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第一章
13.
しおりを挟む「いやー思ったよりアッサリ婚姻届済んじゃったなー。」
「俺不満。」
「俺も。」
「おまえらなぁ…」
商業ギルドを出るなり、ホビット達はぶーぶーと文句を垂れていた。広場の騒ぎよりももっと大騒ぎになると期待していたのに、とんだ番狂わせである。
帰りに寄ろうとしていた装飾店にはマリールが断固として嫌だと言うので、一同は大人しく冒険者ギルドへと戻る事にした。
マリールが夕飯を作るから買い物をしたいと言うので、ただの野次馬としてくっついて来たホビット達は、これから荷物持ちとして大活躍する予定だ。何せマリールはバルドが抱えたままだから。
「そうねぇ。セリノスちゃんのおかげかしらね? マリーちゃん、彼にも香りの布玉をあげたのね?」
「はい! なんだか凄くお疲れに見えたので、精神力を回復する香りのを差し上げました。」
「…おまえの作った薬も見られたのか?」
「ええーと、その、薬術士会の部屋で相手にされなくてゴネた時に、騒ぎを聞きつけて見に来てくれて…。多分その時に見てると思います。」
「「ああ…」」
気不味そうに話すマリールに、バルドもアエラウェも納得する。セリノスは腐った奴らが多い商業ギルドの中で、潔癖な程に曲がったことが嫌いで、カッチカチに頭が固い事で有名だった。
王都本部の上層部で働いていても可笑しくない程優秀なのに、ずっとメルクの商業ギルド入り口で受付をさせられている。融通が利かないので厄介がられ、嫌がらせで職員を辞めさせられそうになっても、力ない人々の為にと耐え続けている。真面目が服を着たような青年だ。
そんな腐った商業ギルド内でも、特に性質の悪い薬術士会へ小さな子供が行くものだから、きっと放っておけず気に掛けてくれたのだろう。
そして聡い彼は、薬術士会に何故か飴玉を持って来て素気無く追い払われた子供が、翌日冒険者ギルドの長と副長を連れて来た事で、何事かを察してしまったのは間違いない。
すぐに婚姻届を受理してくれたのも、騒ぎが大きくなり薬術士会に勘付かれるのを避ける為にしてくれたのだ。
「私達が行く事で勘付かれるなんて…考えが甘かったわ。」
「セリノスだからってのもあるが…金になる事に敏感な奴ならもしかしたら気付くのかもな。」
「わ、わたし…消されちゃうコースにINしちゃったんですかね…?」
神妙な顔で話す二人に、マリールは顔を青くして震える。そんなマリールを安心させるようにアエラウェは微笑んだ。
「大丈夫よ。その為に婚姻届を急いだんですもの。」
「ああ。保証人もアエラウェだしな。」
「何言ってんの。私もそりゃあ美しくて有名だけど、バルドなんてこう見えて隣国ザンザ帝国の元王族のお貴族様なんだから。」
「え!? 王子様なんですか???」
「「「ブッハッ」」」
バルドが王子様という衝撃の事実に、マリールは目を輝かせる。一目惚れした理想の筋肉王子様が本当に王子様だったとは。これ以上マリールを夢中にさせないで欲しい。マリールの胸はきゅーきゅーと萎められる音がするようだ。そろそろ夕飯時だが腹の音ではない。
バルドが貴族の出だと知っていたホビット達は、マリールの王子様発言に揃って噴出した。
「そうよぉ。厳つすぎて貴族のお嬢さん方に会うなり失神されたり嫌がられてね? お見合いも断られ続けて、世継ぎも作れそうにないからって継承権放棄して、家は弟に任せて家出したんですって。」
「王子様…」
「ただの公爵家だ。継承権も12位で元から無いようなもんだ。それにもう貴族では無い。」
「王子様…」
「いや、だから…」
