お薬いかがですか?

ほる

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第一章

35.

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「ねえ、そろそろ凍結させた雑草、出来てるんじゃない?」
「あ、そうですね! 見てみましょう! 旦那様、これ割ってくださーい。」


フレスカが実験の結果が見たいと言うので、マリールの意識はホビット達が作ってくれた土の密閉ドームへと移る。
土と言っても岩のように硬い。ここは筋肉隆々の素敵な旦那様に頑張ってもらうしかない。マリールは瞳を輝かせてバルドを見上げた。


「ああ。割れば良いんだな。」


そう言うと、バルドは両手をドームの上に添えて、まるで卵を割るように親指の力だけでパカリと割ってしまった。力を入れた上腕に力瘤が出来るとか、びっきびきに血管が盛り上がるとかの筋肉のアトラクションが全くない。

マリールは口を半開きにして、猫がある種の匂いを嗅いだ時のような、なんとも微妙な表情でバルドを見上げ固まっている。
バルドは見たことが無いマリールの反応に、どうしたら良いのか分からずオロついた。

そんな二人は放置して、割れたドームのさらに中にある、鍋を包んだドームの上部に開けられた穴から、ホビット達が中を覗きこむ。だが鍋の上に乗せられた皿には、乾燥させたローズマリーの枝が形を変えずに残っていた。


「…なんか形そのままだけど。」
「ほんとだ。でも色はちょっと違わね?」
「マリーちゃーん。これ失敗?」
「あ、取り出して少し手で崩してみてください。砂みたいに崩れたら成功です。」


マリールに言われて、トートが穴から手を突っ込みローズマリーを取り出そうとするが、少し指に力を入れただけで脆く崩れる感触があった。


「うわ、崩れた!」
「まじで!? 」
「ギルマス、これも割ってー!」
「ああ。」


中から皿ごと取り出して、今度はサルムとラルムがローズマリーの枝を掴む。
すると枝は少しの力でホロリと崩れ、面白いくらいに軽い感触で砂のようになってしまった。


「「おもしれー! なにこれ!!」」
「どうやら成功したみたいね。」
「はい! 今回は乾燥させたものを使いましたけど、もしかしたら生のままの方がもっと細かくなるかもしれません。」
「なるほど。じゃあ早速工房に帰って試作してみるわ。」
「ああ、頼んだよ、フレスカ。」
「まかせて。」
「完成したら教えてくださいね~!」


マリールのその言葉に、フレスカはにやりと笑ったかと思うと、マリールの耳にそっとその唇を近づける。
息が掛かる程の近さに驚くマリールの耳には、囁く様なフレスカの声が落ちてきた。


「あの鞄のことも、教えてね。」


フレスカの言葉にマリールは瞬きを二つ繰り返した。だがマリールが聞き返す間も無く、フレスカはその場から忽然と姿を消してしまっていた。


「え…? イリュージョン!?」
「転移魔法だよ。フレスカは無属性の魔法が使える。」
「「あ、だから魔道具士。」」
「拡張鞄作ってくれないかな~格安で。」
「馬鹿お言いで無いよ。フレスカの拡張鞄は三年先まで予約待ちだよ。」
「「「まじか。」」」
「まあ、身体があんなんだったからね。作るのにも時間が掛かってたのもあるけど、お陰で結構なプレミアムが付いてるよ。」

人気の魔道具士と言う事はお値段も天井知らずだ。ホビット達はまたしても格安拡張鞄を手に入れる事が出来ず、がっくりと肩を落とした。


「マリールさん、草飴に混ぜる薬は今回作ったもので大丈夫ですか?」
「あ、そうか、失敗したから…。」
「失敗と言うと違う気もするけどねぇ。混ぜてくれるならアタシは買うよ!」
「わ、わたしも!」
「私も勿論買うわ。」


エドナとエレンとアエラウェの勢いに、マリールもちょっとたじろいだ。女性とはこんなに肌を気にするものだったろうか。マリールは前世では「なるようになーれ! 」と、美容に全く気を使っていなかったが、美人の友人が十五ミリ三万円とかいう目元用美容液を買ってちまちま使っていると言っていたのを思い出す。前世を思い出してみても美肌は女性にとって、とても大事な事らしかった。


「うーん。砂糖の買い溜めはしてあるので新しく作れるんですが、処分に困りますしねぇ…。混ぜても大丈夫でしょうか?」
「美肌くらいなら気付かないんじゃね?」
「健康な人ならちょい元気出るだけなんでしょ? アタリ入りじゃん!」
「むしろ草の粉入り飴入ってて、ハズレ扱いされそうじゃね?」
「…カモフラージュで売る飴には薬入れないんじゃなかったのか?」
「「ちっ」」
「「「「「あ。」」」」」


