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君がいないと

君の瞳に

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「伊織君、ありがとう……だから今日はもう帰ってほしいな」

「……まだ帰れない」

「なんで? 私と仲直りしたかったんでしょ? もう大丈夫だから、本当にもう大丈夫だから……だから帰って、伊織君」
 そう言って腕を前に振る。
 でも、まだ僕は……帰っちゃダメだ。

「まだ帰れないよ。まだだから……その星月さん、顔見せてほしいな。君の顔しばらく見てないから見たいって……」


「……ダメ」
「え?」
「ダメ、これはダメなの!」
 ビシッと紙袋を強く抑えて丸まりこむように拒否する星月さん。
 予想以上に強い反応に少し困惑してしまう。

「……でも取らないと外の世界には出れないし、僕も……」

「そんなこと言われても……絶対ダメ! 絶対ダメ! だって、だってこれがないと、これがないと私……みんなから嫌われちゃう……せっかく伊織君が来てくれたのに私また……」
 泣きそうな声でそう呟く。
 さっきまでの雰囲気ともまた違って幼い感じで。


 ……ああ、そうか。
 お母さんから聞いた話を思い出す。
『昔、顔の怪我が原因でいじめられていた』


 ……だけど、今は過去じゃないから。
 今はみんないるから。

「大丈夫……そんなことで君を嫌いになったりはしないよ」

「でも、でも……! みんなそういってた! でもダメだった……みんなみんな私を裏切って、私を虐めて……もう嫌なの……せっかく出会えたのに、せっかく仲直りできたのに……もうだれもどこにも行ってほしくないよ……」
 紙袋にじんわりと涙が染み出す。
 涙で震える指をつかむ。

「……安心して、星月さん。君はもう一人じゃない。黒田さんもお母さんも僕も……みんなみんな君をそんなことで嫌いになったりしない。どんな顔でも、どんな形でも……君が『星月あかり』である限りみんな君の味方だよ」
「……本当に? 本当にそう思ってる?」
「うん、思ってる……だから顔見せてよ。星月さんを」
「……絶対に約束できる? 絶対に私の味方だって約束できる?」
「うん、約束できる。指切りしよ、これで約束でしょ?」

 出した小指はしっかりと小さな小指で包まれる。
『指切りげんまん嘘ついたら針千本のます 指切った』
「はい、約束」
「……わかった。約束だから。破ったら本当に針千本飲ませるから」

 星月さんが紙袋に手をかける。

 そこから現れたのは顔を真っ赤にして涙を目にためた……いつもの星月さんだった。
 ショートカットの黒髪もクリっとした大きな目も、真っ赤なほっぺも……全部全部いつもの星月さんで。
「……ふふふ」
「あ、笑った! やっぱr「違う違う。あまりにもいつも通りだからつい」
 うっすらと頬に残る傷跡を隠すように手をやる。
 星月さんの体温が伝わってくる。
「大丈夫、何も変わってない。君は大事な……僕の大事な星月あかりだ」
 手に伝わる体温はずっとずっと温かくて。
 本当に本当に大切で。

「……あっあっあっ……うわぁーーーん!……ごめんなさい、ごめんなさい、伊織君! ごめんね、ごめんね……!」
「……もう、なんで謝るのさ」
「だって、だって……!」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにして僕の胸に飛び込んでくる星月さんを優しく抱き留める。
「だって、だって……ずっと無視してた! 勝手に恨んで、勝手に決めつけて、伊織君もみんなの事も何も考えずに、自分の中だけで……ごめん、ごめん……!」

「もういいよ、お互い様だし。今は会えてよかった、それでいいよ」
「でも、でも……ごめん、ごめん……ごめんなさい……」
「謝らなくていいって
 顔をぐしゃぐしゃにしながらなく星月さんを僕はずっと抱き留め続けた。


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