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碧眼の魔性
第二十六話 碧眼の魔性
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矢は過たずサーベルスタッグの脳天を貫いた。目と目の間を抜け、そのまま内部の脳をも貫く。
痺れたようにサーベルスタッグの全身がひきつり、そしてゆっくりと力が抜けていった。赤い目は狂気から解放され光を失い、そこにはただ、機械虫の骸が座していた。
だが、まだ終わってはいない。俺はアレックスの矢を拾い、番えた。アクィラを取り戻すまで、休んでいる暇などない。まだジョンが残っている。
「馬鹿な……ただの矢でこいつを仕留めるなど……ありえん!」
ジョンはアレックスの腹に蹴りを入れ、壁際に吹き飛ばした。アレックスはもう、立っているのも限界のようだった。しかしモーグ族の戦士は諦めず、壁に手をかけながら立ち続けていた。
「ジョン、終わりだ! 頼みの虫はもういない!」
俺はジョンの右手めがけて矢を射る。まともに扱うのは十年ぶりくらいだが、矢は俺の感覚を良く捉え、ジョンが持っていた剣を叩き落とす。ジョンは怯み、一歩後ろに飛んだ。
ジョンは俺の方へ向き直り叫んだ。
「だがもう遅い! 信号は発信され、今頃地上では虫たちが首都めがけて移動している! たとえ俺を殺しても、それはもう止められん!」
「そうかよ!」
俺は矢をもう一度ジョンに向かって射る。連射だ。しかしジョンは軽い身ごなしで全てを躱す。三射目の矢も右に転がりながらよけ、ジョンはさっき落とした剣を拾い直した。
「虫狩りが! 調子に乗るな!」
ジョンが俺の方へ走ろうと足を踏み出した。
そこで、アレックスが動いた。壁を蹴り一気に加速し、踏み込み、その右拳を地面すれすれから弧を描くようにして引き上げていく。
「な――」
虚を突かれたのか、ジョンは反応できなかった。
アレックスの拳が真下からジョンの顔を打ち抜いた。これ以上はないという速度、タイミングだった。ジョンの体は半ターフ程浮かび上がり、仮面は砕けて飛んでいく。そしてジョンは、濡れ雑巾のように床に落下していった。
「……一度、お前の顔をぶん殴ってやりたかった」
アレックスはぼそりと呟いた。
「殺した……のか?」
俺は念のため矢で狙ったままジョンに近づいていく。動く気配はなかったが、この男はどうにも油断がならない。
「死んではいない。心臓の音がまだ聞こえる……」
仮面が吹き飛んで素顔があらわになっている。そう言えば、ジョンの顔を見るのはこれが初めてだ。白い肌、色の薄い髪。目はつむってるから色は分からないが、きっと青いのだろう。もっと悪そうな顔をしているかと思ったが、拍子抜けするほど普通の男だった。
「アクィラがどこにいるか聞き出せるか?」
「そうだな。私も確認しなければいけないことがある」
そういうと、アレックスはジョンの襟首をつかんで力任せに持ち上げた。そして鎧の脇にある何かを操作した。すると、ジョンの黒い鎧の中で火花が散るような音が聞こえた。その度にジョンの体が跳ね、それが数回続いた。
「うぅ……あ……」
ジョンが呻き声をあげて僅かに動いた。気が付いたようだ。するとアレックスは手を放し、そのまま無造作にジョンを床に落とした。
「ぐ……ぬ……」
ジョンは仰向けのまま、目を開いた。そして歯噛みしながらアレックスを睨む。
「鎧の覚醒装置を使った。気分は最悪だろうが、答えてもらおう」
「く、くく……俺が……答えると思うか」
口の端から血をこぼしながら、ジョンが不敵に笑った。
「まず、アクィラはどこだ」
「ふふ……この施設の中だよ」
「最深部の統合端末室か」
「さあね。行って確かめろ……」
俺はジョンを蹴っ飛ばしてやりたくなったが、アレックスに任せておくことにした。しかしこの様子じゃ、何を聞いても無駄の様な気がする。
「お前たちはどこで感応制御装置の情報を手に入れた」
「お前たちの知らぬ所でだ」
アレックスがジョンの胸を踏みつける。そのまま体重をかけるように踏み込み、ジョンの鎧が軋む音を上げた。
「ぐ……あっ!」
ジョンは血を吐いて苦しそうにしだした。だがアレックスは足に込める力を緩めなかった。
「どこの施設で見つけた? どうやって見つけたんだ」
「……森の、奥さ」
ジョンは血走った目でアレックスを睨み、血の絡んだ舌でそう言った。
アレックスはしばらくジョンを見ていたが、足を離した。そして持っていた電磁ブレードでジョンの首を軽く突き、もう一度眠らせた。
「森か。やはりそうなのか……」
「おい、お前の要件も重要なんだろうが、アクィラは結局どこにいるんだよ?」
「最深部だ。ジョンが出てきたドアの奥にあるはずだ」
「よし、行こ――」
突然爆発するような音が聞こえた。それも一度じゃない。連続して何かが爆発している。かなり近い……隣……さっきの機械室か?
