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第七章

用心棒の猟兵

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「ジェレミィ様。こいつら冒険者ですぜ。おそらく」
「むぅ…だとすれば厄介だな。こんなところでギルドに捕まるわけには…」

 自分達を無視してのんきな会話を続けるリエル達を見ながら手下の話を聞き、ジェレミィは眉をしかめた。彼らはマリーカ地方を拠点に活動している悪徳商人のグループ。風の噂でこの村に遺跡があることを聞きつけ、新たな商品を仕入れるべくこの遺跡に潜入したのだ。違法な作業の途中で地元のドワーフに見つかり、捕まりそうになったが、発掘した『フキホラの壺』を使い、彼を捕縛して事なきを得た。

「パーネ!出番だ!」

 ジェレミィは自分の後ろに控えている女性に声をかけた。

「お呼びかしら?クライアント様?」

 パーネと呼ばれた女性はなまめかしく返事をしながら前に出た。妖艶な衣装をまとうその身体は男を惑わすに十分足りえる色香を漂わせ、わざとらしい挑発的な表情は敵に殺意を抱かせるには十分足りえた。

「そこにいる邪魔者をさっさと片付けろ!」
「ふ~ん…」
 パーネは折れた剣を携える栗色の髪の少女を値踏みするかのように観察した。
「大した事なさそうだけど…追加料金ははずんでもらうわよ?」
「わかった!わかったから早くやれ!」
 パーネの要求にジェレミィは応じた。パーネは背中から半月状に湾曲した両刃の大型剣――ショーテルを抜き取った。

「盗掘者に味方するなんて…もしかして、あなたは猟兵?」
 パーネの目を捉え、警戒を続けながらリエルは尋ねた。
「そうよ、お嬢ちゃん。このクライアント様は思ったより羽振りがいいからね」
「……」
 リエルからの問いかけにパーネは悪びれることなく答えた。彼女はジェレミィに用心棒として雇われている猟兵。彼の商売の障害となりえる存在をその色香とショーテルを用いて幾度となく排除してきたしたたかな実力者であった。
 パーネの口ぶりに対し、リエルは明らかな不快感を覚えた。冒険者とよく似た立場でありながら報酬次第で暗殺や強盗などの汚れ仕事を躊躇なく行う猟兵。彼女はその存在を快く思っていないのだ。

「ここで提案なんだけど…あなたと私、一対一で正々堂々勝負しない?」
「一対一?」
 パーネからの突然の提案にリエルはオウム返しした。
「そうよ。こんな狭い所で魔法なんかぶっ放したら周りがやばいから…ねぇ!」
 パーネは視線を左右に動かしながら理由を説明し、説明を終えた途端、手にしていたショーテルを真横に振りかぶった。リエルは直前にその行動を察知し、後ろに大きく飛び退くことでその不意打ちを回避した。
「リエル!」
「手を出さないで二人とも。彼女の言う通り、ここで魔法を使うのは危ない!」
 後ろに控えるビオラとアズキに対し、リエルは左手を後ろにかざしながら告げた。
「で、でも…」
「あの姉ちゃんの言う通りだ。下手するとここらが崩れるぜ」
 ハガーはそう言いながら自分の背中にビオラとアズキを誘導した。今リエル達がいる場所は発掘作業の途中ということもあり、床や天井が満足に補強されていない。もし、強力な魔法や爆薬を使えばその衝撃による被害は計り知れない。そう考えたリエルは不承不承ながらもパーネの提案に乗ることにした。

「ずいぶんお利巧なお嬢ちゃんね。殺すのが惜しいくらいよ!」

 そう言いながらパーネはショーテルを二連続で振り回した。巧みなフットワークでリエルはその斬撃から逃れた。彼女は敵の攻撃をかわし続けながら聖剣の柄に手をかけ、反撃の機会を窺っている。そう思われた。しかし――

「ちょ…どうしたのよリエル?」

 ビオラはリエルの動きに違和感があることに気づいた。敵の攻撃こそ激しいが反撃の機会はいくらでもある。にもかかわらず、一度も聖剣を抜いていないのだ。

「そんなクソ女!さっさとやっちゃいなさいよ!」

 ハガーの背中越しにビオラは声援を送った。

「ビオラさん。もしかして…」
「何?」
 アズキはひっそりとビオラの袖を引っ張り、耳打ちした。

「リエルさんは反撃『できない』のかもしれません」
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