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天狗×吸血鬼(完全片想い)
憎らしい吸血鬼
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三百年前、俺は強いと思っていた。更に強くなりたかった。
毎日山を駆け回り木に登った。風と雷を操る力を手に入れた。
アイツに出会ったのは、見知らぬ山でも同じだけ動けるか試そうとした時だった。
富士山に挑んであえなく敗れ、身も心も疲れ切っていた。それまでは「天狗が出た」と慌てふためく人間を面白がっていたのに、その時は人間の視線が身に突き刺さるような気がしていた。
ただ一人、アイツの視線を除いては。
武士の格好をしているのに刀を差していなかったアイツが竹に入れた水を俺に差し出した。疑いと戸惑いの目を向けると、一口飲んでからまた俺に差し出した。
あの時の微笑みが今も胸から消えない。あの時の竹筒は今もここにある。
それから二百年ほどしてアイツは子供と暮らし始めた。子供が増えて手狭になった家から一人引き取ったそうだ。
ソイツはアイツと変わらぬ背丈でありながらどこか子供のようで、アイツが逞しいのは種族の特徴ではなくアイツの特徴なのだと知った。
頭二つほど違う俺と渡り合う力を褒めたら、アイツはわざと拗ねたような顔を作った。
「下駄を脱いだら頭一つだよ」
言い終わった瞬間に笑い出すアイツをかわいいと思った。
たまに連れてくるソイツに興味は無い。ただアイツの家はこの世には無くて、行き来するその瞬間が嫌いだった。
ソイツはアイツと一緒に現れて一緒に帰っていく。共に黒い煙になるのを見るのが嫌だった。
その頃に退魔師の制度が変わって、それぞれ自分の領域をあまり出ないでほしいと言われた。
アイツは素直に従うと言った。元々あまり荘園を出ていなかったから苦にはならないんだろう。
そうか。俺たちがよく一緒にいるのは俺が会いに行ってたからなのか。俺が来るから迎え入れてるだけで、アイツは俺に会いたいとは思ってないのかな。
「寂しくなるね。手紙を書くよ」
寂しくなるのか! そうか!! 俺に会えないと寂しいのか!!!
俺は同じ手紙を二通書く。一通はアイツに届けて、もう一通は手元に残す。アイツからの手紙と並べることで会話が分かりやすい。
汗と涙やらで濡れてしまった物もあるが全部残してある。
それから百年以上。火急の用向きや退魔師に断りをいれてなどで何度か会った。
人の世はめまぐるしく変わるようになったがアイツは変わらない。
「久しぶりだね」
逞しい体とは裏腹な声と微笑みに魅せられる。アイツはスーツを着るようになって、腕が意外と太いのだとを知った。
江戸の世は二百年変わらなかったというのに、今の世は十年ひと昔。そんな話をしながら酒を酌み交わす。
一度でいいから酔いつぶれてくれと思う反面、俺に付き合える強さに惚れ直す気持ちもある。
アイツは血と水と酒しか口に入れられない。肴もなく飲み続けるのに滅法強い。
それでも上限はあってアイツはそこも自分で分かっている。
「『酒は百薬の長、されど万病の元』って言うだろ。君も飲み過ぎには気を付けてね」
アイツは流されやすいようでしっかり物の言える奴で、俺は酒を止められるのが嫌いなのにアイツにだけは言われるのがむしろ嬉しい。
アイツの言葉には続きがあった。
「昔話ができる大切な友達なんだから」
……そうか。友達か。
それでも『大切』だと言ってくれたのだ。十分だ。
最近になってアイツは立て続けに三人の子供を迎え入れた。
数年後、そのうちの一人が成人するため人の世に来るという手紙が届いた。
数日後に突然アイツがやって来た。
「ごめん、うちの子がこっちに向かってるんだ。迎えに来た」
初めての人の世だからなのか退魔師に気圧されたのか兎のように怯える子供。優しく抱きとめて黒い煙となって自分の家に帰って行った。
俺と出会った時と同じ微笑み。
他の奴にもするのかと苦しんでいるのか、家族へ向けるのと同じ微笑みを俺に向けてくれたと喜んでいるのか、己の胸の内が分からない。
後からアイツがお礼に来た。
「急に驚いたでしょ。人払いしてくれて助かったよ。ありがとう」
少し元気が無い。
自分の荘園でなければ調子が出ないのだと言っていた。ここで煙になるのが辛かったのだろう。
「従わせているとはいえ人に囲まれていては気苦労もあるだろう。ここで休んでいってはどうだ?」
アイツは嬉しそうな笑顔になった。
「助かるよ。ゆっくり温泉に浸かりたいと思っていたんだ。荘園では風呂も一人で入らせて貰えなくて。もちろん世話をしてくれるのは有り難いんだけどね」
……そうか。一人で入りたいのか。
中々出てこないから水を差し入れよう。のぼせていないか心配なだけだ。下心は無い。
露天風呂の衝立越しに声を掛ける。
「水を飲んだ方がいいんじゃないか?」
「ああ……ありがとう」
低い位置から声がしたから慌てて衝立の中に入ると、アイツは風呂の周りに敷いた石畳の上で仰向けから起き上がろうとするところだった。
「のぼせたのか!?」
「いや。熱い湯に入って風に当たるのが好きなんだ。紛らわしかったね。外で涼めば良かったか」
立ち上がろうとする動きを止める。
「のぼせてないならいい。折角の機会なのだからとことん休め」
遠慮を含みつつも嬉しそうに微笑んでまた横になった。
スーツを着るようになって想像した通りの腕だけじゃなく、体の全てが余分な物を纏っていないようでもあり鎧を纏っているようでもある。
