機械虫の地平

登美川ステファニイ

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碧眼の魔性

第二十四話 亡霊

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「なん……だ……! 脚が……!」
 俺は激痛に膝をついたまま、その場から動けずにいた。ゾウムシがこちらを向いて前進してくるというのにだ。踏まれればもちろん、弾き飛ばされただけでも命が危うい。俺は腕の力だけで逃げようとしたが、這いずった程度ではゾウムシから逃げることはできなさそうだった。
 脚の感覚が鈍い。骨は折れてはいないようだが、思い切り殴られでもしたように脚がいう事を聞かない。何とか膝を持ち上げて足をつくが、力が入らず立てない。少しずつましになっている気はする。数分あれば何とか動けそうだったが、とてもそんな余裕はない。俺は何を食らったんだ? これが、旧世界の兵器というわけか。
「こっちを向け! 虫野郎!」
 オリバーがゾウムシの前を横断し、ゾウムシの顔めがけて弩を撃つ。ゾウムシはうるさそうにオリバーの方を向き、針路を変えた。助かった。だが根本的な問題は解決していない。弩であのゾウムシは殺せない。俺のスリングでやるしかないのだ。
「くそ……やってやるぜ!」
 俺は両足で立つことを諦め、両膝をついた状態でスリングを引き絞った。それでもまだふらふらと支えきれないが、そこまで精密な狙撃はいらない。あのでかい体に当てればいいのだ。
 オリバーが後退しながら弩を撃っている。だが矢が尽きて、新しい矢を装填している。ゾウムシはそれが好機とばかりにいななくように体を反らせ、そして口吻を震わせた。さっきの攻撃だ。
 俺は呼吸を止め、狙い、ゾウムシに烈火のスリング球を撃った。
 軽い破裂音と共に烈火球が炸裂する。ゾウムシの頭の右後ろだ。粘度の高い液体が周囲に飛び散り、炸裂時の火花に引火して急激に燃え上がる。
 ゾウムシが炎に反応して身を捩る。その弾みで口吻から例の攻撃が放たれた。オリバーは壁を蹴って大きく跳び、ゾウムシの背後へと逃げる。そしてさっきまで立っていた部分の壁が、ゾウムシの攻撃で大きくひしゃげた。強大な力で何度もぶん殴ったかのように、分厚い壁の外壁が変形していた。
 俺は壁に反射した奴を食らったからこの程度で済んだ。まともに食らっていたら、今頃ぐちゃぐちゃになっていただろう。原理は分からないが、衝撃そのものを飛ばす攻撃らしい。
「オリバー! 徹甲矢じりはないのか?!」
「元々この矢は徹甲矢じり並みの強さだ! それが通じないとは、恐るべき硬さだ……」
 息を切らせながらオリバーが答えた。
「じゃあ俺が仕留めるしかないな。奴には烈火球しか効かない……!」
 俺は膝を上げ、何とか床に足をつける。まだ痺れているが、何とか立てそうになってきた。
「あんたは奴の気を引いてくれ。俺が撃つ。図体がでかいから何発で効くか分らんが、あるだけ撃ちまくってやる!」
「分かった! あの口から出る攻撃には気をつけろ!」
 オリバーはそう言い、弩に電磁ブレードを装着した。
「電気は効かねえぞ!」
「やるだけはやってみるさ……」
 オリバーは方向転換しているゾウムシに向かって走り、ゾウムシの脇腹に電磁ブレードを突き立てた。電撃が走るが、しかし何の変化もない。それどころか脚を振り上げ、オリバーを蹴っ飛ばした。軽く触れた程度にしか見えなかったが、しかし、オリバーの体は軽々と飛んでいく。あの大きさは危険だ。全ての接触が致命傷になりかねない。オリバーはすぐに起き上がってゾウムシへの攻撃を再開しているが、さっきよりも精彩を欠いている。白い鎧があっても、今のは堪えたらしい。
「おら、今度はこっちだ! ゾウムシ!」
 俺は烈火球を顔面に向かって撃つ。眉間に直撃し、慌てたようにその場で足踏みをする。小型の虫であれば全身が過熱して動けなくなるが、二発当てた程度では効き目が薄いようだ。
 どこに当てればいい? 背中は駄目だ。硬い装甲がある。装甲の薄い箇所、装甲の無い箇所……。
「……腹か」
 知る限り、どんな虫でも腹には装甲がない。それは普通の虫と一緒だ。腹も金属でできてはいるが基部構造のみで、人の手でも壊せる程度の硬さだ。硬い関節部分を避ければ、全力のスリングなら体にめり込ませる事も可能かもしれない。
 だがどうやって腹に撃ち込む? 床に跳ねさせてからぶつけるのは無理だろう。床で起動してしまうか、仮に跳ねて腹に当たっても威力が死んでる。腹に直接撃ち込まねばならない。
 オリバーがゾウムシの周りを飛び回っている。その動きを、ゾウムシは虫を追い払うかのように脚や頭部を振って攻撃していた。大きくのけぞり、そして口吻が震える。またあの攻撃だ。ゾウムシは前四本の脚を上げ、腹を見せていた。今だ!
