親父の形見が無骨で巨大な剣~キセキのありふれた世界で~

穴澤メェ~

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プレイヤーズ・ハルドナリ

7.イノリが通じない剣 ①

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 朝に起き夜に眠る規則正しい生活を誓い、けして他の人間を傷つけぬことを誓い、この世界に蔓延る魔族を大地から追い出すことを誓う。天の神ムラクモは性悪説、様々な理と時の試練を人間に与えた父神、地の神スィタイは性善説、大地の恵みや豊かな自然を人間に与えた母神。どちらが正でもなく誤でもなく、その二神が保つ均衡こそをこの世界の人々は信仰していると言ってもいい。

「それらを理解し、そして受け入れることで、神に祈りが通じ、キセキが発現する」
「へぇ~」

 要するに、人間として正しくありさえすればキセキを使うことが出来る、ということなのだが、それをきちんとこなしていても、キセキを発現することの出来ない人間も稀にいる。やる気がないのか、それとも本当に神に見放されているのか、キセキを日々学び続けているにも関わらず、今だ火の粉一つも出せないカスミはそれでも「地道に頑張っていくしかないね!」と前を向いた。

「前向きなのはいいことなんだがな」

 教師役をかってでたイタルは頭を抱える。基礎である単語は大分身についてきたものの、ここからさらに詠唱の理屈や実践を行わなければならないとなると頭が痛い。

「これ、今やろうと思ったら頭痛がしてきますね……」

 分厚いキセキの教科書をペラペラとめくるスズは懐かしそうに言う。この教科書には、キセキの様々な使用法を条件別に羅列した章があり、その部分を10代の間にじっくりと時間をかけて実践していくのだ。

「スズちゃん、この辺に載っているのは全部使えるの?」
「使えるというか……まあ条件によりますが、大体できるとは思います」

 教科書にのっているものは、全て環境を整えた状況での使用が想定されているため、あくまで基礎的な文章になっている。そのため、プレイヤーになるような人間はまずこの教科書に載っているような水準のキセキは軽く発現出来て然るべきなのだ。
プレイヤーに重要なのはむしろその先のどのような環境にも対応する複雑な条件の指定や、短時間で効率よくキセキを発現するための詠唱の短縮なのだが、そこまで行きつくには一体どれだけの時間が必要なのか……。
 イタルは、応用編である祈学きがくⅡというさらに分厚い本のことをなるべく考えないようにしていた。

「おいーっす」

 先ほどまで会議室にこもっていたフキノはやたら軽い口調で戻ってくる。手元には一枚の紙があった。

「新しい依頼ですか?」
「せや、それも珍しい個人依頼な」

 通常各都市の役場が発注する魔族討伐の依頼だが、稀に個人や企業がプレイヤーズに直接依頼する場合もある。役場を通す場合と違って高い税金がつくため費用はかかるが、プレイヤーズを自ら選べることと、役場を挟まず解決が迅速になることが個人依頼の利点である。
 しかし、そういった利点を得ようとする場合、大都市の有名プレイヤーズを狙う場合が大概であるため、田舎に居を構えるハルドナリにはそういった依頼が飛んでくること自体珍しかった。

「何か裏があるんですかね?」

 もう一つ個人以来を通す理由として考えられるのは、役場を通すのを憚る後ろめたい何かがあるという点だった。

「まあ……悲しいかな、そうやろなあ」

 フキノ自身もけしてハルドナリの三番隊が優れているから依頼が飛んできたわけではなく、何かの隠れ蓑にするために依頼が飛んできたと考えているらしく、眉を曇らせながら答えた。
 依頼の紙には依頼主の住所と、予定している報酬金額が書かれているのみだった。

「あれ、この住所」

 イタルは見覚えのある番地に考えを巡らす。依頼主の家はシラサトの北東、湖のほとりあたりにあるようだ。

「知り合い?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど、ここ結構お金持ちの人が住んでる地域のはずです」
「まあ、個人以来を通すことのできる人間は大概金持ちやろなあ……とりあえず依頼主はなるべく早くって意向らしいし、ちょっと急やけどさっそくこの家に向かうとしようか」

