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第二章

勧誘

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「ああああああ……ぼ…僕はなんてことを…」

 エイルは自身の頭を抱え、うずくまっていた。勢いでかつての仲間を手にかけてしまったからだ。まぁ、向こうはこいつのことなど眼中にすらなかったようだが。

「もう…いつまで落ち込んでいるのよ。そんなにあのろくでなしどものことが心配なの?」
 私の言葉が耳に入っていないのかエイルは微動だにしない。よくもまぁ、こんなメンタルで冒険者になろうと思ったわね。よく知らないけど冒険者になったからには人間同士の戦いも少なからずあるだろうに。そう思いながら私は彼の足元に落ちている手斧を拾った。

「そう気を病むことはないぞ、少年よ。なかなか悪くない踏み込みと太刀筋じゃったわい!」
 カカカと笑いながらズワースは言った。全然フォローになってないけど。

「でも…こんなことをしてしまったら…もう…ギルドには…」
 思ったよりも応えているようだ。この世界の法律がどうなっているかわからないが、殺人がどれほど重い罪かはこの表情でわかる。ましてや私が人を殺したことに腹を立てていたのだ。それを自分が殺ってしまったなんて相当ショックだろう。
「まぁ…その…なに…?」
 いいフォローの言葉が見つからない。どうしたものかな。

「そうじゃ!この際、お前さんも魔王軍に入るがよい!そうすれば人間達もお前さんを捕まえることなどできまい」
 ズワースがポンと手を叩きながら提案した。
「ま…魔王軍に?そ、そんなこと…!だいたい、僕は…」
 エイルは顔を上げ、何か反論しようとした。
「人間…だから何じゃ?魔王軍にはそんなこと気にする輩はおらんぞ?」
 戸惑いながら立ち上がるエイルに対し、私を指さしながらズワースが答えた。
「ここにいい見本がいるじゃろう」
「誰が見本よ」
 私は毒づいた。まぁ、悪くないアイディアだとは思う。
「で…でも、僕にはまだ借金が…」
 あぁ、そんなこと言っていたわね。なんとまぁ律儀な奴ね。
「その心配はいらないんじゃないの?こいつらはあんたが死んだと報告だかなにかしてると思うから、そんなもんとっくに帳消しになってるんじゃない?」
 私は転がっている弓使いの亡骸を指さしながら言った。あくまで私の推測だが。さすがに死者から借金を取り立てするようなぶっとんだ話などあるまい。

「魔王軍はいいぞ!住むところはあるし、飯にも困らん。給料も出るし、アットホームな職場じゃ。ギルドとやらよりは良い暮らしができると思うぞ?」
 ズワースは露骨な勧誘の言葉を並べた。
「う…」
 エイルは警戒するような目でズワースを見ていた。そりゃそうだ。仮にも人間の敵である魔族からそんな話されてもホイホイと食いつくわけがない。ましてやアットホームなんて言葉、元の世界ではブラック企業お決まりの謳い文句だ。
 とはいえ、こいつは両親はおらず、借金を抱えている身だ。冒険者なんて不安定そうな仕事を続けるよりはマシかもしれない。実際私も今のところ衣食住には困っていないし。

「四の五の言わずにこいつの好意に甘えなさいよ。少なくとも路頭に迷うことはなくなるわよ?」
 私としてはこいつがギルドとやらに戻ったとしても上手く生き残れるかどうか怪しい。こんなアホなお人よしが長生きできるとはとても思えない。別にこいつがどうなろうと知ったことではないが、一度助けてしまった以上、野垂れ死にする姿を想像すると気分が悪い。
「で…でも…」
「ああもう!」
 いまだに煮え切らない態度にいら立った私は彼の胸ぐらをつかみ、手斧を喉元に突き付けた。

「いいから私達の仲間ものになりなさい。ここで死ぬよりはマシでしょ?」

 怯え切った目を睨み付けながら私は冷たくドスのきいた声でそう告げた。
「は…はい…」
 ようやく観念したか、エイルは首を縦に振りながら言った。
「よし、決まりね」
 その目を捉えながら私は手斧を下ろした。
「まぁ、そんなに不安になることはないわよ。私から言えばあいつらも悪いようにはしないと思うし」
「あ…う……」
 なんかまだ歯切れが悪いわねこいつ。
「あの…その…か…顔が…」
「ん?顔?」
 言われてみればなんか顔が赤いわねこいつ。
「そろそろ離してやったらどうじゃ?そんなに見つめられてはろくに話もできまいて」
「あ、それもそうね」
 ズワースに指摘されてようやく気付いた私はエイルの胸ぐらを離した。
「ごめんね。つい熱くなっちゃったみたい」
 謝罪しながら私は彼の手斧を差し出した。
「それと…ありがとう…」
 こんなんでも私を助けようとしたんだ。今更ながら私は礼を述べた。

「あ…いえ…その…こ、こちらこそ、あ…ありがとうございます……ズワースさんと…し、シズハ…さん…」
 手斧を手に取り、頬を赤らめながらエイルはたどたどしく頭を下げた。

「ふふ、大した勧誘じゃのう。こやつは心身ともにお前さんの虜のようじゃ」
 ズワースはニヤニヤしながらこちらを見ていた。顔がうぜぇ。
「言い過ぎでしょ。こういう白黒はっきりしない奴にはこのくらいしたほうがいいと思っただけよ。正直、放っておくことはできないわ」
 私は溜息をついた。

「それにしては大胆な手段じゃったぞ。存外、魔王の素質があるんじゃないか、お前さん?」
「んなわけないでしょ」
 悪態をつきながら私はアウルに連絡を入れるべく通信石を取り出した。

「というか、お前さんの名前シズハっていうのか」
「今知ったのかよ!」
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