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奇妙な城
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ミカエルから話を聞き終えたルカは、話に集中するために閉じていた目を開くと、満足げに頷きました。
「――特に訂正することはないね。故意に中毒状態に戻す提案は感心しないが、ミカエルも本気で彼女がそうするとは考えなかったから言ったのだろう」
「勿論です」
嘘です。現在進行形で、どちらもあり得ると思っています。
むしろミカエルの心情としては「とっととやっちまえ」です。
「じゃあそっちの件は解決したってことでいいかな。さっさと移動しようよぉ」
城門の前で立ち話をしていた一行は、ようやく移動を再開しました。
*
「およ?」
敷地に足を踏み入れた瞬間、ラファエロは首を傾げました。
「師匠。術を解いたんですか?」
「勝手に解けたんじゃ。ふうむ、面白い仕掛けじゃのう」
一瞬で老人に姿を変えたラファエロは感心したように眉を上げました。
「そんな……ラファエロ様が……ヨボヨボのお爺さんに……」
年齢不詳の麗しい青年から、公園で鳩に話しかけていそうな老人に。
様変わりしたラファエロを目の前にして、ヒルデガルドは顔面蒼白になりました。
「…………生まれて初めて、人が失恋する瞬間を見てしまった」
ミカエルの呟きを拾ったパトリックが、無言で頷きました。社交的で経験豊富そうな男性ですが、彼も初体験だったようです。
「さてさて。大魔法使い様には、此処がどんな場所か身をもって知っていただけたでしょう。改めまして――呪われたスレイ城へようこそ」
パチンとウインクしたパトリックは、城に施された仕掛けについて説明しました。
*
「――……つまり城の敷地内には、武器や毒といった危険物は持ち込めず、魔導具や魔法も使えなくなるということですね」
「そーいうこと。暗殺対策らしいけど、その気になれば何でも凶器にできるし、力業で殺すことだってできるから無意味なのにねぇ」
パトリックの言うとおりです。
紐一本あれば絞殺できますし、力が弱くても階段から突き落とせば素手でも殺害可能です。
「それどころか持ち込める薬に制限があるせいで、医学は日々進歩しているというのに、限られた手段で治療を強いられているんだ。全くもって忌々しいよ」
ルカが顔を顰めました。
彼の武器は豊富な知識による、手札の多さです。今の状況は手かせを嵌められているようなものです。
「ふぅむ。結界程度なら、重要な拠点や権力者の屋敷でよく見かけるが、これは別格だのう」
ラファエロは周囲をぐるりと見回すと、顎髭を撫でました。
若者姿の時には脱毛しているのかと疑われるレベルで髭がないラファエロですが、元の姿に戻ればそれはそれは立派な髭の持ち主になるのです。
夜空のような漆黒の髪は、夏の雲のように真っ白に。陶器のような肌には深い皺が。腰は曲がっていないので、身長は高いままですが、長くて白い髭を蓄えた今のラファエロは絵に描いたような魔法使いのお爺さんです。
「この城は異界や神域と同じじゃ」
「領域内は術者の定めたルールが適応されるわけですね」
「しかり。わしなら力づくで破ることも可能じゃが、その場合は術そのものを破壊することになるのう」
「マジで!? それ最高じゃん!」
「この城に施されている術に異常があれば、直ちに魔搭と王宮に連絡がいくようになっておる。武装した兵隊共が飛んでくるか、王から召喚状が届くか。どちらにせよ領主殿は管理責任を問われるじゃろうな」
「やっぱナシで」
「……いや、一考の余地はある」
神妙な顔をするルカに、一同の視線が集中しました。
「え、マジで? 冗談でしょ」
「僕は至って本気だ。制限さえなければ、スレイ伯に最新の治療を施すことができる」
「たしかにそうだけども手段選んで!」
「この世に命よりも大切なものなどない!」
「わあっ。すっごく倫理的な答え! でも現実はそうじゃないの! 体が元気になっても、罰を受けることになったら意味ないでしょ!」
「……術の対象になっているのは城の敷地内だけですよね。領主様を城の外に連れて行けば、通常通り治療できるのでは?」
ミカエルの見た限り、城の外は何の変哲も無い城下町です。寝たきりだとしても、ベッドごと移動させれば治療方法が制限される問題は解決しそうなものです。
「それができれば良かったんだけどねぇ……」
ここにきて初めてパトリックの表情に影が落ちました。
「スレイの領主は、就任と同時に城の外に出られなくなるんだ。それもこの城のルール」
ドラゴンスレイヤーが家名の由来ですが、スレイブの間違いではないかとパトリックはぼやきました。
「代替わりは? 形だけでもパトリック様に譲るとか」
「条件があるっぽくて無理。だからオレもこの歳で好き勝手できるんだけどね」
「曖昧な言い方ですね。パトリック様は条件をご存じないんですか?」
