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第1章 街

第071話 何故

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 馬車の中  カヨの視点


 ……どうしてなのだろうか?

 私が泣いている時、つらい時、気付いたらジンはそばに居てくれる。
 それで凄く救われている。

 彼が居なければ、私はとっくに潰れていると思う。

 そばにいてと、お願いしたのは一回だけなのに……苦しい時はいつもいてくれる。

 前に言っていた、私の事を大切に思っているからなのだろうか。

 でも大切に思ってるから、何なの?
 私にどうして欲しいの?
 私をどうしたいの?

 ただ、その事を確かめたら……私たちの関係は変わってしまうかもしれない。
 それが怖い。

 そして認めたくないけど、私はもう依存してしまっている……


 ……私は元の世界に帰りたい。
 最初はそう思っていた。
 今もそう思ってるのは変わらない……けど……


 ーーガタン。


「……? ジン?」

 隣に座っていたジンが寄りかかってくる。
 私の呼びかけに反応はなく、首が項垂れている。どうやら寝てしまっているようだ。

 私もだけど、彼も夜はあまり寝てない。その上でずっと人を背負って移動していたんだ。
 この辺は街道が整備されていて道が良い。程よく揺れる馬車が揺り籠のように心地よかった。
 彼が寝てしまうのも無理はない。


 ……私を心配してそばにいてくれた事、凄く嬉しかった。
 でも不意に好意を持つと、彼の呪いにかかり…………私は自分を見失う。
 だから私は一定のライン以上踏み込まれたら、突き放すしかない。

 私の好感度を落とすとか言ってるのに……このバカは全く……

「はぁ……」

 自然とため息が漏れた。

 そう、仕方の無い事なんだ……と、自分に言い聞かせてる。
 だからせめて、ジンが困っている時は助けになりたい。

 ディアスが裏切った時なんて、目に見えて焦っていた。
 ああいう時に毅然な態度を取れない、彼の優しい所でもあり、悪い所でもある。


 ーーガタ、ガタン!


 再び大きく馬車が揺れる。

 私に寄りかかるジンは、ズルりと更に姿勢を崩してきた。それでも彼は起きない。
 余程疲れているのだろう。

 そう言えばコイツ、セイナの膝枕を凄く羨ましそうに見てたっけな。

 横にあった毛布を取り、自分の膝にかける。
 彼が起きないように、ゆっくりと位置をずらし、彼の頭を膝の上に乗せた。

 膝と頭の間には毛布が一枚。

 これが私とコイツの距離だ。


「フフっ」


 気持ちがいいのだろうか。
 ジンはニヤけた寝顔を見せ、私も釣られて笑ってしまう。

「うわぁ……お熱いねぇ。羨ましいわぁ」

 正面に座っているニーナが、含みのある言い方で煽ってきた。

「そんな関係じゃないわよ」

「え? じゃあどういう関係なの?」

「ジンは私の下僕よ」

「……そうには見えないけど」

 確かに、色々と無理があるとは思う。
 でも言いだした以上、今更設定を変える訳にはいかない。私は旅人でコイツは下僕。

「下僕を労うのも主人の務めよ!」

「へ、へぇ……」

 さも当然のように言い放ち、キリっとニーナを睨む。
 この女はちょっと油断できない。

「じゃあさ、お兄さんとお姉さんは夜中にコソコソ何をやってた?」

 彼女の表情は、悪戯っ子そのものだった。
 ちょっとだけセイナに似ている。

「そ、それは……」

「それは?」

 リーナの隣に座るミリルも、私を見て興味深々と言ったところだ。

「……一緒に星を眺めてただけよ」

「え?それだけ? 襲ったり襲われたりしてない?」

「そんなわけ無いでしょ!」

 襲われてないが、抱きつかれはした……
 ただ、それだけだ。

「カヨさん、どうして星を眺めてびしょ濡れだったの?」

 ミリルのキョトンした表情で尋ねてきた。

「あ、あれはディアスのせいで……」

「透け透けでセクシー美人だったねー。やっぱり私もああやって誘わないとダメだったかー」

「リーナ!」

「ほら、大声出すと起きちゃいますよ」

「ぐっ……」

 話題を振ったミリルに注意され、非常にモヤモヤする。
 反論しても面白がられるだけだ。
 私は唇を尖らせてそっぽを向いた。

「カヨさんってとても優しいのね」

「そ、そう?」

 ミリルは微笑ましいもの見るかのように優しい語り口調だった。

「だって……」




 ………………




 そんなやり取りなんて御構い無しに、ジンはスヤスヤと眠っている。
 緩んだ寝顔の彼は、いくばかりか幼く見えた。


 少し、童顔かなぁ? でも……


 そっと、ジンの髪をかき上げてみる。

 やっぱり大人びた雰囲気になるな。
 うん、こっちの方が似合ってるような気がする。



 ……私は“ジンと二人で”元の世界に帰りたい。

 でも、心の何処かで……二人でいれるなら、帰れなくてもいいかなと……思ってるかもしれない。

 まだはっきりとは思ってないけど……いつか、そう思ってしまう日が来てしまうような、
 そんな気がして……それがとても怖い。


 それに、帰ってもいいのだろうか?
 私の手は……人の血で汚れているのに……
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