(仮)拾われた奴隷のお話

炭田碧

文字の大きさ
上 下
1 / 1

前編

しおりを挟む
 ああ、失敗した。体のそこかしこが痛い。
 なんであのとき、顔を上げてしまったんだろうか?

 奴隷は、奴隷。どうあがいてもこの場所から抜け出すことはできない。このまま最期を迎えるんだろうか?
 意識がなくなっていくのが、自分で分かった。

◇◇◇

「おい、203番。休むなよ、これもな。」
腕がしびれてきて、少し休んでしまったところを見られてしまった。でもたしか、あいつはやさしい方の監視だったから、罰を受けることはないだろう。どさり、と置かれた大きな空箱を見やる。目の前の石の山から、価値の高い魔法石や石炭を探し出す。もちろん素手だ。かろうじてスコップは与えられているけど、毎日こんなの握っているから手のひらはボロボロだ。

 この国―ソヴァド王国は、小さな国だが、周囲の国にはない貴重な魔法石の採れる鉱山を持っている。採取された魔法石は、貴族様の屋敷の自動扉だとか、給湯システムだとかに使われているらしい。後は、戦争になったときの武器。だから、小さい割に豊かな国だと言われている。たしかに、豊かではある。しかし、当たり前だがこんな過酷で危険な労働をしたがる人なんていない。そこで、世の中が上手く回るように存在しているのが、俺ら奴隷だ。朝から晩までひたすら労働、一日に二回支給される食事は硬いパンに水。
今日は地上での労働だったが、坑道での労働だともっと大変だ。一日中、暗い穴の中で石を掘り出し続ける。事故で死んだやつもいるし、染み出ている汚染物質で肺をやられる。俺も今まで何度も潜ってきたから、やられているんだろう。まあ、死んだところで誰も悲しむやつがいない、俺らどれいにもってこいの仕事なんだろうな。

追加で降ってきた仕事を捌きつつぼんやりしていると、なにやら辺りが騒がしくなってきた。今日なんか、あったか?そう思いつつ顔を上げたのが運の尽きだった。

「お父様、私あれが欲しいわ!」

目のあった少女はこう叫んだ。目のあった瞬間、なんとなく嫌な予感がして慌てて俯いたが無駄だったようだ。

「カリーナ、やめなさい。あれは人間ではない。家に置くことなどできないよ。汚らわしい。」
「お父様、でも…!あれを飼いたいわ、とても可愛らしい!ペットにしたいの。」
「あんな汚いもの、だめだ。どうせすぐ死んでしまうしな。帰りに綺麗な愛玩奴隷でも買ってやるから、よしてくれ。」
「分かったわ、仕方ないわね。それで我慢しますわ!早く連れて行ってちょうだい。」

高貴な親子らしき会話を俯きながら聞いていた。後で聞いた話だが、あれは国の要となるこの鉱山を視察に来ていた宰相補佐とその娘らしい。こんな汚いところ、来るんじゃねーよ。
親子が去ったのちも作業をひたすら続けていたらいつの間にか日が暮れ、鐘が3回なった。労働の終わりの合図だ。いっぱいになった木箱を所定の場所に置き、列になって鎖をひかれながらとぼとぼと部屋まで歩く。部屋といっても、地下牢のようなものだ。冷たい石畳の床に、鉄格子のドア、横になってかろうじて寝返りがうてる程度の犬小屋のようなもの。もしかするとそれ以下かもしれない。自分の部屋の前につき、入ろうとすると鎖をひかれた。首が締まり、つんのめる。

「203番、昼の貴族様がお呼びだ。何かやらかしたのか?」
監視役の男がにやりとした笑みを浮かべながら、部屋を通りすぎ、さらに奥へと引っ張る。
さっさと部屋に入って、腹にものを入れ、寝たかった。が、取り付けられている首輪には隷属の魔法がかけられており、反抗することなどできない。できなくはないが、反抗即ち死である。

奴隷たちの部屋がある通りを抜け、奥に進むと応接室の裏へと出てきた。ここに来てから初めて、入った場所だ。しかし、応接室とは打って変わって、じめじめとした暗い部屋だ。床にところどころある染みが何なのかは、考えたくない。部屋にある唯一綺麗なソファには、昼に一瞬見た宰相補佐のフレイと鉱山を取り仕切るオーナーであるガレンが座っていた。彼らの前に引きずりだされる。

「私の娘に色目を使ったね、君。どういうことだい?」
「…。」
「答えろ。発言を許そう。」
「…。」

ガレンが指を鳴らす。途端に息が詰まり、意識が遠のく。
口を開き、弁明しようとするが声は出ない。首輪に掛けられた魔法のせいだ。

「ごめんごめん、解いてなかったね。いいよ喋っても。」
ガレンがにやにやしながら、発声の制限を解いた。激しくせき込んだ。声が出ないことくらい分かっていただろうに、わざとやりやがって。

「誤解…で…す…。」
久々に出した声は、ひどく掠れていた。
「はっ。何を言う。私のカリーナがゴミに興味を持つなどあり得ない。何かしたのだろう?異国の娼婦の血を引いているらしいしな。」
「何も…や…っておりま…せん。どうか…お許しを。」

「宰相補佐殿、あとはお好きにして良いですよ。日ごろに鬱憤も溜まっておいででしょう。」
ガレンがそう言い、フレイに何かを手渡し耳うちをする。
フレイはにっこりと微笑んだ。
ガレンは鎖を天井にあるフックに括り付け、身動きの取れないように固定された。
フレイに手渡されたのは、首輪と連動する拷問道具と小刀だったようだ。
そこから先は、地獄だった。もう死んでもいい、と初めて思った。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...