機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第二十二話 狂気

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 ウルクス達がEMP爆雷を使い研究施設に潜入する少し前に、アクィラは目を覚ました。
 不快感の伴うめまい。目を開けると眩しく、白い天井と光が歪んで見えた。そして手足や体は拘束され、少しも動けないことに気づいた。
「目覚めたか。ちょうどいい、脳波の変動もモニタリングしておこう」
 聞き覚えのある声。しかし、それは親しみや優しさを伴う記憶ではなかった。アクィラは思い出す。その声は、自分を連れ去った男の声だった。
「ここは……どこ?」
 アクィラの心臓は不安に鼓動を早める。だが同時に、今の自分が置かれた状況を知ろうと理性が冷静に働いていた。
「ここがどこであるかなどどうでもいいだろう。お前はここで感応制御装置と一体となる。それだけだ」
 声のする方へ向こうとしたが、額の辺りをベルトで固定されているらしく、頭も動かない。アクィラは視線だけ動かし、声の主の姿を見た。
 黒い仮面。血の臭いさえ漂ってきそうな傷ついた鎧。椅子に腰かけた後ろ姿だが、間違いない。ジョンだった。
「お前……ジョンね」
「俺が誰であろうと関係あるまい。お前は装置だ。装置に自由意思はない。知識も、記憶も必要ない」
「意味分かんない。私は……機械じゃない。装置なんかじゃない」
「いや、装置だよ。我々が探し求めた希望なのだ、お前は」
「希望……? 何を……言ってるの?」
 ジョンは椅子を回転させアクィラの方を向いた。仮面は傷つき、何か所も削れへこんでいる。鎧も傷だらけだった。右肩には黒い布のようなものが何重にも巻かれており、黒い染みが滲んでいた。血のようだった。
「希望……機械虫を制御することは、以前からある程度可能だった。デスモーグ族の長い歴史の中で連綿と受け継がれてきた虫たちの解析データ。それが可能にしたのだ。しかし、目の赤い狂化状態では精密な制御が不可能だった。せいぜいが目標に闇雲に襲い掛かるだけ。使い捨ての兵にしかならない」
 ジョンはうわごとのように、どこか茫々とした様子で喋り続けた。
「必要なのは遺伝子コードだった。特定の者しかアクセスできぬように作られたシステム。それを動かす鍵を、我々はようやく見つけたのだ」
 ジョンは立ち上がり、アクィラに近づく。
 ぞっとして、アクィラは本能的に逃げようとした。しかし全身が固定され、ほとんど動くことができない。手足を思い切り動かしても、ベルトがわずかに動くだけで逃げ出すことは不可能だった。
 ジョンは指の背でアクィラの頬を撫でた。僅かに冷たく硬い感触が頬に残る。アクィラはジョンを睨むが、黒い仮面からは何の意思も読み取れなかった。
「触らないで!」
「希望の子よ……ついにその時が来たのだ。我々の屍の上にお前の玉座がある。お前は、神となるのだ。制御不能な、人知の及ばぬ存在。近づく全てを滅ぼす、我々の作る破滅の国の神だ。機械虫の王だ……」
「何を……言ってるの……?」
 ジョンの口調は、どこか夢を見ているような曖昧さがあった。正気ではない。アクィラはそう思ったが、どこに逃げることもできない。
 突如、鈍い音が響き部屋が暗くなった。白い光が消え、代わりに小さな赤い光が点々と灯る。いくつかの装置は光がついたままだったが、部屋の中はほとんど真っ暗になった。
「来たか。アレックス……」
 ジョンはアクィラに背を向け、壁際の巨大な装置に近づく。ガラスのような部分が光り、何かの模様や文字が目まぐるしく動いていた。
「しかしもう遅い。制御技術にアクセスし我々はすべてを手に入れる……」
