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第二章
15.
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翌日、リゼットはいつもより早く目が覚めた。
ゆっくりと起き上がる。まだ少し眠いけれど、少しでも書物を読んでみようと思った。
ベッドから降りると、扉をノックする音がした。返事をすると、ヴォルターの声。
「リゼット様、起きられたのですか?」
「はい。マノンが来るまで時間がありますから、少し読書をします」
「かしこまりました。私はここに居ります」
窓際の椅子に腰掛けて、ページを開く。昨日よりは少し深い内容だった。
あっという間に読み終わり、マノンが部屋に入ってきた。
「リゼットお嬢様、おはようございます」
「おはよう、マノン」
「まぁ、その格好で読書していらしたんですか?」
「ええ、少しだけと読んでいたらあっという間に時間が経っていたの」
「肩が冷えますわ。お着替えの支度をする間に、暖かいお茶をどうぞ」
「ありがとう」
すぐにお茶の用意をして、テーブルに置く。ドレスとブーツの用意を始める。
リゼットは書物を置き、お茶を飲む。蜂蜜が入っていて、甘くて美味しい。体も温まった。
昨日と似たようなシンプルなドレスと、皮のブーツを履く。
支度が終わると、ヴォルターに声をかけて部屋に入ってもらう。すると、腕に魔法の鳥を乗せていた。
「レオンですか?」
「はい、リゼット様宛ですので、待っていました」
「聞かせてください」
ヴォルターが鳥を撫でると、鳥はくちばしをパクパク動かして、レオンの声で話す。
「リゼットおはよう、もう起きたかい?こちらは順調にモンスターの巣の駆除をしているよ。すぐに帰るからね」
レオンの声は高揚していた。
鳥が話終わると、ヴォルターはリゼットの前に跪き、鳥をかざした。
「リゼット様、レオナード様はおそらく徹夜をされています」
「徹夜ですか?」
「レオナード様は、リゼット様と時間を作るために、無理をする節があります。今回の遠征も、本来なら1週間ほどかけるものです
「そういえば、3日で帰るとおっしゃっていました」
1週間を3日に短縮するには、睡眠時間を削ればできる。とでもレオンが考えたのだろうか。
「それで、レオンは他の騎士団の方に、無理をさせているのでしょうか?」
「いいえ、お一人だけだと思います。今回、モンスターの巣の規模が大きいですが、レオナード様がほとんど倒して、他の者にサポートをさせているのだと思います」
「それは、今までもあったということでしょうか?」
「はい、私が同行した時も、レオナード様はお一人でほとんどの処理をしていました。レオナード様が、ほぼ不眠不休で、疲労は回復薬を使っていました」
リゼットは今までも、遠征前にレオンが話していた言葉を思い返す。「すぐに帰る」という言葉が多く、実際に遠い地でも、3日以上会わないことはなかった。
遠征後もすぐに会いに来て、疲れている顔も見たことはなかった。
ヴォルターは話を続ける。
「レオナード様はお強いです。ですが、その強さに王も、王族も、騎士団も依存しているのも事実です。レオナード様の強さの源になっているのは、リゼット様の存在です」
「……はい」
「今回は私から声を届けることができます。どうかご無事で帰られるよう、安心できるようにお伝えください」
「わかりました」
リゼットは少し思案した。
レオンに無理はして欲しくない、けれどもリゼットが不安を伝えるともっと無理をする可能性もある。
「ヴォルター様、伝える言葉を決めましたので、鳥をお願いします」
「かしこまりました。いつでもどうぞ」