機械室のある方の壁を見ると、壁の様子がおかしかった。サーベルスタッグにやられた傷、その裂けた隙間から赤い光が見える。揺れている……まるで何かが燃えているかのようだ。そして、壁の隙間から炎が噴き出し、更に爆発して壁の一部が吹き飛んだ。
機械室は燃えていた。バチバチと火花を散らしながら燃え、どす黒い煙をもうもうと噴き上げている。
「施設を……破壊したのか? 一体誰が?」
アレックスが驚いたように言った。
「おい、どういうことだよ!」
「旧世界の施設の中には、情報を隠匿するために自壊プロセスが用意されている場合がある。要するに、全てを燃やして消してしまうんだ。しかし信号を発信し続ける必要があるのに、誰がそんなことを?」
「そんなことより、このままだとアクィラはどうなるんだよ!」
「急ぐしかない。行くぞ! オリバーは退路を探せ!」
「分かった」
俺たちはジョンが出てきたドアを開けて外に出た。出る前に一瞬ジョンを振り返ったが、奴は床でのびたままだった。このまま放っておけば死ぬだろうが、しかし、わざわざ奴を助けに戻る義理もない。こいつのせいで、シャディーンとタナーンは死んだんだ。死をまき散らした男。最期は自分で責任を取るべきだろう。
部屋の外に出ると、相変わらず爆発するような音が続いていた。それに通路にも黒い煙が広がり始めていた。かなり危険だ。山火事の時に聞いたことがあるが、こういう煙を吸うと動けなくなってそのまま死んでしまうらしい。アレックス達は鎧で平気かも知れないが、特に俺は危険だ。姿勢を低くして二人についていく。
「ここか」
通路の反対側にドアがあった。鍵がかかっているようだったが、アレックスが蹴破って中に入っていく。オリバーは階段の方に退路を確認しにいった。
「アクィラ!」
「アクィラ! どこだ!」
俺たちはアクィラを呼びながら進んでいく。しかし返事はどこからも聞こえない。
ドアの先は通路になり、左右に部屋が続いていた。でかいガラスがはめてあって部屋の中が見えるが、人影はなかった。見慣れない道具や、様々な機械が並んでいる。しかしアクィラの姿はない。最初の時と同じように妙なガラスの筒にでも入っているかもしれないと思って見てみるが、それらしい物はなかった。
「ウルクス! この奥だ!」
この通路にも煙が入ってきて、三ターフ先も見えなくなってきた。前に進むとアレックスがいて、突き当りにはドアがあった。今度は蹴破れそうなちゃちなドアじゃなくて、ごつい金属製の分厚いドアだった。
「恐らくここだ。いるとすればここしかない。いま開錠する!」
アレックスは右手のグローブから線を引き出し、それをドアの装置に差し込んだ。そして何か操作をし始めた。
俺はドアノブをひねって押したり引いたりしてみるが、一向にドアは動かない。グローブの力で思い切りやってみるが、どれほど力んでもドアは開こうとしなかった。
「人間の力では無理だ。この鎧でもな。システムを解析しているから、少し待て」
「こんな状態で待っていられるかよ! アクィラ! アクィラ、いるのか!」
俺はドアを叩いて呼びかける。顔の高さにのぞき窓のようなガラスがあって、そこから中を見ることができる。この部屋はまだ燃えていない。煙も入っていないようだった。
「アクィラ……アクィラか?! おい、アクィラ! 助けに来たぞ、おい!」
部屋の奥に人影が見えた。小さい……子供のようだった。そいつが近づいてきて、顔が見える。アクィラだ!
