お薬いかがですか?

ほる

文字の大きさ
14 / 64
第一章

13.

しおりを挟む


「いやー思ったよりアッサリ婚姻届済んじゃったなー。」
「俺不満。」
「俺も。」
「おまえらなぁ…」

商業ギルドを出るなり、ホビット達はぶーぶーと文句を垂れていた。広場の騒ぎよりももっと大騒ぎになると期待していたのに、とんだ番狂わせである。

帰りに寄ろうとしていた装飾店にはマリールが断固として嫌だと言うので、一同は大人しく冒険者ギルドへと戻る事にした。

マリールが夕飯を作るから買い物をしたいと言うので、ただの野次馬としてくっついて来たホビット達は、これから荷物持ちとして大活躍する予定だ。何せマリールはバルドが抱えたままだから。

「そうねぇ。セリノスちゃんのおかげかしらね? マリーちゃん、彼にも香りの布玉をあげたのね?」
「はい! なんだか凄くお疲れに見えたので、精神力を回復する香りのを差し上げました。」
「…おまえの作った薬も見られたのか?」
「ええーと、その、薬術士会の部屋で相手にされなくてゴネた時に、騒ぎを聞きつけて見に来てくれて…。多分その時に見てると思います。」
「「ああ…」」

気不味そうに話すマリールに、バルドもアエラウェも納得する。セリノスは腐った奴らが多い商業ギルドの中で、潔癖な程に曲がったことが嫌いで、カッチカチに頭が固い事で有名だった。
王都本部の上層部で働いていても可笑しくない程優秀なのに、ずっとメルクの商業ギルド入り口で受付をさせられている。融通が利かないので厄介がられ、嫌がらせで職員を辞めさせられそうになっても、力ない人々の為にと耐え続けている。真面目が服を着たような青年だ。

そんな腐った商業ギルド内でも、特に性質の悪い薬術士会へ小さな子供が行くものだから、きっと放っておけず気に掛けてくれたのだろう。

そして聡い彼は、薬術士会に何故か飴玉を持って来て素気無く追い払われた子供が、翌日冒険者ギルドの長と副長を連れて来た事で、何事かを察してしまったのは間違いない。
すぐに婚姻届を受理してくれたのも、騒ぎが大きくなり薬術士会に勘付かれるのを避ける為にしてくれたのだ。

「私達が行く事で勘付かれるなんて…考えが甘かったわ。」
「セリノスだからってのもあるが…金になる事に敏感な奴ならもしかしたら気付くのかもな。」
「わ、わたし…消されちゃうコースにINしちゃったんですかね…?」

神妙な顔で話す二人に、マリールは顔を青くして震える。そんなマリールを安心させるようにアエラウェは微笑んだ。

「大丈夫よ。その為に婚姻届を急いだんですもの。」
「ああ。保証人もアエラウェだしな。」
「何言ってんの。私もそりゃあ美しくて有名だけど、バルドなんてこう見えて隣国ザンザ帝国の元王族のお貴族様なんだから。」
「え!? 王子様なんですか???」
「「「ブッハッ」」」

バルドが王子様という衝撃の事実に、マリールは目を輝かせる。一目惚れした理想の筋肉王子様が本当に王子様だったとは。これ以上マリールを夢中にさせないで欲しい。マリールの胸はきゅーきゅーと萎められる音がするようだ。そろそろ夕飯時だが腹の音ではない。
バルドが貴族の出だと知っていたホビット達は、マリールの王子様発言に揃って噴出した。

「そうよぉ。厳つすぎて貴族のお嬢さん方に会うなり失神されたり嫌がられてね? お見合いも断られ続けて、世継ぎも作れそうにないからって継承権放棄して、家は弟に任せて家出したんですって。」
「王子様…」
「ただの公爵家だ。継承権も12位で元から無いようなもんだ。それにもう貴族では無い。」
「王子様…」
「いや、だから…」
「王子様…」
「「「「「…」」」」」

