52 / 261
第三章
修行する少年
しおりを挟む
「96…97…98…99…」
サンユー地方にある黒竜の洞窟。その奥にある黒竜の部屋の一画で水色の髪の少年――エイルは手斧の素振りを続けていた。
「…100!ぷはぁ!」
目標の回数を達成したエイルはそのまま片膝をつき、息を切らした。
「その程度でへばるとは…まだまだじゃのう…」
巨大な身体を横たわらせながらその様子を見ていたのは黒竜のズワースであった。エイルはこの黒竜の指導の下、この洞窟に住み込みで修行を続けていた。
「す…すみません…」
息を切らしながらエイルは謝罪した。無論、彼に大した非はない。にもかかわらずこういう言葉が出るのは彼の元来の性分である。ズワースはそれを理解しており、それ以上責めるような言葉は出さなかった。
「まあ、形はだいぶ様になってきたようじゃな」
そうコメントしながらズワースは手元にあったドリンクをエイルに手渡した。
「あ、ありがとうございます…」
「ふふ、相変わらず素直じゃのう」
ドリンクを受け取りながら礼を述べるエイルの顔を見てズワースは笑みをこぼした。
「あやつもお前さんのように素直だと良かったんじゃがのう…」
「それって…シズハさんのことですか?」
「ん?あ、あぁ、そんなところじゃな…」
思わず漏らした独り言を聞かれたズワースは何か引っかかったような返事をした。
「というかお前さん、もう息が整ったようじゃな」
「え?あ、そ、そういえば…」
思い出したようにエイルは自分の身体に目を向けた。さっきまで話すこともできないほどに息を切らしていたはずなのに、短時間で回復したことに驚いていた。素振りによる両腕の疲労もいつの間にか消えている。彼は手斧を杖代わりにして立ち上がった。
「こんなにも速く回復するとはのう。これも竜の血の影響かもしれぬな」
「竜の血…」
エイルは以前、重傷を負って生死の境をさまよったが、ズワースから分けられた竜の血によって一命をとりとめた。種類と量にもよるが、竜の血を浴びた生物は体質が竜のそれと同様のものに変化する。その結果、彼は竜と同様の再生力と回復力を得たのだ。これなら竜の血が高値で取引されるのもうなずける。内心そう思ったエイルであった。
しかし、彼にはそれ以上に驚くことがあった。
「ん?どうした?わしのイケメンフェイスに見とれたか?」
視線を感じたズワースは自分をじっと見つめる少年に尋ねた。
「あ…いえ、その…」
エイルはしどろもどろと次の言葉を探った。
「…先生は…どうして僕…いや、人間にここまでしてくれるんですか?」
彼はいつしかズワースを『先生』と呼ぶようになっていた。
「んん?それはどういう意味じゃ?」
ズワースは首を傾げた。
「だって…魔族にとって人間は…敵じゃないんですか?」
エイルは恐る恐る質問した。
「なんじゃ、そんなことか」
エイルの予想とは裏腹にズワースはあっけらかんな反応であった。
「そ…そんなことって…」
エイルは彼の対応がいまいち理解できなかった。
「人間は何かと種族だの見た目だの出身だのにこだわるようじゃが、魔族にとってはその程度の違いなど些末な話じゃ」
「さ、些末…?」
意外な回答であった。
「考えてみろ。確かに見た目や能力、習性は種族によって異なるが、『心』を宿しているのは皆同じであろう?」
ズワースは自分の胸に手を当てながら答えた。
「もっとも心の『形』はそれぞれ異なるがな。種族の違いなどその『形』を構成する一因のひとつにすぎぬ」
「心の形…?」
「そうじゃ。仲良くなれるかどうかは自分と相手の心の形次第。要は気に入ったかどうかじゃな」
意外な言葉を聞かされてエイルは呆気にとられた。『魔族とは破壊や殺戮を正道とする魔の邪神ファナトスによって生み出されたこの世の理に反する存在。決してその存在を許すなかれ』。幼い頃から学校などで彼らはそう教えられてきた。しかし、今自分の前にいる魔族は殺すどころか自分の命を救い、あろうことか己の技を惜しみなく伝えようとしている。人間にとって忌まわしい存在はこうして種族の違いに囚われることなく自分に接しているのだ。
「まあ、とにかく細かいことは気にするなということじゃ。でないと、あの魔勇者に振り向いてもらえぬぞ?」
そうズワースから指摘された途端、エイルは顔を赤くした。
「べ…べべ別に僕はそ、そそんな…!」
「はっはっは!若いのぅ!」
期待通りの反応にズワースは高笑いした。
「さぁ、訓練を再開するぞ!死んで恋の花が咲くものかってんじゃ!」
「は…はぁ…」
身体的な疲労こそすでに回復したが、精神的な疲労は次々とたまっていくエイルであった。