「くたばれ、デカブツ!」
 俺は烈火球を全力で引き絞り、放った。烈火球は空を裂き、ゾウムシの腹の平たい部分にぶち当たる。
 基部構造が割れ、烈火球はめり込みながら起動した。燃え上がる炎。炎はゾウムシの腹全体に広がって火勢を強めていく。
 ゾウムシが首の後ろから蒸気を噴出させた。低い音が鳴り、もうもうと蒸気が噴き上がる。急激な温度上昇で冷却が間に合っていない。効いている。
「そのまま寝てろ!」
 俺は更に烈火球をゾウムシの頭部に撃つ。二発! 三発! 炎に包まれ、ゾウムシの体が揺らぐ。そしてゴロンと床を震わせながら倒れ込んだ。
「しぶとい奴め……」
 ゾウムシは仕留めたが、烈火球はもう残っていなかった。帯電球が四発と、凍結球が四発きり。それが無くなれば俺はただの足手まといだ。
 そして肝心要の奴がまだ残っている。
 ビートル。
 スタッグと並んで最強の機械虫だ。大きく、力が強く、堅牢な装甲を持つ。虫狩りが倒そうとするなら、十人単位で人を集め、何基かの弩が必須だ。普通の矢だけで倒すのは極めて困難だ。恐らく無理だろう。その最強のビートルが、背中から爆雷を撃つというおまけ付きでそこにいる。吐き気がしてくるぜ。
 その化け物とアレックスはどうにかやり合っていた。というよりかろうじて逃げ続けているだけのようだが、それでも驚異的だ。白い鎧があればこそだろうが、しかし、ビートルの動きはゾウムシとは違う。明らかに速い。あの巨体でなんて素早く動きやがる。
 下手にスリングを撃てば、却ってアレックスを巻き込みかねない。しかし加勢しなければ、三人がかりでなければ倒すことは無理だろう。いや、本当に倒せるのか? モーグ族の戦士が二人いても、果たして倒すことが可能なのか。
 だが、やるしかない。この旅はそんなことの連続だった。毎回毎回、まったく、疲れるぜ。だが、やるしかないのだ。
「オリバー。ビートルを倒した経験は?」
 オリバーの肩を借りて、俺は何とか立つ。痺れが抜けて力が入るようになった。痛みはひどいが、動けなくはない。
「ビートルとの戦闘経験は無い。見るのも初めてだ。奴の弱点は?」
「帯電、烈火、凍結。どれも効きが悪い。装甲も硬い……俺も戦うのは初めてだが……弱点は無い。最強の機械虫だ」
「……電撃は全く効かないわけではないんだな?」
「大勢で帯電矢を撃って痺れさせて倒したって話は聞く。だから、効かないわけじゃないんだろ」
「ならば。あれが使えるか……」
 オリバーは呼吸を整えながら呟いた。何か考えがあるらしい。
「君は下がっていろ。我々で何とかする!」
 オリバーはそう言ってビートルの方へ走っていった。何か手があるのか? あの化け物を倒す算段が。
 アレックスはビートルに三本の矢を撃ち込んでいた。顔と胸の隙間。それと脚の付け根だ。しかし大した傷ではないらしく、ビートルは平気で動いている。
 直接殺すなら眉間だ。だが狙える隙間はほんの数クリッド数cmしかない。あれだけ激しく動き回るビートルの眉間を狙うのは、至難の業だろう。恐らく、俺にはできない。三本撃ち込んだだけでも大したものだ。
 下がっていろとは言われたが、スリングが届く距離まで近づく。しかし十ターフ十八mが限界だ。それ以上は、今の脚の状態では対応できない。
 オリバーはアレックスの後方で弩を構えた。
「アレックス! 電撃を直接体内に撃ち込むんだ! 二人同時に仕掛けるしかない!」
「分かった!」
 オリバーに答え、アレックスは後方に跳んだ。入れ替わるようにオリバーがビートルの周りを飛び回り、混乱させるように電磁ブレードで攻撃を仕掛ける。電撃の効果そのものは低いようだが、注意を引く役には立っているようだった。ビートルはアレックスには目もくれず、オリバーの姿を追いかけグルグルとその場を回りながら暴れている。
