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第一章
48.
しおりを挟む一方、その頃のマリール達はと言えば。
「うーん、大水母って食べれるんですかね?」
落とし穴から落ちた時に緩衝材になってくれた大水母の遺骸を見て、真剣に食べられるか悩んでいた。
「そうねぇ。毒が無いのは分かってるんだけど、これを食べようと思った人はマリーちゃんくらいじゃないかしら…?」
雑草だけでなく大水母も食べようとするマリールに、アエラウェは困ったように頬に手を当てる。食の探求に貪欲なマリールは、その内クラーケン食べたいとか言い出すんじゃないだろうか。
あれは不味い。
何十年か前にヨルクの沖に現れたクラーケン退治で、誰かが食べてみようと言い出した事があった。湾を埋め尽くす程の巨体だが、見た目は烏賊と同じだ。味もきっと同じだろうと、誰もが思った。だがクラーケンは味も塩気が強く苦味があって、その上尿のような匂いが強すぎて、とても食べれたものではなかったのだ。
昔食べた事のあるクラーケンの味と匂いを思い出してアエラウェは鼻と口を覆い、込み上げる吐き気に顔を思い切り顰めた。
「これ、海岸に良く打ち上げられてるの見るよ。漁師のおじさん達も、これが網にひっかかると邪魔だって嫌ってたよ?…食べれるの?」
ルルナも眉間に皺を寄せて大水母を見る。漁師が嫌がるくらいだから、食べられないのではないだろうか。水分が抜けた皺々の大きな布のような姿を知っていると、とても食べられるとは思えない。
二人共、大水母は食べる物ではないとの認識だったのだが。
「毒が無いならイケる…! そんな気がする!!」
マリールの無慈悲な決断に、アエラウェもルルナも絶望の表情でマリールを見るしかなかったのだった。
―――何故大水母を食べる話になっているかと言うと、時は八時間ほど遡る。
アエラウェと合流し、ルルナの壊死した足も新しくしたところで、マリール達は昼の弁当である肉餅で腹を満たしながら出口を探して歩き回った。
だがどんなに探しても、アエラウェとマリールがそれぞれ落ちた二つの部屋と、その部屋を繋ぐ道しかない。
アエラウェが風魔法で天井へ浮上し閉じられた穴を抉じ開けようとするも、そこにあった筈の穴はどこにも見当たらなくなっていた。苛立ったアエラウェが天井を殴り付けても風の渦をぶつけてもビクともしない。結界石と同じような魔法が、この地下部屋に使われているようだった。
これでは八方塞で、さて、どうするかと頭を悩ませていた所に、ルルナの腹の音が盛大に鳴り響いたのだ。ルルナの腹時計は正確で、夜の七時を示していた。孤児院の夕食の時間だそうだ。
マリールの拡張鞄には、今朝エドナが持って来てくれた野菜の残りが少し、それにホルホル肉の残り。芋の千切りの残りと小樽で買った玉葱の残りが僅かにある。だが足が治ったルルナは予想外に食欲が旺盛で、それだけでは何とも心許無かった。
何せルルナは、昼も数が余っていた肉餅と、さらにはマリールの分を二つ渡したり、背負い鞄に繋がる別の場所にストックしていた、薬との物々交換で貰った果物なんかも食べさせたが、まだ物足りなそうにしていたのだ。育ち盛りとか言うレベルではなく、これは間違いなく大食いだ。孤児院の食事で今まで良く足りていたものだと不思議に思う。
もしこのまま出口が見つからなかったら食料もすぐに尽きる。というか今夜の食事で恐らく尽きる。
外へ出られれば良いが今日中に出られるかも怪しい。このままではこんな地下で餓死してしまうと、マリールは危機感を募らせた。
そんな悩むマリールの目に映ったのは、巨大な大水母だった。
そして冒頭に戻る。
マリールは背負い鞄から出した割烹着と三角スカーフを装着し、腰に手を当てて大水母の前に立った。この食材を、どう調理するか考えているようだ。