「おい、アレックス! アクィラがいたぞ! 早く開けてくれ!」
「すまない、もう少し待ってくれ!」
アレックスは開けるのにもたついているが、アクィラは見つけることができた。あとはここから一緒に逃げるだけだ。
扉の向こうからアクィラが近づいてくる。その表情は、どこか怯えているように見えた。最初に出会った時と同じような……。
「あなたは……誰?」
「何?」
ドアの向こうからアクィラが聞いてきた。 誰、だと? 寝ぼけているのか? それとも冗談なのか? それに……目が青い光を放っている。様子がおかしい。まるで虫の目だ。
「俺はウルクスだ、何言ってる? アレックスもいるぞ!」
「ウルクス……アレックス……分からない。私は誰なの?」
そう言いながら、アクィラは涙を流していた。
俺たちの事を忘れた? 何があったんだ? ジョンのくそ野郎が何かしやがったのか?
「逃げて……ここは、もうすぐ崩壊する」
その声はアクィラのものだったが、喋り方は別人のようだった。
「ああ、逃げる、逃げるよ……お前も一緒だ! このドアを開けてくれ、アクィラ!」
「駄目……分かったの、私……システムとアクセスして、全部見てしまったの……この力が、もう一度文明を滅ぼしてしまう……私が生きている限り、機械虫の侵攻は止まらないの……この青い目が死を呼び寄せてしまう!」
アクィラは力のない声でそう言った。その目の青い光が輝きを増し、炎のように揺らめく。
そして、アクィラはドアから一歩後ろに下がった。
「何を……言ってるんだ! お前は俺と一緒に帰るんだよ! 家に帰るんだ!」
煙が通路の天井から段々と下に降りてきて、もうのぞき窓のガラス近くまで下がってきていた。俺は咳込みながらアクィラに話しかける。
「その装置はアレックスがきっと何とかしてくれる! 帰るんだ! 一緒に帰るんだよ!」
「駄目よ……感応制御装置は滅びの技術。また文明が滅ぶ前に、ここで眠らせなければいけない……私はもう二度と過ちを繰り返したくない……あの日守れなかった約束を、今果たすの……」
完全に別の人間のようだった。アクィラの姿をした誰かが、このドアの向こうにいる。アクィラは、一体どこへ行ってしまったんだ。
「何を言ってるんだよ! お前は……お前は、アクィラだろ! そう言ってくれ!」
「アクィラ……違う、私はエルザ。ここはきっと遠い未来の世界なのね。人は滅ばなかった。けれど、また愚かなことを繰り返している」
「やめろ! お前は誰なんだ! おい、アレックス! 早く開けろ!」
俺はドアを殴りつける。アレックスはドアを開けようとしているが、一向に開く様子がない。
「くそ! ここまで来て! 何なんだ! アクィラはどうなっちまったんだ!」
俺はドアに頭をぶつける。どうして。どうしてなんだ! あと少しだというのに、何故こんなことになるんだ! 煙はますます増えてきて、立ったままでは呼吸もままならなくなってきた。
操作を続けながら、アレックスが呟くように言った。
「……恐らく、旧世界の技術を操作するときに、保管されていた記憶も一緒に読み込んでしまったんだ。アクィラが持つ遺伝子コードに合致する人物の情報を。あれは恐らく、旧世界が滅んだ時に生きていた人間の情報だ」
「……アクィラはどこへ行ったんだ?」
「分からん。記憶が消えたのか、それとも一時的に混乱しているだけなのか……くそ、開かない! 内側から物理的にロックされている! 彼女が開けない限り中に入れない!」
「おい、お前! お前が誰でもいい! 一緒に来てくれ! その装置は必ず封印する! だから……頼む……このドアを開けて、アクィラを返してくれ!」
「あなたの事を憶えている気がする。優しい人。私のこの涙は、私の中のもう一人が流している涙……ごめんなさい。私はここで死ななければならない。この施設と一緒に、この青い光を封じなければならない」
アクィラがドアに手を伸ばす。その手がのぞき窓に触れる。俺はガラス越しに、その手に自分の手を重ねた。アクィラの目の青い光が一層強くなる。
「さようなら……どうか、あなた達は生きて――」
部屋の中で爆発が起きた。炎と衝撃。ドアが内側からの衝撃に大きく揺れ、俺とアレックスは吹き飛ばされる。
どうにか頭を起こしてドアの方を見る。覗き窓にはひびが入っていたが、ドア自体はまだ閉じたままだった。
俺は気を失いそうになりながら、手を伸ばした。ドアの向こうに、アクィラがいるのだ。だがのぞき窓には赤々とした炎が映る。青い光は見えなかった。
アクィラ……。
俺はもう一度アクィラの名を呼んだ。しかし、その声はアクィラに届いただろうか? 俺の意識は、そこで途切れた。