 その間にアレックスは電磁ブレードを弩に装着していた。
「用意はいいか、オリバー!」
 アレックスの声にオリバーが答える。
「いいぞ! 君は左から、俺は右だ! カウント、三、二、一」
 オリバーは数字を数えながらビートルの頭部の右側面に移動する。アレックスは左側面だ。そして同じように弩を前に構えた。
「今だ!」
 二人は同時にビートルに踊りかかった。弩を突き出し、電磁ブレードをビートルへと向ける。しかしその切っ先はビートルに向かってはいなかった。ビートルに刺さった矢だ。電磁ブレードは矢に触れ、電撃をビートルの内部へと走らせていた。
 ビートルの頭部全体に雷撃が走り、青い目が明滅する。
 オリバーとアレックスが離れる。ビートルはよろめくが、しかし、まだ倒れなかった。
 その頭部に、俺は帯電球を当てる。もう一度頭部全体が雷撃に包まれ、そしてビートルの脚から力が抜け、ゆっくりと床に伏せた。青い目は完全に消えていた。死んだようだ。
「やったのか……?」
 オリバーが距離を取りながらビートルを警戒する。
「死んだよ。あの目は死んだ色だ」
 ビートルの腹の横から蒸気が勢いよく漏れる。コンプレッサーが緩んで、内部の圧縮蒸気が漏れている。死んだ証拠だった。
「まさかあんな方法で内部に電気を通すとはな」
 俺はふらつきながら二人に歩み寄る。
「左右から電気を通すことで、内部の絶縁組織を無理矢理焼き切る。二人いなければ使えないが、効果があってよかった」
 アレックスが言った。どこか気の抜けた様子だった。
 無理もない。俺だって倒れ込みたい気分だ。しかし、これでこの施設の昆虫はあらかた片付いたはずだ。あとはどうにかこの部屋から出て、アクィラを探すだけだ。
「しぶといな。まさか生き残るとは思わなかったぞ」
 頭上からまたジョンの声が聞こえた。
「因縁は自ら断ち切らねばならぬようだな。それに、出し惜しみもするべきではない」
 部屋ががくんと震え、そして低く鈍い音が聞こえ始めた。これは……さっきも聞いた音だ。虫の起動音。だがどこに? ビートルもゾウムシもテントウムシも動いていない。この部屋には機械虫はもういない。
 壁が裂けた。金属が裂ける甲高い音とともに長い刃が壁から飛び出し、金属の壁を真横に強引に切り裂いていく。火花が散り、破片が跳ね飛んでいく。天井の照明が明滅し、まるで地震のように部屋を揺らした。
 部屋の三分の一ほどの幅の壁を切り裂き、刃は止まった。本数は二本。そして、壁の向こう側から頭をねじ込んで強引にその刃の持ち主が現れた。
 サーベルスタッグ。
 巨大な銀のクワガタ。ビートルと並び立つ最強の機械虫。だが、こいつはさっきのビートルよりもでかい。刃先から尻までで七ターフ約十三mはありそうだった。
「アレックス、貴様は俺が殺す。他の奴らは、せいぜいそいつに可愛がってもらうんだな。そいつは人間が大好きだ。逃げ惑い踏み潰された人間の死体がな」
 ジョンの声が途絶えた。そしてサーベルスタッグは壁を破壊しながらこっちの部屋に移動してくる。コンプレッサーが唸りを上げ、高温の蒸気を噴出する。全身の機構が駆動し、その体が獰猛に前に進んでいく。
 頭の中が真っ白になった。
 サーベルスタッグ……親父を殺した機械虫。俺の目の前にあの時の光景が広がる。仲間の死体。真っ二つになった親父。何も出来なかった俺。
 過去の亡霊が、再び俺の前に姿を現していた。
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