「王子様…」
「「「「「…」」」」」
マリールは何を言っても「王子様…」と頬を染め、バルドにうっとりと見蕩れている。厳つい鬼岩顔のエグイ傷だらけのおっさんでも、マリールには立派な王子様に見えるらしい。
一方、バルドは今まで経験した事がない事態に内心戸惑い捲くりだった。今まで出会った子供は勿論、貴族の令嬢も、街の娘も、玄人の女達も、泣き叫んで失神するどころか、下手すると恐怖で失禁してしまう者まで出た事もある。今まで向けられた事がない熱の篭った眼差しで見つめられると、なんだかとても居心地が悪い。
バルドはじりじりと後退する己をじりじりと迫り追い詰めるマリールから全速力で逃げ出したい衝動に駆られていた。
「…マリーちゃん、眼が悪いんすかね?」
「…耳も悪いんすかね?」
「…頭ももしかして…」
「…私もちょっと心配になってきたわ、この子。」
広場へ戻り着いた頃、今はもう陽も落ちかけていて、軒並ぶ店舗や屋台、路地に設置されている街灯が、彼方此方で灯りが灯され始めていた。オレンジ色に照らされた広場は、夕食を求める人々で一層賑やかになっている。
「さっきと違って賑やかですね~!」
「ああ、港町だからな。旅人や商人だけではなく、船乗りも夕飯時には船舶から降りてここで食事をするから、一日の中で一番活気付く時間帯だ。」
昼前後までであれば広場の屋台や路地売りには、庶民に馴染み深いものから珍しい異国のものまで、果物や野菜やら肉やらが所狭しと売られている。だがもう一日の終わりの為、売られている食材も残り少なく、店を既に畳んでいる路地売りも多い。
最後まで広場に残っていた野菜売りの路地売り店主も、丁度店仕舞いをしようとしていたところだった。マリールは慌ててバルドの胸を叩き、野菜売りの元へ行ってもらった。
残っていたのは玉葱とじゃが芋を小さな樽で一つずつ。なんの葉なのか判らない売れ残りの萎びた葉物野菜は、篭ごとオマケしてくれた。店主は帰りの荷物が軽くなったと喜んでいる。マリールも沢山サービスして貰えてほくほく顔だ。
だが、ご機嫌の店主と野菜を買えて喜んでいるマリールとは裏腹に、男達は揃いも揃って嫌そうな顔をしていた。
「ねー肉! 肉も買おうよ!!」
「肉が無いと料理じゃないよ!!」
「にーく! にーく!!」
「肉がいるな…」
「あんた達…子供じゃないんだから。あ、マリーちゃん、あそこにホルホル牛の肉が売っているわよ?」
マリールがにくにくと騒ぐ欠食児童のようなホビット達に呆れていると、アエラウェまでもが肉を推してきた。エルフは草食のイメージであったが肉食だったらしい。アエラウェだけかもしれないが。
そして愛しの旦那様なバルドが肉を欲しているので、マリールも勿論肉は買うつもりだ。
アエラウェが指差した肉屋は店の前に屋台を出していて、その屋台の屋根から腸詰肉をまるで輪飾りの様にぶら提げている、凄いセンスの店だった。どうやら屋台では腸詰肉を食べ歩き用に焼いて売っているようだ。
「ホルホル牛のお肉くださーい!」
「ああ、調理用の肉はこの笹肉で終わりなんだが、ちと値段が高くて売れ残っていてね。これでもいいかい?」
ホルホル牛はなんでもかんでも掘る習性を持っていて、土を掘ってキノコや柔らかい木の根を掘り起こし好んで食べる牛だ。その肉質は柔らかく、非常に甘味を含んでいる脂が特徴だ。牧場では偶に雄同士で掘っているのを見かけるらしいが、多分そこから名付られたのではないと思う。多分。
お値段高めと聞いたマリールは、伺うようにバルドを見上げた。するとバルドが「いくらでも大丈夫だ」と頷いてくれたので、マリールは顔を明るくして肉屋に振り向く。
「はい! あと、そこにぶら下ってる調理前の腸詰肉も!」
