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蛇足ちゃん家
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「……御免ください」
「あらお嬢様! いらっしゃい」
高校の門を出て直ぐ、放課後ゆうかと一緒にあのカレーパンを作っているというパン屋にやって来ていた。まさかこんな近くに伝説のカレーパンを作っているパン屋があるなんて。しかもゆうかの知り合いときた。案外世間は狭いようだ。
店の奥からやって来たのは40代くらいの女性。店はもう閉める時間らしく人はおらずがらんとしている。
「んと……それで隣の方は?」
女性は俺を指刺してそう言う。するとゆうかの返事も待たず勝手な解釈で話を進めていった。
「もしかして……彼氏ですか? いやはや、あんな小さかったお嬢様がそんなにも成長なさってたなんて……元使用人として感激でございます」
「ち、ちが……」
ゆうかはそう否定するが、その声は女性に届いていないようだ。どんどん勘違いが深まっていく。
「彼氏さんも、お嬢様は面倒臭い性格だとは思いますけど、根はいい子なんで大切にしてくださいね」
そう言う女性は少し涙目になっていた。どうやらゆうかとは長い付き合いらしい。
「西野!」
ゆうかは少し怒った表情で、女性に気付いてもらえる大声で名前を叫んだ。
「あ、あ、すみません……」
「この人は我炎明菜という私の友達。まだ出会って二日だからそういう関係はちょっと……」
「さようでございますか。それは申し訳ありません。我炎殿、でしたか。私の名前は西野紗代子と申します。昔はそこにいるお嬢様の家の使用人として、今はここで伝説と呼ばれる程美味しいパンを作ってます」
「西野が作る料理はすっごく美味しいの! 昔から料理の店を出したいって言ってたからお父さんにお願いしてお店を出してあげた」
「いえいえ、そんな。店に関しては本当にお嬢様に何と言えば良いか……」
そう言って西野はゆうかに謙る。
「ま、私ほど上手くはないけどね!」
「そうですね。お嬢様」
さすが元ゆうかの使用人。スルースキルが桁違いだ。俺なら顔面にパンチを入れていただろう。
「それで、今回はどのようなご用件で?」
「あ、そうそう、今日はあきなにここのパンを食べさせたいと思って」
「お嬢様のお願いとあれば何なりと。しかし……今から作るとなると早くて2時間はかかるかと……」
「それでも良いわ、待っておくから。それで良いわねあきな」
「食べれるのであれば全然待てます」
「分かりましした。じゃあ早速作ってきます」
すると西野はスタスタと厨房の方へ向かって行った。そしてパンの出来上がりを待つまで、ゆうかは暇を潰すため自分の昔話をしてくれた。
「西野はね、私が0歳の頃からずっと面倒を見てくれたの」
いつもとテイストが違う話に、俺は偉く真面目な表情で話を聞き入れる。
「お父さんはいつも忙しくしてて、お母さんは私を産んで直ぐ亡くなった。だからお母さんから愛情は貰えなかったし、そのせいで学校でも虐められた。『何でお前だけお母さん居ないんだ』って。だから未だに人との接し方がわからないの」
彼女が一々一言多いのも理由があったのか。それに強く当たってしまった自分が恥ずかしい。少しの罪滅ぼしの為に俺はある提案をした。
「そう言うことなら俺が話し相手になってやるよ。人並みに会話ができるよう、人に不快な思いをさせないように」
彼女は何かいつも1言多いのだ。それさえ治せば、彼女の持っているコミュ力と人を惹きつける力があれば誰とでも仲良くなれるだろう。
「無理だよって。だってあきなコミュ障じゃん」
「おまっ……そういうとこやぞ」
「どういうとこよ」
「はあ……だから物事を別視点で見るのは大事だろ? 助言くらいはできるから」
「まあ良いけど」
──この話の後、俺とゆうかはパン屋のラックに置いてあった雑誌などを読んで時間を潰し、ようやくパンは完成した。
パンはカレーパンの他に塩パンやフランスパン、蒸しパンなど色々な種類のパンがテーブルに並べられる。
「どうぞ、いただいてください」
俺は西野さんの掛け声と共に目の前にあったパンにかぶりつく。結局昼は何も食べれなかった為、お腹が空いていたのだ。
ゆうかはしばらく俺の食べる姿を凝視し続けていた為、「食べないの?」と声を掛けるとハッと我に帰ったようにパンを食べ始めた。
待ちに待ったカレーパンを1口。俺は食べて直ぐ、パンについて気付くことがあった。それは──
“パンの味がとても普通だったということ”
そういえばゆうかが俺のカレーパンを盗み食いした時、そんなに美味しくなかったと言っていたが……別に美味しくないわけではない。ただ伝説と呼ばれるには程遠く、家庭的な味なのだ。