 まだ朝の10時を回ったところだし、シラサト内であれば何とか午前中には移動できそうだった。三番隊は机の上に置いた道具などをまとめて荷物を整理しはじめる。

「あれ、先輩ついに大きい鞄に変えたんですか?」

 整理を続ける最中、スズはやたら大きいイタルの鞄に気づく。長めの旅行に使う台車つきの鞄は、以前カカリ村での一件の反省をいかしたものなのだろうか。

「ああ、そうそう。今日はなかなか見た目がキツくてな」

 今イタルは普段通りの文字シャツを身に着けているが、戦闘用の装備を鞄の中に入れているのだろう。鞄のふくらみ用からして仰仰しい鎧が入っていることが想像できた。

「くそっ、入れてきたはいいがトゲトゲが邪魔で鞄を破かないか心配なんだよな」
「トゲトゲ?」
「ああ、トゲトゲの鎧」
「それは……また、前衛的な鎧っすね」
「ナメルなよ、とげがあるということはその分だけ鎧の表面積が増えて、込めることの出来るイノリが増えるってことだからな、実際今まで買った鎧の中じゃ群を抜いて高価格……あっ、ここ破れてんなあ……」

 忙しなく早口でまくしたてたあと、鞄の下の方に小さな穴が出来ていることを確認して悔しがるイタル。

「お~い、何やってんねん。そろそろ出な間に合わんで」

 扉の前で既に準備を終えたフキノとカスミが手招きをしている。

「すみません、今行きます!」

 荷物を力づくで詰め込んだイタルは急いでそちらに駆け寄った。





 シラサトの象徴ともいえるイツナ湖は青が深く美しい円形の湖である。
北は山々が囲み、南はシラサトの街が囲っているが、丁度山々と街の境目である自然豊かな湖畔に、今回の依頼主の館はあった。

「これまた立派な家ですねえ」

 二階建ての建物を見上げたスズは先日の人形館の面影がちらついているのだろう、どことなく不安な顔をしている。ただ先日と違い、視界の開けたのどかな景色に置かれた館は、きちんと手入れされた庭をはじめ清潔感で溢れている。

「ええところやな」

 館は市街地より少し小高いところにあるため、シラサトの街並みも一望できた。穏やかな風が三番隊の間を通り抜けて街の方へと消えていく。魔族とは無縁とも思える地に住む依頼主は一体どのような問題を抱えているのだろうか。

「すみません」

 館の扉を軽くたたくと、しばらくしてゆっくりと扉が開いた。

「いらっしゃいませ、ご用件は何でしょうか?」

 四人は一瞬、玄関口に現れた人物の服装を見て反射で身構える。
 が、すぐにその緊張を解いた。目の前に現れたのは白黒のメイド服をまとった召使いらしき女性だった。先日の一件があったため、この服装に敏感になってしまっている。

「あ、すいません。プレイヤーズハルドナリのものですけど」
「はい、話は伺っておりますが……現在主人はどちらも留守にしておりまして、私から事情の説明をさせて頂きます。中へどうぞ」

 依頼に「なるべく早く」と書かれていたにも関わらず、依頼主は現在留守にしているようだった。昼間ではあったが、よっぽと別件が立て込んでいるのだろうか。
 言われるがままに中へ通された四人は、館の中の絢爛たる家具の数々にため息をつく。この館の主人は相当な資産家のようだ。館に入ってまず正面には赤い絨毯が敷かれた大きな階段があり、踊り場には煌びやかな装飾をつけた大時計が鎮座している。天井から吊り下げられた照明器具は、複雑に配列された硝子から鮮やかな光がほとばしっている。

「トゲトゲの鎧は着てこなくて正解でしたね」

 スズは小声でイタルに話しかける。それにはイタルも全面同意だった。この館にあの鎧を着てはいれば漫画に出てくるような悪の大幹部の完成である。

「……」
「お嬢様……」

 ふと、大階段の方から、金髪の少女が姿を現した。あどけなさの残る表情やその背丈から十歳ぐらいに見えるが、気品のある服装のため少し大人びても見える。
 腰のあたりまで伸ばした長い金髪は歩くたびにふわりふわりと揺れ、手入れが行き届いているのが分かり、いいところのお嬢様といった感じだ。
 その姿を見て召使は少し気まずそうにしているが、その少女の「こんにちは」という声にハッとして「主人の一人娘のマツリです」と少女を紹介する。

