機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第十五話 黒い仮面

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 虫を休ませながら夜を明かし、早朝からまた虫を走らせる。
 アクィラの追跡装置との距離は縮まらない。向こうも時折止まって休息をとっているようだが、それはこちらも同じだ。四時間走らせたら三十分くらいは足を止めて冷やしてやらなければいけない。その時間は動くこともできず、ただ時間が過ぎるのを待つだけだ。歯がゆいが、仕方がない。
 昼前になり、目的の施設まではあと半分というところまで来た。そこでアレックスが虫車を止めろと言ってきた。仲間が近くまで来たから、合流するのだという。
「ここから半タルターフ900m程進むと、右手に岩山のせり出した尾根が見える。その足元の森の中に仲間がいる。その森に横付けしてくれ」
「仲間って……お前と同じ白い鎧の奴か」
「そうだ。モーグ族の戦士だ」
「近くまで来たんならこっちに来ればいいじゃねえか。お前らの鎧なら、走った方が速いぜ」
「目立つ行動は避けたいから、森伝いに移動している。しかし目印がなくて分かりにくいからな。指定の場所まで頼む」
「まあいいさ。どうせ前に進まなきゃいけないんだしな」
 そのまま虫を走らせると、アレックスの言うように岩山の尾根が見えてきた。白い鎧の姿は見えないが、まだ森に隠れているようだ。日の下に出てこられないとは難儀な一族だ。しかし、こんな目立つ白い鎧なら噂になっていてもおかしくないのに、俺は一度も聞いたことがない。そこまで徹底してうまく隠れているのか。それとも、見たやつは全員……まさかな。
 アレックスはさっきから後ろの客車の中で何かぶつぶつと喋っている。もちろん独り言じゃない。ツーシンという装置でお仲間と連絡を取り合っているのだ。傍から見ていると独りでしゃべっているようで不気味だが、遠く離れた人とも会話できるとはすごい技術だ。もしそんなものがあれば、さぞ生活は便利になることだろう。
「アレックス、もう着くぜ。ここでいいんだよな?」
 声をかけると、アレックスは客車から仮面を覗かせた。
「ああ、ここだ。近くまで寄ってくれ」
 そのまま森の方に進路を変える。すると、森の中に人影が見えた。目を凝らすと、白い鎧のようだった。
「あれか、お仲間って」
 近づくにつれ姿がはっきりしてくる。アレックスと同じ鎧だ。同じく仮面をつけて顔は分からないが、茂みの中からこちらを見ている。
 虫車を反転させ、客車の後部を森側に向けて止める。すると、アレックスが降りて森の方に進んだ。俺も虫に待機の信号を出して、森の方に向かう。
「オリバー、よく来てくれた」
「ああ、遅くなってすまない」
 そう言い、二人は仮面を外した。
 オリバーと呼ばれた男は、やはり白い肌をしていた。髪の毛の色が薄く金色に見え、目は青い。アレックスと同じだった。オリバーは口の周りに髭を生やしていて、年齢も少し上に見えた。アレックスが二十五歳くらいなら、オリバーは三十五歳くらいだろうか。人の良さそうな顔をした男だった。
「そちらが?」
 オリバーが近づく俺を一瞥する。人の良さそうな顔だが、しかし、隙は無いように見えた。初対面の俺を警戒している。この独特の張り詰めた感じは、いかにも戦士って雰囲気だ。虫狩りにもたまにそういう奴がいる。
「オリバー、彼はウルクス。虫狩りだ。ウルクス。彼が私たちの仲間、オリバーだ」
「よろしく」
 オリバーはにこやかに挨拶をしてくる。
「ああ、よろしく」
 俺もつられて笑顔で返そうと思ったが、慣れないことでひきつった笑いになってしまった。
「では行こうか。武装をいくつか持ってきている。それを積んだら出発だ」