「美味しいですか? あきなお坊ちゃま」
真実を伝える訳にはいかないので、俺は美味しいと言いながら小さく頷いた。
「それは良かった。食べられるだけ食べてくださいね。残りは袋詰めしますんでお家に帰って食べてください」
「あ、ありがとうございます……」
「感謝しなさいよ? ここのパンをたらふく食べるなんて滅多にできないんだから」
「あ、ああ、そうだな。ありがとう」
俺は愛想笑いを浮かべながら何とかその場を乗り切る。テーブルに出されたパンを半分くらい食べたところで、俺はご馳走様をした。
「今日は閉めてたのに急に押しかけてすみませんでした」
「いえいえ、ゆうかお嬢様の友達とあれば、もてなすのは必然、こちらこそ、仲良くしていただきありがとうございます」
西野さんにもらったパンの袋を片手に、俺とゆうかはパン屋を去った。
──帰り道、俺はゆうかを家に送ってから自分の家に帰ることとなった。もう時間は七時と遅い為、周囲はすっかり暗くなっていた。
「今日はありがとな。あのパン屋に連れてってくれて」
(思ってた予想より伝説じゃなかったけど)
「良いってことよ。これで昼あったことはチャラだ」
「ああ」
「……流石に返しすぎかな。あきな、なんか私に還元できるものはある?」
原因は向こうからだというのに図々しくも見返りを求めてきたゆうかに、怒りを通り越して呆れるようであった。
「もう良いだろうよ……お前、やっぱ人を不快にさせる才能あるよ。明日から直してこ」
「私は大丈夫なんだけどな~」
「俺がおかしなるわい!」
「……あ、ここでいいよ~」
そう言って足を止めたのは、大きな門と白の壁で覆われた大豪邸だった。外から見える限り中には透き通った水が流れる噴水に剪定された剪定された低木が玄関まで並んでいた。
「嘘……じゃなかったんだな……」
「当たり前じゃん。ほら、今度遊びにおいでよ。貧富の差ってものを教えてあげる」
「テメエマジで嫌なやつだな!」
「ふふ~ん、それほどでも」
「褒めてないって」
その時施錠されていた大きな門はギシギシと音を立てながら開門した。彼女は豪邸の敷地内へ入り、こちらへ体を向ける。
「じゃあね。また明日」
「ああ。じゃあまた」
彼女は挨拶を済ませると足速に家の中へと入っていった。
「俺もそろそろ帰るか」
ゆうかの居ない帰り道、俺は1人虚しく孤独に帰るのであった。
「あらお嬢様! いらっしゃい」
高校の門を出て直ぐ、放課後ゆうかと一緒にあのカレーパンを作っているというパン屋にやって来ていた。まさかこんな近くに伝説のカレーパンを作っているパン屋があるなんて。しかもゆうかの知り合いときた。案外世間は狭いようだ。
店の奥からやって来たのは40代くらいの女性。店はもう閉める時間らしく人はおらずがらんとしている。
「んと……それで隣の方は?」
女性は俺を指刺してそう言う。するとゆうかの返事も待たず勝手な解釈で話を進めていった。
「もしかして……彼氏ですか? いやはや、あんな小さかったお嬢様がそんなにも成長なさってたなんて……元使用人として感激でございます」
「ち、ちが……」
ゆうかはそう否定するが、その声は女性に届いていないようだ。どんどん勘違いが深まっていく。
「彼氏さんも、お嬢様は面倒臭い性格だとは思いますけど、根はいい子なんで大切にしてくださいね」
そう言う女性は少し涙目になっていた。どうやらゆうかとは長い付き合いらしい。
「西野!」
ゆうかは少し怒った表情で、女性に気付いてもらえる大声で名前を叫んだ。
「あ、あ、すみません……」
「この人は我炎明菜という私の友達。まだ出会って二日だからそういう関係はちょっと……」
「さようでございますか。それは申し訳ありません。我炎殿、でしたか。私の名前は西野紗代子と申します。昔はそこにいるお嬢様の家の使用人として、今はここで伝説と呼ばれる程美味しいパンを作ってます」
「西野が作る料理はすっごく美味しいの! 昔から料理の店を出したいって言ってたからお父さんにお願いしてお店を出してあげた」
「いえいえ、そんな。店に関しては本当にお嬢様に何と言えば良いか……」
そう言って西野はゆうかに謙る。
「ま、私ほど上手くはないけどね!」
「そうですね。お嬢様」
さすが元ゆうかの使用人。スルースキルが桁違いだ。俺なら顔面にパンチを入れていただろう。
「それで、今回はどのようなご用件で?」
「あ、そうそう、今日はあきなにここのパンを食べさせたいと思って」
「お嬢様のお願いとあれば何なりと。しかし……今から作るとなると早くて2時間はかかるかと……」
「それでも良いわ、待っておくから。それで良いわねあきな」
