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碧眼の魔性
第九話 悪夢
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そう、これは……夢だ。
手足が重く、何かに絡め取られたように動かない。早くしなければ。しかし、何を? 闇の中をさまようような不気味な焦燥感が募っていく。まただ。また、あの日の夢だ。
サーベルスタッグのコンプレッサーが咆哮のような唸りを上げ、高温の蒸気を噴出した。狂気を帯びた赤い目が、蒸気の向こうで輝く。
ああ、もう既に……みんなやられている。アイゼル、ナッシュ、トビー。相も変わらずバラバラだ。血の池に沈み、真っ赤になった顔で、目で、俺を見ている。
助けてくれ、ウルクス。
誰の声だ? 分からない。三人の声が重なっているような、あるいは誰の声でもないような。地獄からの幽鬼が囁くように、静かな怨嗟が俺の骨肉に染み渡っていく。
俺の体を重くしているのは、死だ。仲間たちの死。俺は何も出来なかった。そう、子供だったから。しかし俺にも、何か出来たんじゃないのか。後悔と悲しみが、今も俺を苦しめる。
痛い。助けてくれ……俺の脚はどこだ。
誰もそんな事は言っていなかったはずだ。言う前に殺された。きっとそうだ。だが死体は好き勝手に喋り、俺の心を締め付ける。
助けてくれ、ウルクス。
サーベルスタッグがサーベルを天に掲げる。神々しい。虫は本来美しいものだ。そして同じくらい恐ろしい。戦うための機能が詰め込まれた駆動する鋼。その前では人の命などたやすく消えてしまう。次に消えるのは誰の命だろうか。そして、親父が、ザリアレオスが追い詰められる。
助けてくれ、ウルクス。
声が何重にも反響して聞こえる。親父が、ゆっくりと走る。違う、あんたはもっと速く走れたはずだ。あんたなら逃げられたはずだ。だが分かっている。親父が逃げなかったのは、俺がそこにいたからだ。
サーベルスタッグが苛立つように頭を左右に振る。巨大なサーベルが風を巻き起こし、親父は足を取られて転ぶ。
立ち上がれ。立ち上がってくれ。しかし親父は這うようにしてしか動けない。
いやだ。死にたくない、ウルクス。
いくつもの親父の声が聞こえる。前から、後ろから。そう。何人もの親父が、同じ数のサーベルスタッグに追いかけられ、俺に向かって逃げてくる。
サーベルが親父の背に刺さり、先端が胸から飛び出した。血が溢れる。親父の口からも泡の混じった血が流れる。力の抜けたその手からは、握っていた弓が音もなく落ちていく。
助けてくれ。いやだ。何故助けてくれなかった。
すまない。俺にはどうすることも出来なかった。しょうがないだろう。俺はたったの十歳で、狩り初めの日だったんだ。そんなガキが、獰猛なサーベルスタッグを相手に何が出来たっていうんだ。
痛い。嫌だ。死にたくない。
許してくれ。親父。俺は動けなかった。スリングを……スリングはどこだ? 親父を助けなければ。なあ、おい。どうなってるんだ。
俺の手は血に塗れていた。俺の周りは、皆の血で赤くなっていた。地面に顔が浮かぶ。みんなの顔だ。アイゼル、ナッシュ、トビー。それに……シャディーン? タナーンもいる。違う。お前らはサーベルスタッグに殺されたんじゃない。
手の中に弓があった。ああ、これは親父の弓だ。矢を番えなければ。早く。だが血で滑って弦を引けない。
そうだ。お前が殺したんだ。
俺じゃない。俺は、精一杯戦った。だが助けられなかった。弓が……くそっ、折れた。そうだ、親父の弓はあの時、壊れたんだ。
血の中から何本もの腕が生え、俺の脚を引きずり込もうとする。
何人もの親父が、血を吐きながら俺にしがみついてくる。
すまない。こんな事に――。
親父の言葉だ。最後の言葉。あんたは、俺に何を言おうとしたんだ。
血の中に沈む。逃れられない。
俺は、暗黒の中に呑み込まれていった。
目を開けると、そこは白一色だった。一瞬、俺は死んだのかと思ったが、そうだ、ここはアレックス達の施設だ。旧世界のブンメイ。その腹の中だ。
心臓が早鐘を打つ。額には脂汗が浮かんでいた。
(久しぶりだったな……この夢も)
親父が死んで以来、俺は時折悪夢を見ていた。年を経るにつれて見る頻度は減っていったが、今日のは数年ぶりだ。
きっとあのジョンに襲われて死にかけたからだ。それに、シャディーンとタナーンが死んだことが、俺の心に引っかかっている。
まったく、とんだ再会だ。お前らまで出てくるとは思わなかったぜ。
俺は手に残る感触を思い出す。俺は弓を握っていた。しかし撃てなかった。今もそうだ。俺は弓を撃つことが出来ない。
親父の折れた弓は俺の家にあって、一応箱に入れて保管してある。しかし折れた部分はそのままで、もう使えない。直しても強度が下がってるから、多分狩りには使えないだろう。
しかし、俺が弓を使うことが出来ないのはそういう話ではない。新品の弓だろうと、俺は使えない。
手がこわばる。あの日の親父の顔が目に浮かぶ。サーベルスタッグへの恐怖の記憶が蘇る。俺は何も出来なかった。その思いのせいか、俺は今も弓が引けない。
おかしなことだ。あれは俺のせいではない。他人にもそう言われて納得したつもりだが、腹の底ではそう思ってないらしい。俺は今も、自分の弱さを許せていない。あんなガキの時分の事を……。
だからしょうがなくスリングを使っている。虫狩りと言えば普通は弓だが、俺にはスリングしか無い。
まあでも、カメムシを駆除するならスリングの方が便利だ。今回の戦いでも役には立った。
しかし……眠ったはずなのに頭は重かった。時間は十一時。七時間かそこらは寝たわけだ。吹っ飛ばされた時に打った胸やら背中はまだ痛むが、昨日よりは随分ましになっている。
「こいつはまだ寝ているのか……放っといたらいつまでも寝てそうだな」
アクィラはベッドで寝息を立てていた。枕元には隅々までかじり取られたリンゴの芯が二つ置いてある。
こいつとももうじきお別れだ。いっそ、こいつが寝ている間に出発しようか。薄情な気もするが、アクィラにとってはその方がいいのかも知れない。
アレックスは、しばらくはこの施設を封鎖すると言っていたが、もう大丈夫なのだろうか。安全を確認出来次第、俺は帰るとしよう。
奴の部屋はA―3だったな。
俺は起き上がり体を伸ばす。窮屈なソファで眠ったせいで余計疲れたような気もする。アクィラのせいだ。ベッドを取りやがって。
部屋を出てAー3を探す。D、C、B……Aー3。ここだ。部屋の上の明かりはオレンジになっている。勝手には入れないようだ。俺はドアを叩く。
「おい、アレックス。起きてるか」
「起きている。今開ける」
少ししてドアが開き、仮面をつけたアレックスが立っていた。こいつは部屋でも仮面をつけているのか?
「どうした」
「この施設を封鎖していると言ったな? あれはいつまでだ。封鎖を解除したらここを出る」
「そうか……入れ。そのことで話がある」
部屋の中は俺たちの部屋とほぼ同じだった。違うのは本がおいてあったり、見慣れない機械が置いてあるくらいだ。
「座ってくれ」
ソファに掛けると前にある机の上に地図が広げてあった。しかし紙ではない。これも機械だ。横に長い四角で平べったい機械。上面がガラスのようで、それが光って地図が描かれている。虫の目の構造に似ているような気もするがよく分からない。これも旧世界のブンメイと言うやつだろう。
「実は問題が発生している」
「何だと?」
起き抜けに嫌な話題だ。一体何が起きたというのか。
「ここがカドホック。近くに私の仲間がいて、本来であればあと二人がここに向かっているはずだった。しかしデスモーグ族の襲撃を受けて、動くことが出来ない」
真ん中にカドホックがあり、北と南に青い点がある。それが仲間らしい。距離はどっちも……ざっと百タルターフくらいか。かなり遠い場所だ。
「仲間がやられちまったのか?」
「やられてはいないが戦力が拮抗している。負けはしないが勝つことも難しい。どうやら向こうの目的は戦闘を長引かせ、私達を孤立させることのようだ」
「孤立させて……どうする気なんだ? まさか……」
「再び襲ってくるだろうな。狙いはアクィラだ。それ以外には考えられない。奴らにとって重要であることは間違いないが、ここまで大きく部隊を動かしてくるとは思わなかった。先手を取ったつもりだったが、動きが読まれていたらしい」
「だからシャディーン達もやられたのか?」
「結果的に言えばそうなる。元々逃げ切れなかったということだ」
平然と言っているが、要するにお前らのヘマで死んだってことじゃねえか。文句を言ってやりたいところだが、しかし、今はアクィラのことが優先だ。
「孤立したと言ってるが、逃げられないのか? ここで籠城か?」
「そうだな。籠城して仲間を待つか、敵を排除しつつ逃げるか。しかし、どちらも難しい。恐らくだが、ジョンは諦めていない。手勢を引き連れて早晩ここに来るはずだ。奴はここの出入り口を知らないが、調べれば半日ほどで判明してしまうだろう。そうなれば出入り口を破壊して侵入してくる」
「何だと? あの野郎まだ懲りてねえのか」
「彼らにとっては最も重要な技術だ。文字通り、命に変えても手に入れようとするだろう。今周囲を確認しているのだが……」
アレックスは仮面に手を触れ天井の方へ顔を向ける。天井には何も無いが、どうやら仮面の中で何かを見ているらしい。
「南西に徒歩で移動している集団がいる。これはジョンだな。他に十人いる。虫狩りのようだ。弓や槍で武装している。あと二時間ほどでここに着くだろう」
「山賊かもな。あの辺りは物騒なんだ。それともデスモーグ族なのか、そいつらも」
「デスモーグ族ではない。鎧を身に着けているわけではないのが救いだな。どうやらここの襲撃はジョンに任されているようだ。他の戦力は私達の仲間の足止めをしているということだな。だが問題なのは、人数よりも旧世界の兵器を持っているかどうかだ」
「旧世界の兵器って……あんたの弩とかか」
「そうだ。それとストライカー。昨日ジョンが使っていた兵器だ」
「すごい衝撃を撃ち出すあれか? ストライカー?」
「そうだ。もしあれを何基も用意していたら非常に危険だな」
「確かに……」
あれをまともに食らうと吹っ飛ぶ。というか死ぬんだろうな。シャディーンもあれでやられた。
「迎え撃つしか無い。幸い迎撃用の武装がここにはいくつかある。周辺の地形も利用しながら戦うしか無いな。君は戦闘が始まる前に帰るといい」
「何? 帰れだ?」
「そうだ。帰るのだろう、君は? シャディーンたちとの契約ももう果たした。君がここに残る必要はない」
まあ確かにそうだ。また殺し合いが始まる前にずらかった方が賢い。しかし……。
「勝てるのか? お前一人で」
「勝つしかない。我々はずっとこのような戦いを続けてきた。私が倒れても、私の仲間が目的を果たすだろう」
「アクィラはどうなるんだ! あいつを……故郷に返すんじゃないのかよ!」
「無論だ。その為にも奴らを撃退するしか無い」
くそ……面倒くさい。俺は……。
「……俺も残るぜ。ここでけつまくって逃げるなんざ、夢見が悪いからな」
そうだ。このままじゃこいつらまで俺の夢に出てくる。あれ以上の悪夢は御免だ。
「そうか。それは助かる」
何の感慨もない声でアレックスが言った。こいつは助け甲斐の無い奴だな。
「仕事は終わったが……あのジョンって奴をぶん殴ってやらなきゃ気が済まねえ。シャディーンたちの仇を取る。アクィラは……俺達で守るぞ」
「ああ、分かっている」
金にもならねえが、しかし、戦わなければならない。そうでなければ、自分が自分でいられなくなる気がした。
手足が重く、何かに絡め取られたように動かない。早くしなければ。しかし、何を? 闇の中をさまようような不気味な焦燥感が募っていく。まただ。また、あの日の夢だ。
サーベルスタッグのコンプレッサーが咆哮のような唸りを上げ、高温の蒸気を噴出した。狂気を帯びた赤い目が、蒸気の向こうで輝く。
ああ、もう既に……みんなやられている。アイゼル、ナッシュ、トビー。相も変わらずバラバラだ。血の池に沈み、真っ赤になった顔で、目で、俺を見ている。
助けてくれ、ウルクス。
誰の声だ? 分からない。三人の声が重なっているような、あるいは誰の声でもないような。地獄からの幽鬼が囁くように、静かな怨嗟が俺の骨肉に染み渡っていく。
俺の体を重くしているのは、死だ。仲間たちの死。俺は何も出来なかった。そう、子供だったから。しかし俺にも、何か出来たんじゃないのか。後悔と悲しみが、今も俺を苦しめる。
痛い。助けてくれ……俺の脚はどこだ。
誰もそんな事は言っていなかったはずだ。言う前に殺された。きっとそうだ。だが死体は好き勝手に喋り、俺の心を締め付ける。
助けてくれ、ウルクス。
サーベルスタッグがサーベルを天に掲げる。神々しい。虫は本来美しいものだ。そして同じくらい恐ろしい。戦うための機能が詰め込まれた駆動する鋼。その前では人の命などたやすく消えてしまう。次に消えるのは誰の命だろうか。そして、親父が、ザリアレオスが追い詰められる。
助けてくれ、ウルクス。
声が何重にも反響して聞こえる。親父が、ゆっくりと走る。違う、あんたはもっと速く走れたはずだ。あんたなら逃げられたはずだ。だが分かっている。親父が逃げなかったのは、俺がそこにいたからだ。
サーベルスタッグが苛立つように頭を左右に振る。巨大なサーベルが風を巻き起こし、親父は足を取られて転ぶ。
立ち上がれ。立ち上がってくれ。しかし親父は這うようにしてしか動けない。
いやだ。死にたくない、ウルクス。
いくつもの親父の声が聞こえる。前から、後ろから。そう。何人もの親父が、同じ数のサーベルスタッグに追いかけられ、俺に向かって逃げてくる。
サーベルが親父の背に刺さり、先端が胸から飛び出した。血が溢れる。親父の口からも泡の混じった血が流れる。力の抜けたその手からは、握っていた弓が音もなく落ちていく。
助けてくれ。いやだ。何故助けてくれなかった。
すまない。俺にはどうすることも出来なかった。しょうがないだろう。俺はたったの十歳で、狩り初めの日だったんだ。そんなガキが、獰猛なサーベルスタッグを相手に何が出来たっていうんだ。
痛い。嫌だ。死にたくない。
許してくれ。親父。俺は動けなかった。スリングを……スリングはどこだ? 親父を助けなければ。なあ、おい。どうなってるんだ。
俺の手は血に塗れていた。俺の周りは、皆の血で赤くなっていた。地面に顔が浮かぶ。みんなの顔だ。アイゼル、ナッシュ、トビー。それに……シャディーン? タナーンもいる。違う。お前らはサーベルスタッグに殺されたんじゃない。
手の中に弓があった。ああ、これは親父の弓だ。矢を番えなければ。早く。だが血で滑って弦を引けない。
そうだ。お前が殺したんだ。
俺じゃない。俺は、精一杯戦った。だが助けられなかった。弓が……くそっ、折れた。そうだ、親父の弓はあの時、壊れたんだ。
血の中から何本もの腕が生え、俺の脚を引きずり込もうとする。
何人もの親父が、血を吐きながら俺にしがみついてくる。
すまない。こんな事に――。
親父の言葉だ。最後の言葉。あんたは、俺に何を言おうとしたんだ。
血の中に沈む。逃れられない。
俺は、暗黒の中に呑み込まれていった。
目を開けると、そこは白一色だった。一瞬、俺は死んだのかと思ったが、そうだ、ここはアレックス達の施設だ。旧世界のブンメイ。その腹の中だ。
心臓が早鐘を打つ。額には脂汗が浮かんでいた。
(久しぶりだったな……この夢も)
親父が死んで以来、俺は時折悪夢を見ていた。年を経るにつれて見る頻度は減っていったが、今日のは数年ぶりだ。
きっとあのジョンに襲われて死にかけたからだ。それに、シャディーンとタナーンが死んだことが、俺の心に引っかかっている。
まったく、とんだ再会だ。お前らまで出てくるとは思わなかったぜ。
俺は手に残る感触を思い出す。俺は弓を握っていた。しかし撃てなかった。今もそうだ。俺は弓を撃つことが出来ない。
親父の折れた弓は俺の家にあって、一応箱に入れて保管してある。しかし折れた部分はそのままで、もう使えない。直しても強度が下がってるから、多分狩りには使えないだろう。
しかし、俺が弓を使うことが出来ないのはそういう話ではない。新品の弓だろうと、俺は使えない。
手がこわばる。あの日の親父の顔が目に浮かぶ。サーベルスタッグへの恐怖の記憶が蘇る。俺は何も出来なかった。その思いのせいか、俺は今も弓が引けない。
おかしなことだ。あれは俺のせいではない。他人にもそう言われて納得したつもりだが、腹の底ではそう思ってないらしい。俺は今も、自分の弱さを許せていない。あんなガキの時分の事を……。
だからしょうがなくスリングを使っている。虫狩りと言えば普通は弓だが、俺にはスリングしか無い。
まあでも、カメムシを駆除するならスリングの方が便利だ。今回の戦いでも役には立った。
しかし……眠ったはずなのに頭は重かった。時間は十一時。七時間かそこらは寝たわけだ。吹っ飛ばされた時に打った胸やら背中はまだ痛むが、昨日よりは随分ましになっている。
「こいつはまだ寝ているのか……放っといたらいつまでも寝てそうだな」
アクィラはベッドで寝息を立てていた。枕元には隅々までかじり取られたリンゴの芯が二つ置いてある。
こいつとももうじきお別れだ。いっそ、こいつが寝ている間に出発しようか。薄情な気もするが、アクィラにとってはその方がいいのかも知れない。
アレックスは、しばらくはこの施設を封鎖すると言っていたが、もう大丈夫なのだろうか。安全を確認出来次第、俺は帰るとしよう。
奴の部屋はA―3だったな。
俺は起き上がり体を伸ばす。窮屈なソファで眠ったせいで余計疲れたような気もする。アクィラのせいだ。ベッドを取りやがって。
部屋を出てAー3を探す。D、C、B……Aー3。ここだ。部屋の上の明かりはオレンジになっている。勝手には入れないようだ。俺はドアを叩く。
「おい、アレックス。起きてるか」
「起きている。今開ける」
少ししてドアが開き、仮面をつけたアレックスが立っていた。こいつは部屋でも仮面をつけているのか?
