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第七話 血と証を残して
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史上最大の戦いであり、史上最大の敗北でもあった。
死者二十七名。負傷者は六十二名。
トレンチ・エキスカベータ二基が大破、一基が小破。小破した一基も、修理する部品がないから、事実上大破のようなものだった。
そして、移動不可区域が一一キロ後退し、四〇〇五人が向こう側に残された。四八人は何とか救出できたが、それが精いっぱいだった。もう助ける術は無い。四〇〇五人は、死人となった。彼らは生きながら、死人となってしまった。
虎の子のトレンチ・エキスカベータを失い、新潟ベースは事実上壊滅だった。これまでと同様の作戦実行が不可能となるため、山形県の酒田ベースまで撤退し、吸収されることとなった。
戦いから四日が経っていた。第四部隊は工藤、帯刀、新山、原田が戦死した。酒田ベースに移動が済めば、部隊は再編されるだろう。第四部隊はなくなる。死者はこの地に残る。死者のためのスペースは、どこにもなかった。
急ピッチで酒田ベースへの移動の準備がなされていた。しかし前々から話はあって、その為大きな混乱はなかった。皆淡々と準備を進めている。
大変なのは各地の避難所の人たちで、気密処理したトラックを準備してピストン輸送を繰り返している。酒田の方はまだガスマスク無しでも暮らせるエリアが残っているとのことで、ここよりは環境が良くなるかもしれない。しかし四万人が一気に押し寄せるわけだから、問題も起こるだろう。居住スペースや食料など、あらゆるものが不足しているのだから。
私はと言えば、また例の会議室で呆けていた。自分用の書類やパソコンはもう梱包して他の荷物と一緒に送ったから、あとはこのカメラと三脚くらいのものだ。
私はカメラの中に残った第四部隊の写真を見ていた。半分近くが死んだ。命は取り留めたが、もう戦えない者もいるとは聞いた。しかしそれが誰なのかは、怖くて聞けなかった。もうこれ以上、悲しい情報を仕入れたくはなかった。
順に写真を表示していると、施設部の二人の写真が出てきた。そう言えば……彼女らの写真は広報紙に載ったのだろうか。あれから……八日経つ。広報誌に載っていても良い頃合いだが、しかし、それどころではないだろう。結局彼女らの写真は、家族に届かなかったのか。
心が……痛まない。何も感じなかった。考えたくもなかった。私はもう、疲れ切っていた。
何も考えたくないのに、勝手に脳が思考する。浮かんできたのは、大場少尉だった。地殻獣の進化について私に説明していた男だ。
あの少尉は自殺したらしい。作戦の失敗と被害の大きさの責任を取ったとの事らしいが、馬鹿馬鹿しい。勝手に死んで、一人だけ楽になっただけじゃないか。あの部屋で説明を聞いていたときは、どこか浮世離れしたような……戦場とは隔てられたような存在に見えたが、あれで気にしていたわけだ。そういえば、あの部屋にあった観葉植物はどうなるのだろう。持っていくのか。それとも、ここで死ぬのか。大場少尉のように。
死んだ。方々で人が死んでいる。死人ばかりだった。
ドアが開いた。
「あっ、やっぱりここにいた! 駄目ですよ、もうすぐ出発するんだから。早く車に乗ってください」
総務部の矢部だった。総務部の乗車の確認は彼の仕事で、姿をくらませた私を探していたのだろう。私は第四部隊に配属となったが、元は総務部なので、彼が確認する必要があるのだ。悪いことをしたが、まだ時間まで十五分ある。カメラと三脚を持って行くだけのことだ。
「名残惜しいですか? この場所が」
矢部が聞いてきた。がらんとした会議室を、不思議そうに見まわしている。
「大変でしたね、戦場記録班だなんて。それに広報用の写真なんて、カメラマンでもないのに」
「いいさ。あれはあれで必要な仕事だったんだろう。一応役に立ったらしいしね」
私は荷物を持ってドアに向かう。
「あれ、その書類はいいんですか? 紙ファイル」
机に置いたままのファイルを見て、矢部が聞いた。
「いいんだ。あれはここに置いていくよ」