「食べれるのであれば全然待てます」
「分かりましした。じゃあ早速作ってきます」
すると西野はスタスタと厨房の方へ向かって行った。そしてパンの出来上がりを待つまで、ゆうかは暇を潰すため自分の昔話をしてくれた。
「西野はね、私が0歳の頃からずっと面倒を見てくれたの」
いつもとテイストが違う話に、俺は偉く真面目な表情で話を聞き入れる。
「お父さんはいつも忙しくしてて、お母さんは私を産んで直ぐ亡くなった。だからお母さんから愛情は貰えなかったし、そのせいで学校でも虐められた。『何でお前だけお母さん居ないんだ』って。だから未だに人との接し方がわからないの」
彼女が一々一言多いのも理由があったのか。それに強く当たってしまった自分が恥ずかしい。少しの罪滅ぼしの為に俺はある提案をした。
「そう言うことなら俺が話し相手になってやるよ。人並みに会話ができるよう、人に不快な思いをさせないように」
彼女は何かいつも1言多いのだ。それさえ治せば、彼女の持っているコミュ力と人を惹きつける力があれば誰とでも仲良くなれるだろう。
「無理だよって。だってあきなコミュ障じゃん」
「おまっ……そういうとこやぞ」
「どういうとこよ」
「はあ……だから物事を別視点で見るのは大事だろ? 助言くらいはできるから」
「まあ良いけど」
──この話の後、俺とゆうかはパン屋のラックに置いてあった雑誌などを読んで時間を潰し、ようやくパンは完成した。
パンはカレーパンの他に塩パンやフランスパン、蒸しパンなど色々な種類のパンがテーブルに並べられる。
「どうぞ、いただいてください」
俺は西野さんの掛け声と共に目の前にあったパンにかぶりつく。結局昼は何も食べれなかった為、お腹が空いていたのだ。
ゆうかはしばらく俺の食べる姿を凝視し続けていた為、「食べないの?」と声を掛けるとハッと我に帰ったようにパンを食べ始めた。
待ちに待ったカレーパンを1口。俺は食べて直ぐ、パンについて気付くことがあった。それは──
“パンの味がとても普通だったということ”
そういえばゆうかが俺のカレーパンを盗み食いした時、そんなに美味しくなかったと言っていたが……別に美味しくないわけではない。ただ伝説と呼ばれるには程遠く、家庭的な味なのだ。
「美味しいですか? あきなお坊ちゃま」
真実を伝える訳にはいかないので、俺は美味しいと言いながら小さく頷いた。
「それは良かった。食べられるだけ食べてくださいね。残りは袋詰めしますんでお家に帰って食べてください」
「あ、ありがとうございます……」
「感謝しなさいよ? ここのパンをたらふく食べるなんて滅多にできないんだから」
「あ、ああ、そうだな。ありがとう」
俺は愛想笑いを浮かべながら何とかその場を乗り切る。テーブルに出されたパンを半分くらい食べたところで、俺はご馳走様をした。
「今日は閉めてたのに急に押しかけてすみませんでした」
「いえいえ、ゆうかお嬢様の友達とあれば、もてなすのは必然、こちらこそ、仲良くしていただきありがとうございます」
西野さんにもらったパンの袋を片手に、俺とゆうかはパン屋を去った。
──帰り道、俺はゆうかを家に送ってから自分の家に帰ることとなった。もう時間は七時と遅い為、周囲はすっかり暗くなっていた。
「今日はありがとな。あのパン屋に連れてってくれて」
(思ってた予想より伝説じゃなかったけど)
「良いってことよ。これで昼あったことはチャラだ」
「ああ」
「……流石に返しすぎかな。あきな、なんか私に還元できるものはある?」
原因は向こうからだというのに図々しくも見返りを求めてきたゆうかに、怒りを通り越して呆れるようであった。
「もう良いだろうよ……お前、やっぱ人を不快にさせる才能あるよ。明日から直してこ」
「私は大丈夫なんだけどな~」
「俺がおかしなるわい!」
「……あ、ここでいいよ~」
そう言って足を止めたのは、大きな門と白の壁で覆われた大豪邸だった。外から見える限り中には透き通った水が流れる噴水に剪定された剪定された低木が玄関まで並んでいた。
「嘘……じゃなかったんだな……」
「当たり前じゃん。ほら、今度遊びにおいでよ。貧富の差ってものを教えてあげる」
「テメエマジで嫌なやつだな!」
「ふふ~ん、それほどでも」
「褒めてないって」
その時施錠されていた大きな門はギシギシと音を立てながら開門した。彼女は豪邸の敷地内へ入り、こちらへ体を向ける。
「じゃあね。また明日」
「ああ。じゃあまた」
彼女は挨拶を済ませると足速に家の中へと入っていった。
「俺もそろそろ帰るか」
ゆうかの居ない帰り道、俺は1人虚しく孤独に帰るのであった。
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