「…よし! それじゃあ、アエラウェさん! すみませんが、この大水母の水分を絞ってくださーい!」
「本当に食べる気なのね…」
マリールのやる気にアエラウェはガクリと肩を落とし、右腕だけを、つい、と振り上げた。すると風が渦を巻いて大水母を巻き込み、遠心力であっという間に水分が搾り取られてしまった。
残ったのは大きく広がる半透明の薄い皮。マリールが天に向けて包丁を構えれば、いまだ回転が弱まらない大水母の皮に包丁が突き刺さり、あっという間にくるくると細い紐状にカットされてしまった。
「…いやあ、流石大水母。とんでもない長さの渦巻水母になってくれました…」
一体何百メートルの長さになったのだろうか。マリールを軸に渦を巻き床に落ちた水母紐の量に、マリールは遠い目をして呟いた。そんなマリールの呟きに、ルルナが首を傾げる。
「渦巻き水母?」
「あー…。えーとですね、水母のカット方法です。さっきみたいに螺旋状にカットすると、全部が繋がった紐状になるんです。これを渦巻きカットと言って、その方法でカットされた水母を渦巻きクラゲっていいます。このカット方法のお陰で、無駄無く長さも好きに使えるようになったんですよ~。考えた人、あったま良い~!」
良く分からないがとにかく凄いカット方法らしい。理解出来ないがそんなに興味も無かったので、ルルナは「ふーん」と相槌を打った。
イマイチなルルナの反応に、マリールも苦く笑うしかない。生産者の苦労は消費者には伝わらないものなのだ。せめて美味しいと言わせて、また食べたいと思ってくれるように調理するしかない。マリールは表情を引き締めて、ぐい、と、腕を捲くった。
「取り合えず六人前くらいで足りるかな…。余ったら作り置きとして取っておけば良いし!」
マリールが今回使う長さを切り取ると、残りはアエラウェが風魔法で水母を紬糸の様にひとつに纏めてくれたので、それを無理やり背負い鞄の時間停止ポケットに押し込んだ。思わぬ食材確保に、マリールはにんまりとほくそ笑む。これでいつでも水母料理が作れるのだ。しかも材料費無料。素晴らしい。
「すみません、アエラウェさん。この水母を水洗いして熱湯で茹でたいんですが…」
「いいわよー。けど、火はどうしようかしらねぇ」
マリールが毎度の事ながら申し訳無さそうにアエラウェにお願いすれば、アエラウェは快く快諾してくれた。だが如何せん、今は火担当のバルドが居ない。アエラウェは料理も野営もしないので、火の魔石なんて持ち歩いていなかった。
「私やる! 火は得意なんだ!」
「おお! それじゃあ、火加減はルルナちゃんにお任せしますね!」
やる気なルルナに加熱は任せて、鞄から取り出した大鍋で湯を沸かしてもらう。
マリールはその間に葉物野菜を洗い一口大に切り、緑瓜は千切りにして、玉葱は薄切りに、トマト一つも微塵切りにしておいた。
それからホルホル牛の肉の塊もアエラウェに半分に切り分けて貰って、一口大の薄切りと短冊切りにし、残りはステーキ用に切り分けた。これでホルホル肉の在庫は、もう半分。六人前を一食分位は確保出来た事になる。
肉はそれぞれ塩と胡椒を振っておき、後は味付け用にハーブや調味料を用意するだけなのだが。
「ねえ、お湯無くなっちゃうよ?」
「へ?」
ルルナの謎の言葉にマリールが間の抜けた声を上げる。
湯を頼んでからそれ程時間は経っていないのだが。言われて鍋を見れば、鍋は轟々と激しい音を立てている炎で炙られて、アエラウェによって鍋になみなみと注いでもらった水が、もう少しで完全蒸発というくらいに鍋底で泡立っていた。
「火加減とは!?」
「…マリーちゃん。ルルナに頼むなら、付きっ切りで火加減の指示出さないと…」
目を見開いて驚くマリールに、アエラウェも静かに首を横に振る。ルルナはどうやら火加減という言葉を知らないようだ。