「こんにちは」

 少し警戒しているような表情だったため、三番隊の面々は出来るだけ愛想よく挨拶を返した。

「金髪、おそろやなあ」

 自分の金髪を触りながらフキノは悪戯っぽい笑みで語り掛ける。

「はい……」

 あまり芳しくない反応ではあったが、嫌われたわけではないようだ。

「お嬢様……お話がありますので」
「……」

 召使の言葉を聞いてから、浮かない様子で二階へ消えていく少女。何か今回の依頼に関係しているのだろうか、明らかにプレイヤーである自分たちを気にかけている様子だった。
 ――――そのまま召使いに案内されたのは大きな広間だった。宴会を催すときなどに使われるのだろうか、天井の照明類に火はついていないものの、その数の多さから特別な部屋だと想像できる。
 そして、薄暗い部屋の真ん中に白い布がかけられた箱のようなものがあった。召使はその布を慎重に外す。
 現れたのは檻、だった。その中では金の毛並みの生き物がじっとこちらを見つめていた。おでこが深く愛くるしい顔つきで、顔は猫に似てはいるものの、毛並みは一本一本が長くひよこのように体はずんぐりむっくりしている。
 イタルは色々な動物を頭に浮かべてみるが、このような生き物に見覚えはなかった。ただこの謎の生き物は檻に入れる必要はないと思えるほど穏やかにこちらを見ている。

「これは?」
「この生き物が魔族かどうかを調べてほしい、もし魔族だったら処分願いたい、それが主人の依頼です」

 はあ、と三番隊の面々は納得がいった。先ほどの少女の警戒するような仕草はこれが原因だったのだろう。しっかりと事情を聞いたわけではないが、何となく察しが付く。
 イタルは昔、妹と一緒に野良猫を拾ってきて親に育てたいと交渉したことを思い出す。檻の中の生き物も、この見た目だ、子供が見れば興味が湧くのも無理はないだろう。

「魔族と知らずに保護してしまった……と、まだ確定したわけではないですが」

 単刀直入にフキノが言う。召使はおそるおそる「はい」と小さな声で返した。少し委縮させてしまったか、フキノは「いえ、たまにあることですし……」と言葉を付け足す。
 実際、魔族の保護は度々みられる事例だった。大概がおぞましく生理的に受け付けない見た目の魔族ではあるが、愛嬌のある見た目で人間を惑わすものも中には存在する。おでこの大きい、大きな目、丸みのある体型、これらから発生する可愛らしさで油断させ、隙を見せたところに襲い掛かるのだ。

「しかし……大人しいですね」

 イタルは不思議に思う。可愛らしい見た目の魔族は勿論存在するが、人間と対峙しながらここまで落ち着いている魔族は存在するのだろうか。檻に入っているから大人しくしているのか、それならそもそも抵抗せず檻に入っているのがおかしい。

「これが、魔族であるかもしれないという根拠は?」

 フキノが尋ねると、召使は右手の袖をめくり、包帯を見せる。

「一瞬ではありますが、触手のように毛が伸びて私の腕に傷をつけたのです」
「そのときの状況は?」
「私がマツリお嬢様の部屋で勉強を見ているときでした……前々からお嬢様がこの生き物を密かに部屋で飼っていることは知ってましたが、特に害はなさそうだったので油断していました」
「何か刺激を与えたりは?」
「いいえ……」
「その後、暴れるようなことは?」
「ありません」

 そこまで聞いてうーんとフキノは考えこむ。この通り檻に入っているということは、素人でも簡単に扱えるという証拠だ。人間を傷つけたのがたった一度きりということなので、この召使いが何か嘘をついている可能性もあるが、嘘をつく理由はまったくと言っていいほど見当たらない。

「なあ、こんな動物見たことあるか?」

 フキノは隊員に助けを求めるように聞いてみたが、一同首を横に振る。

「だよなあ……ちょっと触ってみてもいいですか?」

 召使は「はい」と頷いた。念のためか弓の柄を檻に突っ込んで、そーっと金の毛並みに触れてみる。何も反応がなかったので、もうちょっと大胆に突っついてみるが、特にこちらを攻撃してくるそぶりは見せない。どころか弓の柄にじゃれるようにして体を寄せてくる仕草さえ見せている。

「うーん……」

 その反応を見て一層悩むフキノ。
 隊長職は特殊な試験を通過したプレイヤーのみが就ける職で、その中には魔族に関する設問がいくつもある。その試験を通過しているのだ、当然隊員の中では最も魔族に詳しいフキノだが、その彼女でも分からないということは、相当特殊な魔族なのだろうか。それとも魔族ではなく珍しい動物なのだろうか。
 イタルは檻の中の生き物を眺める。見れば見る程愛くるしい生き物だ。これが本当に、魔族なのだろうか?

