1 / 1
ただ貴方を待つ
しおりを挟む「もうここに居たくないの!お願い私をここから出して!」
悲痛な声で扉の外にいる兵士に叫んでも返答は無い。
どんなに扉を叩いても、反応はない。
果たしてこの扉の外側に人はいるのだろうか。
そう思わざるをえないくらい辺りは静寂に包まれていた。
あなたに望まれてここに来てからもう2年が経つ。
あの頃は幸せに満ちていたのに、と昔を思い返していたのはここに来て3ヶ月頃に止めた。
なぜ貴方は来ないの?と考えるのはここに来て1年後に。
ここから出して欲しいと願ったのはそれからすぐのことだった。
ここは城から一番遠くにある後宮。
物置かと思うような、不気味な森の近くにある寂れた廃屋。
床は所々抜け落ち、壁に虫が這う。
部屋は一つしかなく、簡素なベットと姿見が一枚置かれただけだった。
後宮がどのような場所かは知らないが、私が王以外の人から認められていない事はすぐに分かった。
最初にここ連れてこられたとき、女官長は言った。
「貴女は王の情けでここに居ることが認められているだけです。気軽にお会いできるような身分ではありませんから、ここに来る事など望まれないように」
あの時の私を見下したような、冷たい視線は今も覚えている。
「あぁ、そうでした。ご正妃様はとてもお優しい方ですから、王が貴女へ贈り物をされても気になさらないそうです。有り難く受けとるのですよ」
女官長の言葉が何を意味するのか、その後すぐに知ることになる。
ここに来る侍女は、大概私に嫌みを言って必要最低限の事しかしない。
今日も冷たい食事と、王からの場違いな贈り物を持ってくると後は私が食べ終わるまで嫌みを吐き続ける。
それが、毎日3回の時もあれば1回の時もある。
私が生きるか死ぬかは彼女達次第。
「そんなに嫌いなら殺せばいい」
ある日疲れた私が侍女にそう告げると、反抗されると思わなかったのかバツが悪そうな顔をしてそそくさと出ていった。
そして外から鍵を掛けられる。
傍らには、新たに王から贈られた豪華なドレスと光輝く宝石。
ここに来てから頻繁に届くけれど、一度も身に付けたことはない。
王が来なければただの飾りでしかないのに。
そんなドレスと宝石は寂れたクローゼットにしまい、普段は持参した簡素なワンピースを着て静まり返った室内のたった一つの窓辺で一人過ごす。
あなたはいつから私が豪華なドレスと宝石を欲しがる女だと思ったのだろう。
あなたと居た私はそんなもの身に付けたことはなかったのに。
私が望むのは、あなたと二人で住んでいたあの頃のような微笑み合う毎日。
もうそれすら望めないほど、あなたとの距離は広がってしまった。
そしてあなたには他の女との間に子供ができた。
もう、私がいる必要なんて無いのに。
なぜ私をここに呼んだの・・・?
答えの無い自問自答を繰り返し、涙を流そうにもとうに枯れ果てていた。
ある雨の続く季節。
この間から新しい侍女が来た。
年若い、まだ不慣れで何も知らない侍女。この場所に来るのが嫌なのか、何も言わないけれど顔に出ている。
今日も冷たい食事と、王からの贈り物を持ってくるとさっさと出ていった。
最近は味もわからない。
毎日冷たいものを食べていたせいか、体調もよくない。
銀のスプーンで冷たいスープを掬っていると、カタンと音がした。
音のした方向を見ると、扉から僅かに光が漏れている。
まさか。
思わず立ち上がってしまったが、何かの罠だと思い何も知らない振りをした。
しばらくして侍女が来て私を一度見たが、何も言わず食器を下げて出て行った。
その夜、私は興奮で寝つけなかった。
翌日、また同じ侍女が来たので初めてドレスを着たいとお願いした。
侍女は戸惑っていたが、何も言わずドレスと宝石をつけてくれる。
選んだドレスはここに来て最初に贈られてきたドレスと宝石。ここから出て行くのにこれ以上最適な服はないだろう。
そして、豪華なドレスと宝石を纏い冷たい食事を食べる。
望んだあなたはいないけれど、最後くらいあなたを想って食事をする。
食べ終わり、侍女が相変わらず何も言わずに出ていった後。
すぐにカタンと音がなり、扉から光が漏れた。
あぁ、やっとだ。
やっと私の願いが叶う。
震える足を必死に動かし、扉へ手をかけると2年振りに雨に濡れた中庭が現れた。
あの日と何も変わらない、荒れ果てた中庭。
少し先にはあなたがいる城。
けれどもういいの。
もう私はいらない筈だから。
そして私は雨に打たれながら、城とは反対の森へと歩き始めた。
この先にある自由を信じて。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう
音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。
幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。
事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。
しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。
己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。
修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
蝋燭
悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。
それは、祝福の鐘だ。
今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。
カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。
彼女は勇者の恋人だった。
あの日、勇者が記憶を失うまでは……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
今更ですが、続きが読みたいです‼️
お願いします