「レオン、おはようございます。レオンの声を聞いて、わたくしも魔法の勉強を頑張れます。どうか怪我もなく無事に帰ってきてくださいね」
そうして、鳥は、ヴォルターの魔法でまた空に飛んでいった。
飛んでいく鳥を、リゼットは目で追う。
「リゼット様も、あの鳥を扱うことができると思いますよ」
「そうでしょうか?」
「魔力があれば、できます」
「そうですか……ですが、わたくしは昨日魔法の制御ができなかったのです。もしかしたら鳥もうまくできないかもしれません」
「魔法の制御ですか、それはお伺いしてもいいでしょうか?」
リゼットは昨日の土魔法の初級が、土の塔になったことを話した。
ヴォルターは少し考え込む。
「それは、魔力が十分に溢れているということではないでしょうか。魔力の計測はどうだったのですか?」
「機械が故障して、計測できませんでした」
機械の故障という言葉に、ヴォルターは疑問符を投げかけた。
「魔力の計測は、フォルトデリアの大魔術士でも計測できるものですよ。リゼット様はそれ以上に魔力をお持ちなのでは?」
「ええ、そんな……」
自分ではまったく変化を感じていない。思い当たるのは竜の力くらいだ。
「リゼット様の竜の力というのは、伝承で聞く通り強いのですね」
「伝承ですか?」
「はい、私の出身のミヨゾディースでは、竜にまつわる伝承がいくつか残っています」
「ぜひ聞かせて欲しいわ」
「はい、ですがもう食事の時間ですので、王宮へ行く間の馬車の中で話しましょう」
応接間で食事の間、ヴォルターは仮眠をとると言って客間に向かった。その間は、騎士団の者が警護をする。
食事後のお茶を飲んでいると、ヴォルターが戻ってきた。
「ヴォルター様、食事はどうしましたか?」
「はい、客間で摂りました。お気遣いありがとうございます」
「短い時間でしたけれど、眠れるのですか?」
「ええ、午後にまた他の者を頼むので大丈夫です」
「ヴォルター様も回復薬を持っているのですか?」
先程のレオンの話を思い出し、リゼットは真剣な顔になる。
ヴォルターは懐に手を入れて、小瓶を見せた。リゼットのそばに寄る。
「持っていますが、緊急用です。高級ですし、支給品なので」
「持っているのですね……」
「持っているだけですよ。王族の護衛は、睡眠時間が少ないのは当然です。訓練で慣れていますので、心配なさらないでください」
「わかりました」
ヴォルターが安心するように微笑む。リゼットは、ヴォルターの目をまたじっと見る。
「ヴォルター様の両目は、とても綺麗ですね」
「リゼット様、異性を褒める言葉はお気をつけください。自分に惚れているかと思われますよ」
「い、いえ、そういうつもりではありません」
「ええ、もちろん存じています」
ヴォルターはリゼットから離れて、壁の方を向く。
「この目はオッドアイで、一族によくある遺伝です。リゼット様は初めてごらんになるのですか?」
「ええ、失礼だと思ったのですが、とても綺麗で」
「……困ります」
ヴォルターは小さな声で呟いた。
リゼットは聞き取れなかったが、失礼なことをしたと慌てて謝る。
「ヴォルター様、失礼なことをして申し訳ありません!」
「いいえ、リゼット様、もう大丈夫です。さあ、馬車の用意もできたので、向かいましょう」
少し早歩きで応接間を出ようとするヴォルターに、リゼットは慌てて立ち上がり追いかける。
ドアを開けるとマノンが書物を持っていた。
「お嬢様、馬車と荷物の用意が終わりました。ヴォルター様、どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ、マノンありがとう。今日も、昨日と同じ時間になると思うわ」