「ああ、分かった。ウルクス。客車の荷物入れを開けておいてくれ」
 そう言うとアレックスとオリバーは森の中に入っていった。俺は言われた通り客車の背面の荷物入れの蓋を開けた。
 武装。そう言っていた。そりゃそうだ。戦うんだからな。しかし旧世界の武器を持ってきたのか。
 俺はアレックスの弩や地雷を思い出していた。ああいう奴よりもっと恐ろしい武器がある。そう言っていた。そしてこっちが使うという事は、向こうだって使ってくるという事だ。
 俺は鎧をつけていない。グローブだけだ。一番危険なのは俺だろう。
 今更びびってこの喧嘩から降りる気はないが、自分が命を懸ける様な戦いに加わっているというのは、まだ実感がなかった。ジョンやアサシンに殺されかけたが……それでもまだ、俺は人を殺すという覚悟ができていない。それが原因だろう。
 しかし俺は、虫狩りだ。虫を殺すことはあっても、人は殺さない。当然だ。だから覚悟のしようもない。
 このままの状態だと危ないかも知れない。いざという時に迷えば、それは死に直結する。覚悟を決めた……つもりだったが、結局つもりだけだ。
 森の中からアレックスとオリバーが出てきた。二人ともでかい箱を二つずつ抱えていて、それを地面に置いた。
「こっちはドローンとEMP爆雷か。その箱は?」
「俺の武装だ。弩と電磁ブレード。電磁ブレードは君の分もある。あと弓やが二セット。俺と君の分だ」
「そうか、助かる」
「そっちの……ウルクス君はどうするんだ? グローブはあるようだが」
「俺は自分のスリングがある。それだけでいい」
「そうか。じゃあこの武器は俺とアレックスだけでいいな」
「そうだな」
 そう言い、二人は箱から弩と弓を取り出した。それと細長い金属の棒。それが電磁ブレードらしい。確かに柄があって剣っぽいが、刀身に刃がついているようには見えなかった。
「その棒みたいので斬れるのか?」
「棒? ああ、電磁ブレードか。これは斬るんじゃない。痺れさせる武器だ。機械虫に対してもある程度有効な武器だ。矢が尽きた時の最後の武器になる」
「へえ、そんな便利なものがあるのか……」
 槍の先端に帯電球を仕込んで投擲する武器は聞いたことがある。そういうのに近い武器のようだ。
 残る二つの箱は開けず、そのまま客車に積む。空になった箱も一緒に積み込んだ。
「よし、準備はできた。行こうか」
「ああ。ではウルクス、頼む」
「分かったよ」
 アレックスとオリバーは仮面をつけ、客車に乗り込んだ。俺は御者台に座り、また虫を走らせる。
「アレックス。この速度で進むと、着くのはいつ頃だ?」
 俺は客車に向かって聞く。
「あと十二時間ほどだ」
 今は十時くらい。となると真夜中近くか。忍び込むにはちょうどいいかも知れないが、待ち構えているのならそれほど有利でもない。だが、いずれにせよ行くしかない。安全な時間帯などないだろう。
「他の仲間はもう来ないのか?」
「来ない。オリバーだけだ」
「全員やられたのか? お前の仲間は」
「南の方の部隊は現在もデスモーグ族と交戦中だ。膠着状態で動けない。そして北側のオリバーのグループは二人やられた。生きてはいるが戦える状況にない」
「虫に爆弾を積んでこちらに突っ込ませてきたんだよ。それでやられてしまった」
 オリバーがそう言った。
 爆弾か。アサシンも身に着けていて、自爆でアレックスが死にかけた。どうやら向こうは手段を選ばないらしい。爆弾といえば俺ら虫狩りにとっては禁忌だが、奴らにとってはそうでもないらしい。
「勝ち目はあるのか?」
「勝てるかどうかではない。勝つしかない」
 アレックスが言い切った。
「へっ、言うと思ったよ」
 そう、勝つしかない。アクィラを取り戻すにはそれしかないのだ。そのためにも、今は虫車を走らせるしかない。

