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第一章
こっちの巫女も怖かった
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月土竜は普段は地中にいるため目が退化しており、その機能を果たさない。しかし、鋭い嗅覚が代わりに獲物を捉える獰猛な妖怪である。空腹を訴えるかのように鼻息は荒く、目前の二匹の獲物を捕食するために地上に姿を現したのだ。
「グオォォォォォォー!」
咆哮をあげた月土竜が爪を振りかぶろうと右前脚を上げた時、遠夜は箒を投げ捨ててステラの前に立ち塞がり、腰を落とした。そのまま木刀を手に取り、土竜の胸を切り上げた。その木刀はまるで真剣のように土竜の皮膚を、筋肉を、肋骨を切り裂き、傷口から鮮血があふれ出した。飛び散った血は遠夜の小袖に大小の赤い水玉模様をつけた。
「ゴアァァァァ!」
苦痛の咆哮をあげた土竜は踏みとどまり、決死の表情で上げた前脚を目前の敵に振りかぶった。
「あぶなっ!」
遠夜は素早く後ろに飛び退き、土竜の喉元目掛けて木刀を突き出した。
「ゴガァァァァ!!」
喉を貫かれた土竜は息絶え、仰向けに倒れた。切り倒された巨木のような地響きが走り、周辺の落ち葉が飛び散った。
「あーあー、せっかく集めた落ち葉が…」
木刀を腰に収めた遠夜は周りを見渡し、箒を拾った。
「あ…え…え?」
一瞬の出来事にステラは言葉を失い、茫然としていた。穏やかで柔和、少女と見まがうほどの淑やかな立ち振る舞い、鬼であるはずの自分の身を案じる優しい少年は突然現れた怪物をいともたやすく切り伏せたのだ。
小袖に付いた返り血を見て遠夜はため息をついた。
「やれやれ…俺も姉さんのこと言えないなぁ…」
(…やっぱりあの人の弟だ…)
この世界の巫女はどうやら恐ろしい存在のようであった。
―――
満月の夜、人ならざるものの呻き声が響き、何かが倒れる音がした。
「…これは…」
月明かりの届かぬ森の中、提灯の灯りがそれを照らした。
「間違いありません。捜索願いを出されていた人物の一人です」
「くそっ…遅かったか…」
灯りに照らされたのは人間――だった存在。肌は青白く、その表情から生気は失われており、額には「操」と書かれた札が貼られていた。胸には心臓のある位置に太い杭が打ち込まれていた。
「目撃情報と特徴が一致しているようですね…」
「これは…死体を操っているということなのか?」
「如月隊長、額の札から霊力が感じられません。おそらく霊力が尽きたことで活動を停止したかと…」
如月と呼ばれた女性は顎に手を当てて思考した。
「ということは…何者かが死体を作り、操っている…と?」
「畜生、なんてことを…!」
隊員の一人が悔しそうに呟いた。
「だとすれば、犯人はすでにこの国に…」
「急ぎましょう。下手をすれば犠牲者が増えるかもしれません」
死体を袋に詰め終えた如月は隊員に袋の運送を命じ、移動を始めた。その通り道に立てられた看板には『この先、天城国』と書かれていた。
(…やはり、人手が足りない…)
歩く亡者の情報はだいぶ前から把握していた。しかし、如月の住む国では戦後復興を優先しているため、国をまたぐような調査をする余力はなかった。そのため、如月が率いるフリーの調査隊が派遣されたのだ。しかし、その人数はお世辞にも多いとは言えず、調査は難航していた。
「……夕菜隊長…」
如月は今はそこにいない自分が最も信頼できる人間の名を呟いた。
「グオォォォォォォー!」
咆哮をあげた月土竜が爪を振りかぶろうと右前脚を上げた時、遠夜は箒を投げ捨ててステラの前に立ち塞がり、腰を落とした。そのまま木刀を手に取り、土竜の胸を切り上げた。その木刀はまるで真剣のように土竜の皮膚を、筋肉を、肋骨を切り裂き、傷口から鮮血があふれ出した。飛び散った血は遠夜の小袖に大小の赤い水玉模様をつけた。
「ゴアァァァァ!」
苦痛の咆哮をあげた土竜は踏みとどまり、決死の表情で上げた前脚を目前の敵に振りかぶった。
「あぶなっ!」
遠夜は素早く後ろに飛び退き、土竜の喉元目掛けて木刀を突き出した。
「ゴガァァァァ!!」
喉を貫かれた土竜は息絶え、仰向けに倒れた。切り倒された巨木のような地響きが走り、周辺の落ち葉が飛び散った。
「あーあー、せっかく集めた落ち葉が…」
木刀を腰に収めた遠夜は周りを見渡し、箒を拾った。
「あ…え…え?」
一瞬の出来事にステラは言葉を失い、茫然としていた。穏やかで柔和、少女と見まがうほどの淑やかな立ち振る舞い、鬼であるはずの自分の身を案じる優しい少年は突然現れた怪物をいともたやすく切り伏せたのだ。
小袖に付いた返り血を見て遠夜はため息をついた。
「やれやれ…俺も姉さんのこと言えないなぁ…」
(…やっぱりあの人の弟だ…)
この世界の巫女はどうやら恐ろしい存在のようであった。
―――
満月の夜、人ならざるものの呻き声が響き、何かが倒れる音がした。
「…これは…」
月明かりの届かぬ森の中、提灯の灯りがそれを照らした。
「間違いありません。捜索願いを出されていた人物の一人です」
「くそっ…遅かったか…」
灯りに照らされたのは人間――だった存在。肌は青白く、その表情から生気は失われており、額には「操」と書かれた札が貼られていた。胸には心臓のある位置に太い杭が打ち込まれていた。
「目撃情報と特徴が一致しているようですね…」
「これは…死体を操っているということなのか?」
「如月隊長、額の札から霊力が感じられません。おそらく霊力が尽きたことで活動を停止したかと…」
如月と呼ばれた女性は顎に手を当てて思考した。
「ということは…何者かが死体を作り、操っている…と?」
「畜生、なんてことを…!」
隊員の一人が悔しそうに呟いた。
「だとすれば、犯人はすでにこの国に…」
「急ぎましょう。下手をすれば犠牲者が増えるかもしれません」
死体を袋に詰め終えた如月は隊員に袋の運送を命じ、移動を始めた。その通り道に立てられた看板には『この先、天城国』と書かれていた。
(…やはり、人手が足りない…)
歩く亡者の情報はだいぶ前から把握していた。しかし、如月の住む国では戦後復興を優先しているため、国をまたぐような調査をする余力はなかった。そのため、如月が率いるフリーの調査隊が派遣されたのだ。しかし、その人数はお世辞にも多いとは言えず、調査は難航していた。
「……夕菜隊長…」
如月は今はそこにいない自分が最も信頼できる人間の名を呟いた。
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