「かしこまりました」
そうして、マノンは二人を馬車まで見送る。
リゼットとヴォルターは、向かい合うように馬車に乗り込んだ。
馬車が動いて少しすると、ヴォルターは口を開いた。
「私の故郷の話を、お約束していましたね」
ずっと無言になるかと思っていたリゼットは、顔を上げる。けれど、ヴォルターを視線を合わせるのは避けた。窓の外をみて、うなずく。
ヴォルターは話を続ける。
「ミヨゾティースは、フォルトデリアの北西にある湖と同じ名前の都市です。これは学院の地理でも勉強されたことでしょう。湖には竜にまつわる伝承がいくつか残されています。それを今からお話しますね」
◇◇◇
昔、ミヨゾディースにいた娘の話。
その娘は、幼い頃から美しかった。肌は白くてきめ細やか、髪は青く光沢があり、煌めいてみえた。
その両目はオッドアイで、青と緑と左右違っていた。
両親は、その娘が健やかに育つようにとだけ願っていた。
娘が15歳になると求婚の申し込みが次から次へとあり、わざわざ南の都市から娘に会いに来る者も現れた。
娘がまだ成人していないと、両親は断り続けたが、権力のあるものは約束だけでもと大金を積んで困らせた。
娘は、誰ともわからない者と会いたくない、結婚も考えられないと、湖に向かった。
湖はその日大きく荒れていた。
普段は波も穏やかだが、強風が吹き、波しぶきを上げていた。娘は悲しい思いを抑えられず、湖に身を投げた。
娘を心配した両親が、追って湖に着くと、娘の姿は消えていた。
その時には湖は穏やかに、ただ輝いていた。
両親は何日もかけて娘を探すが、湖に落ちたとしても体が見つからない。
求婚の申し込みをしていた者たちは、娘は死んだと思った。
ある満月の夜、両親の元に娘が現れた。抱きしめようとすると、娘が大粒の涙を流し泣く。
「私は竜の化身となった。人間の醜い心をもう見たくは無いと願ったら、竜が叶えてくれた。もう二人の元には帰れない」
娘は両親の目の前で、咆哮し、大きな竜の姿となった。
「湖に祈りを捧げてほしい。私が竜であるうちは、その祈りが届き、繁栄につながるだろう。欲深き祈りは、その身を滅ぼす。気をつけるように」
両親は娘のことを思い、毎年夏の満月の日になると、娘の幸せを願い、湖にお祈りをした。
欲深い者が祈りを捧げると、湖が荒れて、不幸が訪れたという。
今も続く夏の祭典では、湖の竜と、ミヨゾティースの土地と住まう人々の繁栄を祈るものになっている。
◇◇◇
「その伝承は、私の一族に伝わっています。この目も、伝承と似ているでしょう」
リゼットは涙が止まらず、返事もできなかった。ヴォルターがハンカチを差し出す。
「そんなに泣かれると思いませんでした。どうか拭いてください」
「……ありがとうございます」
「私の一族の先祖はオッドアイの容姿と、剣の才能で領主になったそうです。竜の伝承が根付いていて、竜の力を信じた人々のおかげでしょう」
「それだけでは、実力もあったのでしょう?」
「ええ、領主になるための勉強は人一倍惜しまなかったようです。今の領主は私の従兄弟ですが、学院は王族に次いで上位だったそうです。私も同期のレオナード様に次いでいました」
「優秀なのですね」
「いいえ、努力をしただけです」
リゼットが想像する以上に、彼らは努力をしていたのだろう。
レオンがまったくその姿を見せていないことを、リゼットは思い返していた。
そうしているうちに、馬車は王宮魔術士の門までついた。また今日も、ヘルベルトと男性二人が出迎えていた。
ヴォルターとヘルベルトが敬礼をする。そうして、ヘルベルトはリゼットにも敬礼をする。リゼットは一礼をして返した。
「リゼット様、その後の体調はいかがですか?
「お気遣いありがとうございます。特に変わりありません」
「もし何かあればいつでも仰ってください」
「わかりました」
そして、また王宮奥に向かう。
研究室のひとつに通され、椅子に座る。ヴォルターも少し離れた椅子に座る。
「今日は五大元素の話をします。それから、風の魔法も確認したいので、昨日の部屋へ移動します」
「わかりました」
ヘルベルトは書物を使い、五大元素の話をする。わからない用語等をリゼットか聞き、その都度メモを控える。ヴォルターはリゼットの様子を眺めていた。
1時間ほどで終わり、部屋を移動する。
魔法の練習の部屋『フォールドズ』は、昨日も来たばかりだ。金属でできたドーム型の建物の、いくつもの扉を開けて、中に入る。
ヴォルターも初めて入ったようで、昨日のレオン程ではないが視線はあちこちを見ていた。
「では、今日は風魔法を試してみましょう」
「すまないが、先に魔法の鳥を教えてほしいのだが」
ヘルベルトの手を遮るヴォルター。ヘルベルトは「良いでしょう」と、紙に文字を書いて、リゼットに渡した。
魔法の鳥を生み出す言葉だ。
「ありがとうございます」
「リゼット様は、魔法の鳥を見たことはありますか?」
「はい、レオンとヴォルターのやりとりでみています」
「では、実践してみましょうか」
リゼットは、自分がみた魔法の鳥をイメージして言葉を紡ぐ。
左手に魔法の言葉を書いた紙をもち、右手に鳥がとまるイメージをする。
読み終わると、右手には小鳥サイズの魔法の鳥が生まれた。
「で、できました……!」
「リゼット様、すばらしいです。では、それを私まで飛ばしてください」
離れた場所にヘルベルトが立っている。リゼットは、右手から鳥が飛び立つイメージを続けた。
リゼットの右手の上で、少し羽ばたいてから鳥はヘルベルトまで飛んで行った。ヘルベルトが差し出した手に、小鳥はとまって鳴いた。
「で、できました……!」
リゼットの喜びの声を、小鳥は鳴いた。
「リゼット様、上出来です。小鳥のコントロールもすばらしいです」
リゼットは成功したことに大きく胸を撫で下ろした。ヘルベルトは魔法の鳥をリゼットに返した。
右手にとまると、ふわっと風のように消えた。
「ヘルベルト様、ありがとうございます」
「いえいえ、私は教えただけです。できるようになったのはリゼット様の実力です。では、続いて風の魔法をお伝えしましょう」
リゼットのそばに寄り、風魔法の紙を渡す。リゼットは受け取ったあと、深呼吸をする。
(どうか上手にできますように!)
ゆっくりと起き上がる。まだ少し眠いけれど、少しでも書物を読んでみようと思った。
ベッドから降りると、扉をノックする音がした。返事をすると、ヴォルターの声。
「リゼット様、起きられたのですか?」
「はい。マノンが来るまで時間がありますから、少し読書をします」
「かしこまりました。私はここに居ります」
窓際の椅子に腰掛けて、ページを開く。昨日よりは少し深い内容だった。
あっという間に読み終わり、マノンが部屋に入ってきた。
「リゼットお嬢様、おはようございます」
「おはよう、マノン」
「まぁ、その格好で読書していらしたんですか?」
「ええ、少しだけと読んでいたらあっという間に時間が経っていたの」
「肩が冷えますわ。お着替えの支度をする間に、暖かいお茶をどうぞ」
「ありがとう」
すぐにお茶の用意をして、テーブルに置く。ドレスとブーツの用意を始める。
リゼットは書物を置き、お茶を飲む。蜂蜜が入っていて、甘くて美味しい。体も温まった。
昨日と似たようなシンプルなドレスと、皮のブーツを履く。
支度が終わると、ヴォルターに声をかけて部屋に入ってもらう。すると、腕に魔法の鳥を乗せていた。
「レオンですか?」
「はい、リゼット様宛ですので、待っていました」
「聞かせてください」
ヴォルターが鳥を撫でると、鳥はくちばしをパクパク動かして、レオンの声で話す。
「リゼットおはよう、もう起きたかい?こちらは順調にモンスターの巣の駆除をしているよ。すぐに帰るからね」
レオンの声は高揚していた。