戦場記録班を任命されてからの資料だった。撮影者の名簿や、刷られた広報誌。一人一人の写真も印刷して挟んである。そして、いつか誰かが見るかもしれないから、一文を添えて。
「そうなんですか? 多分もう、二度とここには来られないですよ。そのうち移動不可区域になっちゃうんじゃないかな? ひどい負け方だったから」
「いいんだ。いつか……誰かが見るかもしれない。ここに残しておくよ」
持って行っても、見てくれる人はいないだろう。死人ばかりを広報に載せたって意味がない。ここに残しておけば……もし、人類が勝利したなら、いつか誰かが見てくれるかもしれない。
「誰かって……まあ、いいですけど。じゃ、遅れないようにしてくださいね! 怒られるのは私なんですから!」
矢部は元気に走っていった。若いというのもあるが、いい性格をしている。こんな世界なのに、すれた所がない。しかしそれも外面だけかもしれない。本当は傷ついているのかもしれないが、それを表に出せるとは限らない。涙の量だけで、悲しみを推し量ることはできないのだ。
咳が出る。押さえた手に、血がついていた。最近は頻繁に喀血するようになった。医者には見せたが、クラストブルーによる肺の損傷とのことだった。要するに、どうしようもない。
手についた血を、壁になすり付ける。白かった背景が、これでは台無しだ。もうここで写真は撮れない。そうさ。もう、だれもここでは写真など撮らない。
私は部屋を出て、もう一度会議室の中を見た。ほんのしばらくだけカメラマンの真似事をしただけだが、随分懐かしく思える。
残ったのは写真と、記憶。それもすぐに消えてしまうだろう。悲しいような気がする。誰にも覚えてもらえないのは、未来をつないでくれる人たちがいないというのは。
人類には、恐らく未来はない。どこへ逃げても、地球である限りは地殻獣の脅威からは逃れられない。彼らは数億年かけて地球の地殻に根を広げ、ようやく地表に到達したのだ。人類の妨害など、どれほどのこともないだろう。たとえ長い時間がかかっても、彼らはやり遂げるはずだ。地表の全てを覆い、そして彼らの繁殖は完了する。この星そのものとなるのだ。
世界が青く染まる。人の世が終わる。それでも我々は戦い続ける。
世界に地殻獣の吐息が満ちる、その時まで。
死者二十七名。負傷者は六十二名。
トレンチ・エキスカベータ二基が大破、一基が小破。小破した一基も、修理する部品がないから、事実上大破のようなものだった。
そして、移動不可区域が一一キロ後退し、四〇〇五人が向こう側に残された。四八人は何とか救出できたが、それが精いっぱいだった。もう助ける術は無い。四〇〇五人は、死人となった。彼らは生きながら、死人となってしまった。
虎の子のトレンチ・エキスカベータを失い、新潟ベースは事実上壊滅だった。これまでと同様の作戦実行が不可能となるため、山形県の酒田ベースまで撤退し、吸収されることとなった。
戦いから四日が経っていた。第四部隊は工藤、帯刀、新山、原田が戦死した。酒田ベースに移動が済めば、部隊は再編されるだろう。第四部隊はなくなる。死者はこの地に残る。死者のためのスペースは、どこにもなかった。
急ピッチで酒田ベースへの移動の準備がなされていた。しかし前々から話はあって、その為大きな混乱はなかった。皆淡々と準備を進めている。
大変なのは各地の避難所の人たちで、気密処理したトラックを準備してピストン輸送を繰り返している。酒田の方はまだガスマスク無しでも暮らせるエリアが残っているとのことで、ここよりは環境が良くなるかもしれない。しかし四万人が一気に押し寄せるわけだから、問題も起こるだろう。居住スペースや食料など、あらゆるものが不足しているのだから。
私はと言えば、また例の会議室で呆けていた。自分用の書類やパソコンはもう梱包して他の荷物と一緒に送ったから、あとはこのカメラと三脚くらいのものだ。
私はカメラの中に残った第四部隊の写真を見ていた。半分近くが死んだ。命は取り留めたが、もう戦えない者もいるとは聞いた。しかしそれが誰なのかは、怖くて聞けなかった。もうこれ以上、悲しい情報を仕入れたくはなかった。
順に写真を表示していると、施設部の二人の写真が出てきた。そう言えば……彼女らの写真は広報紙に載ったのだろうか。あれから……八日経つ。広報誌に載っていても良い頃合いだが、しかし、それどころではないだろう。結局彼女らの写真は、家族に届かなかったのか。