「代替わりの時にしか教えられない制約がかかってるんだってさ」
パトリックは「オレだってこんな地の領主なんてごめんだから、継げって言われない限りこっちから言うつもり無いけどさ」と、不貞腐れた顔をしました。
「――特に訂正することはないね。故意に中毒状態に戻す提案は感心しないが、ミカエルも本気で彼女がそうするとは考えなかったから言ったのだろう」
「勿論です」
嘘です。現在進行形で、どちらもあり得ると思っています。
むしろミカエルの心情としては「とっととやっちまえ」です。
「じゃあそっちの件は解決したってことでいいかな。さっさと移動しようよぉ」
城門の前で立ち話をしていた一行は、ようやく移動を再開しました。
*
「およ?」
敷地に足を踏み入れた瞬間、ラファエロは首を傾げました。
「師匠。術を解いたんですか?」
「勝手に解けたんじゃ。ふうむ、面白い仕掛けじゃのう」
一瞬で老人に姿を変えたラファエロは感心したように眉を上げました。
「そんな……ラファエロ様が……ヨボヨボのお爺さんに……」
年齢不詳の麗しい青年から、公園で鳩に話しかけていそうな老人に。
様変わりしたラファエロを目の前にして、ヒルデガルドは顔面蒼白になりました。
「…………生まれて初めて、人が失恋する瞬間を見てしまった」
ミカエルの呟きを拾ったパトリックが、無言で頷きました。社交的で経験豊富そうな男性ですが、彼も初体験だったようです。
「さてさて。大魔法使い様には、此処がどんな場所か身をもって知っていただけたでしょう。改めまして――呪われたスレイ城へようこそ」
パチンとウインクしたパトリックは、城に施された仕掛けについて説明しました。
*
「――……つまり城の敷地内には、武器や毒といった危険物は持ち込めず、魔導具や魔法も使えなくなるということですね」
「そーいうこと。暗殺対策らしいけど、その気になれば何でも凶器にできるし、力業で殺すことだってできるから無意味なのにねぇ」
パトリックの言うとおりです。
紐一本あれば絞殺できますし、力が弱くても階段から突き落とせば素手でも殺害可能です。
「それどころか持ち込める薬に制限があるせいで、医学は日々進歩しているというのに、限られた手段で治療を強いられているんだ。全くもって忌々しいよ」
ルカが顔を顰めました。
彼の武器は豊富な知識による、手札の多さです。今の状況は手かせを嵌められているようなものです。
「ふぅむ。結界程度なら、重要な拠点や権力者の屋敷でよく見かけるが、これは別格だのう」
ラファエロは周囲をぐるりと見回すと、顎髭を撫でました。
若者姿の時には脱毛しているのかと疑われるレベルで髭がないラファエロですが、元の姿に戻ればそれはそれは立派な髭の持ち主になるのです。
夜空のような漆黒の髪は、夏の雲のように真っ白に。陶器のような肌には深い皺が。腰は曲がっていないので、身長は高いままですが、長くて白い髭を蓄えた今のラファエロは絵に描いたような魔法使いのお爺さんです。
「この城は異界や神域と同じじゃ」
「領域内は術者の定めたルールが適応されるわけですね」
「しかり。わしなら力づくで破ることも可能じゃが、その場合は術そのものを破壊することになるのう」
「マジで!? それ最高じゃん!」
「この城に施されている術に異常があれば、直ちに魔搭と王宮に連絡がいくようになっておる。武装した兵隊共が飛んでくるか、王から召喚状が届くか。どちらにせよ領主殿は管理責任を問われるじゃろうな」
「やっぱナシで」
「……いや、一考の余地はある」
神妙な顔をするルカに、一同の視線が集中しました。
「え、マジで? 冗談でしょ」
「僕は至って本気だ。制限さえなければ、スレイ伯に最新の治療を施すことができる」
「たしかにそうだけども手段選んで!」
「この世に命よりも大切なものなどない!」
「わあっ。すっごく倫理的な答え! でも現実はそうじゃないの! 体が元気になっても、罰を受けることになったら意味ないでしょ!」
「……術の対象になっているのは城の敷地内だけですよね。領主様を城の外に連れて行けば、通常通り治療できるのでは?」
ミカエルの見た限り、城の外は何の変哲も無い城下町です。寝たきりだとしても、ベッドごと移動させれば治療方法が制限される問題は解決しそうなものです。
「それができれば良かったんだけどねぇ……」
ここにきて初めてパトリックの表情に影が落ちました。
「スレイの領主は、就任と同時に城の外に出られなくなるんだ。それもこの城のルール」
ドラゴンスレイヤーが家名の由来ですが、スレイブの間違いではないかとパトリックはぼやきました。
「代替わりは? 形だけでもパトリック様に譲るとか」
「条件があるっぽくて無理。だからオレもこの歳で好き勝手できるんだけどね」
「曖昧な言い方ですね。パトリック様は条件をご存じないんですか?」
「代替わりの時にしか教えられない制約がかかってるんだってさ」
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