34 / 49
34.医師の誓い
しおりを挟む
「…………ですが」
「公爵夫人には最大限の敬意と礼儀を、ですよね? 騎士精神を出しましょう。こんな暗くて狭い階段で、レディをいつまでも立ち止まらせるのはいかがなものですか?」
風向きが変わったのが分かる。ヤドラ医師の言葉に、一度カレンを見ると困惑する。暗くて見えにくいが、決して綺麗とは言えない階段のせいで、ドレスの裾には汚れがついているはずだ。
「…………」
これ以上困らせるのも可哀想ですわ。私もこの先を進むのは少し……
灯りがついているはずなのに、この先の階段は更に真っ暗に見える。更に、新鮮な空気はどんどんなくなっていき、息をするのも肺に重くのしかかる。
地下室への階段に入る時も護衛達が戸惑っていたわけですわ。
「どうしてもウェイド様にお伝えしたいことがあるの。私は上で待っているので、声をかけてきてくれるかしら?」
それならば、誰もこれ以上侵入させてはならないと言った公爵の言葉を破ることにはならないはずだ。すぐに了承の返事とともにいなくなる。
「よろしかったので?」
ヤドラ医師が少し残念そうに上へとまたエスコートする。
「あなた、私をどうしても地下室へ連れて行きたかったのね」
「あちらには共犯者がいる可能性もありますからね。公爵様のもとへかけつけ、仲睦まじくしているご様子を見せつければ、主人にもそのご様子が伝わるかもしれませんでしょう?」
やっぱり、例のことがからんでいるのね。先ほどの護衛がいなくなったのだから、今聞いても構わないわよね?
「そのことがどうして解決につながるのかしら?」
「……あくまでも予測ですが、生き霊は執着心から生まれるでしょう? ですが一度とりつくとなかなか離れなくてですね。こちらが離すのは不可能でしょう」
そういえば、ヤドラ医師の身体にはびっしりと巻きつくようにソレがアザになっていた。
「それならば本人自らその対象を変えてもらわなければいけません。そうすると……ね?」
ね? って、まさか……
「私に標的を変えるつもり?」
この男は、他の者には公爵夫人と同様に扱えらと言いながら、この私を囮にするつもりなのですねっ!?
なんてことっ!?
「誤解です!! ただ一瞬、私から離れれば良いだけなのです。公爵様から私に乗り換えさせたことには成功しましたでしょう? ただ、今の私の身体には深く入り込みすぎまして……ですから、一瞬で良いのです。私の身体からわずかに関心が離れるだけで別の対象に乗り換えさせられますので」
確かに、ウェイド公爵から自分には成功させている。ということは、無鉄砲なお願いでもないのかもしれないと考えなおす。
「ちなみに、その乗り換えの方法はどうやるのかしら?」
「ふっ、聞きたいですか? いえ、聞いてくださいますか?」
いつにも増して顔を高揚とさせ、両腕は今にも服を脱ぎ出そうとしている。呼吸もなぜか荒くなり、なぜ今一度その答えを言っていいか許可を取るのか。想像しただけで淑女としての警報音がなる。
上半身は、この前見せつけられた。その時はアザ以外に特に何もなかった。ということは……
「……やっぱりいいわ」
「……そうですか。まぁまたご希望があれば説明いたしますね」
残念そうに手を下ろす。
いえ、おそらくもう二度と聞くことはないですわ。
ヤドラ医師はしばらくカレンを見ると、少し真面目な表情をする。そして、騎士が主君に誓いを立てる時と同じように、膝をつき、頭を下げる。
「私の医師としての全ての名誉にかけ、次期公爵夫人に危害が出ることは絶対にありません。どうか、お力を貸して頂けますでしょうか」
医師としての名誉、短い期間ではあるが、彼にとってそれがどれだけ重要なことかは分かる。
「……分かったわ。あなたの作戦、協力するわ」
「っ!?」
「でも、私もまわりくどい方法は嫌よ」
「はい?」
私の大切なエル様を少しでも悲しませるようなことをした彼女達を許せないわ。それに、ニーナさんは私の初めてのお友達よ。危害を加えた制裁、王族だろうが関係ありませんわ。何より、ウェイド様を傷つけたこと、きっちり償ってもらいますわ。