 ジョンは装置に手を伸ばし、何かを押した。
「ああぁぁー---!」
 アクィラの頭に激しい痛みが走った。体が無秩序に震え、強い痛みが頭から全身へと広がっていく。そして見たこともない記憶、知るはずのない知識が脳裏に浮かんでは消えていく。得体のしれないものがアクィラに流れ込み、記憶を塗りつぶしていった。自分が消えていくような恐怖を、アクィラは味わっていた。
「ニューロリンクの形成には時間がかかるが、この方法なら早い。お前の記憶をシステムで上書きし、お前そのものが装置と一体となる。もう少しだ……」
 全身の激痛と痺れの中で、それでも思考は明瞭だった。アクィラはジョンの声を聞きながら、必死で助けを求めていた。
 助けて、ウルクス。
 アクィラは闇の中で声にならない叫びを上げた。だがそれは誰にも届かず、ただ恐怖と苦しみだけが続いた。

 機械室から梯子を使って降りると、そこも地下二階と同様の部屋だった。というより、地下三階からの機械が地下二階までずっと続いているらしい。途方もない大きさの機械だ。小山のように大きい。
 俺が降りると、今度はオリバーが降りてくる。
「ここも無人のようだな。人の気配はない」
 アレックスが弩を構えながら周囲を確認する。といっても通路は狭く、周囲は壁と機械で囲まれていて見通しは悪い。それでもアレックスは鎧の力を使って周囲の状況を把握しているようだった。
 オリバーも梯子から降り、周囲を見回す。
「二階と構造が同じなら、出口はこっちか」
 オリバーが階段を背にして左の方向を見る。
「そうだな。そのはず……待て、何か来る!」
 アレックスが弩を出口側に向けて構える。だがオリバーの体が邪魔をして通路の先は見えなかった。
「何だ……虫だ!」
 オリバーが叫び弩を構えようとするが、遅かった。何かの虫が音もなく忍び寄り、オリバーに覆いかぶさるように飛びかかる。
 長い触覚、巨大な牙。それはカミキリムシだった。一ターフ1.8m以上ある。カミキリムシにしてはでかい。アレックスより背の高いオリバーよりもさらに高く、上から押し倒すようにカミキリムシが迫ってきていた。
「おおお!」
 オリバーが力を込めてカミキリムシを押し返す。その体が一回り大きくなっていた。目の錯覚ではなく、鎧の機能のようだった。渾身の力がこもっているようだったが、しかし、カミキリムシが壁や床をつかんで引く力には及ばない。じりじりとオリバーは押され、体勢が崩れていく。
「おいアレックス! 早く撃て!」
 劣勢のオリバーを、アレックスは弩を構えて見ていた。狙いをつけようにも、カミキリムシとオリバーが上下に押し合っていて、狙いをつけられないのだ。おまけにカミキリムシの体のほとんどはオリバーの体で隠れている。唯一見えているのは頭部だが、下手に撃てばオリバーの頭に当たる可能性があった。
 だが、逡巡している時間はない。カミキリムシの牙がオリバーの仮面に届いた。そしてゆっくりと牙が閉じられ、仮面が変形し歪んでいく。
 カミキリムシの牙はでかいだけあって力が強い。鋼をより合わせた機械樹の茎をも切断してしまう。旧世界の鎧も、虫の力には敵わないらしい。
「ぬうう!」
 オリバーが片膝をつく。仮面が軋みを上げ始めた。このままでは内部のオリバーまでが危うい。だが、姿勢が下がったことで、カミキリムシの体が狙いやすくなった。
「オリバー、動くな!」
 アレックスが狙いをつけ、弩を放つ。金属を貫く音が響く。
 当たったのは左目だった。目の根元から後ろに抜けている。だが脳は無事らしく、残った右目をさらに赤く光らせている。
 アレックスがもう一発撃つ。真正面から捉え、カミキリムシの顎の下から脳天にかけて貫く。目の赤い光が消え、カミキリムシの体から力が抜けた。オリバーはカミキリムシを持ち上げ向こう側に放り投げた。