「アカンわ、ちょっと図書館に行って調べてくる」

 依頼主(代理ではあるが)がいる手前、堂々と自分の知識ではお手上げであるということを宣言するのは憚られたのか、イタルに耳打ちしたフキノは「えー……イタルとカスミはここに残ってこいつを見張っててくれ、私はスズと一緒に図書館で調べものをしてくる」と指示を送る。

「すいません、どうにも確証が持てないので、ちょっと調べものをしに図書館に行ってきます。見張りにこの二人を残しますので……」

 召使いに向き直って、申し訳なさそうに言うフキノ。召使いもこの生き物が相当特殊な存在であることを感じているのか、それとも単純に性格が穏やかなのか、特に文句を言うことはなく「ええ、よろしくお願いします」と頭を下げた。







「本当に何もしてこないね」

 図書館組を見送ったイタルとカスミは、二人で広間に残って、檻に入った不思議な生き物を観察している。召使いは少し前に「庭での仕事が残っているので……何かあればよんでください」と言い残して、外へ出ていった。

「おい、あんまつつくと危ないんじゃないか」

 現在カスミは刀の鞘で檻の中の生き物をちょんちょんとつついている。

「これは確かに飼いたくなっちゃうよね……」

 名残惜しそうに刀を引っ込めたカスミは、部屋の隅にある椅子に座った。

「わ、ふっかふか、これ座っちゃいけないやつかな」

 あまりに高級すぎる感触に気が気でないのか、すぐに立ち上がったカスミは、結局イタルの近くの壁に寄りかかった。

「イタルは動物って飼ったことあるの?」
「犬と猫と……あと昔は家に馬がいたな、小さいころだったからあまり覚えていないが」
「へえ、いいなあ」
「カスミは?」
「私? えーっと……実は飼ったことないんだ」
「そうなのか、勝手に動物が好きかと思ってたけど」

 モフモフしてるものに目がないカスミが、動物を飼ったことがないというのは意外だった。

「うーんと、私もずっと飼いたかったんだけど、お母さんにどうせ面倒見れないんだからやめときなさいって反対されてたの。私もモフモフしたかったよ、モフモフ」
「なるほど、確かにエサとか余分にあげてブクブク太らせそうだもんな、カスミは」
「ん~? 流石に私もそこまで馬鹿じゃないよ……でも確かに、食べてる姿が可愛かったらいくらでもあげちゃうかもなあ」

 脳内でエサを与えている光景を堪能しているのか、満足そうに頷くカスミ。

「そういえば、この子って何食べてるのかな」
「食べ物か……なにかのきっかけになるかもな」

 魔族は繁殖はしないものの、活動するための食糧は当然摂取する。大抵は他の動物が好むようなものを食べるが、中には特殊な食習慣を示す魔族もいるのだ。

「あの女の子が飼ってたんだよね?」
「うん……でもまあ、ちょっと聞きに行きにくいよなあ」

 今からこの生き物を処分するかしないかを判断している人間が、ズケズケと事情を聞きに行くのは良くないだろう。ましてや年端もいかない少女だ、きっとこの生き物に凄まじい愛着を抱いているに違いない。

「ねえ……」

 気づくとカスミが神妙な面持ちでイタルを見つめている。

「どうした?」
「いや、不思議だなって。なんで人間は見た目で可愛いとか気持ち悪いとか……思うのかなって」
「……」

 カスミの真意を測りかねたイタルは黙って次の言葉を待った。

「私、あの人形の右腕を斬ってからずっと考えてるんだ。言葉にしてみればあれはただの人形で、ただの魔族で、でも斬ったその瞬間や、落ちた腕を見たときは、凄く気持ちが悪かった」
「そりゃあ、そうだろ。俺も地下で人形を燃やした時は悪寒がしたよ」
「でも、おかしくない? ジロウやアガタザルを斬っても何とも思わない自分が、同じ魔族でも人間の形さえしていれば躊躇うのって。この子も魔族ならばやらなきゃいけないって分かるけど、多分その時は人形と一緒で凄く苦しい思いをすると思う。逆に、その時は何でジロウやアガタザルを斬るときは何とも思わなかったんだろうってまた悩むんだと思う」
「……」
「私、よく分かんなくなっちゃって」

 まるで終わりのない螺旋階段に迷い込んだかのような考えだとイタルは思ったが、その螺旋階段からカスミを解放するような言葉はどうしても見つからなかった。







 一方そのころ、フキノとスズは馬車に乗ってシラサトの中央図書館に辿り着いていた。シラサトらしい素朴な外観ではあるが、蔵書は充分そろっていて、他の大都市にも引けをとらない。
 あの生き物が相当特別な魔族であったとしても、名前ぐらいはこの図書館で分かるだろうとフキノは踏んでいた。
 図書館は静かだった。街の喧騒とは隔絶された空間。シラサトの図書館は4階建てだが、全階吹き抜けのため視界が広く一層その静けさを肌に感じる。見上げた先にある剥き出しとなった木の梁は、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 円形の外周に張り付く形で二階三階四階と続いているが、魔族に関する区画はどうやら四階にあるようだった。二人はそこへ向かった。
 四階は人気が少なく、一層静かで、頁をめくる音でさえこちらに届いてくる。ちらほらと見える利用者は同様にプレイヤーだろうか、身に着ける衣服は戦闘用のものに見える。