屋敷内で裏切り者が出た件で、公爵はきっとショックを受けているはずだ。スキャンダルがご法度なリドル家で、全ての使用人を入れ替え、信頼で固めたはずの場でこのような不祥事は許されない。
「レディにはレディのやり方があるのよ?」
いつもとは違う。ヤドラ医師が固まり、カレンが笑う。
「カレン? ここにどうして……」
「ウェイド様、ごめんなさい。どうしてもお話したいことがありますの」
「ここは君が来るような場では……」
汚れたスカートに気づき、公爵の顔色が変わる。
「ヤドラ……彼女を連れてきたのは君か?」
すぐに返事をしようとしたらヤドラが言葉を飲み込む。公爵の雰囲気がいつもよりも重い。
血圧が……公爵様の血圧が急上昇されている。裏切り者が出た時ですらここまで高くなっていなかったというのに。
仮面の公爵、そんな噂を聞いた時、こんなにぴったりな呼び名はこの方の他にいないと感心したものです。どんな状況でも常人よりも落ち着いた血圧、脈拍、呼吸数。まさに上に立つに相応しい方だと思っていましたが、次期公爵夫人を迎えてからというものどうでしょう。一体どれほど連日で最高心拍数を叩き出していることか。
「公爵様、あの、落ち着いて下さいませ。そのように興奮されては、お熱が上がってしまいます。それに、ここへは細心の注意をはらってご案内いたしましたし……」
「だからなんだ?」
「そっ、そのように怒りをあらわにされては、ほら、次期公爵夫人も怖がってしまいます。公爵様を案じてきたのですから」
「っ………」
カレンが怖がるという言葉で、一気に公爵が冷静さを取り戻したのが分かった。
「ウェイド様、勝手を言ってごめんなさい。ですが、どうしても早くお会いしたかったんです」
「公爵夫人には最大限の敬意と礼儀を、ですよね? 騎士精神を出しましょう。こんな暗くて狭い階段で、レディをいつまでも立ち止まらせるのはいかがなものですか?」
風向きが変わったのが分かる。ヤドラ医師の言葉に、一度カレンを見ると困惑する。暗くて見えにくいが、決して綺麗とは言えない階段のせいで、ドレスの裾には汚れがついているはずだ。
「…………」
これ以上困らせるのも可哀想ですわ。私もこの先を進むのは少し……
灯りがついているはずなのに、この先の階段は更に真っ暗に見える。更に、新鮮な空気はどんどんなくなっていき、息をするのも肺に重くのしかかる。
地下室への階段に入る時も護衛達が戸惑っていたわけですわ。
「どうしてもウェイド様にお伝えしたいことがあるの。私は上で待っているので、声をかけてきてくれるかしら?」
それならば、誰もこれ以上侵入させてはならないと言った公爵の言葉を破ることにはならないはずだ。すぐに了承の返事とともにいなくなる。
「よろしかったので?」
ヤドラ医師が少し残念そうに上へとまたエスコートする。
「あなた、私をどうしても地下室へ連れて行きたかったのね」
「あちらには共犯者がいる可能性もありますからね。公爵様のもとへかけつけ、仲睦まじくしているご様子を見せつければ、主人にもそのご様子が伝わるかもしれませんでしょう?」
やっぱり、例のことがからんでいるのね。先ほどの護衛がいなくなったのだから、今聞いても構わないわよね?
「そのことがどうして解決につながるのかしら?」
「……あくまでも予測ですが、生き霊は執着心から生まれるでしょう? ですが一度とりつくとなかなか離れなくてですね。こちらが離すのは不可能でしょう」
そういえば、ヤドラ医師の身体にはびっしりと巻きつくようにソレがアザになっていた。
「それならば本人自らその対象を変えてもらわなければいけません。そうすると……ね?」
ね? って、まさか……
「私に標的を変えるつもり?」
この男は、他の者には公爵夫人と同様に扱えらと言いながら、この私を囮にするつもりなのですねっ!?
なんてことっ!?
「誤解です!! ただ一瞬、私から離れれば良いだけなのです。公爵様から私に乗り換えさせたことには成功しましたでしょう? ただ、今の私の身体には深く入り込みすぎまして……ですから、一瞬で良いのです。私の身体からわずかに関心が離れるだけで別の対象に乗り換えさせられますので」
確かに、ウェイド公爵から自分には成功させている。ということは、無鉄砲なお願いでもないのかもしれないと考えなおす。
「ちなみに、その乗り換えの方法はどうやるのかしら?」
「ふっ、聞きたいですか? いえ、聞いてくださいますか?」
いつにも増して顔を高揚とさせ、両腕は今にも服を脱ぎ出そうとしている。呼吸もなぜか荒くなり、なぜ今一度その答えを言っていいか許可を取るのか。想像しただけで淑女としての警報音がなる。
上半身は、この前見せつけられた。その時はアザ以外に特に何もなかった。ということは……
「……やっぱりいいわ」
「……そうですか。まぁまたご希望があれば説明いたしますね」
残念そうに手を下ろす。
いえ、おそらくもう二度と聞くことはないですわ。
ヤドラ医師はしばらくカレンを見ると、少し真面目な表情をする。そして、騎士が主君に誓いを立てる時と同じように、膝をつき、頭を下げる。
「私の医師としての全ての名誉にかけ、次期公爵夫人に危害が出ることは絶対にありません。どうか、お力を貸して頂けますでしょうか」
医師としての名誉、短い期間ではあるが、彼にとってそれがどれだけ重要なことかは分かる。
「……分かったわ。あなたの作戦、協力するわ」
「っ!?」
「でも、私もまわりくどい方法は嫌よ」
「はい?」
私の大切なエル様を少しでも悲しませるようなことをした彼女達を許せないわ。それに、ニーナさんは私の初めてのお友達よ。危害を加えた制裁、王族だろうが関係ありませんわ。何より、ウェイド様を傷つけたこと、きっちり償ってもらいますわ。
屋敷内で裏切り者が出た件で、公爵はきっとショックを受けているはずだ。スキャンダルがご法度なリドル家で、全ての使用人を入れ替え、信頼で固めたはずの場でこのような不祥事は許されない。
「レディにはレディのやり方があるのよ?」
いつもとは違う。ヤドラ医師が固まり、カレンが笑う。
「カレン? ここにどうして……」
「ウェイド様、ごめんなさい。どうしてもお話したいことがありますの」
「ここは君が来るような場では……」
汚れたスカートに気づき、公爵の顔色が変わる。
「ヤドラ……彼女を連れてきたのは君か?」
すぐに返事をしようとしたらヤドラが言葉を飲み込む。公爵の雰囲気がいつもよりも重い。
血圧が……公爵様の血圧が急上昇されている。裏切り者が出た時ですらここまで高くなっていなかったというのに。
仮面の公爵、そんな噂を聞いた時、こんなにぴったりな呼び名はこの方の他にいないと感心したものです。どんな状況でも常人よりも落ち着いた血圧、脈拍、呼吸数。まさに上に立つに相応しい方だと思っていましたが、次期公爵夫人を迎えてからというものどうでしょう。一体どれほど連日で最高心拍数を叩き出していることか。
「公爵様、あの、落ち着いて下さいませ。そのように興奮されては、お熱が上がってしまいます。それに、ここへは細心の注意をはらってご案内いたしましたし……」
「だからなんだ?」
「そっ、そのように怒りをあらわにされては、ほら、次期公爵夫人も怖がってしまいます。公爵様を案じてきたのですから」
「っ………」
カレンが怖がるという言葉で、一気に公爵が冷静さを取り戻したのが分かった。
「ウェイド様、勝手を言ってごめんなさい。ですが、どうしても早くお会いしたかったんです」
29
あなたにおすすめの小説
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
無関心夫の手を離した公爵夫人は、異国の地で運命の香りと出会う
佐原香奈
恋愛
建国祭の夜、冷徹な公爵セドリック・グランチェスターは、妻セレスティーヌを舞踏会に残し、早々に会場を後にした。
それが、必死に縋り付いていた妻が、手を離す決意をさせたとも知らず、夜中まで仕事のことしか考えていなかった。
セドリックが帰宅すると、屋敷に残されていたのは、一通の離縁届と脱ぎ捨てられた絹の靴。そして、彼女が置いていった嗅いだことのない白檀の香りだけだった。
すべてを捨てて貿易都市カリアへ渡った彼女は、名もなき調香師「セレス」として覚醒する。
一方、消えた妻を追うセドリックの手元に届いたのは、かつての冷たい香りとは似て非なる、温かな光を宿した白檀の香水。
「これは、彼女の復讐か、それとも再生か——」
執念に駆られ、見知らぬ地へ降り立った公爵が目にしたのは、異国の貿易王の隣で、誰よりも自由に、見たこともない笑顔で微笑む「他人」となった妻の姿だった。
誤字、修正漏れ教えてくださってありがとうございます!
そして鳥は戻ってくる
青波鳩子
恋愛
リネットの幼馴染ジョディーの家に、ジョディーより7か月だけ年下のクレイグという義理の弟がやってきた。
同じ伯爵家同士で家も隣、リネットはクレイグに恋をする。
3人での交流を重ねているうちに、クレイグがジョディーに向ける視線が熱を帯びていることにリネットは気づく。
そんな頃、ジョディーの誕生会の場でトラブルがあり、リネットはクレイグから自分へのマイナス感情を立ち聞きしてしまう。
その晩リネットは、裁ちばさみを握りしめて——。
*荒唐無稽の世界観で書いていますので、そのようにお読みいただければと思います。
*他のサイトでも公開します
*2026/2/26 番外編を追加でアップしました。リネットの父親視点です。
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる