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第一章
23.
しおりを挟むバルド達は順調に、昼前にはピピ角牛が水飲みにやってくる山の中腹までやってきた。もう少し登れば目的地の湖が見えてくる筈だ。
いつもならばこの山に入ろうものなら肉食の獣や魔獣が飛び掛ってくるものだが、何故か一度も遭遇していない。お陰で予定より数時間も早く到着してしまった。
「マリーちゃんに貰った獣避けが効いてるのか…?」
「スゲーなマリーちゃん! 俺これ買うわ!!」
「ホントですか!? あ、でもこれも販売許可取らないと…。」
「そうだった…! めんどくさいなぁ、タグルール!」
「冒険者ギルドで買い取って売る形なら大丈夫だろう。薬じゃないから大っぴらに扱っても問題ない筈だ。」
バルドの言葉にマリールも「やったー!」と大喜びするが、ふと違和感に気付く。
この異世界でも、どの異世界でも冒険には付き物の、あの愛すべき魔物が居ない。
「あれ、でも私の獣避け、嗅覚が無いスライムには効かない筈なんですけど…一匹も見ませんでしたね? スライムかわいいから、この山のスライムがどんなのか見るの楽しみにしてたのに…。」
「そういやそうだな。」
「いつもスライムなんて気にもしないから気付かなかった。」
「気付かなかっただけで居たんじゃない? 草叢とか。」
「いや、でもいつもならさ、いつの間に足元に居て踏んだりしない? あれくっつくとなかなか取れないし、靴溶けるし最悪だよなー。かわいいかー?」
「えー! スライムかわいいですよ! 食べる物違うからか、その土地土地でみんな違うし、ご当地スライムとかお土産で売ってたら私集めます!」
「「「えええー!?」」」
マリールのスライムあつめ宣言に、ホビット達は思い切り顔を顰める。
スライムと言えばちょっと腹が減っては酸を出し、ちょっと突くと酸を出し、ちょっと踏むと酸を出す。この酸が皮膚どころか骨まで溶かすものだから、うっかり酸をかけられた日には堪らない。最弱なのに最強に厄介な魔物だ。
ホビット達とマリールはスライムかわいいかわいくない議論を交わしながら、一行は無事目的地へと到着した。
山腹に突如現れた、ぽっかりと開かれた場所にある大きな湖は、大昔に山が噴火した跡に湛水して出来た湖だ。
今は春から夏へと変わる季節だからか、湖の周りに青々と茂る野草が、白、黄、橙、薄紫の花を咲かせて広がり、とても素晴らしい景色だった。
「ふわあぁぁ! きれーい!! それに芹だ! あ、真菰もある…!!」
「今は山の植物も活き活きとしていて良い時期だからな。良かったな、マリール。」
「はい!! 連れて来てくれてありがとうございます!」
湖の周りには白色の小さく細かな花が多数付いている草や、背丈の高い幅広の葉を房のように茂らせている草が群生していて、それがどうやらマリールの求めていた薬草のようだ。
瞳をきらきらと輝かせて興奮しているマリールを、バルドがそっと下に降ろしてやれば、マリールは嬉しそうに駆け出していく。バルドもマリールが転ばないようにと細心の注意を払いながら、後を追って行った。
「ギルマスー! 俺達こっちで罠仕掛けてるからー!!」
「ああ! がんばって仕留めろよ!」
ホビット達はピピ角牛が降りてくる、山頂側の森に罠を仕掛ける事にしたようだ。
そこはいつも通る道なのか牛の蹄跡や糞が落ちていて、獣道が出来ている。
その道を挟む様に生えている木の中で一際大きな巨木を、紐縄を肩に掛けたラルムがするすると登っていく。それから長く伸びて丈夫そうな太枝の先に、縄をぐるぐると巻きつけ結んでから、先端に体重をかけて枝を撓らせ、紐縄を下へと垂らす。
下に居るサルムがその垂れ下がった紐縄を飛び跳ねて掴み、さらに下へと撓らせる。ラルムもそのまま縄を伝って地面へと降りれば、サルムと一緒に紐縄を掴み、枝が半円に撓るように、紐縄を反対側の木の幹へと回して押さえつけた。
「トート! この枝でいいかなー?」
「いいぞー! そのまま離さないで持っててくれ!」
トートは鉄の剣でも切れないと言われる鋼蜘蛛の糸を拠った丈夫な縄を、ラルムとサルムが押さえている枝に固く結び、もう片側の先端を大きな輪にすると、予め両腕程の長さに切って置いた太枝を輪の上の紐に絡ませる。
そうしてその太枝を、ラルムとサルムの反対側の木の枝、丁度牛達が通る道の上まで伸びている枝に引っ掛けた。そこから垂らした輪は道を横切るように地面に寝かせ、千切った草で覆い隠して完成だ。
縄輪を絡ませた太枝は、ラルムとサルムが手を離してもちゃんと枝に引っかかり固定されている。罠を仕掛け終わり、トートは満足そうにパンパンと両手の土を払い落とした。
「こんなもんでいいかなー?」
「枝細くないかな? あいつら巨体だから大猪の罠に使う枝より丈夫そうなの選んだけど…。」