「簡易転送板?」

 手すりにとりつけられていたのは簡易転送板である。軽いイノリを込めると目的の場所に転送される転移門の小型版だった。

「転移門がないときは必死に歩いてたんですかね、不便だなあ」

 スズは円の向こう側の本棚を見やる。

「図書館は非合理設計が理想である、これ誰やったっけな言ったの、まあ、この図書館はまだ親切な方やで。Vの字にズラ―っと本棚が並ぶだけの図書館とかあるし」

 数多の図書館を経験しているのか、フキノはそうでもないと否定した。イツナ湖を象徴とした円形の図書館は比較的分かりやすい形の図書館であるという。

「うへえ……」

 スズが間の抜けた声を出すと、近くにいたプレイヤーらしき人物が睨んでくる。ハッとして口に手を当てたスズは軽く頭を下げた。

「ちょっとはしゃぎすぎたな……すまん」

 睨まれはしなかったものの、自分にも非があるとフキノは謝罪する。その後二人は静かにお目当ての本を探した。

「ありました、魔族大索引……っとと」

 スズが本棚から引っ張り出したのは、人の胴体ほどあろうかという厚さの本だ。

「これこれ、便利なんよな」

 一緒に本を運ぶのを手伝い、机に慎重に置く。表紙をめくると、一ページ目にはびっしり渦巻き状に文字が並んでいる。フキノはそこに手をかざしてイノリを込めた。本が仄かに光り輝き、しばらくして止む。

「ひとまずは見た目の特徴で探して行こうか」

 フキノが頁をめくると、そこにはア行から順に魔族が並ぶが、先ほどのイノリで金色の毛を持ち、かつ猫のような顔をした魔族が先頭に来るようになっていた。
祈文字きもじと呼ばれる技術は文字自体に特殊な属性をつけるもので、軽度なイノリに反応し引き付けられる。それを利用したのがこの本だ。

「私も使ったことあるので、手分けして探しましょうか?」
「助かる。じゃあスズは後ろから頼む。めぼしいのあったら教えて」
「了解です」

 それから二人は二つの大索引を用いて、あの金色の生き物の正体を突き止めるべく、ページをめくり続けた。

「しっかしなあ、依頼主の前で正体は分かりませんなんてな……ほんま恥ずいで」

 しばらく頁をめくっていたが、途中で行き詰ったのか手を止めているフキノ。

「何も心あたりがないって感じですか?」
「や、あるにはあったんやけどな、腹をつついても何の反応もなかった時点で頭が真っ白になった」

 フキノが頭に浮かべていた魔族は弱点を腹に抱えているため、そこを刺激すると化けの皮がはがれるという生態があった。しかし、館での一件の通り、それは当てはまらなかった。

「私、"ネ"まで来ましたけど、フキノさんは?」
「空振りか……私も丁度"ネ"や。次は何で調べようか」
「一番の特徴と言えば滅多に攻撃しないってことですけど」

 話を聞いた限りでは、召使いの腕を傷つけたのが唯一の攻撃行動だ。
「うーん……」と、ダメもとで先ほどと同様一頁目の渦巻く言語にイノリを捧げ"攻撃しない"という言葉で索引してみたが、「ダメや」とため息をつく。頁をめくった先はただの白紙だった。

「攻撃しないなんて魔族いるわけないですよね……」

 口に出してみたものの、非戦はやはり魔族とは相いれない言葉である。熊や虎など、人間を襲う動物も中にはいるが、それは自己の防衛や捕食など自分に利益があるからこそ行うものである。
 しかし、魔族はそうではない。利害関係などなくても初めから人間と敵対し、例え人間に攻撃することが自分に不利益になるような状況であっても構わず攻撃をする。

「方向性はあってそうやけどな……何か特別な魔族なのは確実やろうし、何かあるはず……」
「とりあえず触手はどうでしょうか」

 攻撃したとき触手のようなものが伸びたと召使いは言っていた。

「うわあ……」

 予想してはいたが、触手を持つ魔族は大量に存在する。検索に引っかかった数を確認すると約3000という数字が見えて眩暈をおぼえた。

「流石にこの数は探す気になれないけど……色んな条件と組み合わせて探してみるか」

 フキノは目を瞑り、召使いから聞いた情報をもう一度整理し始めた。


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