鳥が話終わると、ヴォルターはリゼットの前に跪き、鳥をかざした。
「リゼット様、レオナード様はおそらく徹夜をされています」
「徹夜ですか?」
「レオナード様は、リゼット様と時間を作るために、無理をする節があります。今回の遠征も、本来なら1週間ほどかけるものです
「そういえば、3日で帰るとおっしゃっていました」
1週間を3日に短縮するには、睡眠時間を削ればできる。とでもレオンが考えたのだろうか。
「それで、レオンは他の騎士団の方に、無理をさせているのでしょうか?」
「いいえ、お一人だけだと思います。今回、モンスターの巣の規模が大きいですが、レオナード様がほとんど倒して、他の者にサポートをさせているのだと思います」
「それは、今までもあったということでしょうか?」
「はい、私が同行した時も、レオナード様はお一人でほとんどの処理をしていました。レオナード様が、ほぼ不眠不休で、疲労は回復薬を使っていました」
リゼットは今までも、遠征前にレオンが話していた言葉を思い返す。「すぐに帰る」という言葉が多く、実際に遠い地でも、3日以上会わないことはなかった。
遠征後もすぐに会いに来て、疲れている顔も見たことはなかった。
ヴォルターは話を続ける。
「レオナード様はお強いです。ですが、その強さに王も、王族も、騎士団も依存しているのも事実です。レオナード様の強さの源になっているのは、リゼット様の存在です」
「……はい」
「今回は私から声を届けることができます。どうかご無事で帰られるよう、安心できるようにお伝えください」
「わかりました」
リゼットは少し思案した。
レオンに無理はして欲しくない、けれどもリゼットが不安を伝えるともっと無理をする可能性もある。
「ヴォルター様、伝える言葉を決めましたので、鳥をお願いします」
「かしこまりました。いつでもどうぞ」
「レオン、おはようございます。レオンの声を聞いて、わたくしも魔法の勉強を頑張れます。どうか怪我もなく無事に帰ってきてくださいね」
そうして、鳥は、ヴォルターの魔法でまた空に飛んでいった。
飛んでいく鳥を、リゼットは目で追う。
「リゼット様も、あの鳥を扱うことができると思いますよ」
「そうでしょうか?」
「魔力があれば、できます」
「そうですか……ですが、わたくしは昨日魔法の制御ができなかったのです。もしかしたら鳥もうまくできないかもしれません」
「魔法の制御ですか、それはお伺いしてもいいでしょうか?」
リゼットは昨日の土魔法の初級が、土の塔になったことを話した。
ヴォルターは少し考え込む。
「それは、魔力が十分に溢れているということではないでしょうか。魔力の計測はどうだったのですか?」
「機械が故障して、計測できませんでした」
機械の故障という言葉に、ヴォルターは疑問符を投げかけた。
「魔力の計測は、フォルトデリアの大魔術士でも計測できるものですよ。リゼット様はそれ以上に魔力をお持ちなのでは?」
「ええ、そんな……」
自分ではまったく変化を感じていない。思い当たるのは竜の力くらいだ。
「リゼット様の竜の力というのは、伝承で聞く通り強いのですね」
「伝承ですか?」
「はい、私の出身のミヨゾディースでは、竜にまつわる伝承がいくつか残っています」
「ぜひ聞かせて欲しいわ」
「はい、ですがもう食事の時間ですので、王宮へ行く間の馬車の中で話しましょう」
応接間で食事の間、ヴォルターは仮眠をとると言って客間に向かった。その間は、騎士団の者が警護をする。
食事後のお茶を飲んでいると、ヴォルターが戻ってきた。
「ヴォルター様、食事はどうしましたか?」
「はい、客間で摂りました。お気遣いありがとうございます」
「短い時間でしたけれど、眠れるのですか?」
「ええ、午後にまた他の者を頼むので大丈夫です」
「ヴォルター様も回復薬を持っているのですか?」
先程のレオンの話を思い出し、リゼットは真剣な顔になる。
ヴォルターは懐に手を入れて、小瓶を見せた。リゼットのそばに寄る。
「持っていますが、緊急用です。高級ですし、支給品なので」
「持っているのですね……」
「持っているだけですよ。王族の護衛は、睡眠時間が少ないのは当然です。訓練で慣れていますので、心配なさらないでください」
「わかりました」
ヴォルターが安心するように微笑む。リゼットは、ヴォルターの目をまたじっと見る。
「ヴォルター様の両目は、とても綺麗ですね」
「リゼット様、異性を褒める言葉はお気をつけください。自分に惚れているかと思われますよ」
「い、いえ、そういうつもりではありません」
「ええ、もちろん存じています」
ヴォルターはリゼットから離れて、壁の方を向く。
「この目はオッドアイで、一族によくある遺伝です。リゼット様は初めてごらんになるのですか?」
「ええ、失礼だと思ったのですが、とても綺麗で」
「……困ります」
ヴォルターは小さな声で呟いた。
リゼットは聞き取れなかったが、失礼なことをしたと慌てて謝る。
「ヴォルター様、失礼なことをして申し訳ありません!」
「いいえ、リゼット様、もう大丈夫です。さあ、馬車の用意もできたので、向かいましょう」
少し早歩きで応接間を出ようとするヴォルターに、リゼットは慌てて立ち上がり追いかける。
ドアを開けるとマノンが書物を持っていた。
「お嬢様、馬車と荷物の用意が終わりました。ヴォルター様、どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ、マノンありがとう。今日も、昨日と同じ時間になると思うわ」
「かしこまりました」
そうして、マノンは二人を馬車まで見送る。
リゼットとヴォルターは、向かい合うように馬車に乗り込んだ。
馬車が動いて少しすると、ヴォルターは口を開いた。
「私の故郷の話を、お約束していましたね」
ずっと無言になるかと思っていたリゼットは、顔を上げる。けれど、ヴォルターを視線を合わせるのは避けた。窓の外をみて、うなずく。
ヴォルターは話を続ける。
「ミヨゾティースは、フォルトデリアの北西にある湖と同じ名前の都市です。これは学院の地理でも勉強されたことでしょう。湖には竜にまつわる伝承がいくつか残されています。それを今からお話しますね」
◇◇◇
昔、ミヨゾディースにいた娘の話。
その娘は、幼い頃から美しかった。肌は白くてきめ細やか、髪は青く光沢があり、煌めいてみえた。
その両目はオッドアイで、青と緑と左右違っていた。
両親は、その娘が健やかに育つようにとだけ願っていた。
娘が15歳になると求婚の申し込みが次から次へとあり、わざわざ南の都市から娘に会いに来る者も現れた。
娘がまだ成人していないと、両親は断り続けたが、権力のあるものは約束だけでもと大金を積んで困らせた。
娘は、誰ともわからない者と会いたくない、結婚も考えられないと、湖に向かった。
湖はその日大きく荒れていた。
普段は波も穏やかだが、強風が吹き、波しぶきを上げていた。娘は悲しい思いを抑えられず、湖に身を投げた。
娘を心配した両親が、追って湖に着くと、娘の姿は消えていた。
その時には湖は穏やかに、ただ輝いていた。
両親は何日もかけて娘を探すが、湖に落ちたとしても体が見つからない。
求婚の申し込みをしていた者たちは、娘は死んだと思った。
ある満月の夜、両親の元に娘が現れた。抱きしめようとすると、娘が大粒の涙を流し泣く。
「私は竜の化身となった。人間の醜い心をもう見たくは無いと願ったら、竜が叶えてくれた。もう二人の元には帰れない」
娘は両親の目の前で、咆哮し、大きな竜の姿となった。
「湖に祈りを捧げてほしい。私が竜であるうちは、その祈りが届き、繁栄につながるだろう。欲深き祈りは、その身を滅ぼす。気をつけるように」
両親は娘のことを思い、毎年夏の満月の日になると、娘の幸せを願い、湖にお祈りをした。
欲深い者が祈りを捧げると、湖が荒れて、不幸が訪れたという。
今も続く夏の祭典では、湖の竜と、ミヨゾティースの土地と住まう人々の繁栄を祈るものになっている。
◇◇◇
「その伝承は、私の一族に伝わっています。この目も、伝承と似ているでしょう」