バルドに任せておけば絶妙な焼き加減で仕上げてくれたが、ルルナの出すキャンプファイヤー並みの炎の高さで焼かれるとなると、ステーキを焼いたら一瞬で炭になってしまう。というか、焼いている間に火の側に居たら、マリールまでうっかり焦げてしまいそうで近づけない。
「ル、ルルナちゃん。こんくらいの小さい火に出来ますか?」
マリールが両手で炎の高さを指示するが、ルルナは「えー?」と不満顔だ。
「火はおっきい方が凄いんだよ? おっきな火出すと教会の神父様も褒めてくれるもん! それに焦げてもマルク達は食べてくれるし!」
だから出来るだけ大きな炎を出す。それに火が強ければあっという間に焼く事が出来る。ルルナの頭の中ではそう決まっていた。ルルナがご飯作りを手伝うと、鍋ごと黒焦げ料理になってちび達に散々からかわれるが、真っ黒で苦くて、なのに中は生でも食べられるのだから問題ないのだ。
「う、うん。そうだね? そうなんだけどね?」
「そうねぇ。攻撃魔法としては間違ってないのだけれど…」
恐らく教会の神父様とやらは、攻撃魔法としての火力を褒めたのだろう。
攻撃に使う火と料理に使う火は求められるものが違うのだが、子供達からすれば身近に接して教えをくれる大人の存在は絶対だ。その神父の教えとは違う事を説明して、ルルナは受け入れてくれるだろうか。妄信的に信じていれば反発も大きいかもしれない。それにマルク達の優しさが、ルルナにさらに自信を持たせてしまっていた。
どうしたものかと困ったマリールは、あるものに気付く。
「どうかした? マリーちゃん」
急に動きを止めたマリールに、アエラウェは首を傾げる。
マリールが一心に見詰めているのは、アエラウェが破壊して登場した扉の残骸だ。それがどうしたのかとマリールを見れば、マリールは顔を輝かせてアエラウェを見上げた。
「アエラウェさん。これって、もっと細かく粉砕出来ませんか?」
重い木材は密度が高く、燃え難いとされている。だが燃えやすいように細かくする事が出来ればどうだろうか。
「細かく? …いいわ。やってみるわね」
アエラウェが出した風の渦が重い扉を巻き上げて、壁に衝突させながら何十メートルも高い天井まで昇って行く。頭上からガンガンと打ち付ける音が鳴り響いて、ルルナは堪らず両の長い耳を手で押さえた。
打ち付ける音は次第に小さくなり、風の渦が小さくなって戻ってくれば、大きな扉は見事に粉々になって、ひしゃげた大きな金具と混ざっていた。木の板を繋ぐ大きなプレート状の金具がミキサーの刃の役割をしてくれていたようだ。
「やったー! ありがとうございます! ばっちりです!」
マリールはいそいそと木片を広い集め、細かい破片で小山を作って、その上に細目の木片を積んでいく。そしてそれを跨ぐ様にさらに太目の長い木片で三脚も組んでおいた。これで鍋の取っ手に木を通して三脚に渡せば、鍋を釣り下げ加熱する事が出来る。
それからなるべく長い棒を選んで両手で握ると、ルルナに振り返った。
「この木の端っこに火を付けたいのですが…火をお願いできますか?」
「うん! まかせて!」
マリールが不安そうな顔でお願いすれば、ルルナは自信満々で頷いて、相変わらずの全力で炎を出現させてくれた。あまりの炎の勢いに、かなり離れているのにじりじりと炙られる。
マリールは遠くから精一杯腕を伸ばし棒に火を貰い、焚き火に火を付けた。これで漸く調理用の火を確保する事に成功したのだ。
時折パチパチと小さく爆ぜる音を立てて燃える焚き火が、ルルナの出す炎に比べると何とも物寂しい。けれどほっとするその静かな焚き火を見詰めながら、マリールはぽつりと呟いた。
「…旦那様に会いたい…」
バルドが居ないとこうも大変だったとは。愛しの旦那様の王子様のような素敵な笑顔(に、見えるのはマリールだけだが)を思い浮かべながら、マリールは目尻に浮かぶ涙をぬぐい、調理を再開するのだった。
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