機械虫の地平

登美川ステファニイ

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第二章 赫灼たる咆哮

第二話 彫り物の男

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 旅立ってから五日が経っていた。タバーヌとの国境でもあるオクスマ山を越え、既にラカンドゥに入っていた。
 国境の関所で揉めることもなく、天気も良好で車を引いている虫たちも元気いっぱいだ。一台に十五人ほどが乗っているが、三頭立ての虫車は結構な坂道でも力強く走っていく。
 ずっとガタガタと揺られ続け、空を見たり遠くの景色を見たり。はっきり言って詰まらんが、観光に来たわけでもないし、旅の道中なんてこんなもんだろう。
 三か月前と違うのは、俺は寝てるだけでいいし、変な連中に襲われる心配がないという事だった。
 この虫車の隊列は総勢百人程だ。俺のような乗客を乗せた虫車が三台と、その他に商人の虫車もいるが、この商人が隊の元締めだ。警護役に戦士が十名と、四人の虫狩りがいて、こいつらは客用のとは別の小さな虫車に分かれて乗っている。
 機械虫や野盗に襲われた場合の警護だが、今の所は何も問題はないようだった。野盗の多い治安の悪い地域もあると聞くが、今回の旅はそことは関係ない。
 南東の方角にカイディーニ山脈がずっと続いているが、シドが聞いた噂の出所はその地域だという。カイディーニ山脈は延長がざっと七百タルターフ一二〇〇kmはあるが、その範囲全部を探すのは無理だ。少なくとも一か月では無理だから、一番人が多いと言われるセティマという森の近くへ行ってみるつもりだった。
 ラカンドゥは森が少なく、平原がずっと続いている。時々森が見えるがそれはごく限られた範囲だけで、数百ターフ数百mの範囲にだけこじんまりと木々が生えている。大体川沿いにあるか、あるいは小規模の池などがあって隣接するように森がある。池の水源は川で、井戸を掘らなくても昔から自噴している水場らしい。南東のカイディーニ山脈は夏でも頂上部分は雪が残っているらしいが、そこから流れてくる水がいくつも川を作っている。ラカンドゥの街はその川沿いで、そして森のある場所に作られていることが多い。
 暇なので、虫車の前の方、御者台の後ろから外の様子を見てみる。青い空が広がり、少し赤茶けた大地とうっすらと緑の平原がまだらに広がっている。いつもの風景だ。しかし今は、目を凝らすと揺らぐ大気の向こう、一タルターフ1.8kmほど先に森のような黒々とした地形が見えた。
「森かい、ありゃあ?」
 御者に聞くと、御者は大きなあくびをして答えた。
「ああ、あれが次の街だよ。テシュだ。今日はあそこに泊まるのかな……次の街まで行こうとすると夜中だから、多分今日はテシュまでだ」
「テシュ、ね。でかい町なのか」
「町より森の方がでかいよ。人口が二千人くらいだったかな……秋鳥亭ってとこの鶏肉料理はうまいぜ」
「鶏か。客向けだと値が張りそうだな」
「はは! 隣の国にまで遊びに来ている御大尽様が晩飯の金の心配かね!」
「御大尽? 冗談じゃねえ。こちとら有り金をはたいてこれに乗ってるんだからな。贅沢はできないさ」
 御者がちらりと振り向き俺の姿を見る。
「虫狩りのようだが、客というのは珍しいな。食い詰め者って顔でもない。いい儲け話でもあったのかい?」
「金は出ていく一方さ。帰る金は何とか稼がないと……こっちに来たのは野暮用だよ……」
「野暮とカメムシは嫌われる……ま、聞かないでおくよ」
 御者は姿勢を正し、もう一度あくびをして虫の手綱を握りしめた。森を眺めてても仕方がないので、俺も客車に戻って椅子に座る。
 御者は御大尽といったが、確かに他の連中はそれなりにいい身なりをしている。俺のような、いかにも虫狩りってのは他に誰もいない。ラカンドゥまで行くとすれば商いが目的なんだろう。観光なんざ時間と金の浪費だが、そういう事の出来る奴もいるのかも知れない。本当の金持ちになると、こんな乗り合いの虫車ではなく、自分専用の豪華な客車を用意して旅をするというが、今回の旅にはそういうやつはいなかった。元締めの奴も普通の客車に自分たちの身内だけ乗せているようだった。
 アレックスから三か月前にもらった三十銀クォータ四十万円弱があったが、そのうち十銀クォータ約一三万円はこの虫車の旅費として支払った。残りは二十二五万円。帰りの旅費が同じくらいだとすると、使えるのはその半分の約一三万円だけだ。財布やらポケットに分けて入れて、荷物の中にも隠してある。帰りの運賃分は荷物の一番下に綿と一緒に詰めて音が出ないように隠してある。
 十銀クォータ約一三万円は使えると思えば多少の贅沢はしていい気もしたが、一か月の生活費としてはぎりぎりの額だ。最悪の場合は、本当にこっちで虫狩りの仕事でもして金を稼ぐしかない。あるいは徒歩で帰るかだ。
 まあそれは、今回の旅においてはどうでもいいことだ。肝心なのはアクィラの事で、あいつを見つけないことには始まらない。情報を聞き出すのに金を使わなきゃいけないようなこともあるだろうし、金はなるべく節約しておきたかった。
 もうじきテシュに着く。恐らく他の旅の客なども滞在しているだろう。奇妙な女と虫の噂……ここに来るまでに二つの町に寄ったが、そこでは空振りだった。テシュでは何かの情報が見つかるよう祈るしかない。さもないと延々とカイディーニ山脈を調べて回るしかなくなる。
 ああ、くそ。アレックスめ。お前のせいだぞ。お前らがさっさと何とかしてくれていれば、こんなことにならずに済んだのに。