「後ろからも来る! 上からもだ!」
 アレックスが叫び、俺の体を押しやる。視線を上に移すと、そこには天井からぶら下がるカミキリムシがいた。奥の通路からも細長い触角の影が見える。
「逃げろ! 出口に向かえ!」
 オリバーが先頭で走り、俺はそれについていく。アレックスは後方のカミキリムシを撃ちながら逃げていた。
「出口、左か!」
 地下三階も二階と同じように通路が入り組んでいた。しかし同じ構造らしく、迷うことはなかった。途中にいたカミキリムシをオリバーが弩で殺し、跨いで走っていく。
 そして、出口が見えた。
 振り向くとアレックスが最後の角を曲がってこちらに来ていた。無事のようだ。
「外に出るぞ!」
 オリバーがドアを開ける。そして弩を構えながら外に出ると、何かに撃たれ吹っ飛んだ。俺はドアの縁をつかんで踏みとどまる。
「敵だ……待ち構えているぞ!」
 オリバーが咳込みながら言う。生きてはいるようだ。
「何とか出るしかないな。この狭い空間で複数のカミキリムシに襲われれば勝ち目はない。君はここで少し待て。啓開する」
 アレックスが弩を撃ちながら外に出る。そのまま、起き上がったオリバーと前進していった。その間も絶え間なく攻撃が続いていて、俺は外に顔を出すことも出来なかった。
「くそ! 前門の虎、後門のカミキリムシって奴だぜ」
 カミキリムシは虫のくせに足音を殺しているようだった。そういえばアクィラが施設にはカミキリムシがいたと言っていたような気がする。デスモーグに操られた用心棒というわけか。何か特別に調整されているのかも知れない。
 俺は通路を少し戻って様子を見ると、カミキリムシはすぐそこ、四ターフ7.2m程の距離だった。俺はすぐさま帯電球を撃つ。しかし、電撃を受けても僅かに速度を落としただけで、またすぐ歩き始める。
 カミキリムシは見たことがあるが駆除したことはない。珍しいといえば珍しい虫だ。何が弱点だったか……確か、凍結だ!
 記憶はあやふやだったが、とにかく撃つしかない。俺は凍結球を全力で引き絞り、カミキリムシを撃った。
 破裂音と共に起動し、冷却液が拡散する。油さえ凍らせる低温が一気にカミキリムシを霜の塊に変える。そして……動きが止まり目の色もほとんど消えた。凍結でよかったらしい。
 気を抜くのはまだ早い。天井から二匹、通路から三匹。大挙して押し寄せてくる。
「くそ、外はどうなってるんだ! 抑えきれねえぞ!」
 俺は天井のカミキリムシを凍結球で撃つ。凍り付いて動きが止まり、通路にさかさまに落ちる。だがその後ろにいた奴は止まらない。どうも芯で当てないと、周りで浴びても効果が薄いようだ。
 俺は二歩下がってもう一発撃つ。通路からくる一匹を止めるが、それだけだ。まだあと三匹いる。一体ずつ片付けても、しかしドアの所まで下がる間に追いつかれてしまうだろう。あと十歩も間隔はない。
「ウルクス! 来い!」
 遠くからアレックスの声が聞こえた。外は大丈夫になったのか? もうこれ以上カミキリムシの相手はしていられないし、行くしかない。
 もう一発だけカミキリムシを撃つ。しかし牙ではじかれて後方で炸裂した。外した。どれも止まらない。俺は諦めて背を向けてドアに向かって走り出した。
 だが、音を聞く限り外での戦いはまだ終わっていないようだった。ドアの直前で俺は止まる。
「ウルクス、どうした?! 早く来い! 長くはもたんぞ!」
 もう一度アレックスの声が聞こえた。もうすぐそこまでカミキリムシは来ている。
 ええい、どうにでもなれ! 俺はドアから外へ飛び出した。
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