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第六章

先客

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「お邪魔しまーす…」

 誰に言うでもなく静葉はそう呟きながら玄関の戸をゆっくりと開いた。出入りする者を失って久しい扉は古びた開閉音を奏でて彼女達を歓迎した。

「うわあ…くっら…」

 マイカは薄暗いエントランスホールを見渡した。全体が埃っぽく、天井の角には大きめの蜘蛛の巣が張り巡らされている。窓から差し込む日の光がなければ何も見ることができなかったであろう。

「こりゃ灯りが必要…ね…?」

 メイリスは照明魔法を唱えようと出した手を途中で止めた。

「…どうしたんですか?」
「まさか本当にお化けでもいたの?」
「…いや…ネズミが入り込んでいるみたい…」
 表情を険しくしたメイリスの返答に対してエイルとマイカは首を傾げた。
「そうね…それも何匹か…タチの悪そうなのがね…」
 静葉は眉をしかめながら腰の鞄をエイルに放り投げた。


 ――――


「おや…予定よりも早くいらっしゃいましたな…」

 屋敷のとある一室。客間と思われる部屋の中に置かれた椅子の一つに腰をかけた黒ずくめの男は訪室してきた長髪の男に声をかけた。

「バジルから報告があってな…さっさと用件を済ませなければならない」
 長髪の男は早足で黒ずくめの男のもとに近づいた。彼の後ろには槍を持つ紺色のコートの男と大剣を背負った金髪の少女がひかえている。
「ほほう。噂通りの慎重さですな」
「世間話をしている暇はない。早く報酬を渡せ」
 長髪の男は懐から包みを取り出した。黒ずくめの男はそれを手に取り、中身を改めた。

「…確かに。では、こちらが…」
 長髪の男は怪しげな包みを受け取った。
「…うむ。問題ない…」
「現金のみの報酬しか受け付けないとは…やはり慎重ですな…」
 黒ずくめの男は怪しくほくそ笑んだ。
「世間話をしている暇はないと言っている」
 長髪の男の背後の扉が槍と大剣に貫かれた。

「…早急にお帰り願おう…」
「わ…わかった…」

 黒ずくめの男は窓から客間を出た。

「やったか?」
 大剣を扉に突き刺したまま金髪の少女はニヤリと笑った。

「いや…下がれショコラ!」
「へ?」

 紺色のコートの男は素早く槍を扉から抜き取り、一歩引いた。ショコラと呼ばれた少女も彼に続き、大剣を引っこ抜いた。
 その瞬間、扉は黒い炎に包まれ、獲物を見つけた獣のごとく長髪の男の背中に飛び込んできた。長髪の男は振り返ることなくその場で側転し、扉の襲撃を難なくかわした。扉はそのまま壁に叩き付けられ、粉々に燃え尽きた。

「な…なんだぁ?」

 大剣を構えながらショコラは警戒した。
「…どうやら招かれざる客人が現れたようだな…」
 長髪の男は拳法の構えを取った。

「…あら?それは子供の頃、クラスメイトの誕生パーティーに一度も誘われたことのない私のことかしら?」

 招かれざる客人は両腕に黒い炎を宿しながらゆっくりと客間に入り込んだ。彼女は赤と黒を基調としたブレザーに似た衣装をまとい、首元に巻かれた血のように赤いマフラーは怪しくうごめいていた。

「…だ…誰だお前…わぁっ!」

 斬りかかろうとしたショコラの顔面に黒い火の玉が飛んできた。ショコラはとっさに大剣で防御し、顔面を守った。

「フェイ…コイツはまさか…」
「黒い炎に赤いマフラー…そのようだな。グレイブ団長」
 フェイと呼ばれた長髪の男はうなづいた。

「…お会いできて光栄だな。黒い炎の魔勇者よ…」

「…あら…これはご丁寧にどうも…」

 フェイの視線の先に立つ魔勇者は両手の黒い炎を揺らめかせ、妖しく笑っていた。
 
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