 四時間ほど進んだところで、一旦虫を止めて熱を冷ましていた。昨日の夕方から働きづめだが、二匹のオサムシは文句も言わず働いている。虫車を借りた時にもらった昆虫食のゼリーを与えると、もしゃもしゃと勢いよく食べる。その様子に、俺はペギーとマギーを思い出した。
 ペギーは顎虫に顔を潰されていた。恐らく生きてはいないだろう。マギーは放してやったから、今頃はどこかの森で自由に生きている事だろう。寄合所のタルカス爺さんが聞けば悲しむだろうが、しかし、今となってはどうしようもない。
 そもそも……シャディーンとタナーンの依頼を受けたのが始まりだった。カドホックまで箱を送り届ける……そのはずが、いつの間にか子供を取り返すために戦士の真似事だ。
 どうかしている。俺は……そんな風に戦ったりするような男ではなかったはずだ。親父が死んで以来、俺はどこかでずっと戦いを避けていた。虫との戦いもそうだ。カメムシやらテントウムシやら、殺さなくても簡単に退治できるような虫の相手ばかりしてきた。虫狩りじゃなくて虫どかしだ。
 それが、切った張ったのど真ん中だ。
 どうかしている。どうかしているが、それでもアクィラを救いたいと思ってしまう。別に子供が好きなわけじゃないし、悲惨な境遇の子供だってたくさん見てきた。
 情が移ったのか。分からない。しかし、今は進むしかない。そうしなければ、俺はきっと前を向いて生きていけなくなるだろう。
 俺は虫がゼリーを食う様子をぼんやりと見ながら、そんなことを考えていた。すると突然、アレックスが叫んだ。
「ウルクス、伏せろ!」
 何が起きたのかは分からなかったが、俺は言われるままにその場に倒れるように伏せた。
 すると頭上で風を切る音が聞こえ、客車に何かがぶつかったような音がした。
「何だ?」
 俺は身を捩って顔だけ上に向ける。そこには棒があった。弩だ。客車に太い矢が突き刺さっている。
「くそ! 待ち伏せかよ!」
 俺は伏せたまま周囲を確認する。オサムシは慌てる俺たちを気にせず、もくもくとゼリーを食べていた。
「森だ! ジョンがいる!」
 オリバーの声がした。ジョンだと?
 俺は矢の飛んできた方向に目をやる。すると動く人影があった。黒い? 確かにジョンに見える。
 だがジョンは、弩での不意打ちを諦めたのか、森の中に帰っていった。
「おい、どうなってんだアレックス! ジョンは研究所に向かってるんじゃないのか!」
 また出し抜かれたのか? 勘弁してほしいぜ。
「……可能性は三つある。一つ目、あれはジョンではなく別のデスモーグ族。二つ目、あれはジョンで、アクィラもそこにいる。三つ目、あれはジョンで、アクィラだけ研究所に向かわされている」
「で、どれなんだよ!」
 こうしている間にもさっきの黒い仮面の奴は逃げて行ってしまう。追うのか、追わないのか。アクィラがそこにいるんなら、行かなければならない。
「……追うぞ。可能性は低いが、アクィラも一緒の可能性がある」
「だが子供がいなければ、無駄足だ。奴らの時間稼ぎだよ、アレックス。わざわざ姿を見せて我々をキルゾーンに誘っているんだ」
 オリバーが諭すように言う。
「例えそうであっても、行く。ジョンと別の戦力であるのなら、我々を背後から挟撃してくる可能性がある。個別に叩くなら今だ」
「行く?! それでいいんだな!」
 俺はオサムシに準備の信号を送る。食べかけのゼリーを残し、虫たちは慌てるように走行の態勢に入る。そして出発。最速、速足だ。
 アクィラがいるのかいないのか。いるのだとしたら今まで追っていた追跡装置は一体何だったんだ。しかし、それも直にわかるだろう。
 ジョンだか誰だか知らないが、今度こそ叩きのめしてやる。
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