彼女の艶に触れて

モッフン

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いつかまた君の体温に

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「皆さん、6年間お世話になりました」

 俺はこの6年間務めた商社から転勤することが決まり、今日は部署の皆が送別会を開いてくれた。

 帰りにこの街の夜景を眺めていたところ、聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。

「先輩」

「あぁ……どうしたんだ?」

「いえ、その……ただ何となく、もう二度と会えない気がしてしまって」

 彼女は俺と同じ時期に入社してきた後輩で、部署では一二を争うほど美人だった。
 そんな彼女も今日で27歳となり、社内でも男性社員からの告白を受ける機会が増えたらしい。
 だが彼女の答えは決まっていて、それは『まだ結婚するつもりはない』というものだった。

「そうか。だけど、またどこかで会うさ」

「はい……」

 彼女は笑顔を浮かべてはいたが、どこか寂しげな表情をしていた。

「それじゃ、そろそろ帰るよ」

「えぇ……。あの、最後に一つだけお願いがあるんですけど、いいですか?」

「ん?別に構わないぞ」

「私のこと、抱いてくれませんか?」

「えっ!?」

 突然の申し出に驚いていると

「ふふっ、冗談ですよ。驚かせてすみませんでした」

「おいおい、勘弁してくれよ。それにしても、こんな時間にどうして急にそんなことを言い出したんだ?」

「私だって女ですからね。たまには誰かに甘えたくなる時もあるんですよ」

「そういうものなのか……」

「はい、そういうものです」
 俺は彼女の言葉が本心ではないことを知っていた。
 なぜなら、俺も彼女と同じような気持ちを抱いていたからだ。

「それじゃあ、気をつけて帰れよ」

「はい。先輩こそ、お酒を飲み過ぎないように注意してくださいね」

「分かっているって」

 俺は手を振りながら彼女の元を離れた。
 そして駅に向かって歩き始めたのだが、なぜか胸騒ぎのようなものを感じて振り返った。
 すると、そこには立ち尽くしたままこちらを見つめている彼女がいた。
 彼女の気持ちに気付いてしまった



「……」

 俺は彼女に近づき、黙って抱き寄せた。
 彼女は抵抗することなく、そのまま身を預けてきた。
 そして俺達はしばらくの間、無言のままお互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合っていた。

「……やっぱり、今日一晩だけ」

「ああ、分かった」
 そうして俺達はホテルに行き、朝まで愛し合った。
 翌朝、目が覚めるとそこにいたのは頼れる後輩ではなく1人の女としての彼女だった。

「おはようございます、先輩」

「ん……おはよう」

「もう少し寝ていてもいいんですよ?」

「いや、起きるよ」

 俺はベッドから出て服を着ると、先に起きていた彼女に声をかけた。

「朝食を食べたら帰るか」

「そうですね」

 昨日の出来事は誰にも言わない約束をしたが、これから先も俺達の関係が変わることはないだろう。
 きっと彼女は他の男と結婚することになっても、

「先輩」

「どうした?」

「あの時、私を受け入れてくれてありがとうございました」

「気にするな」

 たとえどんな状況になろうとも、彼女は俺を選んでくれるはずだから。

「なぁ、どうして俺なんだ?」

「何がですか?」

「だから、その……」

「ああ、そういうことですか」

 彼は少し恥ずかしそうにして言い淀んでいたが、すぐに私の質問の意図を理解してくれたようだった。

「あなたの全てが憧れなんです」

 俺がその言葉の意味をいるのはまた別の話。

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