盛り上がっているところに水を差すバルドの言葉に、一同が揃って思い出す。
先に効果が無い草飴を広めてから、冒険者ギルドの食堂で薬が必要そうな人に、薬を一粒混ぜた飴瓶を売るという話だった筈だ。なのにカモフラージュ用の飴もすっかり薬入り前提で話を進めてしまっていた。


「そんな…暫く美肌薬が手に入らないなんて…。」
「何で気付いちまうかねぇ…バルドの旦那は。」
「ほんとよ。空気読みなさいよね。」


エレンとエドナとアエラウェが揃って溜息をつきながらバルドを責める。エドナとアエラウェに関しては気付いていたのだろう。
バルドは何だかとても理不尽に感じたが、女性陣の気迫が怖いので、ぐっと息を飲み込むしかなかった。



「えーと、じゃあですよ。飴だけのをエドナさん達に先に売ってもらって、敵対勢力が試しても只の飴だって分かってくれたかな~?ってなった後に、冒険者ギルドの食堂で薬入りも売る。と言う事でファイナルアンサー?」
「ふぁ…? 」
「でもねぇ。いくらアエラウェ様御用達って言っても、飴だけで銅貨三枚はぼったくり過ぎじゃないかい? 経費と利益込みでもせいぜい半銅貨三、四枚だよ?」
「私もそう思います…。食事処ぼったくりとか言われてしまいます…。」
「こっちは正真正銘のぼったくり飴だもんな!」
「…エドナは銀貨一枚でも買うって言ってたじゃないの…。」
「それはそれ、これはこれですよ、アエラウェ様。」


エドナの掌返しにアエラウェがむぅっと頬を膨らませる。四百歳の男が膨らませても絵になるのだから、オネエルフとはとことん不思議な生き物である。


「うーん、どうしましょう。薬の値段を飴くらい下げても良いんですけど、それだと今まで買ってくれた人に申し訳ないし…。」
「いや、薬を飴と同じ値段にしちゃ駄目だろ。」
「マリーちゃん、考えるの面倒臭くなってるな…。」
「面倒臭くなるのはわかる。」
「うう…。だって、また値段決め直すのめんどくさくて…!」


計算が苦手なマリールは、正直売れるなら飴価格でも良いのだが、今まで薬を買ってくれた人への筋は通したい。なので薬売りから飴売りになるのは何とか踏みとどまりたいようだ。マリールがジレンマに悶えていると、エレンがおずおずと手を上げた。


「あの、付加価値を『アエラウェ様の出した水を使用した飴』という事にしたらどうでしょうか? 今回作った飴にも事実使われてますし…。」
「…アエラウェさんの名前付くとなんかアレな水になるな…。」
「違う水に聞こえるな…。」
「むしろ売れるんじゃね?」
「ええ~? 嫌よぉ! 水出す魔力も無料じゃないのよ? きれいなお水出すのって魔力結構使うんだから。」
「…やっぱり薬を売ることは、諦めた方が良いんでしょうか…。」


マリールが悲しそうに視線を床に落とすものだから、水を出す事を拒否したアエラウェも、ぐっと息を詰まらせる。ホビット達やエドナ達の責める視線にきゅっと薄い唇を噛み締めて低く唸ると、それからやけくそのように叫んだ。


「…っわーかったわよ! マリーちゃんの薬で皆をハッピーにする為ですものね! いくらでも協力するわよ!!」
「っアエラウェさん…!」
「いいのよ、マリーちゃん。その代わり美肌薬入り、私に沢山売ってちょうだいね。」


アエラウェがちゃっかり美肌薬入りの大量予約を入れながら、まさに聖母のようにマリールに微笑みかける。
マリールは感極まってアエラウェに抱きつく。が、鉄板に突っ込んで弾かれるが如くマリールの身体が跳ね返され、すかさずバルドがマリールをキャッチして事無きを終えた。

そう言えばアエラウェの細い身体は見た目と相反して、めちゃくちゃ固かった。


「なーなー。俺良い言い訳思いついたんだけど! アエラウェさんの水って魔力入りなんだろ? なら、薬入りにして多少身体に変化起きてもアエラウェさんのせいって事にしちゃえば?」
「それだと今度はアエラウェ様が狙われないかい?」
「「アエラウェさんなら大丈夫じゃね? 」」
「いいですね! ではそれで!」
「やったー! 薬混ぜて堂々と売れる!」
「トート、良いアイディアだ。」
「アンタ達…。」


アエラウェが危険に晒されようがおかずに狙われようが、マリールが危険な目に合うよりはずっといい。トートは良い言い訳を考えてくれたものだと、バルドはトートの頭を撫でる。だが直ぐにその撫でる手とトートの間にマリールが割り入って、自分が撫でられたのは言うまでも無い。愛しの旦那様のなでぽは渡さない。マリールの心はとても狭かった。


草飴は『アエラウェ印の水使用』として、一瓶、九粒+薬一粒の合計十個入り銅貨三枚の、飴としてはぼったくり価格で売られる事が決まった。
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