心が……痛まない。何も感じなかった。考えたくもなかった。私はもう、疲れ切っていた。
何も考えたくないのに、勝手に脳が思考する。浮かんできたのは、大場少尉だった。地殻獣の進化について私に説明していた男だ。
あの少尉は自殺したらしい。作戦の失敗と被害の大きさの責任を取ったとの事らしいが、馬鹿馬鹿しい。勝手に死んで、一人だけ楽になっただけじゃないか。あの部屋で説明を聞いていたときは、どこか浮世離れしたような……戦場とは隔てられたような存在に見えたが、あれで気にしていたわけだ。そういえば、あの部屋にあった観葉植物はどうなるのだろう。持っていくのか。それとも、ここで死ぬのか。大場少尉のように。
死んだ。方々で人が死んでいる。死人ばかりだった。
ドアが開いた。
「あっ、やっぱりここにいた! 駄目ですよ、もうすぐ出発するんだから。早く車に乗ってください」
総務部の矢部だった。総務部の乗車の確認は彼の仕事で、姿をくらませた私を探していたのだろう。私は第四部隊に配属となったが、元は総務部なので、彼が確認する必要があるのだ。悪いことをしたが、まだ時間まで十五分ある。カメラと三脚を持って行くだけのことだ。
「名残惜しいですか? この場所が」
矢部が聞いてきた。がらんとした会議室を、不思議そうに見まわしている。
「大変でしたね、戦場記録班だなんて。それに広報用の写真なんて、カメラマンでもないのに」
「いいさ。あれはあれで必要な仕事だったんだろう。一応役に立ったらしいしね」
私は荷物を持ってドアに向かう。
「あれ、その書類はいいんですか? 紙ファイル」
机に置いたままのファイルを見て、矢部が聞いた。
「いいんだ。あれはここに置いていくよ」
戦場記録班を任命されてからの資料だった。撮影者の名簿や、刷られた広報誌。一人一人の写真も印刷して挟んである。そして、いつか誰かが見るかもしれないから、一文を添えて。
「そうなんですか? 多分もう、二度とここには来られないですよ。そのうち移動不可区域になっちゃうんじゃないかな? ひどい負け方だったから」
「いいんだ。いつか……誰かが見るかもしれない。ここに残しておくよ」
持って行っても、見てくれる人はいないだろう。死人ばかりを広報に載せたって意味がない。ここに残しておけば……もし、人類が勝利したなら、いつか誰かが見てくれるかもしれない。
「誰かって……まあ、いいですけど。じゃ、遅れないようにしてくださいね! 怒られるのは私なんですから!」
矢部は元気に走っていった。若いというのもあるが、いい性格をしている。こんな世界なのに、すれた所がない。しかしそれも外面だけかもしれない。本当は傷ついているのかもしれないが、それを表に出せるとは限らない。涙の量だけで、悲しみを推し量ることはできないのだ。
咳が出る。押さえた手に、血がついていた。最近は頻繁に喀血するようになった。医者には見せたが、クラストブルーによる肺の損傷とのことだった。要するに、どうしようもない。
手についた血を、壁になすり付ける。白かった背景が、これでは台無しだ。もうここで写真は撮れない。そうさ。もう、だれもここでは写真など撮らない。
私は部屋を出て、もう一度会議室の中を見た。ほんのしばらくだけカメラマンの真似事をしただけだが、随分懐かしく思える。
残ったのは写真と、記憶。それもすぐに消えてしまうだろう。悲しいような気がする。誰にも覚えてもらえないのは、未来をつないでくれる人たちがいないというのは。
人類には、恐らく未来はない。どこへ逃げても、地球である限りは地殻獣の脅威からは逃れられない。彼らは数億年かけて地球の地殻に根を広げ、ようやく地表に到達したのだ。人類の妨害など、どれほどのこともないだろう。たとえ長い時間がかかっても、彼らはやり遂げるはずだ。地表の全てを覆い、そして彼らの繁殖は完了する。この星そのものとなるのだ。
世界が青く染まる。人の世が終わる。それでも我々は戦い続ける。
世界に地殻獣の吐息が満ちる、その時まで。
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