サンユー地方にある黒竜の洞窟。その奥にある黒竜の部屋の一画で水色の髪の少年――エイルは手斧の素振りを続けていた。
「…100!ぷはぁ!」
目標の回数を達成したエイルはそのまま片膝をつき、息を切らした。
「その程度でへばるとは…まだまだじゃのう…」
巨大な身体を横たわらせながらその様子を見ていたのは黒竜のズワースであった。エイルはこの黒竜の指導の下、この洞窟に住み込みで修行を続けていた。
「す…すみません…」
息を切らしながらエイルは謝罪した。無論、彼に大した非はない。にもかかわらずこういう言葉が出るのは彼の元来の性分である。ズワースはそれを理解しており、それ以上責めるような言葉は出さなかった。
「まあ、形はだいぶ様になってきたようじゃな」
そうコメントしながらズワースは手元にあったドリンクをエイルに手渡した。
「あ、ありがとうございます…」
「ふふ、相変わらず素直じゃのう」
ドリンクを受け取りながら礼を述べるエイルの顔を見てズワースは笑みをこぼした。
「あやつもお前さんのように素直だと良かったんじゃがのう…」
「それって…シズハさんのことですか?」
「ん?あ、あぁ、そんなところじゃな…」
思わず漏らした独り言を聞かれたズワースは何か引っかかったような返事をした。
「というかお前さん、もう息が整ったようじゃな」
「え?あ、そ、そういえば…」
思い出したようにエイルは自分の身体に目を向けた。さっきまで話すこともできないほどに息を切らしていたはずなのに、短時間で回復したことに驚いていた。素振りによる両腕の疲労もいつの間にか消えている。彼は手斧を杖代わりにして立ち上がった。
「こんなにも速く回復するとはのう。これも竜の血の影響かもしれぬな」
「竜の血…」
エイルは以前、重傷を負って生死の境をさまよったが、ズワースから分けられた竜の血によって一命をとりとめた。種類と量にもよるが、竜の血を浴びた生物は体質が竜のそれと同様のものに変化する。その結果、彼は竜と同様の再生力と回復力を得たのだ。これなら竜の血が高値で取引されるのもうなずける。内心そう思ったエイルであった。
しかし、彼にはそれ以上に驚くことがあった。
「ん?どうした?わしのイケメンフェイスに見とれたか?」
視線を感じたズワースは自分をじっと見つめる少年に尋ねた。
「あ…いえ、その…」
エイルはしどろもどろと次の言葉を探った。
「…先生は…どうして僕…いや、人間にここまでしてくれるんですか?」
彼はいつしかズワースを『先生』と呼ぶようになっていた。
「んん?それはどういう意味じゃ?」
ズワースは首を傾げた。
「だって…魔族にとって人間は…敵じゃないんですか?」
エイルは恐る恐る質問した。
「なんじゃ、そんなことか」
エイルの予想とは裏腹にズワースはあっけらかんな反応であった。
「そ…そんなことって…」
エイルは彼の対応がいまいち理解できなかった。
「人間は何かと種族だの見た目だの出身だのにこだわるようじゃが、魔族にとってはその程度の違いなど些末な話じゃ」
「さ、些末…?」
意外な回答であった。
「考えてみろ。確かに見た目や能力、習性は種族によって異なるが、『心』を宿しているのは皆同じであろう?」
ズワースは自分の胸に手を当てながら答えた。
「もっとも心の『形』はそれぞれ異なるがな。種族の違いなどその『形』を構成する一因のひとつにすぎぬ」
「心の形…?」
「そうじゃ。仲良くなれるかどうかは自分と相手の心の形次第。要は気に入ったかどうかじゃな」
意外な言葉を聞かされてエイルは呆気にとられた。『魔族とは破壊や殺戮を正道とする魔の邪神ファナトスによって生み出されたこの世の理に反する存在。決してその存在を許すなかれ』。幼い頃から学校などで彼らはそう教えられてきた。しかし、今自分の前にいる魔族は殺すどころか自分の命を救い、あろうことか己の技を惜しみなく伝えようとしている。人間にとって忌まわしい存在はこうして種族の違いに囚われることなく自分に接しているのだ。
「まあ、とにかく細かいことは気にするなということじゃ。でないと、あの魔勇者に振り向いてもらえぬぞ?」
そうズワースから指摘された途端、エイルは顔を赤くした。
「べ…べべ別に僕はそ、そそんな…!」
「はっはっは!若いのぅ!」
期待通りの反応にズワースは高笑いした。
「さぁ、訓練を再開するぞ!死んで恋の花が咲くものかってんじゃ!」
「は…はぁ…」
身体的な疲労こそすでに回復したが、精神的な疲労は次々とたまっていくエイルであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる