絶望したエレノアは、この婚約破棄によって実家であるヴァルガス侯爵家までもが王家から冷遇され、窮地に立たされたことを知る。
冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。
水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。
しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。
マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。
当然冤罪だった。
以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。
証拠は無い。
しかしマイケルはララの言葉を信じた。
マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。
そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。
もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)