王子に溺愛された、平凡な少女の話

ハルノ

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第五章

42.

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 屋敷に戻ると、使用人たちが慌ただしく動いていた。
 マノンが真っ青な顔で、リゼットに告げる。

「リゼットお嬢様、儀式の後にディー様……奥様が、戻られましたっ!」
「どこにいるのですか!?」

 マノンはすぐに客間へ案内する。
 アルフォンはすでに到着して、寄り添っていた。
 客間の扉を開けると、ベッドの横たわる女性。その手を両手で握りしめている父・アルフォンの姿があった。

「お母様……」

 リゼットがほんの数ヶ月前にみたディーと、髪色は違っていたが、それは間違いなく母だった。

「お父様、どうしてお母様が戻られたのですか?」
「……儀式が終わった後、少ししてから、祠の前に現れて倒れたんだよ」

 湖の底の暗い場所で、ずっと眠りについていたディー。
 リゼットが祠に魔法を込めた宝石を納めて、竜の力の継承者が必要なくなり、外に出ることができたのだろう。
 けれど、その体力は消耗されていた。

「さっきヴォルター様から回復薬をいただいた。飲ませてみたが、まだ効果がないのだ」

 母はぐったりとベッドに沈み込み、呼吸も浅く、顔色も青ざめている。
 回復薬は即効性があるはずだ。リゼットは、もうひとつの可能性を試してみることにした。
 母の手をとり、その手から全身を巡るイメージで言葉を紡ぐ。ヴィルデを解放した子守唄と同じ言葉を。
 言葉を紡ぎ始めると、リゼットの体温が手を通して流れていく。
 レオンもマノンも、アルフォンもその光景を静かに見守った。

 子守唄が終わると、母の顔色が少し良くなっていた。もう一度と、言葉を紡ごうとすると手を握りかえされる。

「……お母様っ」

 フォレストグリーンの目が、リゼットを愛おしく見つめていた。
 アルフォンに気がついて、顔を向ける。微かに唇を動かすので、アルフォンが耳をそばだてて聞く。聞きながら、アルフォンも感極まっていた。

「リゼット、少しふたりきりにしようか?」
「ええ。そうですね」

 ふたりは静かに部屋の外へ出る。


(もう、お母様は大丈夫……)

 リゼットは確信を持った。竜の力の継承者ではなくなり、戻ることができたのだろう。
 あの暗い湖の底から、地上に戻ることができて本当に良かったと思った。

「リゼットの体調はどうだ?」
「体調は良いです」

 いつもなら、魔法を使った後に倒れていた。けれど、ちゃんと歩いているし、意識もある。

「儀式の後から休んでいないだろう?」
「そうですね。でも……」
「突然倒れたり、俺の前から消えるなんてして欲しくない」
「……ごめんなさい」

 リゼットの部屋まで、レオンが抱き上げて歩こうとするのを丁寧に断り、子犬のようにしょんぼりした顔になる。
 せめて寝付くまでそばにいたいと言われ、眠気もないのに困ってしまう。

「眠くないので、お茶はどうですか?」

 誘うと、しっぽをぶんぶんと振る子犬のようになった。
 マノンを呼び、お茶の準備をしてもらう。

 リゼットがいつも腰掛けているソファ。窓を開けると、湖からの風が部屋に入る。
 波音も聞こえて、リゼットはそっと目を閉じた。

「リゼット?」

 レオンが隣に腰掛けた。
 リゼットが目を開けると、レオンの顔が接近していた。

「レ、レオン!?」
「ああ、ごめん。どうしたのかと思って」
「ここにいると、とても落ち着くのです。つい目を閉じてしまいました」
「ああ、そうか。お茶が来るまで、目を閉じてていいよ」
「でも……」

 レオンはニヤッといたずらっ子のように笑って、「いたずらし放題」と呟いた。

 ◇◇◇

 その日の夕食に、リゼットの両親の姿はなかった。
 まだ本調子ではないが、もう意識はしっかりしている母に、アルフォンがずっとつきっきりなのだそうだ。
 久しぶり、十数年振りなのだから仕方ないとリゼットはそっとしていた。
 けれど、翌朝、思わぬ展開が待っていた。