痺れたようにサーベルスタッグの全身がひきつり、そしてゆっくりと力が抜けていった。赤い目は狂気から解放され光を失い、そこにはただ、機械虫の骸が座していた。
だが、まだ終わってはいない。俺はアレックスの矢を拾い、番えた。アクィラを取り戻すまで、休んでいる暇などない。まだジョンが残っている。
「馬鹿な……ただの矢でこいつを仕留めるなど……ありえん!」
ジョンはアレックスの腹に蹴りを入れ、壁際に吹き飛ばした。アレックスはもう、立っているのも限界のようだった。しかしモーグ族の戦士は諦めず、壁に手をかけながら立ち続けていた。
「ジョン、終わりだ! 頼みの虫はもういない!」
俺はジョンの右手めがけて矢を射る。まともに扱うのは十年ぶりくらいだが、矢は俺の感覚を良く捉え、ジョンが持っていた剣を叩き落とす。ジョンは怯み、一歩後ろに飛んだ。
ジョンは俺の方へ向き直り叫んだ。
「だがもう遅い! 信号は発信され、今頃地上では虫たちが首都めがけて移動している! たとえ俺を殺しても、それはもう止められん!」
「そうかよ!」
俺は矢をもう一度ジョンに向かって射る。連射だ。しかしジョンは軽い身ごなしで全てを躱す。三射目の矢も右に転がりながらよけ、ジョンはさっき落とした剣を拾い直した。
「虫狩りが! 調子に乗るな!」
ジョンが俺の方へ走ろうと足を踏み出した。
そこで、アレックスが動いた。壁を蹴り一気に加速し、踏み込み、その右拳を地面すれすれから弧を描くようにして引き上げていく。
「な――」
虚を突かれたのか、ジョンは反応できなかった。
アレックスの拳が真下からジョンの顔を打ち抜いた。これ以上はないという速度、タイミングだった。ジョンの体は半ターフ程浮かび上がり、仮面は砕けて飛んでいく。そしてジョンは、濡れ雑巾のように床に落下していった。
「……一度、お前の顔をぶん殴ってやりたかった」
アレックスはぼそりと呟いた。
「殺した……のか?」
俺は念のため矢で狙ったままジョンに近づいていく。動く気配はなかったが、この男はどうにも油断がならない。
「死んではいない。心臓の音がまだ聞こえる……」
仮面が吹き飛んで素顔があらわになっている。そう言えば、ジョンの顔を見るのはこれが初めてだ。白い肌、色の薄い髪。目はつむってるから色は分からないが、きっと青いのだろう。もっと悪そうな顔をしているかと思ったが、拍子抜けするほど普通の男だった。
「アクィラがどこにいるか聞き出せるか?」
「そうだな。私も確認しなければいけないことがある」
そういうと、アレックスはジョンの襟首をつかんで力任せに持ち上げた。そして鎧の脇にある何かを操作した。すると、ジョンの黒い鎧の中で火花が散るような音が聞こえた。その度にジョンの体が跳ね、それが数回続いた。
「うぅ……あ……」
ジョンが呻き声をあげて僅かに動いた。気が付いたようだ。するとアレックスは手を放し、そのまま無造作にジョンを床に落とした。
「ぐ……ぬ……」
ジョンは仰向けのまま、目を開いた。そして歯噛みしながらアレックスを睨む。
「鎧の覚醒装置を使った。気分は最悪だろうが、答えてもらおう」
「く、くく……俺が……答えると思うか」
口の端から血をこぼしながら、ジョンが不敵に笑った。
「まず、アクィラはどこだ」
「ふふ……この施設の中だよ」
「最深部の統合端末室か」
「さあね。行って確かめろ……」
俺はジョンを蹴っ飛ばしてやりたくなったが、アレックスに任せておくことにした。しかしこの様子じゃ、何を聞いても無駄の様な気がする。
「お前たちはどこで感応制御装置の情報を手に入れた」
「お前たちの知らぬ所でだ」
アレックスがジョンの胸を踏みつける。そのまま体重をかけるように踏み込み、ジョンの鎧が軋む音を上げた。
「ぐ……あっ!」
ジョンは血を吐いて苦しそうにしだした。だがアレックスは足に込める力を緩めなかった。
「どこの施設で見つけた? どうやって見つけたんだ」
「……森の、奥さ」
ジョンは血走った目でアレックスを睨み、血の絡んだ舌でそう言った。
アレックスはしばらくジョンを見ていたが、足を離した。そして持っていた電磁ブレードでジョンの首を軽く突き、もう一度眠らせた。
「森か。やはりそうなのか……」
「おい、お前の要件も重要なんだろうが、アクィラは結局どこにいるんだよ?」
「最深部だ。ジョンが出てきたドアの奥にあるはずだ」
「よし、行こ――」
突然爆発するような音が聞こえた。それも一度じゃない。連続して何かが爆発している。かなり近い……隣……さっきの機械室か?