マリールは何を言っても「王子様…」と頬を染め、バルドにうっとりと見蕩れている。厳つい鬼岩顔のエグイ傷だらけのおっさんでも、マリールには立派な王子様に見えるらしい。
一方、バルドは今まで経験した事がない事態に内心戸惑い捲くりだった。今まで出会った子供は勿論、貴族の令嬢も、街の娘も、玄人の女達も、泣き叫んで失神するどころか、下手すると恐怖で失禁してしまう者まで出た事もある。今まで向けられた事がない熱の篭った眼差しで見つめられると、なんだかとても居心地が悪い。

バルドはじりじりと後退する己をじりじりと迫り追い詰めるマリールから全速力で逃げ出したい衝動に駆られていた。

「…マリーちゃん、眼が悪いんすかね?」
「…耳も悪いんすかね?」
「…頭ももしかして…」
「…私もちょっと心配になってきたわ、この子。」


広場へ戻り着いた頃、今はもう陽も落ちかけていて、軒並ぶ店舗や屋台、路地に設置されている街灯が、彼方此方で灯りが灯され始めていた。オレンジ色に照らされた広場は、夕食を求める人々で一層賑やかになっている。

「さっきと違って賑やかですね~!」
「ああ、港町だからな。旅人や商人だけではなく、船乗りも夕飯時には船舶から降りてここで食事をするから、一日の中で一番活気付く時間帯だ。」

昼前後までであれば広場の屋台や路地売りには、庶民に馴染み深いものから珍しい異国のものまで、果物や野菜やら肉やらが所狭しと売られている。だがもう一日の終わりの為、売られている食材も残り少なく、店を既に畳んでいる路地売りも多い。
最後まで広場に残っていた野菜売りの路地売り店主も、丁度店仕舞いをしようとしていたところだった。マリールは慌ててバルドの胸を叩き、野菜売りの元へ行ってもらった。
残っていたのは玉葱とじゃが芋を小さな樽で一つずつ。なんの葉なのか判らない売れ残りの萎びた葉物野菜は、篭ごとオマケしてくれた。店主は帰りの荷物が軽くなったと喜んでいる。マリールも沢山サービスして貰えてほくほく顔だ。

だが、ご機嫌の店主と野菜を買えて喜んでいるマリールとは裏腹に、男達は揃いも揃って嫌そうな顔をしていた。

「ねー肉! 肉も買おうよ!!」
「肉が無いと料理じゃないよ!!」
「にーく! にーく!!」
「肉がいるな…」
「あんた達…子供じゃないんだから。あ、マリーちゃん、あそこにホルホル牛の肉が売っているわよ?」

マリールがにくにくと騒ぐ欠食児童のようなホビット達に呆れていると、アエラウェまでもが肉を推してきた。エルフは草食のイメージであったが肉食だったらしい。アエラウェだけかもしれないが。
そして愛しの旦那様なバルドが肉を欲しているので、マリールも勿論肉は買うつもりだ。

アエラウェが指差した肉屋は店の前に屋台を出していて、その屋台の屋根から腸詰肉をまるで輪飾りの様にぶら提げている、凄いセンスの店だった。どうやら屋台では腸詰肉を食べ歩き用に焼いて売っているようだ。

「ホルホル牛のお肉くださーい!」
「ああ、調理用の肉はこの笹肉で終わりなんだが、ちと値段が高くて売れ残っていてね。これでもいいかい?」

ホルホル牛はなんでもかんでも掘る習性を持っていて、土を掘ってキノコや柔らかい木の根を掘り起こし好んで食べる牛だ。その肉質は柔らかく、非常に甘味を含んでいる脂が特徴だ。牧場では偶に雄同士で掘っているのを見かけるらしいが、多分そこから名付られたのではないと思う。多分。

お値段高めと聞いたマリールは、伺うようにバルドを見上げた。するとバルドが「いくらでも大丈夫だ」と頷いてくれたので、マリールは顔を明るくして肉屋に振り向く。

「はい! あと、そこにぶら下ってる調理前の腸詰肉も!」
「はいよ! 全部買ってくれたからオマケしような!」
「わーい! おじ様ナイス渋メン!!」
「シブメンってなんだ…?」

肉屋の店主はマリールの言葉に首を傾げながら、豚一頭分はありそうなホルホル肉の塊と腸詰肉、それにクズ肉の寄せ集めを、なかなかの量オマケして包んでくれた。肉だけでかなりの量だ。

「肉買ったは良いけど、持ちきれないな…。」
「豚サイズだもんなー。俺達の拡張鞄じゃ入らないよ。」
「つーか、そもそも開きあったかな?」
「アタシのに入れてあげるわ。匂いつくの嫌だから肉以外ね。」
「肉は俺のに入れよう。すまんがマリール、少し下すぞ。」
「はーい。」

ホビット達は既に鞄が荷物一杯で入れられないようで、葉物野菜の籠を変わり番子で持ってくれるようだ。アエラウェが細い腰を締めているベルトに括り付けていた、小さなポーチの口を開く。その口を玉葱や芋の樽に触れさせれば、樽はニュルリと形を歪ませてポーチの中へと吸い込まれてしまった。バルドも同じように腰に下げてあった広げたハンカチ程の大きさの鞄に、豚一頭程の大きな肉塊や腸詰肉等を入れてしまった。

「皆さん、拡張鞄をお持ちなんですね?」
「うん。俺たちのはあんまり量入らないけどねー。」
「アエラウェさんのが一番大きいんじゃない?」
「あら、バルドのもなかなかよね?」
「…アエラウェさんが言うと何で違う意味に聞こえるんだろう…?」
「まあ、そこそこだな。」

拡張鞄は文字通り鞄の収納量を拡張した鞄だ。無属性を持つ魔道具士が作り、魔道具士会が販売している。作った者の魔力量で収納量が変わるので、人気の魔道具士の作品は、どんなに高くても何年も先まで予約で一杯だった。

ホビット達が持っている鞄は、バルドの持っている鞄と同じくらいの大きさだが、収納出来る量はその鞄の大きさの三倍程度だ。
アエラウェもバルドもまだ余裕で入れられると言っているから、相当名のある魔道具士が作った鞄なのだろう。

「そういやさ、マリーちゃんも無属性持ってなかった?」
「はい!」
「え、じゃあ拡張鞄作れるの??」
「魔道具士の修行してないので無理ですね!」
「だよねー…」

あわよくば拡張鞄を格安で作ってもらえないかと期待したホビット達は、そんなにうまいこと行く訳ないかと、自嘲気味に肩を落とした。だがすぐにマリールが訳の分からない事を口にする。

「空間繋げるのなら出来ますよ?」
「「「ナニソレ」」」
「もしかして、転移魔法?」
「うーん、近い感じです!」
「…触れないでおきたかったんだが、もうひとつ謎の特技あったろう? アレか?」
「あー…アレも少し関係してるかも?」

さっぱり要領を得ないマリールのヒントに、男達は揃って眉間に皺を寄せ首を傾げる。だが。

「クゥー」
「グゥー」
「ググゥー」

うんうんと唸りながら答えを探していると、ホビット達の腹の音が輪唱のように時間差で鳴り出してしまった。夕食時だから仕方ない。マリールも昼間にバルドが買ってくれた蜜漬けの果物を食べていなければ、とっくに腹を鳴らしていただろう。

「…お腹空きましたね! 早く帰りましょう? そしたら答えも見せられますよ~。」
「あ、あの大きなリュック?」
「ふふ。お楽しみに、です!」
「なら買い物も済んだし、さっさと買えるか。」
「はい!」

バルドが屈んでマリールに両手を伸ばせば、マリールも両手を挙げて抱っこ待ちの姿勢になる。すっかりバルドの抱っこがマリールの定位置になってしまったようだ。
バルド達は再び冒険者ギルドに向かって足を進めた。

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...