「イケルっしょー。これならギルマス位でかくたって余裕余裕ー。」
心配性で気が弱いサルムが不安そうに撓る枝を見ながら言えば、楽観的なラルムが軽いノリで大丈夫だとサルムの肩を叩いた。
ホビット達はそのすばしっこい小さな身体と速く走れる足を生かし、張った罠へ獲物を誘い込み動きを封じてから止めを刺すのが得意だ。どんなに大きな獲物でも、機転を生かせば仕留める事が出来る。そう信じていた。
だが、いつもは拡張鞄の性能のせいで大きな獲物を刈る事が無かったホビット達は失念していた。群れを率いるボスという存在が居る事を。バルドの背丈より大きなピピ角牛のボスが、どんな大きさになるのかを。
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一方バルドとマリールはと言うと。
バルドは採取に夢中になっているマリールの近くにそっと背負い鞄を置いてやり、さながらあっちこっちところころと転がり遊ぶ小熊を見守る親熊のように、周囲を警戒しながらマリールを見守っていた。
「わー…これ何の花だろ? タデっぽいけど花の先端がちょっと違うしなぁ…。この世界特有の植物かな? 後で調べる用に根っ子ごと収穫しとくか! …こっちのは附子っぽいけど…色がちょっと違うような…附子なら毒系だから慎重に分けて…。いや、でも水辺に生えてるから違うのかな?」
マリールは目に入る目新しい植物に次から次へと飛び付いていく。
すると地面を這い蹲るようにしていたマリールの眼前、草の中に、うにうにと動く塊が見えた。その塊はこの湖の近くで花を食べて生息しているスライムのようで、透明な身体が可愛らしくも花柄だ。
「…!! かっ…かんわいい~!!」
実際はまだ消化しきれていない花が残っているだけなのだが、マリールは花だけを食べているスライムなんて見たことがなかった。美容に良くはないが、きっとこのスライムを見せたらアエラウェも喜んでくれる事だろう。
だがこの可愛らしいスライムを持ち帰り飼育するには、生態を観察して餌や必要な物も一緒に持って帰らなければならない。寝床の土が特殊だとか、水を頻繁にやらなければならないとか色々あるのだ。
マリールは花柄スライムの食べているであろう花を沢山摘みながら、花柄スライムをじっと観察する事にした。
マリールが飽きもせずに観察を続けていると、花柄スライムは蟻のように列を成し、ある方向へと進んでいるのに気付く。ホビット達が罠を仕掛けている方向とは丁度間逆側の森だ。マリール達が登ってきた麓へ続く道とは少しだけずれている。もしかしたらこの先に巣でもあるのだろうかと、マリールはそっと花柄スライムの後を追った。
バルドもそんなマリールの様子を面白そうに眺めていたのだが、突如興奮したような牛の嘶きと、ホビット達の叫び声が聞こえてきた。
バルドが思わず振り返れば、此方へ必死の形相でホビット達が逃げ込んでくるのが見えた。その背後には巨木を引き摺り地面を跳ねさせながら、見た事も無いような巨大なピピ角牛が、踏み荒らした草や土を巻き上げ追って来ていた。
過去には竜討伐まで参加した事がある流石のバルドも、その大きさに僅かに目を瞠る。その角の太さと長さは、通常のピピ角牛の五倍はあったのだ。
間違いなく群れのボス牛だろう。
「ぬおわあぁぁぁ!!」
「ちょ、罠仕掛けた木、ぶっこ抜いたぞアイツ…!! 」
「ぎゃー! こっち来る!! めちゃくちゃ怒ってこっち来るうぅぅ!!」
ホビット達が仕掛けた罠は正常に稼動した。稼動したのだが、先頭に現れた獲物が想定外だった。バルドの背丈より高いと言うからそのくらいを予想して仕掛けていたのに、バルドが二人居て肩車したくらいの巨大なピピ角牛が罠に掛かってしまったのだ。
前足を輪が絞り、撓る枝がバネのように跳ね上げる。それに驚いたボス牛は、山が震えるような大きな嘶きを上げたかと思うと、罠が成功して喜んでいたホビット達目掛けて突進して来たのだ。罠を仕掛けていた巨木を引き摺りながら。
「「「 よろしくギルマスー!!」」」
「おまえらなぁ…! 」
結局ホビット達は早々に自分達の手に負えない獲物だと悟り、バルドに丸投げする事にしたようだ。
だがバルドからしてみれば、自分の背後にはマリールが居る。こちらにあの巨体が来られては堪らない。
バルドがちらりとマリールを確認すれば、この大騒ぎの中、マリールは集中しているのか、地面に這い蹲るようにして、相変わらず花柄スライムに夢中になっていた。
あのピピ角牛が此処まで来る前に、さっさと仕留めれば大丈夫だろう。
バルドはそう判断して、逃げて来るホビット達の方向へと駆け出した。あの背負い鞄はマリールの側にある。きっと大丈夫の筈だ。
だがその判断が、この後バルドを激しく後悔させる事になる。
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