 リゼットが朝目覚めると、父の部屋に呼ばれる。どうしたのだろうと向かうと、両親が揃っていた。寄り添って立つふたりは、十数年振りと思わせない夫婦だった。

「リゼット。本当に心配をかけましたね。そして、私を助けてくれてありがとう」
「お母様……もうすっかり元気になったのですね」
「ええ、リゼットのおかげよ」

 顔色も良くなり、すっかり健康的な顔になっている。

「それで、申し訳ないのだけど私はしばらく留守にするわ」
「え、どういうことですか?」

 母は自分だけでなく、以前の竜の力の継承者がそれぞれの生まれた場所へ戻ることを望んでいた。
 もう肉体は朽ち果てたけれど、その遺骨は城に保管されていた。せめて、それらを家族のいた故郷へ戻したいと願ったのだ。
 辺境伯からはすでに了承をもらい、すぐにでも旅立つつもりでいた。

「それなら、わたくしもついていきます!」

 リゼットも竜の力の継承者のひとりだ。しかし、母は望まなかった。

「あなたには、他にやらなければいけないことがあるでしょう?それに、あなたには元々魔力が足りないわ。故郷の地で祈りの言葉を紡ぐ魔力は、私で十分なのよ」
「でもわたくしも魔力は増えたはずです」
「では、やってみますか?」

 母が外に出るよう促す。
 屋敷の外、湖の砂浜まで歩く。
 母は、リゼットに覚えた全部の魔法を順番にやってみるよう言った。
 リゼットはひとつずつ言葉を紡いでみる。土、火、風、雷はまったく魔法が出なかった。
 水だけは、指先からチョロチョロと水が流れた程度。
 一方、母は全ての魔法が使えた。元々魔力は十分にあったのだそうだ。

「儀式をしたことで、あなたの魔力は元に戻ったのよ」
「でも、それでは、お母様への回復の言葉はどうして?」
「ああ、あれ?あれが最後の魔法だったのでしょう?」

 儀式後に、リゼットの魔力は減っていたと。ヴィルデへの回復魔法で八割型使い、残りは母へ。
 リゼットはすっかり魔力がなくなっていた。

「それに、もう闇の配下はいないのでしょう?リゼットは、何にもとらわれずに自由に生きられるのよ?嬉しいことじゃない」

 使用人が旅の支度ができたと告げた。
 大きな鞄を何個も持っている。

「お母様はいつ帰ってくるのですか?」
「ああ、そうだったわ。もうひとつ言わなくちゃね。お父様もしばらく帰らないわ」
「え!?」
「だから、リゼットはレオナード様と暮らしなさい。マノンと一緒に王都へ行きなさい」

 リゼットはレオンを見る。
 しかしレオンは「俺は何もしていない」と呟いて、驚いた顔をしていた。

「リゼットももうすぐ17歳でしょう?レオナード様の元で、結婚までの準備をなさい」
「お、お母様!?」

 そういってふたりはいそいそと馬車へ乗り込んだ。本当にしばらく戻らないらしく、使用人たちに指示などあれこれはとっくに終わったという。仕事が早い。

 秋が来ればリゼットは17歳を迎える、誕生日には一度戻るからと、両親はニコニコ顔で旅立った。
 そのふたりを見送ると、リゼットはレオンに向き直る。

「唐突すぎてついていけないわ……」
「俺もだけれど、本当に俺の屋敷に来るのか?」
「ちょっと待ってください。とりあえず辺境伯にも話をしに行きます」
「わかった。早速連絡を入れよう」

 レオンは魔法の鳥を呼び、いろいろと吹きこんで飛ばす。
 返事は割と早く返ってきた。
 すでに連絡は行っていたからか、落ち着いた声の辺境伯は「いつでも来て良い」とのことだった。

【後書き】
次もこのくらいのペースで投稿したいです。
5月うちに全て終えたいです。

リゼットは元々魔力がなかったのですが、竜の力の継承者になって底上げされていました。その力が消えたら、魔力量も元どおり。
母はそれなりに、父はそこそこの魔力がありました。
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