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得体の知れないモノが一番恐い

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 負の感情のスパイラルが原因だったと思われる、小学生から中学生にかけて集中した霊体験。
 この霊体験を誰かに話す、もしくはどこかのサイトに投稿する場合、ちゃんとしたストーリーとして出せるのは5個くらいと案外少ない。

 結局、採用される記事とか原作ネタって、何がどうしてどうなったのか、ある程度の起承転結がないと使ってもらえないのだと思う。
 ちゃんとストーリーとして成り立っていなければ面白くもないし、オチのない半端モノなんて使いようがないからね。

 私はそんな半端モノが大半だった。金縛りなどは当たり前すぎてカウントしないが、例えば……

・夜中に誰かがピョンと体を飛び越えていく
・勝手にふすまが開いたと思ったら戦時中の格好をした少年がいた
・歯磨きしてたら緑と黒のボーダーシャツ少年がめっちゃサッカーボール蹴ってきた
・夜中目が覚めたら人の頭頂部が見える。誰かが私の上で寝ていた
・夜中ぐるぐる渦を巻く黒いモヤの集合体に体を吸い上げられる
・CD聴いてたら音源から男と女の話し声が交じる
・耳元で男の声で「早く寝ろ!」と怒られる

 などなど、細かなやつはまだまだいっぱい。
 

 ちなみに私が今までで一番恐怖した霊体験なのだが、残念ながら途中の記憶がすっぽ抜けており、これが起承転結のあるストーリーとしては出す事が出来ない。
 あまりに怖くて記憶がなくなったのか何なのか、自分でも分からないが、ダントツで一番恐怖したのは確かだ。

 その理由は、遭遇したモノが何だったのか未だにその正体が分からないからだ。

 二番目に恐い霊体験でも元は生身の人間だった。なので、どうにか納得のつけようがある。
 しかし正体が分からないものはどうすれば良いのかやりどころがない。

 低級霊? 自然霊? 狐かなにか? それとも勘違いでやっぱり人間の霊の集合体? 
 
 ……いや、いくら何でも人の記憶まで変えられる人霊なんている訳ないと思っている。
 
 そう、アレはどういう訳か人の記憶を改ざん出来た。



 
 
 昔、ドラッグストアで働いていた時だった。

 ある日出勤すると、ロッカールーム兼休憩室の棚にドレスを着た西洋人形が飾ってあり、「これ、どうしたんですか?」と尋ねた所、みんな不思議そうな顔をして、「え? 前からここにあるでしょ?」と私に言ったのだ。

 そんなはずはない。当時新人だった私はこの休憩室を掃除する係だったし、前日も棚の掃除をしたのだから、こんな目立つ人形に気付かない訳がない。それでも反論する度にこっちがおかしい風に見られるのでそれ以上は何も言えず……

 すでに私だけが感じていたが、とにかくその人形は気味が悪かった。
 一人休憩室でお昼を食べているとやたら視線を感じるし、危険を知らせるように同じ空間にいるだけで呼吸が苦しく、心臓がバクバクしてくるのだ。

 よせばいいのに私も、それを人に話してしまったのがいけなかった。

 私の様子がおかしい事に気付いたバイトの子が、「どうしたんですか?」と聞いてきたので、そこでバカ正直に、人形に何か取り憑いているかもしれないと思わず言ってしまったのだ。

 本当にバカだった。それが当時の女子高生にとってどれだけ興味をひく事で、格好のネタになってしまうかなど想像も出来なかったのだから。

 興味津々に面白がるように、バイトの子は写真を撮りまくってしまい、途端に空気がサッと変わるのが分かった。それまでとは段違いに急に重くなったから。

 その後は怪奇現象まっしぐらだった。
 写真を撮ったその子が店の前で事故に遭ったのだ。帰り際に自転車ごと車にはねられて、幸い軽い怪我で済んだけど、その後も手を怪我したり、別の子がまた事故に遭ったりして……

 私の方は体調不良が続き、記憶をなくして二回ほど倒れ、あとは精神的に理解出来ない事が立て続けに起こった。
 何も言ってない、やっていない事を言った、やったと既成事実にされてしまい、毎度店長に怒られるのだ。

 もうこの辺りから記憶にモヤがかかってきて詳細などが曖昧になるからどうしても真実味に欠けてしまう……。

 何故か連日休憩室がうっすら白く霞んで見えて、焦げ臭いなと感じる事が増えていった。臭いがだんだん強くなり、危ないなと思っていたらとうとう店がボヤ騒ぎになった。その時、君のせいだと何故か私が店長に怒られた。

 いわれのない叱責に泣きながら休憩室に引っ込むとカタカタと人形が震えだし、ゆっくり私の方に体の向きを変えてきて、在庫の棚からは段ボール箱が次々こっちに向かって飛んできて……

 そのまま逃げるように早退して家に帰ると熱が出た。寝込んでいたが、嫌な気配に夜中パッと目を覚ますと何故か足元に人形がいて、顔の方にゆっくりゆっくり迫ってきて……

 その後の私の記憶はない。

 正確には断片的にはあるかもしれないが本当なのか判断がつかない。口から人形の帽子を吐き出したとか、台所の鏡で何か得体の知れないものを見たとか、記憶は掠るが、本当にその後の事が分からないのだ。

 不可解だったのは、その後店に行った時、人形はいなくなっていて、誰もその人形の事を覚えていないのだ。

 訳が分からない。事故に遭ったバイトの子も、何の事か分かりません的な感じで覚えていなくて写真も残されていなかったのだ。
 それこそ私が頭おかしいみたいな変な風に見られてしまって、こんな事が現実にあり得るのかと混乱した……

 もう分からない。結局何だったのか分からない。得体の知れないものが一番恐い。

 紛れもなく、それが今までで一番の恐怖体験になった、それだけは確かだ。
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