リゼットは涙が止まらず、返事もできなかった。ヴォルターがハンカチを差し出す。
「そんなに泣かれると思いませんでした。どうか拭いてください」
「……ありがとうございます」
「私の一族の先祖はオッドアイの容姿と、剣の才能で領主になったそうです。竜の伝承が根付いていて、竜の力を信じた人々のおかげでしょう」
「それだけでは、実力もあったのでしょう?」
「ええ、領主になるための勉強は人一倍惜しまなかったようです。今の領主は私の従兄弟ですが、学院は王族に次いで上位だったそうです。私も同期のレオナード様に次いでいました」
「優秀なのですね」
「いいえ、努力をしただけです」
リゼットが想像する以上に、彼らは努力をしていたのだろう。
レオンがまったくその姿を見せていないことを、リゼットは思い返していた。
そうしているうちに、馬車は王宮魔術士の門までついた。また今日も、ヘルベルトと男性二人が出迎えていた。
ヴォルターとヘルベルトが敬礼をする。そうして、ヘルベルトはリゼットにも敬礼をする。リゼットは一礼をして返した。
「リゼット様、その後の体調はいかがですか?
「お気遣いありがとうございます。特に変わりありません」
「もし何かあればいつでも仰ってください」
「わかりました」
そして、また王宮奥に向かう。
研究室のひとつに通され、椅子に座る。ヴォルターも少し離れた椅子に座る。
「今日は五大元素の話をします。それから、風の魔法も確認したいので、昨日の部屋へ移動します」
「わかりました」
ヘルベルトは書物を使い、五大元素の話をする。わからない用語等をリゼットか聞き、その都度メモを控える。ヴォルターはリゼットの様子を眺めていた。
1時間ほどで終わり、部屋を移動する。
魔法の練習の部屋『フォールドズ』は、昨日も来たばかりだ。金属でできたドーム型の建物の、いくつもの扉を開けて、中に入る。
ヴォルターも初めて入ったようで、昨日のレオン程ではないが視線はあちこちを見ていた。
「では、今日は風魔法を試してみましょう」
「すまないが、先に魔法の鳥を教えてほしいのだが」
ヘルベルトの手を遮るヴォルター。ヘルベルトは「良いでしょう」と、紙に文字を書いて、リゼットに渡した。
魔法の鳥を生み出す言葉だ。
「ありがとうございます」
「リゼット様は、魔法の鳥を見たことはありますか?」
「はい、レオンとヴォルターのやりとりでみています」
「では、実践してみましょうか」
リゼットは、自分がみた魔法の鳥をイメージして言葉を紡ぐ。
左手に魔法の言葉を書いた紙をもち、右手に鳥がとまるイメージをする。
読み終わると、右手には小鳥サイズの魔法の鳥が生まれた。
「で、できました……!」
「リゼット様、すばらしいです。では、それを私まで飛ばしてください」
離れた場所にヘルベルトが立っている。リゼットは、右手から鳥が飛び立つイメージを続けた。
リゼットの右手の上で、少し羽ばたいてから鳥はヘルベルトまで飛んで行った。ヘルベルトが差し出した手に、小鳥はとまって鳴いた。
「で、できました……!」
リゼットの喜びの声を、小鳥は鳴いた。
「リゼット様、上出来です。小鳥のコントロールもすばらしいです」
リゼットは成功したことに大きく胸を撫で下ろした。ヘルベルトは魔法の鳥をリゼットに返した。
右手にとまると、ふわっと風のように消えた。
「ヘルベルト様、ありがとうございます」
「いえいえ、私は教えただけです。できるようになったのはリゼット様の実力です。では、続いて風の魔法をお伝えしましょう」
リゼットのそばに寄り、風魔法の紙を渡す。リゼットは受け取ったあと、深呼吸をする。
(どうか上手にできますように!)
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追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
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