「はいよ! 全部買ってくれたからオマケしような!」
「わーい! おじ様ナイス渋メン!!」
「シブメンってなんだ…?」
肉屋の店主はマリールの言葉に首を傾げながら、豚一頭分はありそうなホルホル肉の塊と腸詰肉、それにクズ肉の寄せ集めを、なかなかの量オマケして包んでくれた。肉だけでかなりの量だ。
「肉買ったは良いけど、持ちきれないな…。」
「豚サイズだもんなー。俺達の拡張鞄じゃ入らないよ。」
「つーか、そもそも開きあったかな?」
「アタシのに入れてあげるわ。匂いつくの嫌だから肉以外ね。」
「肉は俺のに入れよう。すまんがマリール、少し下すぞ。」
「はーい。」
ホビット達は既に鞄が荷物一杯で入れられないようで、葉物野菜の籠を変わり番子で持ってくれるようだ。アエラウェが細い腰を締めているベルトに括り付けていた、小さなポーチの口を開く。その口を玉葱や芋の樽に触れさせれば、樽はニュルリと形を歪ませてポーチの中へと吸い込まれてしまった。バルドも同じように腰に下げてあった広げたハンカチ程の大きさの鞄に、豚一頭程の大きな肉塊や腸詰肉等を入れてしまった。
「皆さん、拡張鞄をお持ちなんですね?」
「うん。俺たちのはあんまり量入らないけどねー。」
「アエラウェさんのが一番大きいんじゃない?」
「あら、バルドのもなかなかよね?」
「…アエラウェさんが言うと何で違う意味に聞こえるんだろう…?」
「まあ、そこそこだな。」
拡張鞄は文字通り鞄の収納量を拡張した鞄だ。無属性を持つ魔道具士が作り、魔道具士会が販売している。作った者の魔力量で収納量が変わるので、人気の魔道具士の作品は、どんなに高くても何年も先まで予約で一杯だった。
ホビット達が持っている鞄は、バルドの持っている鞄と同じくらいの大きさだが、収納出来る量はその鞄の大きさの三倍程度だ。
アエラウェもバルドもまだ余裕で入れられると言っているから、相当名のある魔道具士が作った鞄なのだろう。
「そういやさ、マリーちゃんも無属性持ってなかった?」
「はい!」
「え、じゃあ拡張鞄作れるの??」
「魔道具士の修行してないので無理ですね!」
「だよねー…」
あわよくば拡張鞄を格安で作ってもらえないかと期待したホビット達は、そんなにうまいこと行く訳ないかと、自嘲気味に肩を落とした。だがすぐにマリールが訳の分からない事を口にする。
「空間繋げるのなら出来ますよ?」
「「「ナニソレ」」」
「もしかして、転移魔法?」
「うーん、近い感じです!」
「…触れないでおきたかったんだが、もうひとつ謎の特技あったろう? アレか?」
「あー…アレも少し関係してるかも?」
さっぱり要領を得ないマリールのヒントに、男達は揃って眉間に皺を寄せ首を傾げる。だが。
「クゥー」
「グゥー」
「ググゥー」
うんうんと唸りながら答えを探していると、ホビット達の腹の音が輪唱のように時間差で鳴り出してしまった。夕食時だから仕方ない。マリールも昼間にバルドが買ってくれた蜜漬けの果物を食べていなければ、とっくに腹を鳴らしていただろう。
「…お腹空きましたね! 早く帰りましょう? そしたら答えも見せられますよ~。」
「あ、あの大きなリュック?」
「ふふ。お楽しみに、です!」
「なら買い物も済んだし、さっさと買えるか。」
「はい!」
バルドが屈んでマリールに両手を伸ばせば、マリールも両手を挙げて抱っこ待ちの姿勢になる。すっかりバルドの抱っこがマリールの定位置になってしまったようだ。
バルド達は再び冒険者ギルドに向かって足を進めた。
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