魔導士と巫女の罪と罰

羽りんご

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第一章

一行は町へ出かけた

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「んじゃ今日は買い物の手伝いでもしてもらおうかしら」

 食後の一服(緑茶)を終えた夕菜は宣言した。

「この辺のことも少しは知ってもらわないと困るからね」
「でも、これどうする?」
 遠夜はステラの頭部の角を指した。頭に二本の角を生やした種族、それは鬼において他にない。ましてや鬼はこの世界における人間の敵。それが堂々と町を歩けばただではすまない。たとえそれが元人間だとしても――。

「いっそのこと斬り落としてみる?」
 遠夜は思い切った提案を出した。それに対して夕菜は首を横に振った。
「駄目よ。この子に関してはわからないけど、角は鬼にとって高い霊力を制御する大事な器官。それを一本でも斬れば体内の霊力が暴走し、身体に大きな異常をきたす。最悪、死に至る可能性も高いわ」
 話を聞いたステラは青冷めて思わず自分の角を押さえた。『霊力』という言葉を初めて耳にしたが、話の内容から察するにエーテリアにおける『魔力』と同義であろうと推測した。

「とりあえず、隠しておきましょ」

 遠夜はステラの白い髪を手に取り、角をくるむようにお団子を手際よく作った。二本の角はお団子に包まれ、ぱっと見ではわからなくなった。

「と、トウヤさんって何でもできるんですね…」
 ステラは彼の器用さに少し感心した。
「でしょ?男にしとくには勿体ないぐらいよ」
「それほめてんの?」
 遠夜は複雑な気持ちだった。

 そんなわけで三人は青芽町あおのめまちに来たのであった。暁神社から少し歩いたところにあるやや大きめの町。町の中は賑わっているが歩く人々の人相は悪く、お世辞にも雰囲気は良いとは言えなかった。
 あたりを見渡すと塀には品のない落書きが描かれており、店らしき家屋の入り口に置かれた犬の置物にはひげや眉毛が描き足されていた。足元を見れば食べ残しや破り捨てられた瓦版が無造作に転がっていた。これらの様子からこの町の治安の悪さが見て取れた。

「前にも言ったけど、この国は悪人のたまり場となっていてね。くれぐれもはぐれちゃダメよ。揉め事荒事は日常茶飯事だからね」
 前を歩く夕菜はステラに忠告した。ステラはフードを目深く被り注意深く周辺を観察した。
「ざけんなこらぁ!!」
「そうそうこんな風に…ん?」
 怒鳴り声が聞こえた方に夕菜が目をやると、道の真ん中で口ひげを生やしたパンチパーマの男が女性の胸ぐらをつかみ、睨み付けていた。
「いきなりなんですかあなた!私達はただ聞き込み捜査をしていただけですよ!?」
 女性は男の怒鳴りにひるむことなく文句を言っていた。女性の足元には仲間と思われる同じ服を着た男女が三人寝転がっていた。どうやら男とその仲間二人に殴り倒されたようだ。
「うるせぇ!この町は俺たち梨揚団なしあげだんのシマなんだよ!よそ者が出しゃばるんじゃねぇ!」
 通行人達は少し離れたところでその様子を窺い、大抵は我関せずと言わんばかりに通り過ぎていった。
「あいつらか…懲りない奴らね…」
 夕菜は辟易しながら歩き出した。

「離してください!私達は重要な事件の捜査中なんですよ!」
「だとこらぁ!俺に命令するんじゃねぇ!」
 男が女性を民家の壁に突き飛ばし、顔を殴りつけようと右手を振りかざした。しかし、瞬時に割り込んできた夕菜によってその試みは阻まれた。
「相変わらず近所迷惑してるわね」
「てめぇ…天城あまぎの巫女…!また仕事の邪魔する気か?」
「仕事?私は狼藉の邪魔をしに来ただけよ」
 威圧的な視線を向ける男に対し、夕菜は不遜な言葉を返した。男の拳は夕菜の手によってがっしりと掴まれ、動かすことができない。
「き、木下きのした副長!ここは下がりましょう!」
「そうですよ!相手が天城の巫女では…」
 木下と呼ばれた男の部下二人が彼を制止した。
「…チッ!」
 木下は舌打ちしながら拳を下ろした。
「そいつらはてめぇが片付けろよな…!」
 捨て台詞を吐きながら木下は踵を返し、部下を連れて去って行った。夕菜は突き飛ばされた女性のもとに駆け寄った。
「大丈夫?あいつらに絡まれるとはあんたもついてないわね」
「す、すみません…ご迷惑をおかけし…?」
 女性は夕菜の顔を見て、何かに気づいたかのように目を見開いた。
「ん?どうしたの?」
「……隊長?」

 女性は目を凝らし、目前の真偽を確かめた。

「ゆ…夕菜隊長!」
 
 目前の巫女は彼女が長い間捜していた人物であった。
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