 テシュについて夜になった。野営の時は隊で食事を用意してくれるが、町に泊まる時は各自で何とかすることになっている。
 俺は御者に聞いた秋鳥亭に入り、鶏を半分に割って姿焼きにしたような半身焼きというのを美味そうに食う他の客を睨みながら、一番安い野菜のスープとパンを頼んだ。
 野菜のスープには申し訳程度に肉の切れっ端が入っていた。鶏の骨を煮込んでスープにしているらしく、その骨についていた肉らしい。俺はそれを大事に大事に噛みしめながら食事をする。
 周りの客を見ると、一緒の隊の連中もいるが、それ以外の客も半分くらいいるようだ。駐機場には別の隊らしい虫車が四台止まっていたので、そっちの連中だろう。
 商人同士で知り合いらしい奴らが、一緒になって食事をしているテーブルもあった。他にも虫狩りが何人かいたが、奇妙な虫という事であれば商人より彼らに聞く方が早いかもしれない。
 しかし飯を食っている時にいきなり話しかけるのはなかなか難しい。二つ隣の建物は酒場だったから、聞くのならそっちでだろう。あるいは外で暇そうにしている奴を探すかだ。
 俺はかすかに鶏の味がするスープを飲みながら、客達の品定めをした。

 食事が終わり旅行客が暇そうに外をうろつきだした所で、俺は目星をつけていた商人たちや虫狩りに話しかけた。酒場の中でも同様に話しかけてみたが、結局新しい情報はなかった。
 奇妙な女と虫の噂。噂自体を知っているものは何人かいたが、それ以上の情報は持っていなかった。俺と同じように誰かに聞いたというだけだった。もっと具体的にこの町で、この森でという話が聞きたかったのだが、その情報を持っている奴はいなかった。
 俺がその情報を探しているという情報はいくらか広まっただろうから、もし知っている奴がいれば逆に俺に話を持ってきてくれるかもしれない。しかし今の所望み薄だった。
 町の入り口側は店と客で賑わっているが、奥の方は静かなものだった。どうやら手前は客向けの施設で、奥は町の住人の建物が集まっているらしい。
 住人である彼らに聞いて回るのも一つの手だったが、変な苦情が隊長に行くと迷惑な客として俺が隊から追い出される恐れがある。それに確実に情報が得られるという保証もないから、それをやるとしても今ではないだろう。
 奇妙な女と虫の噂は、結構広まっているようだ。十人に聞けば三人くらいは知っている感じだ。地道に聞いていけばいつか詳しい情報が分かるかもしれないが……時間が経つとその噂自体が忘れられる可能性もある。
 やはり一人だけで調べるのは難しい。かといって人を雇う余裕はない。アクィラを探す旅は始まったばかりだが、何だかもう行き詰ってしまったような気分だ。
 今日はもう諦めて、屋台で甘酒を買って酔い覚ましに飲むことにした。
 外を出歩いている人影も少し減ってきた。寝るにはまだ早いが、酒を飲まない連中は自分の隊の所に戻ったようだ。金がある奴はこの町の宿屋に泊まるが、大半は隊の用意するテントで雑魚寝だ。俺も甘酒を飲んだら戻るとしようか。
「なあ、あんた」
 声の方を向くと、そこには見知らぬ男が立っていた。旅に同行している連中ではない。もう一つの隊の客だろうか。
