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第六章

作戦会議

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「ここは…?」

 メイリスに米俵のように担がれたまま静葉は部屋の中を見渡した。規則的に並べられた長椅子、古びた祭壇の奥に置かれた朽ちた女神像。その造りはまるで小規模の教会であった。

「エントランスの階段の裏側に隠し扉があったのよ」
 静葉の身体をおろしながらメイリスは答えた。隠し扉から続く長い地下通路。その最奥にある扉の先にこの教会があった。メイリスはマイカとエイルをこの部屋に待機させ、先行した静葉の様子を見に来たのだ。
「様子を見るだけなのに何かゴタゴタしてるなと思ったら…ずいぶんひどい目にあったみたいね…」
「……」
 静葉はうつむいたまま何も答えなかった。

「だ、大丈夫ですか?」
 隠し部屋に残っていたエイルは心配そうに駆け寄った。
「このくらい…蜂に刺されるよりはマシよ」
 右肩の傷を押さえながら静葉は答えた。傷口からしみ出した血液が衣服を赤く染めていた。
「なに強がってんのよ。『ヒール』」
 同じく隠し部屋に残っていたマイカは僧侶のメイリスよりも先に回復魔法を唱えた。彼女の右手から発せられた淡い光が傷口を包み込み、傷の回復を促進した。

「…あなた…回復魔法も使えるの…?」
 目を丸くしながら静葉は尋ねた。
初級魔法このくらいだけね…」
 マイカは頷いた。
「前のパーティーのフィズがね…補助魔法しか使えなかったもんだからさ、彼女とニールをサポートできればなってこっそりと練習してたのよ…」
 右手をひっこめながらマイカは答えた。
「でもあの娘もいつの間にか使えるようになってたみたいでね…結局今まで使わずじまいだったわけよ…」
 マイカはどこか遠い目をしていた。

「それにしても、こんな隠し部屋があったとはね」
 マイカから漂うアンニュイな空気を察し、静葉は話題を変えようとした。
「この像は…魔の女神、ファナトスね」
 朽ちた女神像を見てメイリスが答えた。
「ファナトス…?そういえば魔王城にも同じ像があったわね」
 静葉には見覚えがあった。魔族達が信仰している魔の女神。この世界の人間達はファナトスを邪神として忌み嫌っている。それを崇める人間がいたのだ。
「どうやら、ここの家主はこっそりとファナトスを信仰していたみたいね。おかげで助かったわ」
 笑みを浮かべながらメイリスはファナトスの石像に合掌した。
「お祈りしている場合?奴らは大丈夫なの?」
 怪訝そうに静葉は尋ねた。
「以前、ペスタのタヌキ君からもらった睡眠ガスをまいておいたからね。少しは時間が稼げると思うわ」
「睡眠ガスね…じゃあ、眠らせたその隙に倒してきたほうが良かったんじゃないの?」
 治療を終え、右肩の調子を確かめながら静葉は疑問を投げかけた。
「敵があの場にいた三人だけとは限らないでしょ?二回も撃たれたあなたならそれがよくわかるんじゃない?」
「う…」
 鋭い指摘を受けて静葉は言葉を失った。
「それに、狙撃手スナイパーがいなかったとしても敵が眠ったふりをしている可能性もあったしね。また身体に風穴を開けられるのはさすがに…ねぇ?」
 身体に風穴を開けた張本人に対してメイリスは意地悪そうな目を向けた。その目を見た静葉はどこか気まずそうな顔になった。
「そんなに気にしなくてもいいわよ。別に死んだわけじゃないんだしさ。身体は死んでいるけど」
「それジョークのつもり…?」
 笑っていいんだかわからない発言をするメイリスに静葉はジト目を向けた。
 何はともあれメイリスは静葉の身の安全の確保を最優先事項と判断したのだ。
「でもどうするの?見つかるのも時間の問題だと思うけど…」
「そうね…あの連中、なかなかの手練れみたいね」
 マイカの問いかけにメイリスは顎に手を当てながら答えた。
「あいつら…『赤い牙』とか言ってたわね…」
「『赤い牙』ですって…?」
 静葉の呟きにマイカが食いついた。
「知ってるの?」
「ええ。最近、クラウディ大陸を中心に幅を利かせている厄介な猟兵のパーティーよ」
「猟兵…ねぇ…」
 新しい単語ワードを耳にした静葉は覚えるべき事柄が多いこのファンタジー世界に対して少しめまいを感じた。
「その言い方だと、冒険者よりもロクな連中ではなさそうね」
「えぇ。冒険者ギルドでは扱わない汚れ仕事…要人の暗殺や悪徳商人の用心棒、果ては冒険者の依頼の横取りまで幅広く手掛けているの。猟兵あいつらに頭を悩ませている冒険者は数知れないわ」
 溜息をつきながらマイカは答えた。

「なるほど…さて、どうやって対処しましょうかねぇ?魔勇者様?」
 メイリスはわざとらしく腕を組み、静葉に目を向けた。

「わ、私?」
 突然の名指しを受けて静葉は困惑した。

「当然でしょ?彼らの顔触れや戦術を身をもって知っているのはこの中であなただけなんだから。ここはひとつ、作戦を立てて仲間わたしたちに指示を出してもらわなきゃ」
 メイリスは人差し指で静葉の鼻先をググっと押しながら指摘した。
「で、でも…」
「前にも言ったでしょ?一人で抱え込むなって。仲間と力を合わせて戦うのも魔勇者に求められる素質よ」
「だから私は――」
「そうよ。私だって腕に自信はあるんだし。できることがあるならいつでも力になってあげるんだからね!」
 反論しようとした静葉に割り込むようにマイカが自身を親指で指しながら言った。隣にいるエイルもそれに同意するように力強くうなずいていた。

「ほら。二人もこう言ってるんだし。それとも、昔の私みたいな末路を歩みたいかしら?」
 顔を近づけながらメイリスは意地悪そうに尋ねてきた。

「…ったく…ラノベの主人公じゃないんだからさ…」

 そうぼやきながら静葉は頭の中で対策を練り始めた。
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