9 / 40
9、悪魔と虫
今日は神学で、悪魔のことをやるので授業を受けに来た。令嬢たちも他に六人ぐらいいる。先生は神官だ。神学の授業はテキストが20まであって、「1、国と神のあらまし」とほかの9コマを取ればカリキュラムは達成となる。先生の話をほとんどの令嬢は聞いていないが、神官は寄付さえしてもらえればいいので注意することはない。
先生の話では、
「この国には光魔法を使う聖女がいないことで、瘴気が出て魔獣が多いと言われています。聖女はもう百年近く現れていません。
瘴気が多いと人々の心も悪に傾いて、悪魔に憑りつかれる者も増えます。逆にそのような状態だからこそ、聖女が存在しないのかもしれません」
なるほど。この国はかなり危機的状況ということなのか?
「悪魔は人の負の心から生まれたと言われています。人は弱いもので、悪魔に囁かれると逆らうことができません。悪魔に魂を捕らえられると、そこから逃げ出すのは困難で、転生することができないそうです。悪魔は人の魂から負のエネルギーを受け取ると力が増します。
悪魔につけ入られないように、日ごろから敬虔な心を持つことが肝心です」
怖い……。
午後、私はリネン室で洗濯物をたたみながら、悪魔のことを考えていた。
「悪魔ってなんだろう」
『呼んだか?』
どこからともなく声がした。私は辺りを見回した。
『ここだ』
横を見ると、机の上にクリーム色の芋虫がいた。取って来た覚えがない。最近イタズラはやめた。多分、洗濯物に付いてきたのだろう。芋虫はよく見ると気持ち悪い。
芋虫を見ていると、赤くて細長い目が出てきた。目は体からはみ出ている。その目の下にも左右二つずつ裂けめができて、開くと赤い目のようだ。
「ぎゃー!!」
私が叫ぶと、中年の修道女が開いたままのドアから声をかけてきた。
「どうしましたか?」
「何でもありません!」
悪魔がいるとは言えない! 私は引きつりながらも笑顔を作った。この国で悪魔を崇拝すると、もれなく死刑だ。
「虫でもいたのかしら」
「はい!」
そうです。修道女はフフフと笑うと行ってしまった。私は赤い目の芋虫を見る。
「あなた悪魔なの?」
『そうだ。私はこの国を管轄している、大悪魔のサルティーだ』
「大悪魔!」
大悪魔は魔王の次に強い悪魔だ。何でここに。そして、
「なぜ芋虫に?」
「魔力温存のためだ」
芋虫がすまして言う。悪魔って結構不自由よね。——そうだ! 聞いてみよう。
「聞きたいことがあるのですが」
『なんだ?』
「私に子デビルが憑いているみたいなんですが、今日もいますか?」
『いないな。私がいるから消えたんだろう』
「そうですか。誰が送っているか分かります?」
芋虫は間を開けて、私を横目でちらりと見た。
『知りたいのか?』
そう言われると知るのは怖いかもしれない。あ、でも、悪魔は嘘をつくと先生が言っていた。本当のことを言うわけないかも。あと、お願いすると、大事なものを支払わなくてはいけない。対価がいるのだ。
ドアに黒い男が立っていた。伯爵だ。まずい……。でも、虫だから気がつかないか。
「悪魔の強い気配がすると思ったら……。お前、とうとう大悪魔を召喚したのか……」
ダメだった。伯爵は蔑みの目で私を見下ろしていた。お茶を飲んだ時の仲の良さが嘘のようだ。
「違います。勝手に来たんです」
「悪魔は呼ばないと来ない」
私の信用は枯葉のように軽い……。そういえばさっき、
『呼んだか?』
って言ってた。いや、あれは呼んだうちに入らないでしょ。どうしよう。このままだと処刑される!?
「ただの芋虫ですよ。ちょっと気持ち悪いけど」
「虫だとは言ってない」
ぐはっ、自分から言っちゃったよ。すると芋虫から、するすると煙のようなものが出て、悪魔の姿を形作った。上半身は裸で、引き締まってたくましい体をしている。胸から下は黒くぼやけて細くなっていた。癖のある短い髪は黒く、左右非対称の曲がった短い角が二本生えていた。土色の肌に、赤くて細い鋭い目。瞳は黒い。目の下の皮膚は虫と同じように二つずつ裂けていて、目のように赤くなっている。
なんて恐ろしく、醜悪なの……。私は唖然とした。
『どうだ、私の本当の姿は。美しかろう』
美しい? これが? ……悪魔の美的感覚は、恐ろしさにあるのかしら? それより姿を見せたら、ますますまずいじゃん。
『久しぶりだな。カイゼル』
悪魔は腕を組むと伯爵に身を乗り出して挨拶した。二人は知り合い?
「知り合いなんですか?」
『そうだ、こいつは、私の宿敵だ』
芋虫もいきり立っていた。伯爵が芋虫を摘まむと、悪魔の姿が消えた。
『何をする!』
伯爵は芋虫を床に投げつけると、足で踏んだ。
『ぎゃ!』
「ぎゃー!」
私も叫ぶ。その床を掃除するのは私なんですよ! 外に捨てたらいいじゃないですか。ひどい! こいつは、虫も処刑するなんてやっぱり悪魔よ! 伯爵は芋虫から足を上げた。潰れているのでモザイク処理しよう。うっ、うっ。私は掃除のことを考えて心で泣いた。
『お前はなんてことするんだ!』
「俺に潰されないものに憑りつくんだな」(今は黒い丸い靄になったな)
私には見えないが、そこに向かって話していた。
『なら、この娘に憑りつくとしよう』
私の中に何かが入って来た。
(目の色が変わった。憑りつかれたか……)
『お前は、あいつが憎いだろう。復讐するんだ』
私の中で、別の声がする。ええ、私、伯爵が憎いわ。だって、私に虫の死骸を掃除させるんだもの。復讐するわ。
『そうだ。串刺しにしてやれ』
串刺し? いいえ、三角巾を被らせ、スモックを着せて、床を掃除させるわ。
『お、お前……やることが小さすぎるぞ! そんなんじゃ、あいつは殺せない!』
いいえ、これでいいのよ! いつもスカしてるんだから、三角巾とスモックがお似合いよ! さあ、やるわよ。
私は伯爵を見た。伯爵は私を黙ってじっと見ている。……できない。こんな麗しい顔に三角巾を付けさせるなんて……はっ、まさか!
「あなた、私に魅了の魔法を使ったわね!」
(魅了の魔法? そんな魔法あったか?)「どうしてそう思った?」
「だってあなたのこと、麗しい顔だと思ったもの!」
「? 他には?」
「他には、……カッコよくて、背が高い?」
「ふん」(言われると、悪くないな。——黒い靄が外に出ている。悪魔が離れたな)
『おい、目を覚ませ! おかしなことを言っているぞ』
「その続きは、休憩室で一緒にお茶を飲みながらゆっくり聞こう」
「分かったわ!」
『おい、お前、そいつに騙されてるぞ!』
伯爵は私の肩に手を回すと、リネン室を一緒に出た。
バタンと、ドアが閉まった。
先生の話では、
「この国には光魔法を使う聖女がいないことで、瘴気が出て魔獣が多いと言われています。聖女はもう百年近く現れていません。
瘴気が多いと人々の心も悪に傾いて、悪魔に憑りつかれる者も増えます。逆にそのような状態だからこそ、聖女が存在しないのかもしれません」
なるほど。この国はかなり危機的状況ということなのか?
「悪魔は人の負の心から生まれたと言われています。人は弱いもので、悪魔に囁かれると逆らうことができません。悪魔に魂を捕らえられると、そこから逃げ出すのは困難で、転生することができないそうです。悪魔は人の魂から負のエネルギーを受け取ると力が増します。
悪魔につけ入られないように、日ごろから敬虔な心を持つことが肝心です」
怖い……。
午後、私はリネン室で洗濯物をたたみながら、悪魔のことを考えていた。
「悪魔ってなんだろう」
『呼んだか?』
どこからともなく声がした。私は辺りを見回した。
『ここだ』
横を見ると、机の上にクリーム色の芋虫がいた。取って来た覚えがない。最近イタズラはやめた。多分、洗濯物に付いてきたのだろう。芋虫はよく見ると気持ち悪い。
芋虫を見ていると、赤くて細長い目が出てきた。目は体からはみ出ている。その目の下にも左右二つずつ裂けめができて、開くと赤い目のようだ。
「ぎゃー!!」
私が叫ぶと、中年の修道女が開いたままのドアから声をかけてきた。
「どうしましたか?」
「何でもありません!」
悪魔がいるとは言えない! 私は引きつりながらも笑顔を作った。この国で悪魔を崇拝すると、もれなく死刑だ。
「虫でもいたのかしら」
「はい!」
そうです。修道女はフフフと笑うと行ってしまった。私は赤い目の芋虫を見る。
「あなた悪魔なの?」
『そうだ。私はこの国を管轄している、大悪魔のサルティーだ』
「大悪魔!」
大悪魔は魔王の次に強い悪魔だ。何でここに。そして、
「なぜ芋虫に?」
「魔力温存のためだ」
芋虫がすまして言う。悪魔って結構不自由よね。——そうだ! 聞いてみよう。
「聞きたいことがあるのですが」
『なんだ?』
「私に子デビルが憑いているみたいなんですが、今日もいますか?」
『いないな。私がいるから消えたんだろう』
「そうですか。誰が送っているか分かります?」
芋虫は間を開けて、私を横目でちらりと見た。
『知りたいのか?』
そう言われると知るのは怖いかもしれない。あ、でも、悪魔は嘘をつくと先生が言っていた。本当のことを言うわけないかも。あと、お願いすると、大事なものを支払わなくてはいけない。対価がいるのだ。
ドアに黒い男が立っていた。伯爵だ。まずい……。でも、虫だから気がつかないか。
「悪魔の強い気配がすると思ったら……。お前、とうとう大悪魔を召喚したのか……」
ダメだった。伯爵は蔑みの目で私を見下ろしていた。お茶を飲んだ時の仲の良さが嘘のようだ。
「違います。勝手に来たんです」
「悪魔は呼ばないと来ない」
私の信用は枯葉のように軽い……。そういえばさっき、
『呼んだか?』
って言ってた。いや、あれは呼んだうちに入らないでしょ。どうしよう。このままだと処刑される!?
「ただの芋虫ですよ。ちょっと気持ち悪いけど」
「虫だとは言ってない」
ぐはっ、自分から言っちゃったよ。すると芋虫から、するすると煙のようなものが出て、悪魔の姿を形作った。上半身は裸で、引き締まってたくましい体をしている。胸から下は黒くぼやけて細くなっていた。癖のある短い髪は黒く、左右非対称の曲がった短い角が二本生えていた。土色の肌に、赤くて細い鋭い目。瞳は黒い。目の下の皮膚は虫と同じように二つずつ裂けていて、目のように赤くなっている。
なんて恐ろしく、醜悪なの……。私は唖然とした。
『どうだ、私の本当の姿は。美しかろう』
美しい? これが? ……悪魔の美的感覚は、恐ろしさにあるのかしら? それより姿を見せたら、ますますまずいじゃん。
『久しぶりだな。カイゼル』
悪魔は腕を組むと伯爵に身を乗り出して挨拶した。二人は知り合い?
「知り合いなんですか?」
『そうだ、こいつは、私の宿敵だ』
芋虫もいきり立っていた。伯爵が芋虫を摘まむと、悪魔の姿が消えた。
『何をする!』
伯爵は芋虫を床に投げつけると、足で踏んだ。
『ぎゃ!』
「ぎゃー!」
私も叫ぶ。その床を掃除するのは私なんですよ! 外に捨てたらいいじゃないですか。ひどい! こいつは、虫も処刑するなんてやっぱり悪魔よ! 伯爵は芋虫から足を上げた。潰れているのでモザイク処理しよう。うっ、うっ。私は掃除のことを考えて心で泣いた。
『お前はなんてことするんだ!』
「俺に潰されないものに憑りつくんだな」(今は黒い丸い靄になったな)
私には見えないが、そこに向かって話していた。
『なら、この娘に憑りつくとしよう』
私の中に何かが入って来た。
(目の色が変わった。憑りつかれたか……)
『お前は、あいつが憎いだろう。復讐するんだ』
私の中で、別の声がする。ええ、私、伯爵が憎いわ。だって、私に虫の死骸を掃除させるんだもの。復讐するわ。
『そうだ。串刺しにしてやれ』
串刺し? いいえ、三角巾を被らせ、スモックを着せて、床を掃除させるわ。
『お、お前……やることが小さすぎるぞ! そんなんじゃ、あいつは殺せない!』
いいえ、これでいいのよ! いつもスカしてるんだから、三角巾とスモックがお似合いよ! さあ、やるわよ。
私は伯爵を見た。伯爵は私を黙ってじっと見ている。……できない。こんな麗しい顔に三角巾を付けさせるなんて……はっ、まさか!
「あなた、私に魅了の魔法を使ったわね!」
(魅了の魔法? そんな魔法あったか?)「どうしてそう思った?」
「だってあなたのこと、麗しい顔だと思ったもの!」
「? 他には?」
「他には、……カッコよくて、背が高い?」
「ふん」(言われると、悪くないな。——黒い靄が外に出ている。悪魔が離れたな)
『おい、目を覚ませ! おかしなことを言っているぞ』
「その続きは、休憩室で一緒にお茶を飲みながらゆっくり聞こう」
「分かったわ!」
『おい、お前、そいつに騙されてるぞ!』
伯爵は私の肩に手を回すと、リネン室を一緒に出た。
バタンと、ドアが閉まった。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
お前との婚約は、ここで破棄する!
もちもちほっぺ
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。
パリパリかぷちーの
恋愛
侯爵令嬢エレノアは、長年の婚約者であった第一王子エドワードから、公衆の面前で突然婚約破棄を言い渡される。エドワードが選んだのは、エレノアが妹のように可愛がっていた隣国の王女リリアンだった。
全てを失い絶望したエレノアは、この婚約破棄によって実家であるヴァルガス侯爵家までもが王家から冷遇され、窮地に立たされたことを知る。
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
悪役令嬢は間違えない
スノウ
恋愛
王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。
その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。
処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。
処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。
しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。
そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。
ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。
ジゼットは決意する。
次は絶対に間違えない。
処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。
そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。
────────────
毎日20時頃に投稿します。
お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。
とても励みになります。
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)