機械室のある方の壁を見ると、壁の様子がおかしかった。サーベルスタッグにやられた傷、その裂けた隙間から赤い光が見える。揺れている……まるで何かが燃えているかのようだ。そして、壁の隙間から炎が噴き出し、更に爆発して壁の一部が吹き飛んだ。
機械室は燃えていた。バチバチと火花を散らしながら燃え、どす黒い煙をもうもうと噴き上げている。
「施設を……破壊したのか? 一体誰が?」
アレックスが驚いたように言った。
「おい、どういうことだよ!」
「旧世界の施設の中には、情報を隠匿するために自壊プロセスが用意されている場合がある。要するに、全てを燃やして消してしまうんだ。しかし信号を発信し続ける必要があるのに、誰がそんなことを?」
「そんなことより、このままだとアクィラはどうなるんだよ!」
「急ぐしかない。行くぞ! オリバーは退路を探せ!」
「分かった」
俺たちはジョンが出てきたドアを開けて外に出た。出る前に一瞬ジョンを振り返ったが、奴は床でのびたままだった。このまま放っておけば死ぬだろうが、しかし、わざわざ奴を助けに戻る義理もない。こいつのせいで、シャディーンとタナーンは死んだんだ。死をまき散らした男。最期は自分で責任を取るべきだろう。
部屋の外に出ると、相変わらず爆発するような音が続いていた。それに通路にも黒い煙が広がり始めていた。かなり危険だ。山火事の時に聞いたことがあるが、こういう煙を吸うと動けなくなってそのまま死んでしまうらしい。アレックス達は鎧で平気かも知れないが、特に俺は危険だ。姿勢を低くして二人についていく。
「ここか」
通路の反対側にドアがあった。鍵がかかっているようだったが、アレックスが蹴破って中に入っていく。オリバーは階段の方に退路を確認しにいった。
「アクィラ!」
「アクィラ! どこだ!」
俺たちはアクィラを呼びながら進んでいく。しかし返事はどこからも聞こえない。
ドアの先は通路になり、左右に部屋が続いていた。でかいガラスがはめてあって部屋の中が見えるが、人影はなかった。見慣れない道具や、様々な機械が並んでいる。しかしアクィラの姿はない。最初の時と同じように妙なガラスの筒にでも入っているかもしれないと思って見てみるが、それらしい物はなかった。
「ウルクス! この奥だ!」
この通路にも煙が入ってきて、三ターフ先も見えなくなってきた。前に進むとアレックスがいて、突き当りにはドアがあった。今度は蹴破れそうなちゃちなドアじゃなくて、ごつい金属製の分厚いドアだった。
「恐らくここだ。いるとすればここしかない。いま開錠する!」
アレックスは右手のグローブから線を引き出し、それをドアの装置に差し込んだ。そして何か操作をし始めた。
俺はドアノブをひねって押したり引いたりしてみるが、一向にドアは動かない。グローブの力で思い切りやってみるが、どれほど力んでもドアは開こうとしなかった。
「人間の力では無理だ。この鎧でもな。システムを解析しているから、少し待て」
「こんな状態で待っていられるかよ! アクィラ! アクィラ、いるのか!」
俺はドアを叩いて呼びかける。顔の高さにのぞき窓のようなガラスがあって、そこから中を見ることができる。この部屋はまだ燃えていない。煙も入っていないようだった。
「アクィラ……アクィラか?! おい、アクィラ! 助けに来たぞ、おい!」
部屋の奥に人影が見えた。小さい……子供のようだった。そいつが近づいてきて、顔が見える。アクィラだ!