「どうした」
「この施設を封鎖していると言ったな? あれはいつまでだ。封鎖を解除したらここを出る」
「そうか……入れ。そのことで話がある」
部屋の中は俺たちの部屋とほぼ同じだった。違うのは本がおいてあったり、見慣れない機械が置いてあるくらいだ。
「座ってくれ」
ソファに掛けると前にある机の上に地図が広げてあった。しかし紙ではない。これも機械だ。横に長い四角で平べったい機械。上面がガラスのようで、それが光って地図が描かれている。虫の目の構造に似ているような気もするがよく分からない。これも旧世界のブンメイと言うやつだろう。
「実は問題が発生している」
「何だと?」
起き抜けに嫌な話題だ。一体何が起きたというのか。
「ここがカドホック。近くに私の仲間がいて、本来であればあと二人がここに向かっているはずだった。しかしデスモーグ族の襲撃を受けて、動くことが出来ない」
真ん中にカドホックがあり、北と南に青い点がある。それが仲間らしい。距離はどっちも……ざっと百タルターフくらいか。かなり遠い場所だ。
「仲間がやられちまったのか?」
「やられてはいないが戦力が拮抗している。負けはしないが勝つことも難しい。どうやら向こうの目的は戦闘を長引かせ、私達を孤立させることのようだ」
「孤立させて……どうする気なんだ? まさか……」
「再び襲ってくるだろうな。狙いはアクィラだ。それ以外には考えられない。奴らにとって重要であることは間違いないが、ここまで大きく部隊を動かしてくるとは思わなかった。先手を取ったつもりだったが、動きが読まれていたらしい」
「だからシャディーン達もやられたのか?」
「結果的に言えばそうなる。元々逃げ切れなかったということだ」
平然と言っているが、要するにお前らのヘマで死んだってことじゃねえか。文句を言ってやりたいところだが、しかし、今はアクィラのことが優先だ。
「孤立したと言ってるが、逃げられないのか? ここで籠城か?」
「そうだな。籠城して仲間を待つか、敵を排除しつつ逃げるか。しかし、どちらも難しい。恐らくだが、ジョンは諦めていない。手勢を引き連れて早晩ここに来るはずだ。奴はここの出入り口を知らないが、調べれば半日ほどで判明してしまうだろう。そうなれば出入り口を破壊して侵入してくる」
「何だと? あの野郎まだ懲りてねえのか」
「彼らにとっては最も重要な技術だ。文字通り、命に変えても手に入れようとするだろう。今周囲を確認しているのだが……」
アレックスは仮面に手を触れ天井の方へ顔を向ける。天井には何も無いが、どうやら仮面の中で何かを見ているらしい。
「南西に徒歩で移動している集団がいる。これはジョンだな。他に十人いる。虫狩りのようだ。弓や槍で武装している。あと二時間ほどでここに着くだろう」
「山賊かもな。あの辺りは物騒なんだ。それともデスモーグ族なのか、そいつらも」
「デスモーグ族ではない。鎧を身に着けているわけではないのが救いだな。どうやらここの襲撃はジョンに任されているようだ。他の戦力は私達の仲間の足止めをしているということだな。だが問題なのは、人数よりも旧世界の兵器を持っているかどうかだ」
「旧世界の兵器って……あんたの弩とかか」
「そうだ。それとストライカー。昨日ジョンが使っていた兵器だ」
「すごい衝撃を撃ち出すあれか? ストライカー?」
「そうだ。もしあれを何基も用意していたら非常に危険だな」
「確かに……」
あれをまともに食らうと吹っ飛ぶ。というか死ぬんだろうな。シャディーンもあれでやられた。
「迎え撃つしか無い。幸い迎撃用の武装がここにはいくつかある。周辺の地形も利用しながら戦うしか無いな。君は戦闘が始まる前に帰るといい」
「何? 帰れだ?」
「そうだ。帰るのだろう、君は? シャディーンたちとの契約ももう果たした。君がここに残る必要はない」
まあ確かにそうだ。また殺し合いが始まる前にずらかった方が賢い。しかし……。
「勝てるのか? お前一人で」
「勝つしかない。我々はずっとこのような戦いを続けてきた。私が倒れても、私の仲間が目的を果たすだろう」
「アクィラはどうなるんだ! あいつを……故郷に返すんじゃないのかよ!」
「無論だ。その為にも奴らを撃退するしか無い」
くそ……面倒くさい。俺は……。
「……俺も残るぜ。ここでけつまくって逃げるなんざ、夢見が悪いからな」
そうだ。このままじゃこいつらまで俺の夢に出てくる。あれ以上の悪夢は御免だ。
「そうか。それは助かる」
何の感慨もない声でアレックスが言った。こいつは助け甲斐の無い奴だな。
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