夕方までゆるりとしたアイツが帰った後で俺はその場所に一人で両膝をついた。
アイツの寝ていた場所が白く濁っていった。
毎日山を駆け回り木に登った。風と雷を操る力を手に入れた。
アイツに出会ったのは、見知らぬ山でも同じだけ動けるか試そうとした時だった。
富士山に挑んであえなく敗れ、身も心も疲れ切っていた。それまでは「天狗が出た」と慌てふためく人間を面白がっていたのに、その時は人間の視線が身に突き刺さるような気がしていた。
ただ一人、アイツの視線を除いては。
武士の格好をしているのに刀を差していなかったアイツが竹に入れた水を俺に差し出した。疑いと戸惑いの目を向けると、一口飲んでからまた俺に差し出した。
あの時の微笑みが今も胸から消えない。あの時の竹筒は今もここにある。
それから二百年ほどしてアイツは子供と暮らし始めた。子供が増えて手狭になった家から一人引き取ったそうだ。
ソイツはアイツと変わらぬ背丈でありながらどこか子供のようで、アイツが逞しいのは種族の特徴ではなくアイツの特徴なのだと知った。
頭二つほど違う俺と渡り合う力を褒めたら、アイツはわざと拗ねたような顔を作った。
「下駄を脱いだら頭一つだよ」
言い終わった瞬間に笑い出すアイツをかわいいと思った。
たまに連れてくるソイツに興味は無い。ただアイツの家はこの世には無くて、行き来するその瞬間が嫌いだった。
ソイツはアイツと一緒に現れて一緒に帰っていく。共に黒い煙になるのを見るのが嫌だった。
その頃に退魔師の制度が変わって、それぞれ自分の領域をあまり出ないでほしいと言われた。
アイツは素直に従うと言った。元々あまり荘園を出ていなかったから苦にはならないんだろう。
そうか。俺たちがよく一緒にいるのは俺が会いに行ってたからなのか。俺が来るから迎え入れてるだけで、アイツは俺に会いたいとは思ってないのかな。
「寂しくなるね。手紙を書くよ」
寂しくなるのか! そうか!! 俺に会えないと寂しいのか!!!
俺は同じ手紙を二通書く。一通はアイツに届けて、もう一通は手元に残す。アイツからの手紙と並べることで会話が分かりやすい。
汗と涙やらで濡れてしまった物もあるが全部残してある。
それから百年以上。火急の用向きや退魔師に断りをいれてなどで何度か会った。
人の世はめまぐるしく変わるようになったがアイツは変わらない。
「久しぶりだね」
逞しい体とは裏腹な声と微笑みに魅せられる。アイツはスーツを着るようになって、腕が意外と太いのだとを知った。
江戸の世は二百年変わらなかったというのに、今の世は十年ひと昔。そんな話をしながら酒を酌み交わす。
一度でいいから酔いつぶれてくれと思う反面、俺に付き合える強さに惚れ直す気持ちもある。
アイツは血と水と酒しか口に入れられない。肴もなく飲み続けるのに滅法強い。
それでも上限はあってアイツはそこも自分で分かっている。
「『酒は百薬の長、されど万病の元』って言うだろ。君も飲み過ぎには気を付けてね」
アイツは流されやすいようでしっかり物の言える奴で、俺は酒を止められるのが嫌いなのにアイツにだけは言われるのがむしろ嬉しい。
アイツの言葉には続きがあった。
「昔話ができる大切な友達なんだから」
……そうか。友達か。
それでも『大切』だと言ってくれたのだ。十分だ。
最近になってアイツは立て続けに三人の子供を迎え入れた。
数年後、そのうちの一人が成人するため人の世に来るという手紙が届いた。
数日後に突然アイツがやって来た。
「ごめん、うちの子がこっちに向かってるんだ。迎えに来た」
初めての人の世だからなのか退魔師に気圧されたのか兎のように怯える子供。優しく抱きとめて黒い煙となって自分の家に帰って行った。
俺と出会った時と同じ微笑み。
他の奴にもするのかと苦しんでいるのか、家族へ向けるのと同じ微笑みを俺に向けてくれたと喜んでいるのか、己の胸の内が分からない。
後からアイツがお礼に来た。
「急に驚いたでしょ。人払いしてくれて助かったよ。ありがとう」
少し元気が無い。
自分の荘園でなければ調子が出ないのだと言っていた。ここで煙になるのが辛かったのだろう。
「従わせているとはいえ人に囲まれていては気苦労もあるだろう。ここで休んでいってはどうだ?」
アイツは嬉しそうな笑顔になった。
「助かるよ。ゆっくり温泉に浸かりたいと思っていたんだ。荘園では風呂も一人で入らせて貰えなくて。もちろん世話をしてくれるのは有り難いんだけどね」
……そうか。一人で入りたいのか。
中々出てこないから水を差し入れよう。のぼせていないか心配なだけだ。下心は無い。
露天風呂の衝立越しに声を掛ける。
「水を飲んだ方がいいんじゃないか?」
「ああ……ありがとう」
低い位置から声がしたから慌てて衝立の中に入ると、アイツは風呂の周りに敷いた石畳の上で仰向けから起き上がろうとするところだった。
「のぼせたのか!?」
「いや。熱い湯に入って風に当たるのが好きなんだ。紛らわしかったね。外で涼めば良かったか」
立ち上がろうとする動きを止める。
「のぼせてないならいい。折角の機会なのだからとことん休め」
遠慮を含みつつも嬉しそうに微笑んでまた横になった。
スーツを着るようになって想像した通りの腕だけじゃなく、体の全てが余分な物を纏っていないようでもあり鎧を纏っているようでもある。
夕方までゆるりとしたアイツが帰った後で俺はその場所に一人で両膝をついた。
アイツの寝ていた場所が白く濁っていった。
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