「あんた、女を探しているのかい?」
「女?」
「奇妙な女、奇妙な虫……噂になってるけどさ、あんた、熱心に探していたじゃないか」
「ああ、それか……まあな。ちょっと用があってな……」
 俺は男の姿をあらためて見る。格好は商人でも虫狩りでもない。普通の町の人の格好だ。着古した木綿の服に、首には黒いスカーフを巻いている。屋台の明かりを頼りに一瞬目を凝らすと、スカーフに隠れた首筋に彫り物が見えた。腕の袖口からも腕から手の甲にかけての彫り物が見えている。
 罪人であれば耳とか頬に彫り物を入れられる。それ以外でも願掛けや成人の証に色々な彫り物をする場合があるが、この男はどうもそれを隠しているようだった。願掛けの類であれば、服で自然に隠れるのはともかく、スカーフを巻いて隠すようなことはしない。
 可能性があるとすれば、野盗のような危険な集団などだ。奴らは自分達の所属を証明するため、そして堅気に戻ることが出来ないように腕や顔など目立つ所に彫り物をする。この男もひょっとすると堅気ではないのかもしれない。顔は温厚そうな笑みを浮かべているが、体はかなり鍛えられているようだった。
 だが彫り物の隠し方が適当すぎる。スカーフこそ巻いているが、首筋や腕の袖口からはみ出ている。それはわざとなのか。一種の符丁なのかもしれない。でなければこいつはただの馬鹿だ。
 という事を考えながらゆっくりと甘酒を飲む振りをする。どう反応すべきか悩む状況だった。
「実はよ、そのことで話したいことがあるんだ……」
 いい話を持ってきたぜ、というにこやかな顔で男が言った。
「へえ、そうなのか。あんた、何か知ってるのか?」
 あまり食いつかないように、ここは少し控えめに答えておく。
「まあな。でもここではちょっと……な。皆が寝静まった後で、この裏手に来てくれよ」
「他の奴がいると……何か具合が悪いのか?」
 急にうさん臭くなる。そいつの顔の笑顔はそのままだったが、かえって不自然で怪しく見えた。
「込み入った話でよ……あんたも……他の奴らに聞かれると面倒なんじゃないのか?」
 男の表情は笑っていたが、その目は笑っていないようだった。
 聞かれると面倒……アクィラの事や、その頭に埋まってる機械、モーグ族とデスモーグ族の事。それらは関係することだが、確かにそういう話が他人に聞かれるとまずい。
 この男はそのことを言っているのか? あるいは、俺から情報代をせしめようと適当に思わせぶりな事を言っているだけなのか? この会話だけでは何とも判断できかねる状況だった。
「ああ、分かった……じゃあ、夜にここの裏で……あんたの名は?」
「その時に言うさ。じゃあな」
 男は表情に笑みを貼り付けたまま、駐機場のテントの方に向かっていった。あいつも旅行客の一人らしい。
「釣れたのかな。それとも俺が釣られたのか?」
 素性の怪しい男だ。金を取られるどころか、命まで取られるかも知れない。しかしひょっとすると本当に何かを知っているかもしれない。
 少し期待しながら、俺は甘酒を飲み干した。
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