「おい、アレックス! アクィラがいたぞ! 早く開けてくれ!」
「すまない、もう少し待ってくれ!」
アレックスは開けるのにもたついているが、アクィラは見つけることができた。あとはここから一緒に逃げるだけだ。
扉の向こうからアクィラが近づいてくる。その表情は、どこか怯えているように見えた。最初に出会った時と同じような……。
「あなたは……誰?」
「何?」
ドアの向こうからアクィラが聞いてきた。 誰、だと? 寝ぼけているのか? それとも冗談なのか? それに……目が青い光を放っている。様子がおかしい。まるで虫の目だ。
「俺はウルクスだ、何言ってる? アレックスもいるぞ!」
「ウルクス……アレックス……分からない。私は誰なの?」
そう言いながら、アクィラは涙を流していた。
俺たちの事を忘れた? 何があったんだ? ジョンのくそ野郎が何かしやがったのか?
「逃げて……ここは、もうすぐ崩壊する」
その声はアクィラのものだったが、喋り方は別人のようだった。
「ああ、逃げる、逃げるよ……お前も一緒だ! このドアを開けてくれ、アクィラ!」
「駄目……分かったの、私……システムとアクセスして、全部見てしまったの……この力が、もう一度文明を滅ぼしてしまう……私が生きている限り、機械虫の侵攻は止まらないの……この青い目が死を呼び寄せてしまう!」
アクィラは力のない声でそう言った。その目の青い光が輝きを増し、炎のように揺らめく。
そして、アクィラはドアから一歩後ろに下がった。
「何を……言ってるんだ! お前は俺と一緒に帰るんだよ! 家に帰るんだ!」
煙が通路の天井から段々と下に降りてきて、もうのぞき窓のガラス近くまで下がってきていた。俺は咳込みながらアクィラに話しかける。
「その装置はアレックスがきっと何とかしてくれる! 帰るんだ! 一緒に帰るんだよ!」
「駄目よ……感応制御装置は滅びの技術。また文明が滅ぶ前に、ここで眠らせなければいけない……私はもう二度と過ちを繰り返したくない……あの日守れなかった約束を、今果たすの……」
完全に別の人間のようだった。アクィラの姿をした誰かが、このドアの向こうにいる。アクィラは、一体どこへ行ってしまったんだ。
「何を言ってるんだよ! お前は……お前は、アクィラだろ! そう言ってくれ!」
「アクィラ……違う、私はエルザ。ここはきっと遠い未来の世界なのね。人は滅ばなかった。けれど、また愚かなことを繰り返している」
「やめろ! お前は誰なんだ! おい、アレックス! 早く開けろ!」
俺はドアを殴りつける。アレックスはドアを開けようとしているが、一向に開く様子がない。
「くそ! ここまで来て! 何なんだ! アクィラはどうなっちまったんだ!」
俺はドアに頭をぶつける。どうして。どうしてなんだ! あと少しだというのに、何故こんなことになるんだ! 煙はますます増えてきて、立ったままでは呼吸もままならなくなってきた。
操作を続けながら、アレックスが呟くように言った。
「……恐らく、旧世界の技術を操作するときに、保管されていた記憶も一緒に読み込んでしまったんだ。アクィラが持つ遺伝子コードに合致する人物の情報を。あれは恐らく、旧世界が滅んだ時に生きていた人間の情報だ」
「……アクィラはどこへ行ったんだ?」
「分からん。記憶が消えたのか、それとも一時的に混乱しているだけなのか……くそ、開かない! 内側から物理的にロックされている! 彼女が開けない限り中に入れない!」
「おい、お前! お前が誰でもいい! 一緒に来てくれ! その装置は必ず封印する! だから……頼む……このドアを開けて、アクィラを返してくれ!」
「あなたの事を憶えている気がする。優しい人。私のこの涙は、私の中のもう一人が流している涙……ごめんなさい。私はここで死ななければならない。この施設と一緒に、この青い光を封じなければならない」
アクィラがドアに手を伸ばす。その手がのぞき窓に触れる。俺はガラス越しに、その手に自分の手を重ねた。アクィラの目の青い光が一層強くなる。
「さようなら……どうか、あなた達は生きて――」
部屋の中で爆発が起きた。炎と衝撃。ドアが内側からの衝撃に大きく揺れ、俺とアレックスは吹き飛ばされる。
どうにか頭を起こしてドアの方を見る。覗き窓にはひびが入っていたが、ドア自体はまだ閉じたままだった。
俺は気を失いそうになりながら、手を伸ばした。ドアの向こうに、アクィラがいるのだ。だがのぞき窓には赤々とした炎が映る。青い光は見えなかった。
アクィラ……。
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